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第18話 ジャンヌの出立

 翌日。

 俺は王都バーベルの南門にいた。

 ついにこれからビンゴ王国領に向かって出発するのだ。


 とはいっても正式な軍事行動ではない。

 ある程度の隠密性が必要になるので、全軍揃って堂々とバーベルの門から出たりはしない。


 クルレーンの部隊と道案内のセンドに竜胆は西の砦に先行しているし、サカキはヨジョー方面から移動しているはずだ。

 だから周りにいるのは俺の部隊200だけ。

 主だったメンツは、クロエにウィット、マール、ルックの部隊長。それにフレールとサールの護衛に里奈だ。


 そんな200が、近辺の視察に向かうような気楽さで南門から出て、途中で方向を西に変える。

 そこまでして、帝国の目を避ける必要があるのかは分からない。

 やっておいて損はないからやる程度だが、それが生死を分けるかもしれないのだ。

 だからやれることは全てやる。


 そんな気持ちで南門を通ろうとした時だ。


「お姉ちゃん!」


 声がした。

 聞き覚えのある、どこか頬がほころぶ幼い声。


「リン!」


 そういえば彼女の働くお店は南門に近いところだったか。

 俺はクロエとウィットに部隊を先に行かせるよう言いつけると、馬を降りて駆け寄ってくる彼女を待った。


 体当たりするように飛び込んでくるリンの体を抱きとめる。

 小さい。

 けど痩せている感じはない。健康そうにも見える。

 そのことにまずホッとした。


「お出かけ?」


 リンが無垢な瞳で聞いてくる。


「あぁ、そうなんだ。ちょっと遠くまで旅行をしてくるんだ」


「りょこう? いいなぁ。リンも一緒に行きたい!」


「あはは……リンがもう少し大きくなったらね」


「リン、大きくなったよ。2センチ伸びた!」


 そういうわけじゃないけど、微笑ましい会話だった。


「お姉ちゃん、だあれ?」


 リンが俺の後ろ――いつの間にかいた里奈に向かって視線を向けた。


「初めまして。私は立花里奈。明彦くんとはお友達なの。よろしくね」


 優しく微笑む里奈に、リンは俺から離れると、礼儀正しく頭を下げた。


「リンです。よろしくお願いします、リナお姉ちゃん!」


「……明彦くん」


「なんだよ。それとその呼び方」


「この子、連れて帰っていい?」


「お前、反応がニーアと一緒だぞ」


「そんなこと言っても……こんないい子、元の世界にもいないよ!? 超カワワだよ!?」


「うん、分かったから落ち着こうか」


 なんかこう、里奈ってたまにリミッターが外れることあるよなぁ。

 しかもわけのわからない時に。


「あ、そうだ、お姉ちゃん! ちょっと待ってて!」


 と、リンが何かを思い出したようにとてとてと走り去っていく。

 あっちはリンの店がある方か。


 待つこと5分弱。

 再び走り寄って来たリンは、俺と里奈。それぞれに手にした小さなお花を差し出した。


「これ、キレイなお花だから。お姉ちゃんたちにあげる!」


 リンが差し出したのは中央が黄色で、周囲に薄紫色の花びらがついた小ぶりな花だった。

 生憎、俺は花とは無縁の生活をしてきたから、その名前は知らない。


 ただ花の良さとか、リンの精いっぱいの思いやりを理解できないほど無粋な人間ではない。


「ありがと。大切にする」


 そう言って受け取った花を俺は胸元の鎧とインナーの間に差す。

 里奈もそれを受け取ったものの、少し複雑な顔をしている。


「それじゃあリン。お姉ちゃんたち、もう行くから。良い子にして待ってるんだよ」


「うん! お姉ちゃんたち、いってらっしゃい!」


 ぶんぶんと手を振るリンを後に、俺と里奈は自分の馬の方へと戻る。


「里奈、馬には慣れたのか? これからしばらくは馬上だから辛かったら――」


「明彦くん」


「里奈、その名前はよせって……」


「これは多分、紫苑しおんってお花」


 里奈がリンからもらった花を見ながらそうつぶやく。


 シオン?

 そんな花、あったか?


