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第38話 和睦

 夕暮れが差し迫る中、平地に建てられた陣幕の中は、かがり火により明るさを保っているが少し熱く感じる。


 その広くもない空間に3人の人間が簡易的な椅子に座っている。

 俺とハワード、そしてシータ王国の軍総帥にして宰相の男だ。名をあまつという。


「それでは、これで和睦は成立ということで」


 天がそう言うとハワードは大きく頷く。


「うむ、これで平和になるのは軍人としては悲しいが良い事じゃて」


 それに対し天が曖昧に笑う。

 乾いた笑いだ。


 本気で和睦だなんて思っていないのだろう。茶番でも見せられているような違和感。

 それもそのはず、あちらはこの和睦が長く続くと思っていないからだ。


 事の始まりは5日前。カルゥム城塞を包囲していたシータ軍は兵を引いた。

 そこへ和睦の使者を送った。


 どんなに憎い敵であっても、軍使を攻撃しないというのは戦場のルールだ。

 だから相手の指揮官は話を聞くと、前線の指揮官では決めかねる政治的な問題だからと、国王に打診するために早馬と小舟を遣わせた。


 その返事が来るまでの3日間、つかの間の平和が訪れた。

 ただ敵の軍はすぐ近くに駐屯しているし、和睦が破られれば即座に戦闘に入るような危うさがあったわけだが。


 そして今日。

 シータ軍からの返答が来て、カルゥム城塞とシータ国が構える陣地の中間地点で、両国の代表同士で話がしたいとのことを伝えられた。


 オムカ国からは当然ハワード、シータからは宰相兼総帥の天。


 政治と軍事の両面で国のトップと言っても良い男が来たと聞き、俺とハワードは耳を疑った。

 だがそれは裏を返せばシータもこの和睦に本気なのだと見ることもできる。悪くはない。


 だからそこに俺も同席させてもらって、折を見て同盟の話を切り出すことになったのだが、この天という男がつかめない。


 20代の中頃で、ほっそりとした体に白い肌。対照的に漆黒に塗られた腰までありそうな黒い髪のコントラストが見るものの目を奪う。

 何より韓流スターのような線の細い美形で全く軍人には見えない。


 だが時折見せる鋭い視線は、背筋をぞくりとさせるものがあった。


 怖いのではない。

 美しいのだ。

 男を見て美しいと思ったのは初めてだった。


 それは俺がそっち系に目覚めたのか、それともついに身も心も女になってしまったのか。

 分からない。分かりたくもなかった。


 ともあれ、和睦の話はすぐに終わった。


『このたびの和睦の申し出、大変重畳にて。そもそも貴国とは国境を接するものの旧来の怨敵ではなく、ひとえにエイン帝国の野望に巻き込まれる形で延々と実りのない戦いをしていた次第。故に和睦ということには我が君も異論はないとのこと』


 という天の第一声で、もはや決まったようなものだ。


 兵が退く時期と国境を決めればそれで完了だった。

 それからは雑談が続き、話は今回の戦の話になった。


「ふふふ、しかしハワード殿もお人が悪い。こうして相まみえるまでは本当に危篤きとくだと信じておりました。貴殿が指揮を取れば、それはこの城塞は落ちますまい」


「はっは、一度しか使えない奇策じゃがの。だが今回わしは何もしとらん。やったのはすべてこの娘よ」


「ほぅ」


 急にこちらに話が振られドキッとした。


 なにより天の視線がこちらに向いた時には背筋が凍る思いだった。

 怜悧れいりな瞳には刺すような冷たい光がある。

 ひょろっとした体つきにもかからず、この男が本気を出したら俺は片手でひねりつぶされるのでは、と思ってしまったほどの迫力だった。


 それも一瞬。すぐに柔和な笑みに変わった。


「なるほど、何故このような少女を同席させるのか不思議でしたが。彼女がビンゴ国を打ち破り、無傷で山賊を平定したジャンヌ・ダルクの再来と呼ばれるジャンヌ殿ですね」


「なんで、それを……」


「これくらいの情報を集められなければ、一国の宰相はやってられませんよ。それに良い意味でも悪い意味でも、おしゃべりな男というものはいるのです。一国の宰相にしては、迂闊うかつな男のようですがね。お気を付けを」


