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第39話 進むべき道

 ロキン宰相とハカラ将軍の確執。

 その種を撒いたのは彼ら自身だが、それをせっせと育てた人物がいる。


 俺だ。

 俺がサカキを使ってロキンの横領とハカラ将軍の排斥を企んでいる、という噂を流させた。


 カルゥム城塞に来る前にはその効果が芽生え始めていたから、もうしばらくすれば2人の間は修復不可能になり、彼らの統治もうまくいかなくなると踏んでいた。


 彼らはオムカ王国に派遣されたエイン帝国の目付という立場が強い。

 その2人が反目するのなら、こちらも独立の準備がしやすくなると思っての離間の策だった。


 だがそれが効きすぎた。

 いや、ハカラが予想以上に阿呆か、欲の強い人間だったということか。


 どちらにせよ、俺の見込みが甘くて人が死んだ。

 ロキン宰相だけということはないだろうから、彼に加担する周囲の人間も死んだのだろう。


 クーデターと言っても、大規模な戦に発展したわけではないらしい。

 なにせロキン宰相に直属の兵はないのだ。

 だからハカラに強硬手段に出られた時点で負けなのだ。


 マリアをはじめオムカの知り合いは無事だったらしいからそこは安心したが、俺のせいで死者が出たというのはやはりショックだった。


 シータ国宰相のあまつとの会談は一時中断され、俺とハワード、そしてクロエはカルゥム城塞に戻り、書庫で今後の対応を打ち合わせをすることにした。


「俺が甘かった。まさかハカラが強硬手段に出るなんて」


「そんな、隊長殿のせいではありません。こんなの、誰にもわかりませんよ」


「いや、想定にはあった。だが確率的にほぼないと思って無視してたのが悪かった」


「そうじゃのぅ。今回は見事にお前さんのミスじゃのぅ」


「師団長殿!」


「いいんだ。クロエ。これは俺のミスとして受け入れる。大事なのはこれからのことだ。だから切り変えなきゃな」


「ほぅ、もっとぐだつくかと思ったが成長したのぅ。さすがわしが育てただけある」


「爺さんに育てられた覚えはないけど」


 疲れている時にこの爺さん相手もホント辛い。

 それでも思考を止めるわけにはいかない。


「とりあえず俺とクロエは王都に戻る。現地に行って情報を集めないと。もしかしたら根本から策を練り直す必要がある。それと並行して地元の豪族への根回しとビンゴの対応、南の自治領への対応もしなくちゃならないな。くそ、時間が足りなすぎる」


「こっちはどうするんじゃ? まさか独立するために同盟を結んだので明け渡してきました、なんて言って王都に戻るわけにもいくまい。そちらの蜂起とタイミングを合わせないと意味がないからの」


「ああ。そうだな……」


 そう、王都の蜂起とカルゥム城塞からの撤退は同タイミングで行わないといけない。

 ハワードたちが無傷で撤退したら、事の真偽をハカラに詰問されるのは間違いないのだ。


 かといっていつまでもカルゥム城塞に留まっていれば、せっかくまとまりかけたシータ国との同盟が白紙に戻る可能性がある。


 本来なら俺がシータ王国に行って話を詰めながらジルたちに準備を進めてもらう想定だったから、あと半年は先の話だと思っていた。

 それが一気に霧散したのだからかなり難しい状況だ。


「爺さん、シータとの交渉、どれくらい長引かせられる?」


「そうだのぅ。行ったり来たりをくりかえして無理やり時間を稼いで、城内の清掃に時間がかかると無理やり時間を稼いで、住民の説得に手間取っていると無理やり時間を稼いで、シータとの合同練習で無理やり時間を稼いで、同盟締結の祝いだと祝宴を開いて無理やり時間を稼いで……できて1カ月とちょっとかのぅ」


 全部無理やりだな。

 でもそこで稼ぐ時間が何より重要だ。


「分かった。それでお願いしたい。今日から遅くとも1か月後に伝令を走らせる。その時にシータに城塞を明け渡して王都に向かってくれ。もし俺からの連絡がなければ……しょうがない。同盟を破棄して防衛に専念してもらうしかない」


