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第28話 ワストー山の戦い

 背後から地鳴りと怒声が響く。

 山賊たちの執拗な追撃は衰えることはない。


「陣が見えた!」


 ニーアの声にも少し疲労が見える。

 さすがに俺を背負っての強行は疲れるのだろう。しかも陣に入るにはじぐざぐの柵を越えなければならない。

 だがそれでも速度を落とさずに、柵を避けていくのだから大したものだ。

 だから時折お尻をさすった件は黙っておいてやろう。今は。


「第1隊と第2隊はすぐに弩の準備! 第3隊、それまで援護しろ! 味方に当てるなよ!」


 ニーアの背中で叫ぶ。

 そのまま最後尾の俺とニーアが柵の中に駆けこむと同時、陣に待機させておいた100人が弩を放つ。


 悲鳴。

 だが100ほどの弩に、しかも致命傷になりづらい短い矢だ。

 追撃の手は一瞬緩むが、殺傷力の低い武器で狙われたことが逆に怒りの起爆剤となって猛然と突進してくる。


「ニーア、助かった」


「なんの。こっちもいい思いさせてもらったからねー」


 肩で息をしながらもほくほく顔のニーア。

 お前、後で覚えておけよ。


 だがそれより敵の対処が先だ。俺は置いてあった旗を掴むと、石突を地面に突き立てて叫ぶ。


「第3隊! 慌てず装填しろ! 敵は柵で防がれてる。慌てず急いですぐに撃て! 合図はいらん。とにかく撃って撃って撃ちまくれ! 安心しろ、お前らの後ろはこの旗を振る者(ジャンヌ・ダルク)がいる!」