 なるほど、情報源はロキン宰相か。

 色々と画策しているみたいだから、それで外に漏れたということなのだろう。


「しかし、ふむ。そのジャンヌ殿がここにいるのは、また何かありそうですな。まさか自慢するために連れてきたわけではありますまい?」


 さすが一国の総帥と宰相を兼任する男だ。物事を奥の奥まで見ている。


「いや、自慢したいからじゃ」


「おい!」


「冗談じゃて。それ、さっさと話しせい」


 俺はため息をついて頭を切り替えると、天に同盟の話を切り出した。

 和やかに聞いていた天は、俺の話を聞き終わると、


「なるほど。エイン帝国から離れる、と考えてよいのですね」


「そういうこと。話が早くて助かる」


「はっはっは、なるほどなるほど。分かりました。いいでしょう」


 天は手を打って愉快そうに笑う。


 その様子を見てどうやらうまくいきそうだと思い、体の力が抜ける。


 だが――


「オムカは我々を舐めている、ということですね」


 なんて言われた時には心臓が止まると思った。


 向けられているのは視線というより殺気、殺意。

 声のトーンが1段階下がり、あからさまな怒りと、そして脅しを込めた声に身が震える思いだ。

 視線で人を殺せるのであれば、この数秒で俺は何回殺されただろう。


 そんな益体のないことを考えてしまうほどの迫力、先ほどの睨みなど、今と比べればそよ風のようなものだ。


「ほぅ、それはなぜかのぅ」


 ハワードがその殺気を受け流しながらも、悠然ゆうぜんと聞く。


「考えるまでもないでしょう。我がシータ国にはなんのメリットもない。独立と言っても貴国が滅ぼされる国が我らからエインに変わるだけのこと。そしてその次はシータです。そんな危ない橋を渡るより、ビンゴと協力して貴国を滅ぼし、そしてエインに対抗する方がはるかに得なのです。貴国にはメリットはあるかもしれないが、我らにはない。微塵もね。そんな子供のお使いレベルの要求を持ってきくれば誰もが思うでしょう。舐めているのか、と」


「それはそうじゃのぅ。ジャンヌ、何か言ってやれ」


 ハワードに丸投げされた。

 いや、この状況は俺の言い方が悪かった。きっと政治力の低さが原因だ。最初から筋道立てればこうはならなかったはず。


 そう、確かに天の言う通りなのだ。

 これだけならば子供のお使いと言われても仕方ない。


 だが裏を返せばメリットがあれば同盟を結んでも良いということ。少なくとも一顧だにされないことはない。


 だから俺はここでジョーカーを切る。


 小さく深呼吸して心拍を整え、


「なら聞こう。このカルゥム城塞を落とすのに、いくら兵を使う?」


「何を言い出すかと思えば。確かに今回は3万で後れを取りました。ならば次は倍で攻めれば良い。西門も完全に封鎖し攻める。いくら強固とはいえ、6倍の前には落ちるしかないでしょう」


 確かにその通りだ。

 四方を包囲されればいかに城塞と言えどもたない。


 だが、だからこそそこにメリットが生まれる。

 ごくりと唾を飲み込む。たったこれだけを言うだけで喉がからからだった。


「ならば我が国は、同盟の証にその6万の命と食料と武器を保証する」


「なんだと……」


「カルゥム城塞をシータ国に明け渡そう」


「……っ!」


 今度は天が息を呑む番だった。

 殺気も一瞬霧散し、感じるプレッシャーも激減した。


「なんと……この城塞を?」


「ああ。第1師団を始めとしてオムカに属する者は全て立ち退く。武器や食料は王都へ向かうために少しもらっていくが。それ以外は建物も城壁も傷1つなくお渡しする。土地の人間は希望すれば王都へ連れていくが、ここに住みたいという人がいればその意思を尊重する」


「本気なのですか? この要衝をタダで明け渡すとは。6万、いや10万の兵にも匹敵する要地ですよ」


「でもエイン帝国を打ち払うには意味をなさない、だろ。俺たちが今欲しいのは、ここでしか役に立たない6万より、確実な1万なんだから」


「ふっ、なるほど。貴女は我々という後顧の憂いを絶った上に、自由に使える1万の兵力を手に入れる。我々は天険の要害を手に入れる。確かにここなら、もしエイン帝国軍が貴国を滅ぼしてシータ国に進軍してきても1万で防げる。その分を北部戦線に回せるし、あわよくばエイン帝国軍を打ち破って中原に進出することも可能になる」


「そういうこと」


 さすが総帥なだけあって、軍事的の方面も頭のめぐりが早い。

 敵に回したら厄介そうな男だ。


「ふふふ、いいんですか。あとから返してと言っても返しませんよ」


「いいよ。それより交易権の方が欲しいな。エイン帝国を撃退したら、そちらの国と交易をさせてもらいたい」


「ほぅ、貴女は軍事だけでなく政略にも長けているんですね。いや、感服しました。オムカの王都は大陸の中心地。放っておいても各地の物産が集まる。それを海外に売れば莫大な利益を生むのも道理ということですね。おもしろい!」


 勝手に納得して天は両手の平を顔の前で打ち鳴らす。

 その時には柔和な笑みを浮かべる人の好い宰相に戻っていた。


「分かりました。とはいえこれは国の重大事。私1人の一存では決められません。そうですね、貴女に使者となって我が国に来ていただけませんか。もとよりそのつもりだったのでしょう?」


