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第12話 ジャンヌの西進――その前に

 王都に帰還して数日。

 カルゥム城塞の一件は心のしこりとして残ったものの、そればかりに気を取られている場合じゃなかった。


 何よりもビンゴに向かわないとそろそろマズい。

 帝国に地盤を固められたら、後は滅亡へとまっしぐらになるのだ。


 だから王都に戻ってからは仕事に忙殺されることになった。

 といっても、俺の仕事を誰かに頼むというもの。要は引継ぎだ。


 ただこれは意外とすんなり済んだ。

 というのも、


「軍については私にお任せください。ジャンヌ様は貴女にしかできないことを」


 そう言ってジルが俺の仕事を引き取ったからだ。


 今やオムカ軍のトップに立つ彼だ。

 若すぎるという声もあったが、これまでの戦功を考えればその意見も少数にしかならない。

 そんな彼が俺の仕事を巻き取ってくれるというのは、ありがたいというか、安心というか。


 というわけで、俺はビンゴ攻略に集中できた。

 その準備が色々と大変なわけで。


 自分の中である程度のイメージは出来ている。


 まず連れていくのは少数精鋭。

 今や帝国に支配されている場所に向かうのだから、大人数で乗り込めばすぐに軍が駆け付ける。

 そうなった時、おそらく兵力の差で勝負にはならないだろう。


 それなら少数で潜入した方が、色々と動きやすいというもの。

 ただ帝都潜入の時と違うのは、帝国軍と事を構えることも視野に入れるべき――つまりある程度戦える戦力が必要ということだ。


 将来的にはビンゴ領から帝国軍を駆逐するのが目的。

 その大部分は元ビンゴ王国軍に任せることになるが、その中核となる部隊が欲しい。


 そう考えると、俺の部隊200は格好の戦力となる。

 あとクルレーンの鉄砲隊を100ほど連れていければ言うことはない。


 ただそれを無断で動かすのは軍制的によろしくない。

 というわけで、引き継ぎと共にその担当者と話をしているのだが。


「そこはジャンヌ様の部隊ですから、どうぞお連れください」


 ジルは悩む素振りもなく、俺の要望を黙って受け入れた。


「いいのか? てか何も考えず言ってるとかないよな?」


「当然です。ジャンヌ様の護衛ですから。本当は1千、いや、1万を連れていくくらいが丁度良いのですが……」


 やっぱ何も考えてないように思えるぞ……。


「まぁそれは冗談にして。今は我らも帝国も動けない時期ですから、ジャンヌ隊の扱いはお任せします」


「うん、まぁそうなんだが……なら、連れてくわ」


「ええ、そうしてください。それとこれはお願い、というかちょっといい加減にうるさいことになっていて……その、相談といいますか」


 ジルにしては歯切れが悪いな。

 そして少し時間を置いて彼は言った。


「サカキです」


「あぁ……」


 それだけでなんとなく納得した。


「どうせ連れてけって言ってるんだろ」


「はぁ……」


「子供の遊びじゃないんだからさ……あいつもいい大人、というか責任ある立場ってのを理解してくれないと」


「出来の悪い弟を見るようですね」


「いや、もう妹とか弟はいいよ……」


 ニーア、クロエ、竜胆、サカキ。

 全員、今の俺より年上なのな!


