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閑話20 マール(ジャンヌ隊部隊長)

 隊長に連れられ、村までの道を急ぎ戻る。


 正直、気が気でなかった。

 どれだけ先行しようと思ったか分からない。


 あの村での暮らしは、本当に楽しかった。

 最初は子供たちにも怖がられたけど、リナさんのおかげで関係が進展した。

 文字を教えた時、目を輝かせてお礼を言ってきたあの子たち。

 彼らに危機が迫っていると思うと、居ても立ってもいられなくなった。


 きっと間に合う。

 間に合って、敵を撃退して、皆も無事で。

 そしてまた、あの青空の下で文字を教えるんだ。


 そんな希望をもって、無言でひたすら走る。

 だから大丈夫。

 皆無事。

 明日からも、変わりない日々がきっと続く。


 夜を徹しての行軍にもかかわらず、敵が見えないことにいら立ちを覚えながらも、ひたすら進んでいく。

 そして森を抜け、そしていつか見た村の入り口にたどり着き――


 ――そこで、地獄を見た。


 整然とならんでいた家々は、いまやほとんどが燃え落ちて炭になっている。

 畑は人や馬が踏み荒らして滅茶苦茶だし、広場の宴会用の椅子や机も粉砕されていた。


 何よりにおいがひどい。

 家の焼けるにおいに紛れる、血と硝煙のにおい。


 村のいたるところに人だったものが転がり、この場に虐殺があったことを示している。

 その中には、明らかに子供のものと思われるものもあった。


「ひでぇ……くそ!」


 サカキ師団長が怒りをあらわに毒づく。

 隊長は……唇をかみしめたまま必死に何か衝動を堪えているようだ。


 なんでこんなことに。

 なんでこんなことを。


 疑問がぐるぐると頭の中を渦巻く。

 ひどい。ひどすぎる。

 彼らはただの村人なのに。無抵抗な一般人なのに。


 ただ、その中に馬や、明らかに軍関連の死体を見つけるに至り、不審が過る。

 残してきたビンゴ兵のものだろうか。いや、それにしては装備が違う。

 これはもしや――


 と、その時。死屍の広がる中に動くものがあった。

 ゆっくりと立ち上がる影。ぽつんと佇むその人物。家屋の焼ける炎に照らされ、その姿が明らかになり――


「里奈!」


 隊長が慌てた様子で駆け寄った。

 ふらりと立ち上がったのは、確かにリナさん。

 だけど……。


「里奈、里奈!無事か!?」


「あぁ……明彦くん……ごめんね。約束、破っちゃった」


「そんなことどうでもいい。お前は!無事なのか!?」


「あぁ……そんな、汚いよ。ううん、汚いなんて酷いよね。これだって、この人たちの命なんだから……あはは」


「そんなの……いや、すまん。俺がしっかりしてなかったから」


 まさか、あれが本当にリナさん?

 信じられないけど、この地獄の中、どうやって生き延びたんだろうと思ってしまう。


 だが彼女の立ち姿。

 濡れぼそった体。

 そして、その笑み。


『あはははははははは!』


 その時、何かが琴線に触れた。

 血にまみれた彼女の姿を、どこかで見たことがあるような。


 いや、忘れるはずがない。


 あの時。

 帝都で隊長を助けに行ったあの時。


 血にまみれた女性。

 ザインの血を吸った女性。


 立ち姿が、そっくりだった。

 何故今まで気づかなかった。

 髪型が違う? それだけで、何故気づかなかった。


 あるいは気づかないふりをしていたのか?

 子供たちと接しているのを見て、別人だと思い込んでいたのか。


 まさか、あのザインを殺した魔女が、こんなところに、何より――隊長と親密にしているなんて。


 体中を熱が駆け巡る。

 気づいたら声をあげて走り出した。


「あ……あんたがぁぁぁぁぁぁ!」


「……マール!」


 目を見開いた隊長を突き飛ばし、この女から遠ざける。

 剣を抜いた。

 リナさん……いや、目の前の魔女は茫洋ぼうようとした様子で剣を見ようともしない。


「隊長! この女は危険です! こいつが……こいつが! ザインを殺した!」


「よせ、マール!」


 何故!?

 何故隊長はこの女の肩を持つの!?

 ザインを殺したんだよ!?

 その前にはいっぱいオムカの民も殺した!


 こんなやつ、生きていていいわけないのに!


