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第21話 遭遇戦

 夜を徹しての行軍を行い、『古の魔導書エンシェントマジックブック

を使って目的地までたどり着いたころには、すでに東の空から陽が昇り始めていた。

 遮るもののない平地で、月明かりもある中での行軍だから、道にさえ迷わなければ別段問題はなかった。


「ここからあと2時間ほどで目標の砦だ」


 朝食を腹に入れての最後の小休止で、俺は幹部連中に指示を出す。

 地面は朝露で濡れているので、クロエとウィットが手で地図を広げてくれている。


「まずは俺とサカキの隊で見つからないまで可能な限り近づく。攻撃するのは東門だけ。クルレーンは城壁の敵を狙撃で援護。他の砦からの援軍は見えていないから、城兵はおよそ200。こちらは倍以上だから力攻めで抜く。何か質問は?」


「ないぜ」「ないです」「分かりました!」「ありません」


 サカキ、クルレーン、クロエ、ウィットがそれぞれ答える。


「一応その後の動きを説明しておく。この土地を拠点にビンゴ王国の兵をつのる。また、可能な限り打って出て、他の砦も攻略していく。そこは地形や兵の多寡たかを見て臨機応変になるが。とにかく、ビンゴの兵が集まる拠点が必要だ。可能な限り死守のつもりでいてくれ。だから砦はなるべく壊さないでほしい」


「ええ、同志たちは平野部に拠点を求めています。連行された先王の王子や、キシダ将軍は潜伏しておりますが、山間部や森の中と大人数が集まれる場所がなく、まとまりきれていないのが現状です。ここで砦を奪えばそれも変わりましょう」


「そういうわけだ、皆、ここが最初の勝負所だ。よろしく頼む」


 その言葉に元気よく答える面々を見て、俺は内心嘆息する。


 正直、この方策は下策だと思っている。

 ビンゴの兵を募ると言っても、魔法やゲームみたいに一瞬で増えるわけじゃない。

 別々の場所から集まるには時間がかかる。


 その間に、俺たちの籠る砦を万を超える敵が包囲しない保障はないのだ。いや、絶対そうなる。


 それに今回攻撃するのは、最前線でもないから守備隊が少なく攻略しやすい砦になっている。

 だがそれは裏を返せば奪い返されやすいということでもある。

 守備隊200の砦を500で奪えるなら、500の守備隊なら2千もいれば容易く奪えるだろう。


 じゃあ何故、わざわざそんなところを落とそうとするのか。

 それは今度の戦いが、これまでとは違うやり方となるためだ。


 これまでの戦いは『拠点を攻める、または守る』というものだったのに対し、今回の戦いは守るべき拠点というものがなければ、攻め落とすべき拠点というのもない。

 そう、ビンゴの王都スィート・スィトンを落とせば勝ちというものでもないのだ。


 端的な話、帝国軍をビンゴ領から追い出せるか否か。そこにかかっていると言って良い。

 だから言葉では死守とは言っているが、こんな砦、なくてもいいのだ。

 ただ、やはり屋根や壁のある安全なところで寝たいと思うのは人間の当然の欲求だから、住処として一時だけ確保しようとしているのだ。


 つまり俺がやろうとしているのは徹底したゲリラ戦。

 山に隠れ森に潜み、奇襲によって敵を撃破し、再び身を隠す。

 大合戦ではなく、戦術レベルの勝利を積み重ね、最終的に勝つというもの。


 正直、あまり得意じゃない戦い方だ。

 こんなことならもうちょっとエルネスト・ゲバラについて研究しておけばよかったと思う。

 ただ基本的な骨子は分かっている。


 敵と正面きって戦わないこと。


 卑怯に思えるかもしれないが、この戦力差ならそんなことも言っていられない。

 ぶっちゃけ俺が今までやってきたことも似たようなものだ。

 地形、気候、時間、武器、通信、城壁、敵の心理、国民の感情などなど、とにかく使えるものは全て使って勝利する。


 だから卑下する必要もなし。気後れする必要もなし。

 今までのやり方を、もう少し徹底する。それだけ。


 というか500対数万なんて正面切って戦ったら、瞬で溶ける。

『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にてそうろう』だ。

 ……武士じゃないけど。


 というわけで、拠点が手に入っても休めれば儲けものくらいのつもりで俺はいた。

 それを周囲に言わなかったのは、それで士気が下がるのを避けるためと、万が一、本当に疑いたくないが万が一、敵に内通している人物――名前を言ってしまうとセンドだ――がいる可能性を考慮して黙っておく。

