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第4話 戦場の空気

 そこは森の中だった。

 風の音が木々を揺らし、鳥の鳴き声が聞こえるどこにでもありそうな森。


 木々の切れ間から見える陽光は中天から少し傾いている。午後らしい。


 下を見る。

 皮の靴が土の地面を踏みしめている。

 皮の靴と言えば聞こえがいいが、フェラガモみたいなン十万もするものじゃない。

 もっとこう……中世ヨーロッパの農民が履くようなただ動物の皮を履物にしただけのような靴だ。


 さらに一応Tシャツっぽい服とロングパンツだが、これも言ってしまえば布の服だ。

 一番最初の初期装備、ありがたみも何もない。

 もちろん武器もない。


「こんなんでどうしろって言うんだよ」


 頭を掻く。

 なんだか人の体を掻いているみたいだ。まだ順応していないということだろう。

 自分の声が少し高い気がするのもそのせいか。


 と、その時。風に運ばれて何かが聞こえてきた。

 怒声か喚声か、それは人の声。


 近くに人がいる。それだけでもこの状況ではなんともありがたいものか。

 まずは情報収集だ。

 この世界のことを知り、そこで生き抜くための力を得るのが第一だ。

 サバイバルの知識なんてないインドアな俺だから、とりあえず街にたどり着きたいところ。


 というわけでさっそく足を歓声のした方へ向ける。

 だが少し駆けて息があがった。


「はぁ……はぁ……いや、運動はしてなかったけど、ここまでか。てかここは再現しなくてもよかったんじゃあ……」


 それとも筋力の値が響いているのだろうか。

 筋力14って、歴史シミュレーションゲームだとほぼ最下層の値だろ。

 戦場に出たら速攻潰されて、一騎討ちでもしようものなら即死ものだ。


 これは思ったより足かせになりそうだ。

 そんなことを考えながら、5分ほど小走りで歩いたところで森が切れた。


 そして圧巻された。


 そこは大地だった。

 森が切れたのも崖になって続くべき道がなかったため。

 そしてその下に広がる大地は、今や阿鼻叫喚の地獄となっていた。


 そこら中に人の形をしたものが転がり、そのうえで人の形をしたものが長い何かを振って、人の形をした何かを地面に量産している。

 そしてそれを彩るのは、ところどころで噴き出る赤だ。

 赤が舞うたび、人の形をしたものが地面に転がり、彫像のように動かなくなる。

 その彫像の製作者も、数秒後には別の製作者の手によって物言わぬ彫像にされてしまう。


「うっ……」


 声が出ない。

 戦争だ。

 しかも近現代以前、銃が開発される前の人と人による白兵戦が展開されていた。


 数千、いや万を超える人間が広くもない大地にひしめき合って殺しあっている。

 帽子型のヘルメットに鎖帷子、胸当て、肩あて、籠手、脛あてといった防具に身を固めた戦士たちが、剣や槍を手に敵を屠る。

 戦争というのだから敵と味方がいるわけで、それはどうやらインナーの色で見分けるらしい。


 赤と青のインナー。

 数量的には赤が多く、押しているように見える。

 というのも青の方は戦っているのが一部で、戦場の後ろに陣取ったまま動かない軍があるのだ。


「あの軍……何のつもりだ。味方が受け止めているところを迂回して挟撃? いや、あれはダメだ。あの軍は動く気がない。さっさと退かないと全滅するぞ」


 頭では危険信号が逃亡を訴えかけているのに、やはり俺は学者だった。

 歴史上の本当の戦争を前にして、その知的好奇心が何にも勝ってしまうのだ。

 人が死んでいるというのに。不謹慎だと言われても反論できない。

 それが俺という人間だった。


 だが、この場ではその好奇心が仇となった。


「おい、お前何してる」


 野太い声。

 言われ、緊張が走った。