 号令の下、次々と弩から矢が発射される。


 弩は弦を引いて固定し、矢を置いて引き金を引く動作がいる。

 弓は達人が用いれば、間断なく矢を射る速射も可能だろうが、新兵にそれを求めるのは酷だ。


 だから弩を使った。

 これならよほど不器用でない限り、5秒に一発のペースで撃てる。

 もちろん新兵だから、恐怖でうまく機能しない可能性がある。


 そのために用いたのが柵だ。

 柵を斜めにして入れ違いに配置する。

 こうなると敵は一直線に進むことができず、進軍を戸惑わせ、進行方向も誘導できるので素人でも当てやすい。


 千鳥掛けと言って、第一次上田合戦で真田昌幸さなだまさゆきが使ったとされる柵の配置の逆パターンだ。

 こうなれば柵を突破するか破るまでに時間ができる。

 その時間は安心となり、恐怖心を減らし、そして効果的に弩を発射することになるのだ。


「第1隊、第2隊、準備整いました!」


 クロエが報告に来た。


「よし、第1隊の一斉射と共に第3隊は後方へ移動! 第2は第1の背後から射撃! 俺が合図するまで射続けろ!」


 命令の元に兵たちがきびきび動く。


 この3日間、ほぼこれだけを集中的にやっただけあって、付け焼刃でもなかなかの動きだ。

 いや、付け焼刃だったからこそよかったのかもしれない。

 彼らにはまだ余分なことを考える余裕もない。だからこそ単純な作業の繰り返しでうまく刷り込めたのだろう。


「くそがぁ! 矢は当たっても死なない! こんなちんけな柵、ぶち壊せ!」


 敵のリーダー格が先頭を切って飛び出し、柵を引き倒し始めた。

 そこを狙い撃つがうまく当たらない。

 その蛮勇に勢いを得て、敵が勢いを盛り返した。


「そうだ! こんな柵で俺たちが止められると思ったか!」


 根性論結構。

 だが俺の策はここからだ。


「柵じゃなくて策で止めるんだよ。撤収!」


 旗を振って合図を送る。


 柵が破られた以上、ここを死守する必要はない。

 第1隊が右回りに、第2隊が左周りに背後へ移動していく中、俺はゆっくりと真後ろに退く。

 問題は強度。ここが一番の肝だ。いや、問題ない。俺だけならば。

 大丈夫だと何度も言い聞かせて、後ろに退く。


 そこへ柵を破った敵が飛び込んできた。


「はっ、お味方はみんな逃げちまったようだな! てめぇの首をぶった切って、王都の城門に掲げてやるぜ」


「品がないな。ま、落ちぶれた負け犬にそれを求めるのは酷か」


「なんだと!?」


「悔しかったら王都に来い。エイン帝国様が直々にお前らをひねりつぶしてくれるぞ」


「き、貴様っ! ぶっ殺す!」


 峡谷での挑発。柵での挑発。そしてここでの挑発。

 さんざん馬鹿にされて、もはや周りが見えなくなっているらしい。いや、足元が、だ。


 山賊たちが行動を開始した。

 すでにテントはたたまれて、平地の中にたたずむ俺との間に障害物はない。


 矢で狙われたら一巻の終わりだったが、ここでも挑発が活きた。

 首をぶった切ってやる、と言い放った相手を弓で射殺すようなことはしないと思ったが、その通りだった。


 だから俺は後ろへ逃げる。

 1歩、2歩。念のためあと3歩。

 安全地帯に入り、ほっと一息。そして振り返る。


「てめぇがぁ!」


 リーダーの顔が5メートルほどの位置に来る。

 そこで俺は旗を大きく振った後に、リーダーに突き付け、


「地獄へ落ちろ」


 途端、何かが割れる音。そして轟音が響いた。

 土煙が上がり、それが晴れた場所には山賊は1人もいなかった。


 見れば目の前の地面が3メートルほど陥没している。

 自然発生したものではない。


 そう、落とし穴だ。

 単純にしてローコスト。だがハマればこれ以上ない効果を生み出す罠だ。

 今朝から昼にかけて作った罠が今、火を噴いたのだ。


「お、落とし穴ぁ!? て、てめぇ! 卑怯だぞ!」


 しかもかかった側としては、これ以上ない屈辱にまみれているのだからもう言うことなしだ。

 3メートルほど下に、土と人に埋もれた敵はもはや戦力になりえない。

 さらにその穴を囲むように、旗の合図で戻って来た部下の兵たちが弩を構える。


「戦争に卑怯も何もあるか。勝つか負けるか。それだけだろ」


「ぐっ……ぐううう」


「さて、勝敗は決まった。おとなしく降参してもらいたいんだが」


 こちらとしては彼らを皆殺しにするつもりはない。

 降伏させて味方にするのが最終目的なのだ。


「勝敗が決まっただと!? まだだ! まだ俺たちは生きている。だから――」


「決まったんだよ。臭いしないか。油の臭いだ。なんせ竹と枯草にたっぷり染み込ませたからな。そこに火を放ったら、どうなると思う?」


「…………ぅ」


「落とし穴って言っても高さ3メートルほどだ。頑張れば登れるだろう。けどその前に火が点くぞ。さらに弩がお前らに降り注ぐ。いくら短い矢とはいえ、何本も刺さって無事でいられるかな」


 ことさら残酷に言ったのは、これで相手の気持ちが折れてくれればいいと思ったからだ。

 実際にそれを想像して視線を落とした奴らが見えた。

 特にリーダーの男のように外周部におらず、火が付いたら確実に焼け死ぬ中央部にそれは多い。


「ふざけるな! たとえ独りになっても、俺はお前を殺す。そしてエインを潰して、オムカにいる日和見も全員殺してやる!」


「独りよがりもいい加減にしろ!」


 まだ現実を見ようとしない相手のリーダー格の頑固さに、なにより自分の理想のために他者を犠牲にして立とうとする男の態度に腹が立った。

 せっかくこっちが死者を減らそうと努力しているのに、無謀な賭けに出て死者を出そうとする行為にも頭が来た。


「過去のカビの生えた理念のもとに戦って死ぬ? 死ぬんだったら独りで死ね! 他人を巻き込むな!」


「き、貴様……俺たちのこの苦しみを、よくも侮辱したな!」


「お前らにどれだけ辛いことがあったか苦しんだか、そんなもの知ったものか! なんせ俺はこの世界に来てまだ1週間だからな! 人や国の遺恨なんて知らん! だがこれだけは確実に言えるぞ。俺はお前より上だ。お前が独りよがりで悦にいってる間に、俺はこうして軍を指揮する立場まで上り詰めた。あとは機を待つだけだ」


 ぶっちゃけすぎか。いや、まだいける。


「それに対しお前はどうだ? いつまでも引きこもって、こうして俺に負けてる。分かるだろ。お前がしてきたことが何なのか。ただ引きこもってただけじゃあ、何も達しえないってことが!」


