第16話 リンドー
「囚われのお父さんを助けに行く! それってつまり正義ですね!?」
「お、おう?」
なんとか2人を落ち着かせて矛を収めさせると、少女に向かって俺は懇切丁寧に事情を説明した。
その直後にこれだった。
赤髪ショートカットの15,6歳の少女。
くりんとした目をキラキラ輝かせて見つめてくるその顔は、どこか小動物を思わせるようで愛らしく思える。
ただ体つきは、俺とどっこいどっこいで貧弱そうなのに、クロエと互角の勝負ができるなんてどこにそんな力があるのか。
もしかしたらパラメータが関係しているのかもしれない。
ちょっとうらやましかった。
「分かりました! 玖門竜胆がお手伝いします! 正義の名のもとに戦う、正義の剣士です! 正義!!」
うーん、大丈夫かな、この子。
とはいえその戦闘力は今見た通り。
スキル持ちだし、一緒に行動してくれると正直ありがたかった。
だが見知らぬ少女をいきなり戦場に送り込むのも気が引ける。
いや、この世界に入る以上。どこかで必ずそうなるのだから、ここで俺と出会えたことが良かったと言わせることができればそれでいいんじゃないか。
はい、我田引水の弁論乙。
プレイヤーについては、とりあえず後で落ち着いたら話そう。
ここには知られたくない人間しかいないし。
というわけでお互いに自己紹介して、新たな仲間を加えて俺たちは北上を続けた。
とりあえず馬が足りないので、アヤと同じ馬車に乗せた。
どうやら気が合ったようで、アヤは猫かわいがりして竜胆もそれを受け入れたようだ。
「うぅ……私のジャンヌとダルクが……隊長殿との愛の結晶が……」
約1名めんどくさかったので、帰ったら新しいの買ってやると言ったら小躍りして喜びだすわ、他のメンバーから不平等だ自分たちにも何か欲しいとねだられるわ、めんどくささが倍増した。
あぁもう! 子供か!
さらにその日の宿もひと悶着あった。
総勢9人の大所帯だ。
さすがにこの旅の表向きのメインはアヤだから、彼女は個室を取るとして、残りの3人部屋3つの配分がもめにもめた。
「ジャンヌさんと色々と正義なお話ししたいのです!」
「ダメダメ、隊長殿は私が一番分かってるんだから。気の許せる相手というのが一番なの!」
「あのー、じゃあ間をとって私というのは?」
「私は少し隊長さんと今後の予定を詰めたいのだけど」
「逆にわたしの個室で一緒に寝るっていうのは?」
竜胆、クロエ、マール、そして何故かアヤに加えてマネージャーのホーマまでが俺と同室を求めた。
人気者は辛いぜ……じゃなく、まさかの男女同室!?
