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閑話25 立花里奈(エイン帝国軍所属)

 久しぶりの帝都だった。

 といっても気持ちが躍るわけでもない。


 道は舗装されているといってもコンクリートではなくレンガだし、高層ビルがあるわけでも、美味しいケーキ屋さんがあるわけでも、ブランド物のブティックがあるわけでも、素敵な本屋さんがあるわけでもない。


 まぁ21世紀と比べてもしょうがないことだけど。


 町並みも古い。

 石造りの家に立派な宮殿、世界中の書物を集めた築何百年もありそうな図書館、数万人を収容する帝都一の学校の横には、宗教シンボルとしての古臭い教会があったりする。


 その教会に今、私はいる。


 クリスマスツリーに赤い服を着た男の像が飾られている入口から中に入り、一般の参列者たちが祈りをささげる聖堂部から外れて、奥へと続く廊下に出る。


 教会とはいうが、どうも地球にあった宗教とはまた違うようだ。

 以前教わったけど、この世界自体に興味がなかったから聞き流していた。

 この世界を救ったなんとかという女神の教えを広める場所という話だったか。


 自分にも1人、女神の知り合いがいるけど、そんな高尚な人柄にはみえなかったから別人――もとい別神だろう。


 興味ないし。

 この世界には、私は何の興味もわかない。


 だって、もう死んでいるんだから。

 それに生き返らせるというあの女神の言葉を鵜呑みにするのなら、この世界ともお別れになる。


 だからどうでもいい。

 こんな世界に興味ない。

 一時だけ訪れる、うたかたの夢。


 その、はずだった。


 9月に起きたオムカ王国との戦争。

 そこで見た少女。


 そこにいるはずのない人物を見た気がした。


 顔も形も性別も全て違う。

 なのにそう感じたのはなぜか。

 分からない。


 分からないから、調べにいきたかった。

 けど彼女は敵だった。

 エイン帝国とオムカ王国は戦争をしている仲。

 そして私はオムカの兵を数多く○してきた怨敵おんてき


 会えるわけない。

 けど会いたい。

 そんなの無理だ。

 でも会いたい。


 相反する想いが交錯し、張人に八つ当たりしたりと少し荒れ気味だったが、やがて彼女――ジャンヌ・ダルクという名前らしい――は遠征に出たという報告が入った。

 その隙を突いてオムカの王都を落とせと、帝都から矢のような催促があったのもそのころだ。


 けど張人は動かなかった。

 私も彼女がいないのなら動く必要がなかった。


 そして風の噂で、彼女が南郡で勝利したと聞いたころ、今度は私に帝都への呼び出しが入った。


 なんともすれ違いの感じが私の心をすさませたが、


『きっとオムカは今が一番忙しいでしょ。なんてったって帝国から本当の意味で独立するんだからね。宣戦布告みたいなもんじゃん? あー、じゃあうちもそれに答えてあげるのが礼儀だよなー』


 最後の方の意味が分からなかったけど、張人の言う通りなら忙しいのに邪魔したら悪いということで諦めた。


 そして今だ。


 案内の者に通された部屋には誰もいない。

 だから応接セットの下座にあるソファに座って待つ。


 簡素な部屋だ。

 質素をモットーとしたわけではなく豪邸を持つ司祭がいる中で、あの男はこの教会に住み込みで、しかも質素倹約に努めているという。


 金持ちでそれを見せびらかすような人は好きじゃないけど、金があるのにそれを全く使わない人間も好きじゃない。

 というより信用ならない。


 だって、お金が余ってるなら寄付するなり、病院を作るなり、人のためにやれることはたくさんあるはず。

 なのにただお金をあるがままに貯め込んでいるのは、結局自分が可愛いだけの偽善者でしかないと思えてしまう。


 といっても、あの男が慈善事業というのもまったくもって似合わない、気持ち悪いことだけど。


「それ以前に嘘くさいのよね、あの男」


「誰のお話でしょうか?」


 急に声がした。

 振り向くとドアのところに1人の男がいた。


 陰口を聞かれたという罪悪感。

 けどそれを認めたくない思いが、自然と突き放すような物言いになる。


「別に、貴方とは関係ないことよ」


「そうですか」


「それより待ったんだけど」


「これはこれは。失礼しました、里奈さん。お待たせしました」


 そう丁寧に言うと、男はいそいそと部屋を横切って私の前に座った。

 神父みたいな黒い素朴な立襟の服を着ていて、細長の体つきはひ弱そうで頼りなく見える。

 ぱっと見、ぼーっとしているような緊張感のない顔は、その細い目と相まって、警戒心という言葉は無縁に見える。


 これでもこの男。

 宗門の総本山に根を張る、パルルカ教のトップ――教皇なのだ。


「嘘よ、待つのには慣れてるから」


「はは、里奈さんは冗談が得意なようで。では紅茶はどうですか。喉は渇いたでしょう」


「いいえ、結構よ。長居するつもりないし」


「これは失礼しました。それでは早速本題に参りましょう」


 そっけない対応にもかかわらず、落ち着いた雰囲気で笑顔を見せるこの男。

 正直苦手だ。


 この世界に流れ着いた時に色々世話をしてもらった恩がなかったら、あまり関わり合いになりたくない手合いよ。


「いや、それにしても寒いですね。もう年末も差し迫っているころですし」


「だからってクリスマスツリーにサンタクロースはないでしょ。ここ、違う世界よ?」


「ははは、いいんですよ。適当にこさえてそれを祭りですといえば、皆さん楽しんでくれるのですから。いや、しかし寒い。ここには暖房もないですからね。里奈さん、そんな格好で寒くないのですか?」


