第19話 フレール&サール兄妹
王都バーベルを出発し、1日の野営を経て翌日の昼過ぎに西の砦に到着した。
すでに到着していたクルレーンとセンド、サカキ、そして一緒に来たクロエとウィットを合わせてさっそく軍議に移った。
仮設の陣幕だが文句は言ってられない。
他の面々には食事の準備と見張りの順番だけ決めて、思い思いに休ませるよう指示は出してある。
「明日、ここから出発する。それからは時間との勝負だ」
俺は『古の魔導書』を片手に、机の上にある地図とにらめっこしながら指示をする。
地図はセンドが使用していた旧ビンゴ王国軍のもの。
自国内の地図だから信頼していいだろうが、もちろん帝国軍が手を入れている箇所はあるはずだ。
そこは『古の魔導書』でリアルタイムの情報を反映しながら誤差を修正していくしかない。
ただ、地図通りに進めると思うと痛い目を見そうだ。
この砦から先はしばらく平地が続くがその先は木々が多くなり、高低差も激しくなる。
地図で見る以上の距離はあるだろう。
さらに、ビンゴ王国がオムカ王国に対抗するために多くの砦が築いてある。
その数、およそ20ほど。
それが10キロ先から旧ビンゴ王国の王都スィート・スィトンまで、ずらりと並んでいるのだ。
どこかの砦が攻められてもすぐに救援に駆け付けられるようにしたのもあるが、何より大事なのは補給物資が円滑に輸送できるよう配慮しているのだろう。
山岳地帯の輸送は多くの危険と時間をとられる。
そのリスクを軽減するために、砦間の距離を短くして輸送路を確保。砦を乗り継ぐように最前線まで輜重を届けるようにしているのだ。
ただそれは逆に言えば、手前から一個ずつ潰していけば、こちらも輸送路を確保しながら安全に進むことができるということ。
もちろんそれには欠点があって、時間がかかりすぎることと、犠牲が多くなりすぎることがあるわけだが。
それはこの場にいる誰もが理解していること。その前提で話を進める。
「まず、3日以内にこの位置にあるこの砦を落とす」
俺が指示したのは、この西の砦から一番近くにある砦――ではなく、そこから少し北西の奥まった場所にある砦だ。
ここから直線距離でおよそ40キロほど先。
近さで言えば、3番目ほどか。
「ここの砦の防備は比較的緩い。そうですね、センドさん」
道案内とはいえ、一応元同盟国の軍人だ。
ある程度礼を失しないよう言葉に気を付ける。
「はい。ここは首都までの本道から外れる場所にあるのでそれほど大きくなく、防備も強くはありませんので。我々だけでも落とせるかと(チラチラ)」
「問題は……時間、だな(チラッ)」
サカキが重要な問題を指摘してくる。
「あぁ、その通りだ。敵は必ず援軍を出してくる。それが来る前に落とせないと挟み撃ちに遭う」
「なーに、こっちにはリンドーもいるんです! カルゥム城塞の時みたく、ドカーンとやれば一撃ですよ!(チラッ)」
「馬鹿か貴様。破壊した砦に籠ってどうするつもりだ。砦は壊さず、しても最小限で落とす必要があるんだよ(チラ)」
クロエとウィットの漫才はいつものことだが、その着眼点はもっともだ。
「援軍を引き出して俺たちが殲滅するという方法もあるが?」
クルレーンの提案は、過激で暴力的な内容だが、魅力的な部分もある。
要は敵の数を減らせと言っているのだ。
攻撃されている砦に救援に走る援軍を、待ち伏せて鉄砲で攻撃。
それを繰り返せば、数で勝る帝国軍の数を減らすことができるし、援軍に出ることを躊躇うことになるだろう。
だがそれには精密な地図と地理。砦を攻める方と待ち伏せの連携。そして敵の数と位置、それから武器に移動速度、敵指揮官の性格を把握しないと危険だ。
各個撃破の的になる可能性も高い。
オムカ軍にとって慣れない土地で、いきなりそれをやれと言われて実行できるものか……。
「いや、クルレーン。それはまず1つ拠点を確保してからにしよう。森に潜んでそれをやり続けるのは厳しい」
「はっ、了解しました(チラッ)」
となるとやっぱりどれだけ迅速に動けるかだけど……。
そんなことより!