「さすが、なんでもお見通しってことだな」


 ということで話がまとまり、俺が正使として天に同行してシータ国の王都に行くことになった。


 ただ困ったのは、その後の雑談も交わり始めた時に天が俺を見て、


「それにしても……噂では美しい少女と聞いておりましたが、なるほど、聞きしに勝る美しさですな」


「じゃろ? だがやらんぞ」


「ふふ、それは残念。ではシータの総帥と宰相の地位を投げ捨てて、1人の男として求婚するのであれば問題ありますまい?」


「きゅ――きゅう!?」


 何を言ってるんだ、こいつ! 俺は男だぞ!?


「ダメじゃ。ジャンヌはわしと結婚するんじゃ」


「ふざけんな、エロ爺!」


「怒った顔も魅力的だ。素晴らしい。ますます貴女と絆を深めたくなってきました」


「あのな、俺ってまだ……そう、13だぞ。ロリコ――じゃなくて、年の差とか考えた方がいいんじゃないのか?」


「問題ありません。我が国では15歳が結婚適齢期となります。2、3年早くとも問題ないでしょう。それに愛に年齢は関係ありませんから」


「わしの妻も12の時に結婚したぞい」


 ここに俺の味方はいないのか!

 てかなんだ、この会話! 一国の宿老と一国の宰相がする話じゃないだろ。


「頭が痛くなってきた……」


「む、それはいけませんね。どうですか、我がシータには腕の良い医者が山ほどいます。外国からの良く効く薬もありますからね。シータ国に行きましょう。さぁ、ジャンヌさん、今すぐ!」


「しれっと引き抜かないで欲しいのぅ。なに、ジャンヌはわしが肌でちゃんと温めてやるから大丈夫じゃ」


「頭痛のタネどもが話の花を咲かすんじゃない!」


 どうして男ってのはどいつもこいつも……。


 などという考えがすでに女性に傾いているんだな、と愕然とする。


 と、そのとき。陣幕の外から呼び声がした。


「師団長殿!」


 急報だろう。

 でなければ対外折衝をしているところに割り込んでくるはずがない。


「少々失礼」


 ハワードが外に出ていくと、狭い陣幕には俺と天が残った。


 天は椅子に座りながら肘を両膝に乗せ、両手を合わせて口元にあてた状態でこちらを見てくる。

 無言で。


 うーん、プレッシャー。会話もなく、ただ見つめられるだけとかどうも落ち着かない。

 ハワード、早く戻ってこい!


「あー……慌ただしくてすまん」


 沈黙に耐えきれずに出した言葉。

 なんら意味を持たない言葉だが、天はそれに対してもにこりと笑う。


「いえ、構いませんよ。おかげで貴女と二人きりになれた。この時間をくださった伝令の方には感謝しかありません」


 こういうキザなことを言っても絵になるのだから嫌なやつだ。


 だがそろそろ本当のことを言わないと後がつらい。それに勘違いさせっぱなしというのも少し気の毒だ。

 だから自分が男であることを切り出そうとした時、


「なんと!」


 ハワードが驚愕の叫びをあげた。

 あのハワードがここまで驚くのは珍しいと思っていると、少し間を開けてハワードが陣幕に入って来た。


「王都からの急報じゃ」


 ハワードの顔は渋い。

 さっきまでの好々爺のエロ爺だった顔はみじんもなく、オムカ国の宿老にして第1師団長の顔を張り付けている。


「私はそろそろ失礼します。明日、ジャンヌ殿のお迎えにあがります。そして一緒に川を下りましょう」


「いや、アマツ殿にも聞いてもらうべき内容じゃ。そして、ジャンヌのシータ国行きも残念ながら白紙にさせていただく」


「なんですと……?」


「おい、どういうことだ!? 王都から急報って、まさかマリアに何かが!?」


「いや、そうではない。この報告が持つ意味、それがどうなるかはまだわからん。だが風雲急を告げるのは確かじゃから、ジャンヌがシータ国に行く暇はない。それに、同盟を結ぶにあたっては、シータ国にもかかわりがない話ではないからのぅ」


「一体、何が起こったのですか?」


「ロキン宰相が亡くなった。いや、殺された」


 声を潜めて言ったハワードの言葉に、陣幕の中はしんとした。


 ロキン宰相が、死んだ? いや、殺された?

 いつ? 何故? 誰に? どうやって?


 その答えを、ハワードは言った。


「殺したのはハカラ将軍。自らを宰相将軍と号してオムカを支配下に置いた。クーデターじゃよ」

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[一言] 将軍が堂々と暗殺しちゃうかあ
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