まぁ俺自身、今は女の体だから間違いなんて起こるわけないけど。
でもどうも意識してしまうよなぁ……。
「えっとー、俺ら野郎衆は3人部屋に入ってるので。お疲れです」
そう言ってウィット、ザイン、ルックは早々に引き上げてしまった。
あぁこういう時は男同士が気楽で羨ましい。
あーだこーだ小1時間議論した結果、ホーマが結論を出した。
「こういうのはどうかしら。ここから帝都まではあと4日あります。それぞれ交代に隊長さんと部屋を一緒にするのは?」
その意見に他の4人は考え込んだが、これ以上の代案はなかったため渋々頷いた。
そしてその順番については、俺が教えたじゃんけんで決めた。
その初日の相手となったのが――
「はっはっはー、やっぱり正義は勝つのです!」
こいつかよ。
まぁいいや。
色々話したいことがある。
「あ、お話ですか? じゃあパジャマパーティーしましょう! お風呂入りましょう!」
竜胆が俺の腕を取って引っ張ろうとする。
その力はやっぱり腕力パラメータが影響しているのか、まったく抵抗できない。
ヤバい、てゆうか男だと思ってないから、もしかしたら――
『男だったなんて、騙しましたね! 悪決定です! 正義執行!』
……なんて意外とあり得そうだ。ヤバい。
「ちょっと待て竜胆。あのな、とりあえず話を――」
「お風呂で話しましょう!」
「そうじゃなく!」
あぁ、駄目だ。
このまま俺は、こいつにボコられる運命に……。
「ちょっと待ったぁ!!」
壊れるんじゃないかと思うほど勢いよくドアが開く。
クロエがいた。マールもいた。なぜかアヤもホーマもいた。
「隊長殿と一緒にお風呂に入るなんて、新参者がそんな羨ま――けしからんことを! 私だって最近一緒に入れてないのに……げふん、いえ、とにかく許しません! それこそ悪です! 正義クロエが成敗です!」
こいつは本当に染まりやすいなぁ。
けど助かったのは確か。
「そうだな。うん、クロエの言う通りだ。2人一緒に入るなんて悪だぞ、悪。それでいいのか、竜胆?」
「うぅ……そうなんですか。それは正義でないなら……」
「その通り! これに懲りたら抜け駆けなんてしないこと!」
うん。何が抜け駆けなのか知らんが言ってやれクロエ。
「というわけで皆で入りましょう!」
期待した俺が馬鹿だった。
それじゃあ何も変わってないじゃないか。
「さぁ、隊長殿。行きますよー」
こいつには敵地という緊張感はないのか。
というわけで拒否権もなく強制的に公衆浴場へとドナドナされていった可哀そうな俺。
そこまで大きくない街だからか、利用客は俺ら以外いなかった。
ある意味気が楽だと思うか、逃げられないと思うか……。
ええい、とにかく見なきゃいいんだ。
だから目を限界まで細くして、ぼんやりとした視界で行けば完璧だ。
タオルを巻いて脱衣所から浴室へと入る。
そもそも薄暗いわけだけど、ぼんやりと洗い場と浴槽は見えてるから問題ない。
そう思っていたのだが――
「隊長どーの! なにふらふらしてるんです、かっ!」
「わぁ!」
急に背中に冷たい手が乗せられ、思わず飛び上がってしまった。
床は濡れたタイル敷き。
着地と同時に見事にツルンと滑る。
あっ、ヤバ。
受け身、いや、間に合わ――
「隊長殿!」
衝撃、はない。
いや、やわらかいものに吸収された。
「すみません、大丈夫ですか。隊長殿」
クロエだ。
どうやら受け止めてくれたようで、一大事にならずに済んだらしい。
「あぁ、こっちこそすまな――」
手を伸ばす。
暖かい、そして硬い。だがなんだ、この断崖絶壁のようなものは。
今さら目を薄くしていると危険だから開いてそちらを見てみると。
「あ――」
見た。
見てしまった。
俺の手がクロエの胸元に当たり、そしてクロエはタオルを巻くことなく、まさしく生まれたままの姿だということに。
「す、すまん!」
よく風呂場に一緒に行くが、ここまで接近しないよう避けて入ってきたのだ。
てかタオルを巻けといつもいってるだろうが!
「あっ……隊長殿……そこは」
「わっ、ご、ごめっ!」
慌てたせいで、変なとこ触った……気がする。
いや、何もない。
俺は何もしてない! 悪くない!
だからとりあえず出よう。
ここから外に出てしまえば勝ちだ。戦略的撤退だ。
だがそれは無残にも失敗した。
「あ、隊長、危ないですよ!」
前を見ずに出口に向かったのがいけなかった。
何かにぶつかった。
いや、今度は柔らかい何か。
しかも右と左に2つ。
「あら、ジャンヌ。そんなに慌ててどうしたの?」
「走ったら危ないですよ、小さな隊長さん?」
アヤとホーマだ。
そもそも体つきが良かったアヤは分かるが、ホーマの方もなかなかどうして。眼鏡を外した姿もまた違ったように見える。
何より2人ともクロエとは比べ物にならないほどの火力を有しているわけで、これが大人の魅力……じゃなく!