「お前ら、何さっきからチラチラこっち見てくんだ!」
「え、ジャンヌちゃん。それ聞く?」
と呆れたような声はサカキ。
「いえ、これがオムカの文化なのかなと」
などと大ボケをかますセンド。
「正直、心中穏やかじゃないんですけね……。この馬鹿が我慢しているので、自分は何も言いません」
口をへに曲げて言い募るのはウィット。
「ぐ、ぐぐぐー。こっちだって我慢してるんですよー! 正直ぐがーってしたいです!」
爆発寸前で危険なクロエ。
「雇い主にはあまり干渉しない性質なので」
冷静に言い放つのはクルレーンだ。
あー、やっぱりそうだよな。
正直俺も暑苦しいと思ってた。
それでも軍議の方が大事だからと思ってたけど……気になるよな。
「というわけで、サール……離れてくれない?」
俺は目線を下に。
そこにはぴったりと俺の腰に体を寄せた形でしゃがみ込んでいるサールがいた。
「いえ、ジャンヌさんの護衛こそがわたしの任務。ここがわたしの居場所なので。お気になさらず」
うん、そういう問題じゃないんだけどね。
「あーーー! もう! この際言わせてもらいます! なんなんですか、貴女は! 隊長殿の隣は私の場所です! 勝手に出てきて勝手に取らないでください!」
「貴様のものでもないけどな」
「そういう的確なツッコミはとりあえず無視します! というわけでサール! ここは私がいるのですから、護衛は外に出て行ってください! 軍議の邪魔です!」
「俺は貴様の方が邪魔だと思ってるんだがな」
爆発したクロエとウィットの容赦ないツッコミ。
だがそれに対し、サールといえば顔色一つ変えず。
「お断りします。わたしはジャンヌさんを守れと近衛騎士団長様に言われました。ならばいかなる時も目を離さず護衛するのがわたしの仕事です」
うん、でもなんでぴったりくっついているのかは不明だ。
ちなみに兄のフレールは陣幕の外で警護している。
普通はそれでいいんだよ。
てかこの状況で俺が狙われるって、かなり詰んでる状況だからね。本陣まで敵が来てるってことだから。
「それに護衛がこの後の行動を知らなければ、それに適した動きが出来ません。護衛対象の行動を先読みしながら動く。それが本当のプロフェッショナルです」
なんか格好いい感じに言ってるけど、お前、今の格好分かってる?
俺の傍にしゃがみ込んで、体を俺に預けてる状況だからね。格好悪いからね?
「うむ。その心意気やよし。それこそプロフェッショナルというもの」
クルレーンが何か変なところに共感しだした。
腕を組んでうんうんと頷いている。なんだこいつ。
「ま、いいたいことはわかるけどな。えっと、サールちゃんって言ったっけか?」
「師団長殿。わたしのことはサールと呼び捨てにしてください。でなければ、おいとかお前とかでも構いません。わたしは護衛、つまり置物。ないものと扱ってもらえれば」
「ならサール。師団長命令だ。出て行け」
おお、さすがサカキ。王国のナンバー2。
こういう時はビシッと決めてくれた。痺れる憧れる!