 そんな格好と言われても、別にそうは思わない。

 まぁ確かに普通の布製のシャツにケープを1枚羽織っただけの姿だ。

 傍から見れば寒いように見えるのだろう。


 だけどこの世界に来てから、いや、この世界で人を○するようになってから、どこか寒いとか暑いとかそういう感覚も薄れているような気がする。


 だからってどうということはないけど。


「別に。貴方の方こそ、そんな薄着一枚でしょ」


「いえいえ、実はこれ、キャソックの中に3枚くらい着こんでるんです。寒がりなんですよ、私は」


 そういう風には見えないけど。

 がりがりの細い体を見ながらそう思う。


 てか偉いんだからもっとそれっぽい格好すればいいのに。


「それで何の用? 私、これでも忙しいんだけど。オムカの、戴冠式? それが終わったら攻めて来るって、張人が言ってたわ」


 嘘だ。

 ただ、そうでも言わないといつまでもここに抑留されそうだから、嘘でもなんでも言ってみる。


 だが彼は小さく何度も頷いて私の言葉を否定した。


「それは大丈夫です“あり得ません”から」


 何故、と聞こうとして言葉を飲み込んだ。

 それは聞いても無駄なことだし、それ以上にその後に続く言葉が私から言葉を奪ったから。


「あぁ、そうでした。貴女はあのジャンヌ・ダルクが気になっているんでしたね」


「っ!!」


「やはり当たっていましたか」


 この男……どこまで知ってるの。


 こちらに向けられる細い眼差し。

 何を考えてるか分からない。

 下手なごまかしは致命的と勘が働いた。


「ええ、ちょっと昔の知り合いに似ていた気がするの」


「気がする、ですか。いえ。詮索するつもりはありません。ただ、それで貴女の刃が鈍らないか心配なだけです」


「どういうこと?」


「来年の後半ですかね。オムカ王国、ビンゴ王国、シータ王国によるによる大反抗作戦が実施されます。そしてそれに先駆けて少数精鋭による帝都潜入作戦が行われるとも」


 まるで敵国の事情でさえも決定事項のように告げる。

 この男の頭の構造はどうなっているのだろう。


「ふふ、そう不思議がることはないですよ。ええ、詳しくはまだ“れて”いないのですが、こちらがちょっとした仕込みをしたので、あちら側はそう動くしかないというだけなのです」


「あっそう」


 それ自体はどうでもいい。

 だって、私には関係のない話だから。


「その時に、その人物、ジャンヌ・ダルクがここ帝都に来ます。その未来が視えたのです」


 激しい動揺が内心渦巻く。


 これだ。

 この男の真骨頂。


 僅か数年でこのすたれていた宗教に介入。

 様々な人間の未来を視て影響度を増し、一気に勢力を拡大して今や帝国の過半を牛耳る実力を手に入れた男。


 未来視のスキル。


 そう、この男も私たちと同じ、プレイヤーだ。


 名前は確か煌夜こうや

 姓は知らない。どうでもいい。


 ただ私の知るプレイヤーとは何かが違う。

 発する圧力というか、こんななんでもない、私がちょっと力を出せば簡単に○せるようなそんな優男なのに。


 そういえば張人が前に言っていた。


『あの人に反旗を翻すならやめときな。あれはリーナちゃんじゃ勝てないよ。だってそうだろう? 未来が見えるなら、誰かが狙ってるとしても事前に察知して回避できるわけだし、返り討ちにする準備だってするさ。しかも俺が見たところ、あの人のスキルは未来視だけじゃない。他にもある。スキルは1つしかないと思ってたけど、そういうのとはかけ離れてる。無茶苦茶なんだよ。だから悪いことは言わない。あの人に敵対するのはやめときな』


 そのころは、どうでもいいと思って聞き流したけど、こうやって何度か話をして、こうやって何度か予言を聞いて、こうやって何度かその実現を目にすれば嫌でも思う。

 この男は別次元の何かだ。


 いや、もうこの際この男のことはどうでもいい。


 あの少女がここに来る。

 わざわざ危険を冒して会いに行かなくても、あっちから会いに来てくれる。


 それはなんだかとても背徳的な何かに見えて、恍惚を感じさせる何かをはらんでいた。


「私に、何をしろと」


「気になるのですよ。貴女と、そのジャンヌ・ダルクを名乗る少女のことが。そして貴女の力と彼女の知恵。それはきっと、私の目指すべき世界への助けとなるものと信じています」


「彼女をこちらに引き込むってこと?」


「可能であれば」


 それは……確かに。願ってもない展開だ。


「けど何が起こるか分かりません。私のスキルも完璧ではないのでね」


 どの口が言うか。

 的中率100%をうたい文句にここまで宗派を勃興させた男が。


「ですからその時に帝国一の実力者である貴女には、この帝都にいて欲しいのです。なに、すぐにとはいいません。年が明けて春になる頃、そうですね。4月ごろから帝都で任務につけるよう手配いたします」


 そんな回りくどいやり方をせずとも、この人なら指先ひとつで有無を言わさずそれも可能だろうに。


 まぁいいわ。

 それがこの男のやり方だというのなら。

 私も精々利用させてもらおう。


「少し、紅茶をいただこうかしら」

※2/6

文明レベルについて修正しました。

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