「ごめっ、俺出るから!」
「え、そうなの? ちょっと、ジャンヌ!」
アヤの制止を聞く前に、脱衣所への扉にたどりつき手をかける。
それだけのことなのに、どっと疲労感が襲う。
なんで風呂場で疲れを落とそうとしてるのに、疲れるんだ。
ともかくこれでこの天国……もとい地獄から逃れられる。
三十六計逃げるに如かずとはよく言ったものだ。
てゆうかやっぱり違うよな。
自分のこの体もようやく慣れてきたけど、他人のものを見るのはまだ抵抗がある。
だからおとなしく部屋付きのお風呂で体を洗おうと思ったのだが――
「凄い凄い、これがこの世界のお風呂ー! まさに正義!」
ぶつかった。
というより蹴散らされた。
はしゃいで飛び込んできた竜胆に。
突き飛ばされてしりもちをついた俺に、さらに追い打ちをかけたのが竜胆を追うマールだ。
「ちょっと、リンドー! 走ったら危な――あっ!」
姿勢が低くなったところに、マールの膝が入った。
「きゃあ! た、隊長!? すみません! すみません!」
額で受けたものの、頭がくらくらする。
さすが腐っても軍人。いい膝を持ってやがる……ぜ。
というわけで、嬉し恥ずかしのお風呂イベントも大騒動で終わり、それぞれ部屋に別れて就寝となった。
うぅ、まだ額が痛いし、くらくらする。
早く寝たい。
だが、それより先にやるべきことがあった。
「それじゃあ何をお話ししましょうか! そうですね、本当にあった正義な話など――」
「竜胆。大事な話がある」
「ほぇ? なんでしょう?」
とはいえどうしよう。
さっきのあんなことがあったから、余計男だって言い出しにくくなってる。
けどプレイヤーということだけでも話したいわけだが……あ、そうか。
男だってことだけ隠しておけば問題ない。
さすが俺。機転が利く。
そして俺は話した。
この世界のこと。情勢、戦況。
俺ことジャンヌ・ダルクのこと。立ち位置、そして目的。
それを細大余さず、誇張も虚言もなく、ゆっくりと諭すように語った。
そして――
「うぉぉぉ! 凄いです! まさかこんな正義な感じとは!」
はぁ、本当に分かってるのかなぁ。不安だ。
「ん……でもあれ?」
「どうした?」
「思ったんですけど、皆帰れるなら、帝国に降伏した方がよくないです? そうすれば誰も危険な目に遭わずに帰れますよね? それこそ正義じゃないですか?」
「っ!」
言葉に詰まる。
それは何度も考えた問い。
俺たちが争わずに、降伏して帝国が統一すれば、俺たちプレイヤーは全員元の世界に戻れる。
プレイヤーの犠牲も、この世界の民衆の犠牲もなしに、だ。
「いや、それは……駄目だ」
「そうなんですかー? 良い考えだと思ったんですけど……」
はっきりとそう問われて、迷いが生まれる。
俺たちが降伏しないから、犠牲者が出た。そしてこれからも出る。降伏すれば、死ななかったはずの命。
それなのになぜ俺は抗う? なぜ戦う? なぜ殺す?
死ななかったはずの命。
それを俺たちのエゴで散らせてよかったのか。
……いや、違う。
それは俺たちの目線で見るからそう思うだけだ。
この世界に住む人間として見れば、帝国に従うのをよしとしない人が多いのは間違いない。
「俺たちは良くても、この世界に暮らす人たちの生活も考えなくちゃいけないんだ。帝国に支配された世界になれば、その分不幸になる人も出てくる。だから簡単に降伏できないんだよ」
それは竜胆に聞かせるというより、自分自身に言い聞かせるようなものだった。
俺たちが消えた後、この世界で暮らす皆は幸せになれるのか?
