第18話 正義執行
翌日。
とりあえず整理券がある以上、焦っても仕方ないということで宿屋の近くで時間を潰すことにした。
もちろん、早めに通れる可能性も考慮して、交代で関所に見張りを立てている。
というわけで色々と組を作って時間を潰していたわけだが……。
「あ、隊長殿! これ美味しそうですよ! 南国フルーツたっぷりまんじゅう、ですって! さぁ、食べましょう! さぁ! さぁ!」
「馬鹿め、さっきも甘いものを食べたばかりだろ。今はこの塩と胡椒でたっぷり味付けされた超巨大ステーキを食べるのだ! そうですよね、隊長!」
「そういう時は、両方食べるのが正義です! さぁ、ジャンヌさん! 甘いとしょっぱいの無限ループを一緒に正義しましょう!」
これは人選を間違った例。
「あ、隊長! ちょっとひとっ走りで行ってきたんですけど、やっぱここらの農業は進んでます! あの水車というの。面白いですね。あれで色々な作業の手間が自動化できるんですよ。さらに肥料1つをとっても、排泄物を発酵させたり、枯葉を加えたりと色々試しているようです。なんでも人間のものが一番良いようで――」
「いや、なんで食べ物の話してるのになんでそういう話するかなー。ザイン、そういうとこ」
「あー、でもそれって美味しい作物が取れるってことだよなーいいなーこっちに住みたいなー」
「ルックも変なこと言わない! あー、もう!」
うーんこの組もこの組で個性的というか。
「あ、ジャンヌ! 助けて! ちょっと歌の練習でもしようか、って思ったら色んな人に……きゃ!」
「あーちょっとすみません。そういうのは事務所通してもらえますか? え、後にしろ? ……てめぇ、うちを舐めてんのか? ちょっとそこの建物の裏に来てもらおうか!」
「あ、マネージャー。できるだけ穏便に……」
あれー、ホーマってそういう人だったのか……。
絶対怒らせないようにしよう。
そして結局昼も過ぎ、太陽も傾き始めた頃。
ようやく整理券の番号が近くなったので、全員を集めて関所の門のところへと向かった。
それでもじりじりと待たされること約1時間。
ようやく俺たちの番が来た、そう思った刹那。
「はい、今日の通行はこれで終了です。また明日に来てください」
目の前で門が閉まっていった。
いやいやいやいや。そんなんありかよ。
「ちょっと待ってくれ。まだ日没じゃないだろ。俺たちは今日通れるっていうから昨日から待ってたんだぞ」
代表してウィットが門番に抗議する。
だが門番はどこ吹く風で、
「いや、しかしこれは決まりだからな」
めっちゃお役所仕事の対応をされた。
「俺は昨日整理券をもらう時に聞いたぞ。日没までだって。あんたらの目は節穴か? まだ太陽は山の上じゃないか!」
ウィットの抗議が続く。
これは止めるか。さすがにそれ以上はマズいかもしれない。
そう思った時には事態は進行していた。
「どうした? 騒々しい」
「いえ、隊長。いつもの駄々です」
「ふん、またか」
奥から現れた隊長と呼ばれた男。
ふくよかな体格の40代ほどの男で、立派なあごひげを蓄えている。
ただその見た目と尊大な雰囲気。あのハカラを思い出して嫌な予感しかしない。
「ふむ。どうせ通せということなのだろう。駄目だ駄目。これは規則なんだからな」
「だから、まだ太陽はあるだろう!」
「規則だと言っているだろう? ここの規則は私だ。私が駄目だと言えば、それは絶対に駄目ということだ」
「ぐっ……」
ウィットとしてもこれ以上のごねりは危険だと思ったのだろう。
ちらっとこちらを見て、どうしますか、と目で聞いてきた。
俺は小さく首を横に振る。
仕方ない、いったん出直すしかない。
整理券があるなら、明日の朝一で入れるはずだ。
「ああ、そうそう。帰るなら整理券をもらっておくといい。まぁ、今からもらっても明日にはまぁ無理だろうがな」
「はぁ!?」
これにはさすがの俺も色を成した。
なんでそこでリセットされる仕組みなんだよ。
「これが、ここでのルールだ。ルールに従えない者は帝都に入る資格なし。早々に立ち去るがいい」
隊長が履いていた剣を鞘ごと取り外すと、そのまま地面にズンッと立てた。
これ以上は力づくだ、と言われたようなものだ。
こんなところで数日も足止めされるのは痛い。
だが、ここで騒ぎを起こすのもよくない。
仕方ないのか……。
「まぁだが私も鬼ではないぞ」
と、隊長が言葉をつなぐ。
どこか下卑た印象を持った声色。
嫌な、予感。
「何か差し出すなら考えんでもない。そうだな1人あたま10万コル、9人ならまけて90万コルにしてやろう」
高っ!