「うるさいうるさい! 俺は認めない! 俺は、俺は勝つんだ!」


 リーダの男が狂ったように頭を振るい、そして猛然と落とし穴を登り始めた。


「隊長殿!」


「撃つな!」


 クロエの声を制止する。

 俺は2歩後ろに下がる。


 そして、リーダーの男が這い上がってきて俺の前に立つ。

 その手には剣が握られていて、一歩踏み込めば俺を両断できる。


「死ね、エインの犬がぁ!」


「死ぬのはあんただろって」


 ニーアだ。間に割って入り、手にした棒を繰り出す。


 男はそれに反応した。

 咄嗟に防御して、自分の位置に舌打ちして左に転がる。

 そうして落とし穴から遠ざかった男は、俺より先に排除すべき相手に剣を向ける。


「ニーア!」


「んー? もしかして心配してくれる? 余裕余裕。こんなやつ、棒で十分」


「そうじゃなくて。殺すなよ」


「あ、そういう……もぅ、いけず」


 なにがいけずなのか。そんなことよりこっちを見るな。


「おちょくってんのかてめぇ!」


 リーダー格の男がニーアに突進する。

 低い。下からの斬撃。


「おちょくってなんかないって。ただ余裕なだけ」


 それをニーアは横に避けた。しかもすれ違いざまに男のわき腹を棒でつつく。


「ぐっ……貴様!」


 再び男がニーアに打ってかかる。

 だがわき腹を打たれたため動きは精彩に欠ける。

 だからニーアは悠然とかわして、その腕を打って剣を叩き落した。痛みで手を抑える男に更に追撃をくらわす。

 一直線に伸びた棒は、男のみぞおちを的確に打ち抜いた。


「がっ……はっ!」


 身もだえしてその場に崩れ落ちる男にはもはや目もくれず、


「まだぶちのめされたいの、いる? それが嫌なら武器を捨てなさい」


 落とし穴に向かって声を投げかける。

 大して声を張っていないにも関わらず、落とし穴に落ちた男たちは完全に意気消沈し、手にした得物を落としていく。


 いや、しかし驚いた。

 ニーアが強いとは聞いていたがここまでとは。

 この武力に俺の知力が合わさったら、なんてゲームみたいなことを考えてしまう。


「はい、というわけで勝ったよジャンヌ。さ、終わったらテントに行こう。大丈夫、今夜は寝かさないから」


 あぁ、ダメだ。こういう奴だった。

 俺はおざなりにニーアに礼を言って、うずくまるリーダー格の男の方へと向き直った。


「これでもまだ負けてないって言い張るつもりか?」


「こ、殺せ……」


 はぁ、ここまでテンプレの反応されると気分も冷めるというものだ。


「ふざけるな。勝手やって、勝手に負けて、勝手に死ぬ? 死ぬなら独りで死ねとはいったけど、お前にはそれもダメだ。死ぬ価値もない」


「お、俺は……男だ」


「性別はな。だが心はてんでダメだ。俺より女々しいよ、お前」


「俺は! 俺はぁ! まだ!」


 地面をダンダンと叩いて泣きじゃくる男に、俺は近寄り跪き、


「甘えんな」


 ビンタを見舞った。


 こいつは子供だ。

 俺はともかく、精神面においてジルやサカキ、さらに言えばロキン宰相よりはるかに劣る。


 おそらく、追放された父親が中心人物だったからだろう。

 それゆえに担がれて、でも上手くいかず、鬱屈とした日々を過ごしていたと思われる。


 俺の腕力なんてたかがしれてるはずだから痛くないはずなのだが、男は呆然として黙りこくってしまった。


 やれやれ、こっちは後回しだな。

 俺は落とし穴のふちに行くと、腰の物入れから取り出した封書を開き、1千近くの男たちに向かって宣言する。


「お前たちの降伏、第35代オムカ王国マリアンヌ・オムルカの名によって保証する! ただちに武装を解き、第2師団隊長ジーン・ルートロワおよびその副官ジャンヌの指揮下に入れ。そして“来るべき時”を待ち、国力の増強に勤めよ。これはマリアンヌ様の命令書である!」


 誰もがポカンとして、俺の手元の紙きれを眺めている。

 さらにとどめとなる言葉を放つ。もはや隠して話を先に勧められない。


「我が名はジャンヌ・ダルク! 王国の最前線で旗を振る者だ! この意味が分かるのならば、我が旗の元に集え!」


 たとえ理屈的に嫌っていても、王の命令には逆らい難い強制力があり、伝説には魔力があるようだ。

 数秒の間をあけて1人が頭を下げると、次々にその波は広がり、1千人もの群衆が跪いて頭を下げたのだ。


「なんだよ、それ。お前ら、何しに来たんだよ」


 背後からリーダー格の男が呆然とした様子で聞いてくる。


「ん、言わなかったか。山賊を皆殺しに来たんだよ」


「なんでだよ。じゃあその命令はなんなんだよ。第2師団? 指揮下? わけわかんねーよ」


「それはお前が今まで何も考えてなかったからだろ。理由はどうあれ、ここにいた山賊は姿を消した。俺が皆殺しにしたんだ。そんで新しく仲間に入った奴らがいる。お前らだよ。敵を全滅させてこちらは戦力増強する。理想的な戦だろ」


「やっぱりわけわかんねぇ……っす。なんで俺たちを……俺たちは、お前らをぶっ殺そうと思ってたんだ。なのに、なんで。目的、一緒じゃねぇっすか」


「さぁな。ただ、誰もが他人のことは知ろうとしない。だから戦争が起こる。それだけだろ」


「わかんねぇっす。全然わかんねぇすけど…………俺は負けたんすね。あぁ、俺は負けたんだ」


 勝敗なんてどうでもいい。だから俺は小さく肩をすくめただけだ。


 この男は少なくとも1千の人間を束ねていた。その力量は評価すべきで、こいつが負けを認めてくれれば残りの千人もそうそう反抗はしないだろう。

 ともかく、ここに山賊の平定は成った。肩の荷も下りるというものだ。


 俺は大きくため息をつくと、


「それじゃ、みんな仲良くおかたづけと行こうか」

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