 敵を騙すにはまず味方から。


 というわけで戦闘準備を整える部隊を監督していると、


「なんだ……?」


 サカキが遠く、開けた草原を眺めていたのを発見した。

 やがて何かを感じ取ったのか、


「斥候、出せ!」


「何かあったか?」


「分かんねぇ。ただ、なんとなく予感がする」


「分かった。全軍、警戒態勢を取る。クルレーンの鉄砲隊はいつでも撃てるよう、火縄は準備しとけ」


 勘だと切り捨てられればどれだけ楽か。

 だがこういう時、百戦錬磨の軍人の勘は馬鹿にできない。

 さらにジルと違って野性的な戦い方をするサカキならなおさらだ。


 5分ほど待つと、斥候が戻って来た。

 馬は足音で察知されるから、走って戻って来たらしい。


「1キロほど先で、軍が戦っております。いえ、追われております」


「追われて?」


 サカキと視線を合わせる。

 何が起こっているのか分からない。

 いや、この状況では1つしか答えはない。


 だが当て推量で決めつけるには危険が過ぎた。


「全軍、森に身を隠せ。状況を見る!」


 幸いなことに木々が乱立する森がすぐ傍にあった。

 だから正体不明の軍勢が敵だろうと味方だろうと対処できるよう身を隠すのだ。


「……くそ、虫がいるな」


 500もの人間がひしめき合っているのだ。

 そこに虫がぶんぶん飛ばれると、我慢できないものも出てくる。


「時間があれば樹液を塗ることで虫よけにはなるのですが」


 樹液……。

 隣にいたセンドの答えは至極まともな意見だったが、どうもそういうのには慣れない。

 サバイバルには不向きなんだよなぁ、俺。


 だが他の皆が耐えているのに俺だけ泣き言を言ってられない。


 やがて土煙が俺たちが進むはずだった前方に見えてくる。

 赤いインナーを着た兵士たちが、白で統一された軍に追われている。


 その色を見て、俺の推量は正しかったことが証明された。


「まさか、我が軍では?」


 センドが呟く。

 もちろん我が軍とはオムカ軍ではない。

 センドが言った以上、ビンゴ軍――いや、旧ビンゴ軍といった方が正しいだろう。


 この状況下、敵対する軍はオムカ軍を除けば2つしかない。

 旧ビンゴ軍と帝国軍だ。


 そしてどちらが強いかを考えれば、必然的に追う側と追われる側の立場は判明する。


「クルレーン、ここから狙えるか?」


 クルレーンを呼んで聞く。


「ビンゴ兵も撃って良いのなら」


 その返答にセンドがうろたえる。

 はぁ、こういうとこでそれを言うかよ。職業軍人の真面目さを見たような気がした。


「もちろんなしだ。あれは味方だ」


「では無理です。ほぼ一直線に並んでいる以上、ここから後ろの帝国軍にてられるのは自分以下10名ほどでしょう」


 だろうなぁ。

 いくら改良されたからとはいえ火縄銃がバージョンアップしたようなもの。

 ライフリングされたものでない以上、精密射撃など期待できようはずがない。


 まぁそれでも自分は中てられると自信満々に言うのがクルレーンっぽいが。


「なら歩兵で突っ込むしかない。俺の隊とサカキの隊で横から突っ込む。クルレーン、適当に移動してチャンスがあったら撃て」


「了解です、と」


 そしてサカキとクロエに伝令を出す。

 それと入れ違いにしてサールが前に出てくる。


「ジャンヌさん」


「なんだ」


「今この時、汚名返上の機会を得たと思い、おそばを離れさせていただきたく」


「お、おう……?」


「あー、すみません。妹が。けど、こいつのは攻めて守るタイプなんで。許してもらえると嬉しいです。なに、代わりに自分がジャンヌさんの身は守りますから」


 フレールがペコペコ頭を下げながらも妹のために口添えしてくる。

 そこまで言われたら従うしかない。

 というより俺が突っ込んでも足手まといになるだけだから、後方に待機するつもりだった。

 帝国軍がどれくらいいるか分からない以上、戦える兵は多い方がいい。


「分かった。クロエたちと共に行け。無事、帰って来いよ」


「はい!」


 サールが溌溂はつらつとして森の奥へ消える。

 あの泣き顔が嘘のようだ。


「里奈、竜胆、いるか?」


 あとの懸念はこの2人。

 まぁ有無を言わさず、言う事きかせるつもりだけど。


「ふっふっふ、またもや正義ジャスティスの見せ場が来てしまったようですね」


「竜胆、お前は待機だから」


「そげなー!」


「あきひ――ジャンヌ」


「里奈、お前もだ」


「…………うん」


 里奈が暗い顔をして頷く。

 やっぱりどこか心配だ。


 が、今はどうしようもできない。