「あまり覚えてないけどね。一時期花言葉にハマった時期もあって」


「へぇー。その花言葉も分かるのか?」


「うん……確か……『追憶』。あと……『遠くにいるあなたを忘れません』だったかな」


 その言葉を聞いた時、どこか背筋が寒くなるような。なんとも言い難い寒気が俺を襲った。

 リンとはもう会えなくなるんじゃないか。

 そんな気がしないでもない。


 ということは俺は今回の旅で……いや、違う。そんなバカな。

 ただの花言葉だ。

 それも、どちらかというと門出を祝うようにも取れるじゃないか。

 そうだ。そうに違いない。


「…………いいんじゃないか。俺たちは遠くに行くんだ。リンなりのエールだって思えば」


「うん……」


 それでも里奈の顔色は晴れなかった。

 とはいえ俺にはこれ以上、里奈の不安を追い払うことはできなかった。


 だから黙って馬に乗り、そのまま先を行くクロエたちに追いついても、里奈は難しい顔をしたままだった。

 顔はマフラーで半分隠しているとはいえ、そういった空気は敏感に伝わる。

 部隊の士気のため、俺は里奈に忠告することにした。


「里奈、あまり深く考え込まないほうがいい。これから長いんだから、あまり気を使いすぎると疲れるぞ」


 一応、俺の部隊の皆には紹介している。

 さらに傷があるので顔を隠している、というありきたりだけど有効な言い訳で彼女が顔を隠しているわけも正当化した。


 正体を知っているのは俺とクロエだけ。

 そしてマールとルックは里奈の顔を知っていて、彼女をザインの仇だと思って――いや、この部隊の皆に打ち明ければ、里奈を許す人間はいないだろう。


 だからあまり目立つことをされると困るのだから、忠告したわけだ。


「あ、うん。ごめんね。ちょっと考えすぎてたかも。もう、切り替えるから」


 とはいうものの、いつもの快活さはないような気がした。

 ここまで迷信深いというものなのか。

 新たな里奈の一面を見たということか。


「あ、そういえば隊長殿。懐かしいですね。ここはもう近くですよ」


 里奈との会話の終わりを見計らって、クロエが声をかけてきた。


 懐かしい?

 あぁ、そうか。


「お爺さんとお婆さん、元気かなぁ」


 俺がこの世界に来てすぐ、出会った老夫婦。

 身元不詳の俺を快く受け入れてくれて、色々世話してくれた。

 彼らがいなかったら、オムカまでたどり着けなかっただろうし、今のこの状況にもたどり着けていなかったはずだ。


 そう考えると、一言挨拶でも、と思ったが今は任務中だ。


「また今度な」


「隊長、その老夫婦、クザウェルってファミリーネームではないですか?」


 俺がクロエの提案を退けると、逆にウィットの方から質問が飛んできた。


「あー、いや。どうだったかな」


 そういえば名前を聞いてなかった気がする。

 なんとも失礼な話だ。今度聞いておこう。


「てかなんでウィットが知ってるんだ?」


 その疑問に答えたのはニーアとルックだった。


「いや、いっつもクロエが自慢げに話すんです……」


「隊長と一緒にお呼ばれしたとか、美味しいご飯をごちそうになったとかねー」


 おい、クロエ。そんなことを得意げに吹聴ふいちょうするんじゃない。


「えへへー」


「えへへじゃない! 俺はこいつのその話を聞くたび、どれだけ血の涙を流したことか分かりますか!? 隊長と共にご相伴に預かる名誉! 何より話に聞く限り、そのお方は先代第2師団長殿。通称“沈黙の戦虎せんこ”その人! 戦場で一切口を開かないものの、その部隊指揮は芸術的とも言われるほどの実力を持つお方! 東の守りがハワード元総司令殿なら、西はかのお方が守り、ビンゴ王国からの侵攻を10年以上も防ぎ続けた――」


「あー、始まったよー。ウィットの憧れだからなー」


「はぁ……隊長。聞かなくていいですよ。あと30分は続きますから」


「そ、そうか……」


 とはいうものの、あのお爺さん。やっぱりすごい人だったのか。

 そして戦場でもあの無口で押し通してたとは……どうやって指揮してたんだろう。


「くぅぅ……聞きたい! その部隊指揮の神髄を聞きたい! 隊長! どうかお願いします! 俺を連れて行ってください!」


 いや、別にいいけど……聞きたくても声を出してくれないからなぁ。無理だと思うぞ。


「ダメです! あそこは私と隊長殿の想いでの場所です! シークレットスペースです! ウィットなんか連れて行ったら……けがれます!」


「そこをなんとか!」


「いや、別に連れてくくらいはいいけどさ。ただちゃんと帰って来た後にな」


「うぉぉぉぉぉぉ!」「そげなー」


 歓喜するウィットと肩を落とすクロエ。

 いつもはクロエ以外のことには冷静なウィットがここまで喜びを表すのは珍しいな。

 まぁこういった構図もたまにはいいだろう。


「ダメです! 断固ノーです! ウィット、今から辞退しなさい!」


「ふん。隊長が頷いたんだ。貴様ごときに覆す力などない!」


「あー、じゃあオレはーアークさんに会いたいなぁ」


「ちょっと、あんたたち! 行軍中よ! いい加減にしなさい!」


 みんなが勝手なことを言いながらも、馬の歩みは続く。

 本当、こいつら自由すぎてツッコミ役って大事だな。


「なんだか、面白い人たちばかりだね」


 里奈がクロエたちの様子を見ながら、少しほほ笑んでいる。

 少しは気持ちが晴れたらしい。


「あぁ、本当。頭の痛い奴らだよ」


「でも、明彦くん楽しそう」


「…………まぁ、な」


 こいつらと一緒にいる時、俺は肩の力を抜ける。

 それはマリアやニーア、ジルたちといる時も同じ。

 要は、この国が好きなんだ。


 だからこの場所が、彼らと一緒にいるこの時間が、どうか『追憶』にならないように。

 俺は、この今を頑張るんだ。


 そんな決意を胸に、馬はただ、ゆっくりと進んでいく。

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