「で? 連れてけって?」


「ええ、ジャンヌ様さえよければ。あいつは攻めが大好きですから、今の守りの戦では活躍の場がないのですよ」


「そうは言ってもなぁ。攻めないにせよ、反撃に出る分には重要だろう。あの突破力は」


「そうですね。ですがそれはブリーダにも可能です」


「ならブリーダを連れていく……のは辛いな。ビンゴ方面は山や森が多いから、騎馬隊は向かないし。あいつもまだ本調子じゃなさそうだし」


 てか川で無駄にはしゃいで全治を伸ばした大馬鹿者だった。


「はい。サカキはその分、怪我も治り、現場復帰のために少し慣らしをしたいと。同じく怪我明けの部下、200も連れて行かせてほしいとのことで」


「リハビリってことか……うーーーーーん」


 悩む。

 身勝手な物言いだが、サカキと200がついてきてくれるのは心強い。

 正直、万を超える帝国軍を相手にするのに、自分が動かせるのが300というのは心細いところだ。


 だが同時にあいつは軍のナンバー2とも言える立ち位置にいる男。

 そうそう簡単に王都を離れて良い立場にはいない。


 とはいえ――


「…………」


 きっと色々言われたんだろう。

 ジルの顔色を見るに、これ以上負担をかけるのは可哀そうに思えてきた。


「分かった。サカキも連れてく」


 その言葉でジルはホッとしたように胸をなでおろした。


「ありがとうございます。あいつも喜ぶでしょう」


「すまんな、色々苦労かけて」


「いえ、こちらこそ。それにこれが今の私の仕事ですから」


 とはいえジルの顔には疲労の色が張り付いている。

 もともと帝国の属領だったオムカには文官はもとより、優秀な武官が育っていなかった。

 そして独立を果たしたとはいえ、この1年で文官と武官のトップであるカルキュールとハワードを失ったのだ。


 圧倒的な人材不足。

 それが今のこのオムカを象徴する事象で、今は亡きブソンに言ったことは嘘ではないのだ。


 ジルのためにも早くビンゴ領を解放しよう。

 そして喜志田を始めとして、武官や文官を引き入れてジルを楽させてやろう。

 というわけでビンゴ侵攻の目的がもう1つ増えたのだった。


「っと、そこまではいいけどヨジョー城はどうするんだ? ブリーダに任せるといってもあの機動力を城に残すのはもったいないぞ? あの部下の……えっと、前にジルと釣りしてた……」


「アイザですか?」


「そう、そのアイザ。彼女に任せるにしても若干不安がある」


 先の戦で、危機に陥ったブリーダを救いに行ったところなど、結果から見ればブリーダの命を助けたことになったが、一歩間違えればブリーダの部隊は全滅ということになっていた。

 ブリーダを救ってくれたことは個人的には感謝しているが、そんな独断行動を起こすのは軍師の立場としては容認しがたい。


「彼女は釣りは上手いのですが……そうですね。難しいでしょう。ブリーダと彼女には今まで通り遊撃隊を率いてもらいます。今は失った部隊の再編を急いでもらっていますが」


「じゃあ誰を置く? 帝国との最前線だ。生半可な人物じゃ守り切れないだろ」


「ええ、そこはもう。ですのでアークを置こうと思います」


 時間が止まった。

 いや、動いている。

 止まったのは俺の脳だ。


 アーク?


 ……誰?

 そんな登場人物いた?


「ええ、ようやく彼も育ってくれました。今ならヨジョー城を任せても問題はないでしょう」


「えっと……」


「おや、どうしました、ジャンヌ様? あぁ、そういえばジャンヌ様はアークと一緒に戦ったんでしたね」


 え、うそ?

 一緒に戦った?

 いたの?

 だから誰?


 けどそれを言ってしまうと負けな気がする。

 そして『古の魔導書エンシェントマジックブック』を使うのもカンニングみたいで後ろめたい。


 だからここは溢れだす知力で、ジルから情報を聞き出して思い出す!


「それ、誰から聞いた?」


「前総司令殿から聞きました」


「いつごろ?」


「そうですね。去年の末でしたか。総司令殿に引き合わせられ、それからは私の副官的な立ち位置に収まりました」


 ここまでの情報をまとめると、アークという人物はハワードの爺さんの部下で、俺と共闘したことがあって、それはハワードの爺さんも一緒だということ。


 アークはともかく、俺とハワードの爺さんが共闘したのは、カルゥム城塞の防衛戦、オムカ防衛戦、それから今年の夏の帝国戦。

 去年引き合わされたということは、カルゥム城塞とオムカ防衛戦でしかない。


 さらに言えば、オムカ防衛戦は城内と城外という距離の違いもあるし、共闘感は薄い。

 それに『ジルと一緒に共闘した』ではなく『俺が共闘した』ということは、ジルも参戦していたオムカ防衛戦ではない。


 ならばカルゥム城塞でのシータ王国との戦いに限られる。

 だがまだ出てこない。

 喉元まで出ているのに……。

 あと1つ。あと1つ情報があれば、きっとわかる。


 だからこそ、かまをかけてみる。


「あ、ああ。アークの活躍はすごかったからな」


「ええ。まさしく。なんでも見事な火計だったとか」


 それだ!

 そういえば防衛戦の緒戦で、淡英たんえいの船を焼き払った。

 その時の部隊長の名前が確かアーク!

 弓自慢の男だ!


 あー、そうか。そんな名前だったか……。顔覚えてないや。


「いやー、そうそう。それだ。そのアークだよ。そのアークが良い感じになってるわけね。それはアークだわ」


「ジャンヌ様?」


「ん? どうした?」


「……いえ、なんでもありません」


 なんだか今日のジルはよく歯にモノが挟まった感じになるな。

 ま、いいや。


「えっと、そのアーク。それほどなのか?」


「ええ。もともと前総司令殿の元で軍略を学んだようで、部隊指揮とかも十全にこなします。何より彼の武器である弓は200メートル先の敵を射貫くほど。そんな彼のもとで育った弓兵隊は城の防衛にはもってこいかと」