 だから私が殺してやる。

 その前にせめてもの償いをさせる。

 この魔女を断罪しようと剣を向けた。

 なのに――


「…………」


「なにか……なにか言いなさいよ!」


 命乞いとか後悔とか懺悔ざんげとか泣き言とか怨み言とかさ!


 だがそのいずれもせず、その女は、諦めたように小さく吐息をすると、深々と頭を下げた。


「そう、です。申し訳ありません」


 その開き直りとも取れる仕草がかんに障る。


「……っ、そんな言葉が聞きたいんじゃない! 返してよ、ザインを、皆を返してよ!」


「マール、いい加減にしろ!」


 隊長の怒声。


 だからなんで私が怒られるの!?

 まさか……ふと思いついた真実。あって欲しくないけど、そこに結び付けば隊長の言動も理解できる。


「隊長……知ってたんですか? この女が……あの魔女だって。ザインの仇だって!」


 隊長を見る。

 真剣なまなざしで見返してくる隊長は、年齢よりもはるかに大人びているように思えた。


 そしてようやく一言。


「……ああ」


「ならなんで!」


「聞いてくれ! 俺たちは戦争をしてるんだ。俺も、お前も、人を殺して生きてる。確かに里奈はザインの仇だけど、俺もお前も誰かの仇なんだぞ」


「そんな理屈を聞きたいんじゃない! 私は、こいつを……この女を許せない!」


「マール! いい加減に――」


「いいの、明彦くん」


 隊長の言葉を女が遮った。

 今までの茫洋とした眼差しから、しっかりとした、けどどこか温かみのある雰囲気へと変貌していた。

 それがまた、癇に障る。


「あんたは!」


「マールさん。本当になんて言ったらいいか分からない。けど、あなたが私が殺してしまった人を思う気持ちはすごく良く分かる。私も明彦くんが殺されたら、その人を絶対に許せないと思うから。だから――」


 女は一歩、私に近づく。

 そのまま突きつけた剣先に、自らの胸を当てる。


「もし私を許せないままでいるなら。このまま、私を殺して」


 一瞬、気圧された気分になる。

 相手は武器を持っていない。殺気もない。

 ほんの少し力を入れればこの女の命は終わる。

 なのに、なんで……。


「駄目だ、里奈! そんなこと、絶対!」


「いいの。やっぱり、私の背負った罪は大きすぎる。だから……もうここまでにしたいの」


「そんな、そんなこと……言うなよ」


「……あんた、ふざけてんの。こんなの……こんなの」


 こんなの、逃げじゃないか。

 たくさん殺したから、それが裁かれて辛いから、この世から逃げる。


 私は……そんな結末が欲しかったわけじゃないのに!


「マール! 頼むからやめてくれ! やるなら俺を殺せ! 里奈には手を出すな!」


 うるさい。


「駄目。明彦くんは許してあげて。悪いのは私。だから殺すなら私だけにして。そしてそれで終わらせて」


 うるさい。うるさい。


「違う、俺だ! 俺を殺せ!」


 うるさい。うるさい。うるさい!


「マール、早まらないで! 隊長殿に何かしたら、私は!」


 クロエ、あんたもうるさい!


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! あんたらは、もう、ふざけんな!」


 全部自分勝手だ。

 隊長も、この女も。誰もかも。

 私がどんな思いでこれまで生きてきたか。


 ザインの想いに気づきながらもかわし続け、こちらの想いを告げられぬまま死なれた。

 だからその仇を討つ思いで戦い続けてきた。

 それなのに……その仇はオムカにいて……何より敬愛すべき隊長の大事な人で。それを隊長は知ってて。隠して。


『リナさんって優しいですね』


 何より自分が許せない。


 この女に、ああも親し気に話しかけてしまったなんて。

 そんな自分が……もう、分からない。


 この女は……リナさんは優しかった。

 子供たちに物語を聞かせてあげて、畑仕事を手伝って、何より私にも優しくしてくれた。


 何が何だか分からない。

 何が良くて、何が悪いのか。

 何が正しくて、何が間違っているのか。

 何が狂ってて、何もかもが狂っているのか。


 涙があふれてくる。

 それをぬぐう間もなく、衝動に身を任せた。


 剣を振り上げ、そのまま振り下ろす。

 それで終わり。

 もうそれでこの苦しい気持ちともおさらばしよう。


「あんたらなんか!」


「よせ!」


 そして、体に衝撃が走った。

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