てかびた一文まかってないんだけど。
ちなみに1コルは約120円換算だから、要は100万以上ということになる。
「この先は大エイン帝国の誇る主都アルパルーデだ。得体の知れない貧乏人を入れられるわけないだろ」
ここまで露骨な賄賂の催促をするとは……。
そもそも俺たちが通ることに手数料も何も発生しない。
だからここで払った金は全てこの隊長の懐に入るというわけだ。
しかも門の閉まる時間をこの隊長が自由にできるということは、早めに閉めて金をせしめようという魂胆だ。
ここまで腐ってるのか。
「あのーお金を払うのって普通のことなんですか?」
竜胆が良く分かっていない顔で聞いてくる。
「賄賂だよ。便宜を図ってやるから金を寄越せって」
「賄賂! つまり悪!」
あ、ヤバい。
なんか変なスイッチ入ったぞ。
「んん? よく見ればなかなかの女子も多いではないか。よし、中に入れてやろう。だが一晩、女子たちを兵たちの饗応をさせることが条件だがな。なに、ちょっとお世話してくれるだけでいい。90万コルに比べれば安いものだろう?」
下種め。
こんな奴が帝都の守りにいるとか、本当にお国が知れるな。
「あ、あ、あああああ」
誰もが不快な思いに歯ぎしりしている中、顔を真っ赤にした竜胆が壊れたラジオのように単語を繰り返す。
どうした、ついに壊れたか?
「悪です! あなたたちは大悪です! 悪党は私が成敗です!」
「え!? ちょ、待て竜胆! いや、クロエ、ウィット、彼女を止めろ!」
だが遅かった。
「スキル『九紋竜』! 第三紋! 風竜!」
クロエとウィットが弾けるように動いたのと、竜胆がスキルを発動したのが同時。
木刀を振り回し、起こる風が隊長を、その後ろにいる門番たちを薙ぎ払い、関の石壁にたたきつけた。
やった。やりやがった!
だが竜胆の怒りはそれに収まらないらしく、さらに木刀を振り回すと、
「九紋竜形態変化! 第五紋! 地竜!」
竜胆が走る。
門、ではない。その横の石壁。関の根本部分。
「大地の、正義!!」
そこに木刀を叩きつけた。
そして起こった現象は、これまでの何よりも激しく劇的なものだった。
石壁にひびが入ったかと思うと、そのひびが拡大していき――
破裂した。
しかも衝撃はそれに収まらず、関所のところどころに波及して一部が崩れたりしている。
そして見た。
砂煙が舞う中、門の横。石壁の部分に2メートル以上の穴がぽっかりと空いている。
誰もが唖然としてそれを見る中、当の本人はいつも通り。
「さ、みなさーんこれで通れますよー! いきましょう!」
力なき正義は無力である。正義なき力は暴力である。
そう言ったのは誰だったか……。
そこに『知恵なき力は暴走である』をつけ足してくれ。
「せ、関所破りだぁ!」
頭上から怒声が聞こえる。
そして笛の音。
すぐに騒がしくなる。
迷う。
どうする。逃げるか。どこへ。オムカへ。だが軍が来る。追いつかれる。なら前か。だが地理が分からない。それは退くのも同じ。間に合うか。馬車は。無理だ。なら馬。アヤ。どうする。一緒に旅は不可能。逃がす。無理だ。別れるか。
思考がぐるぐる回る。
幸いなのはこの破壊で砂煙が周囲に舞って視界が悪い事。関の上からでは誰がやったかまでは分からないだろうし、上から降りて来るのに時間がかかるはずだ。
そして竜胆の最初の攻撃によって、地上にいた兵士たちは軒並み昏倒している事。これを狙ってやったのなら大した悪党だ。