少なくとも俺の知るオムカの皆にそれはないと考える。
あの帝国に支配されていた時代を知る者からすれば、そんなものは受け入れられない。
何のための独立なのか、それを見失うことになる。
だから俺は帝国に負けられない。
勝って、彼らの幸福な世界を実現してからこの世界を去るのだ。
それが俺の目的。願い。夢。
「うーーーん? なるほど、です? つまり、それぞれの人に正義があるってことですかね?」
「あぁ、多分そうかな」
「なるほどです! へへー、これ、実は警察官だったお父さんから教わったんですよ! やっぱり正義ってことですね!」
結局意味が分からない結論に落ち着いたわけだけど、ある意味、俺の中にある戦うための決意というものを掘り起こされたようで、意義のある議論だと思った。
というわけで、一応話すことは話した。
だから最後に聞く。
「改めて聞きたい。いや、頼みたいことがある。俺たちと一緒に帝都に行ってくれないか? 正直、危険はある。けどクロエと引き分けた力、俺に貸してほしいんだ」
答えはすぐに来ないだろう。
それほど決断の有する質問だから。
だが――
「ええ、構いません! 正義に二言はないのです!」
そう迷いもなく答えてくれたのが、とても嬉しく――どこか切なかった。
やっぱりどこか不安はあるけど、とりあえず意思疎通ができたということでホッと一安心と言ったところか。
「それでジャンヌさ――いや、アッキーさんってお呼びした方がいいです?」
「どっちでも好きにしてくれ。いや、ジャンヌの方が色々めんどくさくなくていいかな。こっちではそっちの方が通りが良いし」
「へぇそうなんですか。でもなんだかアッキーって男の人の名前みたいですね。お話ししている感じも」
「あ、アキ、亜樹って名前なんだよ! それでアッキー! それにほら、うちって男家族ばっかでさ。こんな喋り方になっちゃったっていうか」
く、苦しい言い訳だ。
けど竜胆はにかっと笑う。
「はい、信じますよ。だって男の人がこんなことするわけないですもの! もし男の人だったら、もう……正義、いえ、たとえ悪の道に染まろうとも……私は……」
「女! もちろん女だから! 安心して!」
怖い。超怖い。
てかヤバイ。こんな弱みをマツナガに知られたら……一生あいつに頭が上がらなくなる!
「竜胆、プレイヤーの元の世界での話は結構デリケートだから、あんまり他の人には話さないでな。生まれとか本名とか性別とか年齢とか性別とか職業とか性別とか性別とか」
「もちろんです! そんなプライベートなことを話し回るような正義じゃないこと、しませんから!」
これでいい。
竜胆は正義とやらにこだわっているようだから、よほどのことがない限り秘密は守ってくれるはずだ。
「じゃあ、ジャンヌ先輩ということで!」
「なんだよ、先輩って……」
「いや、この世界の先輩ですから! 年功序列より功績の方が大事なのです!」
会社人かよ、お前。
「うふふー、でもいいですね。ジャンヌ・ダルク。実は私も好きなんですよー。なんかこう、国と自分の信じるもののために戦って、正義って感じで!」
結局こいつの判断基準ってそうなるのか。
まぁいいか。
とにかく強力な手札が増えたのは喜ぶべきだろう。
「というわけで改めて玖門竜胆! よろしくお願いします! ジャンヌ先輩!」
敬礼のポーズをしてにっと笑う。
あの無駄な正義がなければ可愛いんだけどなぁ。出来の悪い妹みたいで。
てか出来の悪い妹属性多くない?
ちなみにその後。
ほぼ初対面の女の子が隣で寝ているところで安眠できるほど、俺の神経は図太くなかった。
王都まであと4日。
俺の体力、持つのか……?
5/6 一部表現を修正しました。