 背後。振り向く。そこには3人の男がいた。

 今、眼下で殺し合いをしている赤の軍装を着た男たちだ。

 正直、こんな人間がいたのかと思うほど醜悪な顔をしている。


「ほぅ、こりゃ上玉なんだな」


 とはダルマ鼻の太った男。


「きへへへへ、斥候ついでの略奪ができりゃ御の字と思ったが、こりゃ役得だな」


 これは俺より小柄の小男。


「な、俺の言ったとおりだろ。俺についてくりゃ間違いない」


 などと自慢げに言うのはひょろりとして無駄に鼻の長いキザな男。

 同じ男の俺からしても嫌悪感を誘う3人の言動だった。

 あからさまに非友好的な視線を向けてくるあたり、平和的な交渉は不可能そうだった。


「よぅ嬢ちゃん。おとなしく俺たちに捕まれば痛い目見ないですむぜぇ。ぐへへ、ま、違う意味の痛い目を見てもらうかもしれないけどよぉ!」


 こ、こいつ……男相手に、そういう趣味があるのか。

 悪寒が背筋を駆け抜ける。


 今すぐこいつらをぶん殴りたい衝動が湧いてくるが、なんとか抑える。

 なぜなら勝ち目がないから。


 第一に1対3という単純戦力差。

 第二に相手は武装している。

 第三にこちらは筋力14。


 勝てる要素が一個もない。

 だから打つ手は1つだ。


「悪いけど、趣味じゃないんでね」


 言うが早いが横に走り出す。


「てめぇ、待ちやがれ!」


 待てと言われて待つ人間はいない、これは金言だ。

 だから走る。


 森の中、舗装されていない道はひどく走りづらい。

 しかも、やはりというかすぐさま息があがり、どんどんとペースが落ちていく。

 そして背後からはげひた笑い声がどんどん近づいてくる。


「ほーら、とうせんぼだな!」


 いち早く俺の前に出たのは、意外にもダルマ鼻の太った男。

 だがここで止まったら確実に後ろから捕まる。


 だから俺は速度を落とさず、ダルマ鼻の男に突っ込んだ。

 体重は違えど、こちらは少しは速度が乗ってる。

 だから体当たりをかませば、少なからず相手は態勢が崩れる。

 そこを一気に抜く。


 だが俺は忘れていた。

 俺自身の体を元の世界と同じに考えていたこと。

 そしてやはりあくまでも筋力が14ということ。

 だから――


「へーん、なにかしたんだな?」


 ダルマ鼻の男は揺るぎもせず、逆に俺が弾き飛ばされる始末。

 地面に転がった俺は、すぐさま何者かに両腕を掴まれ、仰向けに転がされる。

 キザな男にマウントポジションを取られていた。


「へっへっへー、つーかーまーえーた」


 キザ男が気色の悪い猫なで声と、それに似合わぬ悪魔のような笑みを浮かべている。


「放せっ!」


 もがくものの、筋力14の力ではぴくりとも動かない。

 くそっ、もっと力をあげときゃ、こんな奴ら鎧袖一触なのに!


「さて、いただきますか」


 キザ男が俺の体を撫でるように手を這わせると、そのままロングパンツに手をかけて脱がそうとしてくる。


 うわあああああああああ、キモいキモいキモいキモい!

 なんでこんな目に遭わなきゃいけない!


 それもこれもこのパラメータをランダムで決めたあの女神のせいだ。


 あのクソ女神、今度会ったら絶対泣かす!

 せめてスキルだけでも選べてれば――


 スキル!


 そうだ、それを忘れていた。

 ランダムで付与されたものの、それが何かまだ調べてなかった。

 これぞ起死回生の強力スキルであれば、いやあってくれと願わずにはいられない。


「出ろ、スキル!」


 何が設定されたか分からないから、こう叫ぶしかない。

 それでも何かが体の奥から湧き上がってくる気がする。

 そして、光と共にそれが来た。

2/19 誤字を修正しました

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