「隊長!」
声。ウィット。聞いてくる。決めた。
「突破する! 馬車は放棄! クロエはアヤを、ウィットはホーマを、マールは竜胆を乗せて全速! ザインとルックは戦闘態勢で警護。ただしこちらからは絶対に仕掛けるな!」
「了解!」
全員の返答が返ってくる。
その時に俺はもう馬を走らせていた。
あとから5頭が続く。
追撃を考えると馬車は放棄するしかない。
だからこれが最良の選択。
もちろん馬に乗って我先に逃げ出したわけじゃない。
『古の魔導書』で、地図を見て、先導役となるためだ。
ここから帝都まで遠くない。
おそらく関所破りの報告はすぐに行くだろう。
帝都がどういう形態かはわからないが、おそらく王都バーベルのように城壁で覆われた形ではないだろう。
というか壁をこの関所が担っているのだ。
だから帝都につけばそのまま身を隠せる。
もちろん一般の宿屋に泊まればすぐに身元を割られる可能性がある。
先行したミストの店に行くのだ。
そこならば使用人を隠れ蓑に、長期滞在ができるという寸法だ。
だからこうなるとこの時間帯が有利に効く。
このまま帝都まで走ればおそらく夜には着く。
闇に紛れてミストの店になだれ込めば、関所の混乱が聞こえる前に安全を確保できるはず。
というかそうでないと詰む。
「あのージャンヌ先輩、すみませんでした」
マールが馬を寄せてきたと思ったら、その前に相乗りする竜胆がしょんぼりした様子で謝ってきた。
「うん。まぁしょうがない。一応結果オーライだ。けど、今度からは一度相談してくれな」
ここで叱ってもしょうがない。
それに結果オーライなのは間違いのないことだ。
そしてあの破壊力。
これから敵の本拠地に乗り込むのに、攻撃力不足と思っていたパーティにまさかの超ド級のアタッカーがやって来たのだから、という打算的な部分があったのも否めない。
我ながら悪いことを考える。けど、俺たちが生きてオムカに戻るなら、それくらいのケアは必要だ。
というわけで、そう伝えたつもりだったのだ……。
「はい! つまり先輩が正義の代行者ってことですね!」
なんかもう色々違う。
……もういっか。
竜胆はこういうヤバイ奴だと思ったうえで付き合うしかなさそうだ。
はぁ、本当ヤバいものを拾ったなぁ。
「クロエ……いや、マール。すまんがあいつに常識を教えてやってくれ」
「はぁ……分かりました」
マールもさすがにここまでとは思っていなかったらしく、若干引きつった顔をしている。
どうしたものかと思っているのだろう。
うん、だからぶん投げたんだけど。
「あれ? なんで隊長殿は自分を一度呼んだんでしょう?」
「ふん、馬鹿め。貴様のような常識知らずには任せられないということだ」
「なにぉ、ウィットのくせに! ぶっとばす!」
「やってみろ!」
「こらこら! 喧嘩するな!」
頼むからもう悩みの種を増やさないでくれ。
いや、ウィットの言う通りなんだけどさ!
はぁ、しかしこうも強行突破で帝都に入り込むとは思わなかった。
いよいよだ。
エイン帝国の帝都。
倒すべき敵の本拠地だ。
罠である可能性はかなり高い。
だからこそ緊張で胃がきゅっとするが、同時に高揚感も覚えているのは確かだ。
この旅が、どんな結末をもたらすかも考えずに、そんなことを思った。
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