第30話 恩賞という名の政治ゲーム
独立は正義なのか。
マリアたち上流階級が、革命というテンションに毒されて躍起になっているだけじゃないのか。何より他の人の意見というものを聞いたことはなかった。
その答えの1つがブリーダたちだ。
正義かどうかは別として、それを望む勢力が王都以外にいるということが何よりの力となるのだ。1千におよぶ兵力以上に、そのことを知れたのが何よりの収穫に思う。
そもそも正義が何かを論ずるのだって、俺はまだ知識も経験も足りていない。
人はその時々で正解と思う選択肢を選ぶしかないのだ。
だから俺も今はこれが正解だと信じて、それを進めていくしかない。
そう、思った。
「――して、山賊を焼殺し殲滅しました。以上が今回の出兵の顛末でございます」
クロエが朗々たる弁舌で、報告を締めくくった。
ここは王宮。謁見の間。
そろそろ見飽きた面々の前に俺とクロエが立っている。
本来なら俺が1人で来て報告するはずだったのだが、直前にクロエが呼ばれて報告も彼女がすることになった。
ロキン宰相が俺の失態をクロエに報告させようと裏で手を回したのだろう。
だがその前にクロエのスパイ活動は俺に見破られ、ロキン宰相の二重スパイとなったのだ。
だからこの報告に俺の落ち度は1つもない。
「そ、そうか。他に何かなかったのか。その、何か失敗とか」
「いえ、ございません。ジャンヌ隊長殿の指揮は完璧で、1人の脱落もなく千もの山賊を殲滅しました」
はっきりとした物言いに、そして功績に周囲がどよめく。
「しかしだね、クロエ・ハミニス。君は――」
「もういいのではないかね、ロキン殿。彼女らの作戦は見事成功を収めた。それでよいではないか」
こみ上げるにやけ顔を抑えるでもなく、ハカラが口を挟んだ。
「ぐ、む……だがねハカラ殿」
「ロキン殿は軍事のことはからきしだからな。それ以上口をはさんで恥をさらすこともあるまい」
「口が過ぎますぞハカラ将軍。あなたこそ政治のことなど何もしらないくせに」
「なんだと!」
まさに一色触発の雰囲気に、こほん、と小さな、だが威圧感のある咳払いが2人を止めた。
「失礼したのじゃ。今日は少し体調が思わしくなくての」
マリアだ。
これまでお飾りだった彼女が、俺の知る限り初めて僅かではあるがその意思を露わにした。
「う、うむ。そうですな。では山賊討伐の報告は以上とする。褒賞は各自に渡るよう手配する。特にジャンヌ隊長。その、よくやってくれた。その……聞くところによると貴殿はまだ家を持たないのだな。よって貴殿には王都に邸宅を授ける。今後も励むように」
それで散会となった。
謁見の間からクロエと共に出た途端、俺は吹き出してしまった。
「ぷっ、見たか。『よくやってくれた』とか言ってたくせに顔が引きつって嫌々なのが丸わかりだ」
「何かなかったのかー、だなんておかしくて笑っちゃいそうになりました」
クロエもお腹を抱えて笑っている。
その笑顔が歳相応の少女のもので、とても先日死にそうな顔をしていたとは思えないほど活気に満ちていた。あるいは今回の一番の収穫は彼女なのかもしれない。
「さて、じゃあそろそろ戻るか」
「そうですね。サリナたちも結果が気になるでしょうし」
「サリナって、昔から知り合いなの?」
「え、まぁそうですね。といっても徴兵されてからの知り合いですが……あ、もしかしてアレが隊長殿に無礼を!?」
「いやいや。仲いいんだなと思って」
「ま、まぁ。なんというか、昔は私も色々やんちゃしてたので……それの抑えるのがいつもサリナだっただけで」
などと雑談しながら隊のメンバーについて色々と話に花を咲かせていた時だ。通路の角から2つの影が現れた。
「よっ、俺がいなくなくて寂しくなかった――がぁ!? ぐ、グーはやめよう、ジャンヌちゃん……」
サカキが腹を抱えてうずくまる。
こいつは出会うたびに口説かないと気が済まないのか?