 そんなことを話している間にも、2つの軍はこちらにどんどん近づいてきていた。

 旧ビンゴ兵たちは、俺たちの右手――進行方向だった方へと向かっているようだ。森に逃げれば追撃は鈍ると考えてのことか。


 帝国軍は逃げる獲物に夢中でこちらに気づいた様子はない。

 ならば今こそが勝機。


 俺は馬の鞍につけていた旗を取り出すと、森から一歩出てその旗を大きく振る。


「全軍、突撃!」


 同時、弓から放たれた矢のように、俺の周りにいた歩兵たちが茂みから飛び出す。

 そのまま一直線に、2つの軍の後方――帝国軍の方向へ突っ走る。


 俺はフレールと3人の斥候を連れて、騎乗でゆっくりと戦場へと近づく。

 その後ろをクルレーンの部隊が続く。

 俺を守りながら、射撃ポイントを探すつもりだろう。


 前を行くビンゴと帝国の両軍がはっきりと動揺するのが見えた。

 旗もあげていない軍だ。

 部隊の色が異なるとはいえ、瞬時にそれを判断して反応できる軍ではなかった。


 その敵が動きを止めた一瞬の間に、サカキたちが帝国軍のわき腹に突っ込んだ。

 予期せぬ方向からの奇襲で浮足立った敵兵が面白いくらいに突き倒されていく。


 中でも遠目から目立つのが、


「はあああああああ!」


 頭上で槍を回転させて敵を薙ぎ払うサールの姿だった。

 その高身長も相まってよく目立つ。


 いや、槍にしては穂先が長い。

 青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうとか薙刀なぎなたと言った方がいいのかもしれない。

 ニーアの得意武器も槍だったから、長物の扱いには慣れているのかもしれない。


「あれが先日の泣き虫と同一人物とは思えないでしょう?」


 フレールが笑い話のように軽い口調でそう言ってきた。


「あぁ。本当にな」


「あいつ、親がいないんです。孤児だったんです」


「え……? それって、フレールとは」


「あ、言い方に語弊がありましたね。ええ、自分の両親でもあります」


 なんだよ、血のつながってない兄妹とかそういう話かと思った。


「寂しがり屋でね。いつもママ、パパって泣いてましたよ。自分はそんな妹がいたから、しっかりしなきゃって思ったんで、そこまで寂しくはなかったんですけどね」


 俺には何も言えなかった。

 親もいて、家もあって、裕福でないにせよ標準以上の生活を与えられてきた身からすれば。

 何も分かってない俺が言う言葉はない。


「ま、それから色々あって、近衛騎士団長の目にとまって2人仲良く入団できたわけですが。あいつ、それでも寂しがり屋は治らなくて。“何かをなくす”ことに敏感で、そうなると癇癪かんしゃく起こしてね。あの時みたいに泣きわめくんですよ。 いや、だから大変でしたよ。独立後の、王都防衛戦。オムカ王国がなくなると考えたあいつは泣きじゃくりながら城に侵入してきた敵をなぎ倒したんですから」


「な、なるほど……」


 そりゃまた凄い光景だ。


「ま、というわけでね。そのオムカを守った英雄。そして近衛騎士団長から永遠と話を聞かされた貴女は、あいつにとって本当に神様みたいなものなんです。なのでそれに嫌われたと少しでも感じたら……」


「うっ、分かった。気を付けるよ」


 うぅん。とは言うものの難しいぞ。

 どうやって扱えばいいんだよ。


「てかニーアの話ってのが気になる。どうせあいつ話盛ってるだろうからな。話半分。いや、9割嘘だと思って聞いてくれてると助かる」


「あいつは分かりませんが、自分はそこまで信じちゃいないですよ。せいぜい8割です」


「うん、そうか……え、8割!? 信じてる方が? 嘘だと思ってる方が?」


「……はっはっは」


 いや、答えろよ!

 妹も大概だけど、この兄の方も俺は怪しいと思ってるからな!


 そんな俺の心境を知ってか知らずか、


「攻めの守護者サール、そして守りの守護者フレール。改めてよろしくお願いいたします」


 ペコリと頭を下げるその姿。

 なんだかその慇懃無礼いんぎんぶれいさに汗が頬を伝った。


 不意に銃声が轟いた。

 さすがに100丁もの銃が放つ砲声はかなりのもので、こんなものを受ける身となれば心臓が縮み上がるものだろう。


 歓声が響いた。

 ビンゴ軍も反撃に転じたらしく、敵が散り散りになって逃げていく。


 ふぅ、どうやら勝ったみたいだ。

 話に集中して全然見てなかったけど、まぁ最初の一撃で勝負は決まってたものだし。


 正直、この遭遇戦には肝を冷やしたけど、ビンゴ領に入って早速。味方に合流できたのは幸先いいんじゃないか?


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