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第40話 窮鳥となり虎穴に入る

 ハワードと今後の話を詰め、シータ国の宰相であるあまつに挨拶をするとすぐに王都へと馬を走らせた。


『エイン帝国を追い払ったら是非、我がシータ王国においでください。同盟のこと、貿易のこと、結婚のこと、色々と積もる話もあるので。あぁ、もし万が一にどうしようもない事態に陥りましたら、心の中で私を呼んでください。何千キロ離れていようと、貴女のもとに馳せ参じます』


 別れ際に天にそう言われた。

 一部無視できない内容があったけど、ある意味破格の信頼を得たと思ってよさそうだ。

 とりあえず東は安心と思っても良いだろう。


 もちろん突如として裏切って攻めて来ることは十分ありうる。


 でもここは信じるしかない。

 シータを味方に入れないことには独立も何もないのだ。


 だから信じて、俺は前へ進む。

 疑うことは決してしない。


 というより、天のことが少し好きになったというのもある。恋愛の好きではなく。

 疲れる相手だが不快ではないし頭の回転も速いから話していて面白い。

 友達になったら楽しいと思える相手だった。

 そんな相手を疑いたくないのは人として当然だろう。


 反面、どうしても好きになれない、というか嫌いな人間がこの世界に2人いた。

 その1人はもうこの世にいない。


 その残りの1人、ハカラをどうしてくれようか、というのを馬に揺られながら考える。


「隊長殿、ちなみになんですがこのまま王都にまっすぐ行って良いのでしょうか?」


 クロエは先導するように、俺の前を走る。

 なるだけ早く戻りたいから、馬の速度のギリギリを見極めて走ってもらっているのだ。

 馬の速度は『古の魔導書エンシェントマジックブック』を使えば知ることはできるが、それを実際にやるとなると話は別だ。

 知識であって経験ではないからだ。


 それに対してクロエは、俺が引きこもっている間、カルゥム城塞で先輩に色々教えて鍛えてもらったらしい。

 もともと素質はあったのだろう。もう新兵とは言えないほどの実力はある、とハワードは自慢そうに言ってきた。

 それを聞いて、俺自身が褒められるのよりクロエの成長ぶりを褒められた方が嬉しかった。


「ああ、そうか。クロエは書状を見てないんだったな」


「はい」


「ざっくり説明すると、ロキン宰相が国税を横領し謀反を企てたから誅殺した。それがハカラの主張で、エイン帝国にもそう伝令を走らせたらしい。そして王都には戒厳令を出して、一般人の外出を制限しているみたいだ。軍も解体されてハカラの配下にバラバラに配置されたらしい。隊長格の人間は営舎で軟禁状態って話だ」