「なるほど」


 ジルがそこまで言うなら大丈夫だろう。

 てかアークの弓の腕、やべぇな。


「じゃあ北の守りは問題ない、か」


「ええ。東は先のカルゥム城塞が破却され王都を突く拠点はなくなりました。あとは南ですが」


「そこはマツナガにやらせよう」


「大丈夫ですか?」


「ああ。なんとかしろって伝えた時にイッガーを貸してほしいって言われてさ。ちょうどいいからイッガーに見張りさせておく」


「なるほど。彼ならば、まぁ、大丈夫でしょう」


「一応釘をさしておいたからな」


 まぁそれでどうにかなるものではないだろうけど、何もしないよりはマシだ。


「そうですか……ところでジャンヌ様の出発は?」


「そうだな。ビンゴ王国が滅んでそろそろ2か月が経つ。あまり猶予はないから、3日後には出発したいな」


「分かりました。あと補給についてですが、本当によろしいので?」


 ジルが言ったのは、俺たちの食事のことだ。

 今年の上旬に返還してもらった王都バーベルから2日ほどの距離にある砦。

 そこに補給物資を集めるようにしてもらったのだ。


 そこまでは当然の措置だが、ジルが心配したのはその先。

 ビンゴ王国までは軍の行軍でおよそ1週間以上かかる。


 そう、今回の戦いは今までとは違う、遠征地での戦いなのだ。

 南郡制圧の時はワーンス王国という足がかりがあったし、帝都潜入の時は少人数で宿を拠点にできたし、その後の戦いはヨジョー城から近かったし短期間で終わった。


 だから補給に苦しんだことはほとんどない。


 だが今回は、それらの戦いとは異なり、オムカの土地を離れてビンゴ王国の奥深くまで侵攻することが求められる。

 その際に一番大事なのが食料の確保だ。


 人間は食べなければ生きていけない。

 そしてその食べ物は地から勝手に湧いてくるものじゃない。

 もちろん山菜を取ったり獣を狩れば手に入るが、500人規模の人間を毎日潤すことは難しいだろう。


 普通ならば輜重しちょう隊という、食料を運ぶ部隊がついてくるので問題はない。


 だが今回はある程度の隠密性と速さが求められる。

 さらに元ビンゴ王国軍で案内役のセンド・リンドから聞いた話では、西の砦より先は山岳地帯が多く、重い荷駄を運ぶ輜重隊は通行に適さないのだ。

 そのため、ビンゴ王国は各地に砦や山城を築き、補給ポイントをいくつも確保して補給路を短くしていたという。


 砦は今や帝国側だから、攻める俺たちは険しい山道や森の中を行くしかなく、携行できる食料は少ない。

 多く持って3日、無理やり伸ばして5日ということだろう。


 あとは現地調達。それが出来なければ待つのは飢えということになる。

 だからこそのジルの心配なわけだが……。


「大丈夫だ。3日以内になんとか拠点を確保する。それができれば、輸送はできるだろ」


「しかし……我々にとっては未知の土地ですし」


「こっちには道案内がいる。それに、向こうの軍師も来る。それともなんだ? ジル、お前は俺のことを信じられないのか?」


「そんなことは……もちろん、ジャンヌ様のことは信じています!」


 ジルを困らせてみたものの、正直自信なんてない。

 100%勝てる見込みもないし、ジルの言う通り俺たちオムカの人々にとっては未開の地なのだ。

 喜志田とは連絡取れていないし、道案内くらい相手にもいる。


 けど、それを言ってしまえばジルに無用の不安を植え付けるだけだ。

 だからここは嘘でもジルの心配を減らすべきだと思った。


「分かりました。拠点を確保したら連絡ください。早急に輜重隊と警護の兵を送ります」


「まぁ、その時はよろしく」


 だから曖昧に伝えるだけにした。

 それからは更に詳細な軍事行動について話をしたが、ふとジルが思い出したように話を変えた。


「あ、そういえば」


「どうした?」


「ブリーダがジャンヌ様に伝えてほしいことがあると」


「ブリーダから?」


「ええ。旧ビンゴ王国軍のクリッド・グリードという人物が生きていたらよろしく、ということです」


「なんでそんな知り合いが?」


「なんでも運動会の時に知り合ったとか。その時の借りを返せと言えば、きっと協力してくれるはず、とのことです」


「ふぅん? まぁ、いいや。覚えておこう」


 しかし……色んな縁があるもんだ。

 そういえば喜志田は無事かな。

 あとその副官の、なんだか色々可哀そうな人も。


「ジャンヌ様」


「ん?」


「くれぐれもお気をつけて。ご武運を祈ります」


 急に来たジルのド直球。

 相変わらずだな。

 それがどこか恥ずかしく、やはり嬉しい。


 だから俺も率直な言葉で応える。


「あぁ、ありがとう。留守の間、頼むよ」


「命に代えても」


 だから重いって。

 それでも久しぶりのこのやり取りに、相反してどこか心が軽くなる気分だった。

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