第77話 軍師、引退ス
12月24日の夜。
オムカ王国の王都バーベルは喜びの渦に巻き込まれていた。
滅ぼされたビンゴ王国がなんとか持ちこたえ帝国の脅威が減ったこと、ヨジョー城に迫った帝国軍を追い返したこと、南群の反乱に対し女王自らが撃退を宣言したこと。
これらのことが集まり、お祭り好きな王都の人々は連日のお祭り騒ぎ。
それに合わせてマリアの女王就任1周年のお祝いもすることになった。
俺としてはそれに否やはなかったが、時間もない中で各地に奔走することになった。
去年も戴冠式でいろいろ苦労したけど……成長してないなぁ。
そして成長してない連中がやはりいて、そしてその被害を受けるのは決まって俺だ。
「うぅ……なんでこんな目に」
道行く人々の視線が痛い。
かといっても好意の視線だから見るなとも言えないし、それに何より、あまり見られたくない人たちに見つかった。
「ジャ、ジャンヌ様。そのお姿は……」
グラスを手にした男集団。
ジル、サカキ、クルレーン、ブリーダとそのおつきのように従うアイザ。
誰もが仕立ての良い礼服姿で、イケメンアイドルとしても売り出せそうだ。
ただ、今はその誰もが目を見開いて俺に熱い視線を送ってくるのだからもう。
「ジャンヌ、それは俺との結婚衣装だな! 分かってる。お前の気持ちは分かっているぞ!」
「サカキ、何を寝ぼけたことを言っているのです? あなた、ビンゴに行ってから知能が下がっていませんか? 恥を知りなさい。ええ、ジャンヌ様。私には分かっております。それぞこの世の正義を知らしめる礼服だということが」
「ふっ、我が軍のトップのお二人はお姫様に夢中、か。まぁ、素体は悪くないのだからあと数年後に期待しようか」
「まーまー、いいじゃないっすか。こんな軍師殿もまた……イダダダダダダ! ヒールでぐりぐりするなっす、アイザ!」
「ふん!」
といった賛辞(?)を受ける間も、正直気が気でなかった。
俺は多分、耳まで真っ赤になっていただろう。
そう、今の俺はいつもの軍服ではないし、私服でもない。
あつらえたパーティドレスに身を包んでいた。
オムカの旗の色を示すスカイブルーに染まった上質なものだ。
今までもスカートにも多少は慣れてきたと思うが、やはりこれはまた別だ。
歩きにくいし、もっさりしてるし、肩はスースーして寒しい。
何よりこれを着ることで、もう俺は男とは言えないんじゃないかと思えてしまうのが一番つらい。
だからさっさと切り上げようと、俺はジルに問いかける。
「マリア……女王を見なかったか?」
「女王様ですか? 確か王宮の庭園でゆっくりするとか」
教えてくれたジルに礼を言い、熱い視線から逃げるようにその場から離れる。
祭りは基本無礼講で、マリアの女王としての挨拶が終われば後は適当だ。
皆が飲めや踊れやの大騒ぎの中、出番を終えたマリアを探して王宮へ向かった。
道行く人に声をかけられたが、正直恥ずかしくて会釈をするだけにとどまる。
途中でクロエたちに見つからなかったのが幸いだったかもしれない。
てかヒールが微妙に高くて歩きづらい! てか靴擦れが痛い!
とはいえここで家に戻ったら間違いなく倒れて爆睡するに決まってるので、我慢を押して俺は王宮へ向かう。
そう。今日、俺は彼女に伝えなければならないことがある。
王宮、その庭園と言ってもマリアの部屋の奥にある小さな庭でしかない。
ただ一応、そこは王室の人間しか入れないということで、本来は入れない場所なのだが、なんだかんだで俺は許可を得ていたから問題はない。
庭にはテーブルが据えられて、3人が楽しそうに談笑していた。
「ようやく見つけた」
俺の声に3人が振り向く。
一番に反応したのは、やはりというかマリアだった。
「おお、ジャンヌなのじゃー! うんうん、余が送ったドレス、着てくれたんじゃの」
マリアが満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
昨夜、家に帰った時、クロエが途方に暮れてたのを思い出す。
家に箔入りの大きな箱があり、中を見れば上質な絹のドレスが入っていたのだ。
送り主の名前からその意図を悟った俺たちは、すったもんだの口論となった。
もちろん、着るか、着ないか、だ。
『女王陛下より賜ったものを断るということは! つまり女王陛下のことを軽んじていることになりませんか、隊長殿! 今回の件も含め、ここはなんとしてでもこれを着て、パーティに参加すべきかと。あ、もちろん私がお着替えを手伝いますので……はぁ、はぁ……』
という正直、ぐぅのねも出ない正論を言われた。
クロエも成長したんだなぁ、という思いとは反して、どこか納得しづらい感じがするのはなぜだろう。
「ジャンヌ、可愛いぞ!」
「う、あ、ありがとう」
「ま、いいんじゃない? もっと際どいの用意してたんだけど」
「か、勘弁してくれ」
マリアとニーアのストレートな物言いは、ノックアウト寸前の俺には十分すぎる打撃だった。
てかこいつらのテンション。
まさか、飲んでないよな?