「お断りします」
「断るなよー」
すぐに涙目になった。
ダメだこりゃ。
「ぐ、ぐむむ……こいつ、下手に出たらいい気になって! 隊長殿! 殺っちゃっていいですよね!?」
「よくないだろ」
何考えてんだ、クロエ。
「クロエさん。迂闊な言動は慎んでください。ここで貴女がわたしを排除しようとすれば、それは必然的に護衛対象であるジャンヌさんにも被害が及びます。それを防ぐためわたしは全力で対抗しますが、その場合どうなると思いますか。貴女の短絡的で直情的で向こう見ずな行動が、ジャンヌさんを傷つけ、この作戦を失敗に終わらせることになるのですよ。ジャンヌ隊の副隊長という立場の人間がそのようなことをはかるとは。少し考え直したほうが良いと具申します」
理路整然としながらも、遠慮のない反論がサールから放たれた。
それに対してクロエは何とか反論しようとするのだが、上手く言葉が出ないのか、鯉みたいに口をパクパクさせるだけさせて、
「ぐっ……ぐぐ……ぐわーん、隊長殿ー! なんかよく分からないこと言われましたー」
サールに撃破されて泣く馬鹿2人。
はぁ……てか軍議どころじゃなくなってるんだけど。
周囲を見渡す。
馬鹿2人は撃沈。クルレーンはまだ感じ入ってるし説得には不向き、ウィットはクロエよりはマシとはいえどっこいだろう。
センドは他国の人間だし。
俺がやるしかないか。
「あー、あのさ。サール」
「はい、なんでしょう」
「その、なんだ。ちょっと言いすぎじゃないか?」
「いえ。そうではありません。間違いは指摘する。軽挙な行動はいさめる。それこそが女王様の近くで仕える我々の仕事でもあると、近衛騎士団長様はいつもおっしゃっておりますので。責任ある立場のお方には、もっとしっかり考えてもらえなければなりません」
責任ある立場という言葉に、サカキとクロエがとどめを刺されたようになってる。
しかし……ニーアがそんなことをねぇ。
ちゃんと考えているのか。なんというか。
ともあれ、言ってることは正しい。
正しすぎるほど正しい。
――だが、それは特大のブーメランとなることが往々にしてあるのも、世の常というか。
「なら、俺も間違いは指摘しなくちゃな。サール。お前のだよ」
「わたし、ですか?」
「お前の指摘は確かに正しい。だがそれによって生まれる結果は考えたか? お前はよかれと思ってやったことが、この2人を傷つけてしまったことは。あるいはお前を恨むことになるかもしれないぞ」
「それは……問題ありません。間違いを指摘されて傷つくことで、正そうという思いになるもの。それにわたしが恨まれたところで作戦行動に支障はないはずです」
「まぁそうだな。でもな、作戦のほころびなんて、そんな小さなことから出るんだぞ。こいつらがお前を恨む。そこから俺を恨むかもしれない」
「なぜジャンヌさんを? ありえません」
「ああ、普通はな。けど人間の感情なんてどこ行くか分からないぞ。サールが憎い、ならそれを護衛として使ってる俺まで憎い。そう思ってもおかしくはないだろ?」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というやつだ。
「仮定の話には意味がないかと」
「ならこの軍議にも意味はないな? 軍議なんて全部仮定だ。ここをこうしたら必ず勝つ。本当にそうなるなら軍議なんていらない。むしろ俺もいらない。けどそうならないのは、戦には相手がいるからだ。そこで予想外のことが起きる。だから必死に考えて、必死に知恵を出し合って、必死に勝つための努力をするんだ」
「ジャンヌさんは……揚げ足を取りたいのでしょうか」
その通り。
舌先三寸口八丁。
本当、軍師なんてのはろくでもない人間だ。
言葉だけで相手をやりこめようというのだから。
何より、よかれと思っていないことで相手を傷つけようというのだから。
「お前の指摘も揚げ足取りだってことだよ。あのさ、サール。お前が俺を護衛してくれるのは頼もしいし、心強いと感じてる。だけどこれはやりすぎだ。はっきり言うと不快だ。今言ったように、戦は何が起こるか分からないから、ここで皆で考えて知恵を出して勝つための努力をしている。そこにお前がこうしていることで皆の気が散ってそれが十全に果たせていない。それはつまり負けるかもしれないってことだ。お前のやってる間違いで軽挙な行動で、多くの人が死ぬかもしれないんだ。だからはっきり言う。護衛対象の俺から言わせてもらう。邪魔だ、出て行け」
きつすぎるかな、と思ったけど、これくらいはっきり言っておかないと後に響く。
それで戦線離脱するなら仕方ないと割り切った。
サールの見上げる瞳が俺を捉えて離さない。
それに対し、俺は視線を動かさずただ待つ。相手の反応を。
だが、返って来た反応はある意味予想以上だった。
じわり、とその瞳から水がこぼれだし、
「うわあああああああああああああああああああああん!!」
泣いた!?