「ほっほ、わしに泥をかぶれと」


 そうなのだ。その場合、同盟破棄の汚名を着るのは俺じゃない。ハワードだ。


 だがそれしかない。


 今のオムカはギリギリ綱渡りの上に、さらに目隠しで重りを背負って進むようなものだ。

 1つでも重心のかけ方を間違えれば真っ逆さまに落ちる。

 それを避けるためなら、重りを投げ捨てでも前に進む覚悟が必要なのだ。


 だから――


「た、隊長殿!」


 頭を下げた。


 それだけで飽き足りない。

 椅子から降りて、そのままハワードに土下座をする。


「どうか。どうかよろしくお願いします」


 どうして俺はここまでここまでするんだろう。

 俺はただ生き残り、元の世界に戻りたいだけなのに。


 それなら別に今すぐ独立を急ぐ必要はないし、エイン帝国に亡命すれば話が早いのだ。


 ……いや、今さらだ。


 ジル、サカキ、ニーア、リン、クロエ、ブリーダ、ハワード、そして――マリア。


 俺は彼らが好きなのだ。

 彼らを見捨てて、俺だけのうのうと生きてられるほど俺の神経は太くないのだ。


 だから彼らを守りたい。

 卑怯者と呼ばれようが、欲張りだと言われようが、ずるがしこくて罵られようが、最低の人間だ貶められようが。

 そんな人間でも、何かを守りたいと思うのはあって当然だと思うから。


 だから――


「やれやれ、若いのぅ」


 ハワードがため息をつく。

 ダメか。いや、分かっていた。こんなお願い聞くはずがない。


「分かった、その策で行こう」


「しょうがない。やっぱり他の――って、え!?」


 思わずクロエのようなノリツッコミをしていた。


 顔を上げるとハワードの苦笑めいた顔が見えた。


「問題あるまい。籠城の時間を稼ぐために偽の同盟を送り、準備ができたのでそれを破棄した。もしバレそうになっても、エイン帝国への言い訳は完璧じゃ」


「そ、それじゃあ」


「分かったといっておる。1カ月、いや2か月は粘ってみせる。なに、シータ国の奴らはたるんどるから、わしが直々に教練をしてやるとなれば2カ月なんざすぐじゃて」


 二カッと笑うハワード。

 好々爺めいた柔らかい笑顔に、俺は思わず苦笑した。


「いや、シータの軍と一緒にいるところを見られたらダメだろ。シータは敵なんだから一緒に調練したら」


「ん、そうか。ヤバいのぅ。となると稼げれるのは1カ月半くらいじゃな」


 どこまで本気で言ってるのだろう。

 だがこの爺さんならやってくれる、そう思わせる何かを感じる。


「しかしだな、お主はもう少し大人を信頼せい。大方ジーンやサカキに遠慮しておろう。あんな奴らは死んで来いって言うくらいがちょうどいいんじゃ。そうすれば喜んで突っ込んで生きて帰ってくるんだからの」


「ひでぇ大人もいたもんだ」


「それくらいでいいんじゃよ。お主独りで背負うには国は重すぎる。そんな状態では頭も働くまい。だがみんなで背負えばなんと軽いことか」


「…………覚えておくよ」


 俺はハワードと、そしてクロエからも視線を外してそっぽを向いた。

 そうしないと、瞳からこぼれる水滴を見られると思ったからだ。


 思えばこんな言葉をかけられたのは、この世界に来て初めてだった。

 とにかく必死でわき目もふらずに走り続けて、いつの間にかオムカ独立の先頭に立っていた。


 それを辛いと思ったことはない。 

 いや、そう考えることすらも放棄していた。


 それを今、ハワードから指摘された。


 俺だけで背負い込む必要はないと。

 もっと他人を頼っていいんだと。


 そもそも俺のパラメータやスキルでは他人を頼らずに生きてはいけない。

 だがやはりどこかで遠慮があったのかもしれない。

 それでは、ダメなのだ。

 みんなが一致団結しないと、オムカみたいな小国は生きていけない。


 それをハワードは教えてくれた。


 よく考えたらハワードから色々なことを教えてもらいっぱなしだ。

 屯田のこと、川を使った戦、初心忘れるべからずということ、一国の軍の動かし方、部下の上手い使い方、籠城戦のやり方、交渉の仕方、そして大人の男の格好良さ。


 本当に、この爺さんはタダ者じゃない。


「やれやれ。先が思いやられるのぅ。そんなに寂しいのなら、ほれ、今日はわしの布団の中で眠るとよい。わしがお主の涙を受け止めてやるぞ」


「うるせぇ、エロ爺!」


 やっぱりこいつはダメな大人だ。

 絶対見習うもんか。

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