マリアのドレス姿はある意味見慣れているから特にコメントなし。
ニーアは近衛騎士団の正装なのだろう、肩当や胸当てをつけたパンツスタイルで女王を守る騎士のように見えるが、いつもと変わらないと言えば変わらない。
そして、もう1人。
「あ、明彦くんのドレス……はぁ……はぁ、さ、触っていいかな? かな?」
「里奈……」
こっちは違う意味で衝撃的だった。
なんだろう。里奈がどんどん変な方向に向かっていく。
もっとおしとやかでよく笑う感じだったんだけどなぁ……。
間違いなくこの2人、あとクロエの影響を受けてる。
正直、里奈のドレス姿もある意味衝撃的だったのだが、この反応を見るとどこか萎えてしまう自分がいた。
と、そんな彼女の格好の中で、胸元に光るものを認めた。
「あ、それ、つけてくれてるんだな」
「うん、明彦くんのプレゼントだから」
里奈はそう言って、ドレスの胸元に光るネックレスを嬉しそうに持ち上げる。
正直、貧乏国の貧乏軍師としてはそんなに高いものを買ってやれなかった。
けどちゃんとつけてくれて、喜んでくれるのだから嬉しいことこの上ない。
「お姉さまに勝ったのじゃ! なんといっても、ジャンヌがくれたのは結婚指輪じゃからの!」
そこへ、マリアが嬉しそうに、自分の左手の薬指に光るシルバーの指輪をこれ見よがしに見せてくる。
おかしいな、ただの安物の指輪だったのに、なんで薬指にはめてるんだよ。
「むむ! 明彦くん、この差はどういうことかな? お姉ちゃんにしっかりと説明してもらえるかな!?」
「いや、ただの誕生日プレゼントだけど……」
「じゃあこれは私の結婚ネックレスにする!」
なんだよ、結婚ネックレスって。
「あぁ! ずるいのじゃ! こうなったらジャンヌと先に挙式するのじゃ!」
「駄目よ。明彦くんと結婚するのは私だから!」
里奈の『結婚』という言葉に、ぐっとくるものがあるけど、この状況では手放しに喜べなかった。
てか里奈が姉で、マリアが妹だって言ってるの、それはそれで問題だろ。
近親婚で、同性婚で、重婚とか。
重い、重すぎる……。
「えー、ジャンヌーあたしのはー!?」
しかも厄介なのまでくるし!
「お前は誕生日じゃないだろ、ニーア」
「誕生日ですー、何か月か前には誕生日でしたー!」
子供みたいな論理をする、この場での一番の年上がうっとおしかった。
「じゃあ何か月か後でも問題ないだろ」
「ぶー、けちー、ジャンヌのけちんぼー」
子供か!
てかそっちまで面倒見てたら破産するっての。
はぁ……本当はそんなことを話に来たんじゃないのに。
もうこうなったら強引に話を変えるしかない。
「マリア、1つ話がある」
「どうしたのじゃ? 式の日取りかの?」
「違う、真面目な話だ」
「こっちも真面目なんじゃが……うぅ、分かったのじゃ。そう睨まないでほしいのじゃ」
俺は目をつむって少し深呼吸。
そして覚悟を持って、話を切り出した。
「俺を……ジャンヌ・ダルクをオムカ王国軍師から外してくれ」
「…………え?」
今まであまり考えようとしてこなかったこと。
考えることすら馬鹿らしくて目を背けていたこと。
こんな日にそんな話をしなくてもいいんじゃないかと思う。
けど、こんな日だからこそ、こういったことは早めに対処しないと問題になる。そんな気がしていた。
天に二日なし。
まさかマツナガから諭されるとは思ってもみなかった。
けど、確かにそうだ。
俺は南群にも、シータにも、ビンゴにも影響を持つ。
現地で兵を指揮したこともあるし、少なからずの信頼を勝ち取った自負はある。
対してマリアは王宮からほとんど出ない。
神聖の対象としてそこにいるのだが、何せ日が浅い。
去年まで帝国の傀儡だったこともあり、その存在自体の力もない。
だからもし、万が一にも億が一にもあり得ないことだが、俺が反旗を翻したら。
ビンゴ、シータ、南群の援兵とクロエたちを使えば、たとえジルやサカキ、ニーアらが敵になったとしても簡単にマリアを捕まえられる自信がある。
さらに諸国の協力と地元への慰撫をして、明智光秀の三日天下どころじゃなく、俺が正当な国王となることもやろうと思えばできると思っている。
もちろん俺にはそんなつもりはないから、仮も仮、いや、仮定することすらくだらない妄言の類だろう。
だが、世間はそう取らない可能性がある。
時雨の謀反。
丹姉弟の反乱。
そして今回の南群の蜂起。
それらを考えれば、俺が反旗を翻すということは、世間からすればありえないことはないのだ。
だからこそ、俺は公式の役職から退く。
いや、退くだけじゃ物足りない。
「今回の件。その責任は俺にあるとして、お前の手から役職をはく奪するんだ」
「え、え!? どうしてなのじゃ?」
失態を咎める形にして、マリアから解任する形を取れば、世間はマリアの方が上だと感じる。