え、ちょっと待て。何が起こった!?
「あーーーーーーーん! あーーーーー! ぎゃぴいいいいいいいいいい!」
子供みたいに大きく口をあけて、恐竜みたいなこれ以上ない大声で泣き出した。
サカキもクロエもウィットもクルレーンもセンドも。
誰もが目を丸くして、へたり込んで空に向かって泣きわめく少女を見つめていた。
「なんで! そんな、こと! 言うの! えぐっ……ひどい! ひどすぎる!」
いや、まぁ酷い言い方をしたのは分かってるけど……その前にね、サール自身も……いや、これ罪悪感酷いな!?
「守りたかったのに……好きなのに……ジャンヌさんのことが、大好きなのに! ひどいぃぃぃぃ! 嫌われたぁぁぁぁぁぁ!」
サカキとクロエとウィットがさらに目を見開く。
本当なら色々言いたいんだろうけど驚きで声が出ないようだ。
なんでわかるかって?
俺もそう思ってるからだよ。
えっと、ちょっと待って。
今すんごいこと言われなかった?
てか告白されなかった? 好きとか。
だからあんなにぴったりとガードしてたし、本気で守ろうと思ってサカキやクロエに噛みついた。
そして俺に嫌われたと思って泣き出したと。
てかギャップが激しすぎる。
冷静沈着で無口な毒舌クール系女子かと思いきや、幼稚園児かと思うほど大声で泣きわめく。
どっちが本当の彼女の姿なのか、正直判断しかねた。
「あー……やっぱりこうなりましたか」
と、第三者の声。
声の方を見れば、フレールが立っていた。
この場の6人の視線を受けて、フレールは恐縮そうに軽く頭を下げた。
「すみません。妹がこんなで」
フレールがサールに近づくとその場で跪いて彼女の肩に手を置いて抱きしめた。
「ほら、大丈夫だから」
「うぎぃぃぃ……うぐっ……うぐっ……」
サールがおもむろにフレールにパンチを繰り出す。
しゃがみ込んでいるものの、しっかり腰が入ったパンチだった。
それをボディに受け苦悶の表情を浮かべながらも、フレールはサールの事を離さない。
「大丈夫だって。ジャンヌさんがお前を嫌うわけないだろ」
「でも……でもぉ!」
フレールが俺の方を見て、少し会釈した。
あぁもう。はいはい。そういうことね。
もうここまでやられると、俺も良心が痛むというか。
はい、反省します。
「あぁ。嫌いになんかならない。ちょっと言い方がきつかった。すまん」
「ほら、ジャンヌさんも怒ってないから。だから泣きやめ」
「…………本当?」
「本当、本当。だからちょっと外に出ようか。お前の素敵な顔がぐちゃぐちゃだからな。ジャンヌさんの前に出るために、身なりをしっかりしなきゃ。ね?」
ちらっとまたフレールがこちらを見る。
あぁもう! だから分かったって!
「あぁ、大丈夫だから。落ち着いたらまた来い」
サールの嗚咽がしばらく続いていたが、ようやく収まったのか、フレールを押しのけてすっくと立ち上がった。
彼女は涙で腫れた顔をしていたが、
「それでは失礼します」
今までのがなんだったのか、と思うほど冷静で大人びた雰囲気で一礼すると、兄のフレールを蹴とばすような勢いで陣幕から出て行ってしまった。
「あー、というわけで。お邪魔しました」
「お、おう……」
フレールもひょこひょこと妹の後を追って出て行った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
6人分の沈黙が支配する。
そんな中で、俺はニーアの言葉を思い出していた。
『ちょっち、くせがあるけど腕は確かだから』
ちょっち?
あいつ、いつの間に謙遜なんて表現を覚えたんだ?
そんな単語、あいつには似合うわけもないのに。
いや、まさしく――
「癖ありすぎだろ!!」
俺の叫びに、他の5人がうんうんと静かに頷いた。




