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閑話22 立花里奈(オムカ王国軍師相談役)

 明彦くんと別れて家に戻った。

 約1か月ぶりのオムカの家。


 この家で明彦くんと一緒に暮らしたのはもう遠い昔のように思える。

 どうやら掃除はしてくれているようで、出発した時のままに見えて心地よい。


 そんな感慨深い思い出もそこそこに、さすがに疲労のピークにあった私は、そのままベッドに倒れると朝まで眠りこけた。


 翌朝。

 汗と土埃でぐしょぐしょの洋服のまま外に出た。

 目指すは公衆浴場。

 こういう時、備え付けのお風呂だのシャワーがないのは不便だと思う。


 浴場で汗を流して着替えると見も心も綺麗になった気分になる。

 元の世界で使っていたシャンプーやケア用品がないことも不満だったけど、今さらそんなことを気にしてもしょうがないと思うようになった。


 さっぱりした後、家に戻ったけど誰にもいなかったから、仕方なく、明彦くんに書き置きだけして外に出た。

 昼下がりの陽気にさらされながら大通りを歩く。

 活気にあふれ、平和なこの空間。

 それを見ると、昨日まで戦争をやっていたのが嘘みたいに思える。


 適当に入った店で、蒸し鶏のサラダとスープのセットをお腹に入れると、食後の散歩がてらに歩きながら家に戻る。

 その途中で懐かしい顔を見つけた。


「リンちゃん」


 呼びかけると、少女の顔がパァッと輝くように破顔してこちらに駆けてきた。


「リナお姉ちゃん!」


 パタパタと駆けてくる様を見れば、あぁもう可愛い。

 胸がきゅっとしめつけられるというか、抱きしめてお持ち帰りしたい感じ。数いる妹候補の中でも末っ子ナンバーワンね。


「リンちゃんは元気?」


「うん! いまね、おかいものなの」


 見れば手に持つ籠に、パンやら野菜、豆、お肉といったものがぎっしり入っている。

 彼女の働く店は南門の近くにあるらしい。

 確かにそこからここまで歩いてきたと思うと、大変な労働だ。


「偉いね。重くない? 持とうか?」


「だいじょうぶ! リン、もうはたらけるから!」


 あぁ、この健気な感じ。本当に抱きしめたい。


「じゃあ、お姉ちゃんもお手伝いしようかな。リンちゃんがよければだけど。一緒にお話ししながらね」


「いいの!?」


 リンちゃんが嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 それから研ぎ師のところでハサミを受け取り、金物屋――金物を修理してくれるところ――でフライパンを受け取るとリンちゃんのお使いは終了した。