「俺は男だっつってるだろうに。それに俺のパンチを受けるなんて、なまってんじゃないのか? 謀略の方に精を出すのはいいけど、本業を疎かにしちゃまずいだろ」
「へへっ、ま、それだけ効果があったってことで」
「ん、それは認める」
サカキにはロキン宰相とハカラの離間工作を頼んでいた。
ハカラの周囲に『ロキン宰相が採掘した金を元手に自分の軍を作るつもりだ。その際、邪魔なハカラは金で雇った殺し屋に始末させる』みたいな感じで噂をばらまいたのだ。
もちろん根も葉もない内容だが一部は事実だ。
ロキン宰相はこれまでも金や集めた税を横領して着服していることはスキルで掴んでいる。その事実がある限り、噂は完全消滅せずに相互の不審は膨張を繰り返しいずれは破裂する。
出立の前にサカキに頼んだことが、さっきのやり取りを見るとかなり効果的だった。
根が正直なジルだと難しいと思い、期待薄ながらもサカキに振ってみたのだが、思いがけない効果をあげてくれたみたいだ。
「ほらー、俺ってすごいっしょ! だからもっと褒めて。こう頭をなでなでって、いたたたた! 髪をむしり取らないでぇ!」
調子に乗ったサカキに罰を与えていると、ジルの視線に気づく。
「おかえりなさいませ、ジャンヌ様」
「ん、ただいま。ジル」
何気ない挨拶だが、それだけで安心できた。それが嬉しい。
男女というよりは男友達、というのがどこかしっくりくる阿吽の呼吸だ。
「ところでジャンヌ様、そちらのお嬢さんは?」
ジルが俺の後ろにいるクロエに話を振った。
「ああ。彼女はクロエ。今回の出征で色々手伝ってくれたんだ。ほら、クロエ。この2人がサカキとジル――じゃない、ジーンだ」
クロエに挨拶を促すが、当の本人は冷凍庫に放置されたようにカチンコチンに凍り付いている。
「クロエ?」
「ひゃ、ひゃい!」
聞いたことのない素っ頓狂な返事をするクロエ。
どうしたんだ、こいつ。
「聞いてたか?」
「いえ、知ってま、ちゅ! じ、ジーン隊長殿に、さ、サカン連隊長殿!」
「噛んだんだよな? 俺の名前、知らないんじゃなくて噛んだんだよな!?」
「知っててくれたのですか、ありがとうございます。でもそんな緊張しなくていいんですよ」
「い、いえ! おふたりはこの国を守る柱石ですので! その、憧れですので!」
あぁ、なるほど。緊張してたのか。
どんな場所にも先達に憧れる後進というのも必ずいるものだ。
先達のジルとサカキ、そしてそれに憧れる後進のクロエ。
こんな殺伐とした場所でも――いや、殺伐としているからこそ、この光景が微笑ましいものに思えてたまらない。
クロエをからかうサカキと、親切に話しかけるジルたちの会話に耳を傾けていたが、ジルがそういえばと俺に話を振ってきた。
「ところでジャンヌ様。邸宅をいただいたとか」
「耳が早いね、ジル」
「そりゃもう! あのジャンヌちゃんの家だもん。女王様が張りきって準備してくれたみたいだよ」
マリアが? なんだか嫌な予感。
「……い、行くのは後にしようかな」
「えー、行こうぜー。ジャンヌちゃんの新宅ー。そうだ、任務達成祝いにパーティしようぜ!」
「お前が飲みたいだけだろ」
「ばれたか。さすがジーン」
「しかしジャンヌ様。パーティとはいかないまでも、少し羽目を外してもよいと思います。お疲れでしょうが、心を切り替えるのも我々の重要なしごとですので」
「ん……そうか。考えてみるよ」
「はい」
「しかしあれだな。褒賞に家って、ジャンヌちゃんはとことんロキンの奴に嫌われてるな」
「ど、どうしてですかサカキ連隊長殿。家をもらえるなんて凄いことじゃないですか」
クロエがまだどもりながらも話に入ってきた。
サカキはジルと一瞬視線を合わせて肩をすくめると、
「ま、お前にはまだ分からないかもしれないけどなクロエ。安すぎるんだよ、ジャンヌちゃんの功績に対して」
「そうだな。新兵300で賊徒1千を討伐。手前みそだが、普通なら昇進、勲章ものだ」