そうすれば天は二日ではなく、女王陛下であるマリアが最高権力者であることを認識するはずだ。
猿芝居だが、政治というものは面倒なもので、こうでもしないと納得しない人間はいるのだからしょうがない。
「それがお前のためだからだよ」
「え……でも…………い、いやなのじゃ」
どうもマリアの態度が煮え切らない。
その横で聞いているニーアからも徐々に殺気が増しているように見える。
「も、もしかして……嫌いになったのじゃ?」
「は?」
「よ、余が……頼りにならない王だから……じゃから見限って、どこかへ行こうというのじゃ?」
「い、いや、違う! そうじゃない!」
しまった、話を急ぎすぎたか。
下手に説明を渋って、マリアを心配させてしまったようだ。
俺は一からマリアに説明した。
今回の騒動の原因。民衆の反応。権力の集中による基盤の強化。
そして何より、俺の行動自由化がある。
俺はオムカから離れる気は毛頭ない。
ただ、今までは1つの方面にじっくりと時間をかけすぎた。
それは俺が1つの戦線で指揮を執り続けたことでもある。
けどそれじゃあ駄目なのだ。
俺が怪我したり病気した時に、あの時のように戦線が崩壊寸前になるのは防ぎたい。
それに俺が指揮を取ることで、ジルやサカキといった優秀な指揮官の伸びしろを殺すことになるし、育ってくる若い芽もつぶしてしまっているところはある。
だからこそ全軍統括の軍師から離れ、各戦線における将軍補佐となることで、様々な戦線で柔軟に対応できるようになるはずだ。
将軍の横で助言をする、従来通りの軍師としての役割に徹するということだ。
「そ、そうなのじゃ……よかったのじゃ」
涙ぐんでまで不安になっていたらしいマリアに、少し罪の意識を覚える。
「…………ふん」
ニーアが「最初からそう言いなさいよ」と目で言ってくる。
同時に殺気という名の圧が消えた。
下手したら誤解で殺されていたかと思うと、もう少し言葉に気を付けようと思った。
「分かったのじゃ。今年中にそうするのじゃ」
「ああ、頼む」
「ニーア、そのように手配を頼むのじゃ」
「はっ、承知しました。罪状は……そうですね、女王様を悩殺しようとした疑い、ということにしましょうか」
「はっ!?」
「そして罰は軍師からの降格。そして3か月間、女王様のメイドとして、掃除、洗濯、お召し物のお着替え、お風呂での給仕、おトイレのサポート、夜は腕枕で物語を聞かせる係というのはどうでしょう」
「それじゃ!」
「ずるい! それは姉として私も参加します!」
「それじゃ、じゃなーい!」
下手に出たらこれだ。
分かってるのか、来年はそれこそ激動の年になるはずだと。
マリアが大陸の女王陛下になることだって十分にあり得るんだと。
…………ま、いいか。
逆に言えば、こうやってふざけ合うのもこれで最後かもしれない。
そう思うと仕方のないことなのかもしれないわけで。
「やっぱり食事の時にあーんしてくれる係は外せないのぅ」
「あ、あーん!? 明彦くんの!?」
「女王様の習い事の時に、ヌードモデルになってもらいましょう」
「ぬ、ぬぬぬ、ヌード!?」
「1日1回、余の選んだ衣装を着てもらうのは必須じゃな」
「明彦くんの着せ替え人形……」
「毎夜、女王様が眠るまで『愛してる』の言葉をささやき続けるのも捨てがたいですね」
「は、はふぅ……」
「お前らいい加減にしろ!」
やっぱり、こいつら……野放しにしたらまずい。
そして、里奈……こいつらに影響受けすぎだろ。
ともあれ。
そんな辛くも楽しい1年が終わり――
年が明け。
勝負の刻が来る。
これにて第4章終了となります。
ここまで読んでいただいた皆様には感謝の言葉を。
そして若干えぐくて鬱な展開が続き何より長くなりまして申し訳ありません。
こういう展開を書いていると、書いている側も暗くなってくるのがよく分かりましたので、これからは気を付けて書いていこうと思います。
(ラストもハッピーエンドか、救いようのない鬱エンドかを考えていましたが、ハッピーに寄った方向で進めたいと思います)
この後はそれぞれのキャラに焦点を当てた間章をはさみ、決戦の第5章へと移っていきます。
間章は隔日更新とさせていただき、そのあとの第5章は毎日更新を目指しますので、ご了承ください。
早いもので書き始めてからもうすぐ1年が経とうとしています。
力量不足ながらもここまで書いてこれたのは、ひとえに皆様の応援あってこそです。
ちょっと気分転換に寄り道することもありますが、このままラストまで一気に駆け抜けていきたいと思いますので、是非最後までジャンヌ・ダルクの冒険にお付き合いいただければ幸いです。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。