「そんな! ではジーン隊長やサカキ連隊長は……」


「無事だけど身動きは取れないみたいだな」


「だとしたら、どうしましょう。それじゃあ王都にも入れないのでは?」


「いや、俺たちは王命を果たした帰りだ。さすがにそれを拒むなんてことはハカラにもできない」


「なるほど。ではこのままで問題ないわけですね。このスピードなら明日の昼過ぎには王都に着くでしょう」


「行きが2日かけてたのを1日半か……早いな」


「その分、強行軍をしているので……お体は大丈夫ですか?」


「まぁ、なんとかなるだろ」


 実は結構お尻が痛いし疲労を感じている。不摂生と籠城の後遺症だろう。

 けど、今は急ぐべき時だ。


「では、もう少し飛ばします」


「お、お手柔らかに……」


 そんなやり取りを経て、夜は野宿をして王都にたどり着いたのは次の日の午後だ。

 門は閉まっていて、城壁にある望楼ぼうろうから誰何すいかされ、なんとか説明してやっとの思いで王都に入った。


 ハカラがここまで厳重にしているのを意外に思いつつ、逆に今起きていることの重大性を肌で感じ取った。


 さすがに汗と埃まみれのまま王宮に入るわけにはいかないので営舎に寄った。

 お風呂と予備の軍服を借りれると思ったからだ。


 営舎は静まり返っていた。

 オムカ軍は解体された、と言っていたから誰もいないのだろう。


 ふと人の気配がして、奥の部屋に入ってみると、


「ジャンヌ様!」


「ジル!」


 ジルが驚きに目を見張り、そしてすぐに安堵の笑みを浮かべる。

 いつものびしりとした軍服ではなく、非番の日に着ていたようなラフな格好だ。

 ほっそりとした外見もあり、天のように軍人には見えない。


「よくぞご無事で」


「そっちこそ。何が起きたかは聞いた。大丈夫なのか?」


「はい。ただ今の私は一兵も持たぬ人間です。サカキも同様で。ニーアは一応近衛騎士団として女王様の周囲にいることはできておりますが」


「そうか、みんな大変な状況だな」


 ただジルが大丈夫というのだからとりあえずは安心して良さそうだ。


「とりあえずシータはなんとかなった。同盟を含めて。ハワードの爺さんも色々と手伝ってくれそうだ。ただ1カ月がリミットだ」


「なるほど。そちらは順調だったということですか」


「旅の汚れを落としたら、王宮に出仕しようと思う。その前に何が起きたか聞いていいか」


「分かりました。事の始まりは5日前です」


 ジルの話は簡潔だった。


 朝議の場にハカラは兵1千を連れて乱入し王宮を制圧、ロキン宰相の罪を鳴らし捕縛して処断した。


 同時に残りの旗下1万数千で王都の各城門を制圧し、城外に待機していた残りの1万を呼び込み王都バーベルを包囲したという。


 王都にいたオムカ軍4千は、形の上では同盟軍のエイン帝国軍と戦うことはできず大人しく武装解除に応じたという。

 今ではオムカ軍は解散となり、王都にばらばらに住まわされているという。


「女王様も人質となっていましたので。我らに抵抗の選択はなかったわけです」


「兵は拙速せっそくを尊ぶ。電光石火の強襲に各門の制圧。さらに軍の頭を押さえることで敵軍を無効化する戦術眼。何よりロキンの先手を取って実行する度胸。俺の知ってるハカラじゃないぞ」


「過去には猛将と呼ばれていたのですから、それくらいはするのではないですか?」


「過去は過去。今は今。それに猛将ってカテゴリーは、今挙げた戦術とはイコールではないよ。度胸だけは当てはまるけど」


「誰かが知恵を?」


「おそらく、な。ただそれが誰かは分からないし、今もそうなのかも分からない。だから直接会ってみるしかないんだ」


 若干気になるのはこのハカラの変わりようだ。

 もし万が一、今までの愚鈍な様子が猫をかぶっていたとしたら。

 あるいは億が一、突然才能に目覚めてしまったとしたら。


 ハカラに会うのは危険が多い気がする。


「隊長殿……もしかして危険ですか?」


 クロエが思案気に聞いてくる。


「うーん、分からないな。判断するにはデータが足りなすぎる」


「それなら私が聞いてまいりましょうか。ジャンヌ隊の皆も気になりますし」


「いや、迂闊に動くのはまずいぞ……って待て、なに? ジャンヌ隊って?」


「はっ! 隊長殿と共に山賊討伐に赴いた新人隊の名前です! カルゥムに向かう前にみんなで決めました!」


 決めました、じゃねぇよ。いい笑顔して言いやがって。

 俺の名前じゃないにしても、歴史を知ってる以上すごい恥ずかしいんだけど。


「あ、ちなみにこれを知ったニーア教官殿が女王様に上奏し、認可されましたので正式名称となりました。いや、こういう時は教官殿も仕事が早い」


「お前らなんてことしてくれてんの!?」


 正式名称となりましたじゃねぇよ!

 どいつもこいつも勝手なことして。

 こいつらに頼れって無理だろハワード……。


「はっは、これは良いことですな」


「ジル、お前も笑ってるんじゃねぇよ!」


「はっ、これは失礼しました。しかし難しい顔をするよりは良いのではないかと。普通にしていれば相手に警戒されることもないでしょう」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。

 あるいは窮鳥きょうちょう懐に入れば猟師も殺さずか。


 ……ったく、しょうがねぇな。


「クロエ。ジャンヌ様を頼む。謹慎を申し付けられている以上、私が表立って動けば女王様に危険が及ぶ」


「は……はっ! このクロエ。身命を持って隊長殿をお守りします!」


「いや、命とかかけなくていいから」


 ジルの想いも重いけど、それを受け継ぐぐらいにクロエのも重いんだよなぁ。

 ま、今は頼もしいと思っておこう。


「じゃあまぁともかく……行ってみようか」

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