「それを奴らはケチって、家がないことを良いことにそれで恩賞を済ませちまった。しかもお前ら新兵には報奨金だけだぜ。普通なら部隊として編成されて、ジャンヌちゃんの直属とかもっと良い目見させてくれるぜ」
そう、そこなのだ。この恩賞の悪質なところは。
「でもならどうして……」
「答えは簡単だよ、クロエ。奴らは俺に、俺たちに力をつけて欲しくないのさ」
これは政治ゲームの一部だ。
ロキン宰相らは失敗すると見て俺に無茶難題を吹っ掛けてきたが、それに成功した場合にも手を打っていた。
誰が見ても無茶だと思える軍令を、たった1人の犠牲もなく果たした戦功が小さいわけがない。だからといってそれに応じた報酬を出せば、俺もといオムカ王国の国力を増加させることになる。
被支配国の力が強くなるのを望む支配者はいない。
ましてや軍事的な力を持たないロキン宰相ならなおさらだ。
だから俺が家を持たないのを良いことに、それを与えて恩を売ったという形にしたのだ。
もちろん今はまだ耐える時だ。これを不服に思って反発する愚は犯さない。
「はぁ、なるほど……」
クロエが目を白黒させて話を聞いている。きっとわかってないだろう。
それも仕方ない。これは戦術ではなく政略の話。彼女には本来関係のない話なのだから。
「ジル、そっちも大丈夫だったのか。俺より帰りはもう少し後になると思ったんだけど」
「ええ。こっちは不気味なほど何も起こらず。私がいなくても問題がなさそうだったので、早めに切り上げてきたのです」
金山開発も順調。関所の撤廃も動き始めているという。元山賊の兵も問題はなさそうだ。
じわじわと、だが息を呑むほど素早く事態は動き始めている。
そうなるとそろそろ一番の難題を解決する頃合いか。
「サカキ、お前は確か知り合いだったよな」
「ん? 誰と?」
「ハワードとかいうおっさんだよ。東の国境で踏ん張ってるっていう」
「それは、まぁ、そうだけど。え、ジャンヌちゃん、まさか……」
「あぁ、ハワードと話をしてみたい。それに、その向こうの国に行ってみようかなと」
ハワードが守る城。その向こうにある国。
シータ王国。
ビンゴ王国と共に、オムカ王国にとって数十年来の仇敵でかつ貿易によって多大な利益を得ている国。
そのシータと同盟を結び、さらに鉄砲を輸入する。
それが成功すれば、このオムカ王国の独立も近いだろう。
「ジャンヌちゃん、本気?」
「もちろん」
「しかし、ジャンヌ様自身で行かなくともよいのではないですか?」
「俺がいかなきゃ誰が行くんだよ。お前らはそう簡単に王都から離れられない。ニーアに任せるにはおつむが足りない。ほらみろ。消去法で考えても俺しかいないだろ」
「う、ううむ……」
正常な理論の前に、ジルとサカキは黙りこくってしまう。
ふぅ、危ない危ない。内心ため息をつく。
選定方法は嘘ではないが、どうしても俺が行く必要があるのだ。行く必要というか行きたい。外に出たい。正直、この国に来てまだ2週間あまり。それだけなのに色々ありすぎてちょっと疲れた。戦争に新人のお守り、謀略に政争、そしてセクハラ女王。心の休まる暇もない。
だから少し気分転換でもしたい気分だったのだ。ジルも言ってたことだし。
それに1人で考えたいこともあるし、この国を外から見るのも重要なことだと思った。
未知の世界で青春1人旅。それもまた乙なものじゃないか?
だが俺のささやかな夢は、1人の勇気によって粉砕された。
「安心してください! 隊長殿は私が守ります!」
え、クロエ。何言い始めちゃってるの?
「おお、そうか。ここ数日ジャンヌちゃんと一緒にいたんなら気心も知れてるな」
「しかもニーアに仕込まれたというなら、ジャンヌ様の警護にはもってこいですね」
いやいやいやいやいや、勝手に決められても困るんだが!
だが俺の抗議も意味をなさず、あれよあれよという間に俺の出発が決まってしまった。
もちろんクロエ付きだ。
ああもう! どうにでもなりやがれ!