 その間にも、リンちゃんとは色んなお話をした。

 お仕事が楽しいということ、お花が見られるのが嬉しいという事、怒られる回数も減ったということ。

 どれも他愛のない話だけど、なんだか話しているうちに心が豊かになっていく気分を味わうのだから不思議だ。


 明彦くんはこの子たちを守るため、今も頑張ってる。

 そう思うと、自分もと思えてくる。

 少なくとも、あの村での出来事を引きずっている場合じゃないと思う。


「そういえばあきひ……えとジャンヌのお姉ちゃんは見なかった?」


「ジャンヌお姉ちゃん? んーん、みてないよ」


 明彦くん、来ていないのか。

 すぐ戻るとか言っちゃったから入れ違いになったのかな。

 あるいはまだ休んでいるのかもしれない。

 明彦くんは本当に頑張り屋だ。けど、どこかブレーキが壊れたように突っ走ることがある。

 いつか本当に倒れるんじゃないかと心配しているから、今は少し休んでほしいと思う。


「リンちゃんはジャンヌお姉ちゃん好き?」


「うん!」


 リンちゃんが太陽みたいな笑顔で頷いたのが嬉しかった。


「あのね! ジャンヌお姉ちゃん優しいの。初めて会った時、リンを守ってくれて、その次に会った時もリンを守ってくれたの!」


「そう、よかったね」


「うん! ジャンヌお姉ちゃん好き! リナお姉ちゃんもやさしいから好き!」


 うぅん、この無垢な笑み。

 本当にただこう、守ってあげたいよね。

 明彦くんの気持ちがよく分かる。


 そんな感じでうららかな午後を楽しんでいると、


「あ、いたさー、探したさ」


 この特徴的な声。


「ミストさん」


「ハイ、里奈さん。元気さ?」


 この国に来た時にお世話になったミストさんだ。

 なぜか今、冒険家みたいなサスペンダー付きの砂色のトップスにホットパンツを合わせた格好をしていた。


「えっと、どうかしましたか?」


 とりあえずその服装についてはスルーしておいた。


「いや、大通りにいるって置き手紙があったからさ。それがこんなところで。探したさ」


 それは良かったけど、なんで明彦くんじゃなくてミストさんが?


「あぁ、アッキーなら来ないさ」


「え?」


 ミストさんが言った言葉が理解できなかった。

 アッキー。明彦くん。

 それが、来ない? 何で?


「アッキーは朝に出発しちゃったさ。もう今頃はもうビンゴ領かもしれないさ」


 え? 何で?

 明彦くんがもう出発して、ここにいなくて、それで私は?


「一応、アッキーから伝言を預かってるさ。本当、こういうのは本人がやってくれって感じさ。えっと……そう、これから戦いは激しくなる。だから里奈はこっちで帰りを待っててくれ、とさ」


「それだけ、ですか?」


「そりゃもう。なんか急いでたからね。それより暇ならちょっと手伝ってもらえないさ? なんでも南郡の密林にこれまた大きな……ん? なんか怖い顔してないさ?」


「……いえ、別に」


 正直、自分がどんな顔をしていたかは分からない。

 けど内心では1つの感情が渦巻いて仕方がない。

 必死にスイッチを押さないよう、衝動を我慢しているなもの。


「ミストさん、馬、ありますか?」


「そ、それはあるけど……どうしたさ?」


「明彦くんに言わなくちゃいけないことがあるんで」


「そ、そうさ。じゃあ30分後に西門に来るさ。準備しておくさ」


「よろしくお願いします」


 頭を下げると、ミストさんは何かに怯えるようにそそくさと立ち去ってしまった。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ? けんか?」


 リンちゃんが心配そうにのぞき込んでくる。

 いけない。冷静に、笑顔で。


「んーん。なんでもない。ちょっと、すれ違いがあっただけ」


「そう……」


「ごめんね、リンちゃん。お姉ちゃん、用事が出来たから行くね。何かジャンヌお姉ちゃんに伝えることある?」


「え、んーと、んーと、まってる!」


「ん、分かった。伝えておくね。じゃ」


 リンちゃんと別れながらも、頭の中はぐるぐると思考を巡らせていた。


 紫苑しおんの花言葉。

『遠くにいるあなたを忘れません』

 待ってる。

 こんなに待ってる、のに。


 なんだか本当に腹立たしい。

 こんな子を寂しい想いさせて。


 何より、私への扱い。

 戦いが激しくなるから置いていく?

 居づらいから置いていく?

 家で待っていてほしいから置いていく?


「ふざけないで!」


 声に出た。

 通行人がぎょっとしてこちらを見てくるけど無視。


 私ってそんなイメージだったの?

 後ろにいて守られるイメージだったの?


 なんで隣にいさせてくれないの。

 明彦くんの助けをさせてくれないの。


 私の方がお姉ちゃんなのに!

 妹なのは明彦くんの方なのに!


 もう、本当にわからずや。

 だから言ってあげなきゃ収まらない。


 ちょっと荒っぽいことになるかもしれないけど、そうでもしないと分かってもらえないならそうするしかない。


 第一声は決まってる。

 これだけはもう譲れないくらいに定まっている。


 そう、明彦くんに追いついたら言ってやるんだ。

 お腹の底から吹き飛ばすように大音声で言ってやるんだ。


「明彦くんのバカーーー!」


 その叫びは、昼下がりの青空に吸い込まれていった。

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