第17話 ゾーラ平原の戦い
それからは大わらわだった。
別に部下がいるサカキとは王宮で別れて、俺たちは兵士たちがいる営舎を訪れた。
その際に俺の格好を見た兵たちとひと悶着あったがここは割愛。
もう、まじで恥ずかしい。
ともあれ支度を始めて30分ばかりで営舎の前に2千もの兵が集まった。
そしてジルが出撃を前に訓示を行った。
自分が隊長となること、ビンゴ国を迎撃すること、サカキの隊と共に先鋒を命じられたことを兵たちに伝えた。
ジルの隊長就任はともかく、連戦やあからさまな使い捨ての先鋒に対し異論反論が起こると思ったが、それもなくすんなり受け入れられた。
考えてみれば、彼らにとっては故国を守るための戦いで、士気も上がって当然だ。
それよりなにより、
「我が隊の副官を改めて紹介する。ジャンヌ様だ。建国の英雄、ジャンヌ・ダルクと同じ名を持つ乙女が、我らにつき、旗を振ってくださる!」
その時の兵士の歓声と言ったら、この巨大な城を揺るがすほどだった。
ジルには一計があって旗を借りたいと言った時、このことを兵に共有したいと言っていたがここまでとは思いもよらなかった。
ふとこの時、俺が女の恰好をしてなかったらどうなったんだろうと考える。
彼らはジャンヌ・ダルクと同じ名をする乙女が最前線で旗を振るからこそ熱狂しているのであって、男がそれをやったからといって、
「いやお前も剣を取って戦えよ」
ということになっただろう。
そもそも男だったらジャンヌと名乗らなかったわけで。
そう考えると女であることも悪い事じゃないけど、マリア、ニーア、サカキ、ハカラといった面々の視線を考えると複雑な気分だった。
それから隊列を整えて城を出た。
負けたら過酷な籠城戦となると知る民衆は、紙吹雪を舞わせて声援を持って送り出してくれた。
兵の中に家族や恋人がいる人間も多いだろう。
彼らを死地に送るのに対して自分たちは応援しかできないという民衆の心が痛いほど分かったし、それに応えるように兵たちは誇り高く姿勢を正して胸を張って歩いていくのが痛々しかった。
これが戦争の時代。
対して俺はつくづく平和な時代に生まれたのだと思う。それに感謝したい。
そんな見送りを受けながら城の外に出るとサカキの隊と合流した。
合わせておよそ5千。
うちの大学の在籍者数が2万人くらいだから、その1学年とほぼ同じ人数だ。
だがそれが一同に集まったこともないのだから、5千という人数は途方もないように思える。
いや、それを言ったら敵は4万という話だ。
東京ドームの収容人数がそれくらいだった気がする。
その人数がこちらに向かってくるのだ。明確な殺意を持って。
それを思うと胃の辺りがきゅっとする。
「どうかなされましたか?」
背後からジルが聞いてきた。
馬に乗れないから歩いていく、と言ったら、
『ジャンヌ様にそんなことをさせるわけにはいきません。さ、どうぞ私の前にお乗りください』
というわけで俺は今、ジルの前に乗せてもらっている。
手綱をとっているジルの腕が俺の両肩につく。
落ちないように気遣ってくれているらしい。
今の俺の腕より一回り二回りは大きな二の腕に囲まれて、更に背後に人間の圧を感じてどうも落ち着かない。
普通ならなんてことはないのだが、俺の今の格好を踏まえて客観的に見ると結構危ういんじゃないかと思う。
合流した時のサカキなんかは、
「ジーン、てめぇ……許せねぇよなぁ。ジャンヌちゃんと相乗りだとぉ。マジ許せん。父祖に誓って許せん」
なんて血の涙を流しながら悔しがっていた。
しかしこのジルのさりげない優しさ……ハカラがお得意のとか言ってたけど、もしかしたらこの天然さで女子の人気は高いのかもしれない。
……いや、俺は男だからな!
そんないざこざがあったけれど、行軍自体は順調だった。
若干、歩兵が速足になっているのは少しでも城から遠くの場所で敵を迎え撃ちたいという逸りからだろうか。
「そろそろつくぜ」
サカキが馬を寄せてそう言った。
「ああ、地形的にばっちりだ」
そこはゾーラ平原から少し王都に寄った場所。
幅20メートルほどの道の左右は深い林になっていて、5千が通行するに不自由はないが4万となるとそこそこ隊列が長くなる地形だ。
その林の入り口に少し入ったところで隊を停止させた。
「さって、あとはのるかそるかってとこか」
「ジャンヌ様のたてた策だ。間違いはない」
ジルとサカキには先に策を話している。
2人とも熱心に聞いて、そして若干不安はありながらも、策自体は面白く、成功の確率は高いと言ってくれたので一安心した。
「よし、敵が来るまでもうしばらくかかる。見張りは三交代制、見張り以外は小休止」
「斥候隊、ビンゴ国の位置を確認し、逐次報告。あそこに見える樫の木の辺りに来るのがどれくらいか報告寄越せ。伝令。後方から来るハカラ将軍に現状を伝えろ」
サカキの号令、そしてジルの命令で人の動きが騒がしくなる。
俺はというと馬から降り、馬に括り付けていた旗を担いでその近辺をうろつき始める。
「ジャンヌ様、何を?」
ジルが不審がって聞いてきた。
「地形を見てるんだよ。地図で見るのと現場で見るのとじゃ大違いだからね。ま、この場所はそう複雑な地形じゃないし、問題はなさそうだ」
「さすがですな。しかし、いつの間にそんな精巧な地図を」
そう聞かれたがうまく答えられない。
この文明レベルではまだ地図は高価なもので、もちろんタブレットのような通信もない。
魔法も存在しないので、スキルのことを説明しても理解はできないだろう。
「女王様からもらったんだよ。携行に便利な本サイズで」
ジルはそれで納得したのか、それ以上は聞いてこなかったのでほっとした。
1時間ほどしたころだろうか。
前と後ろから同時に報告が上がって来た。
「ビンゴ軍! 樫の木まであと10分の位置につきます。兵力はおよそ4万!」
「ハカラ将軍が到着しました! 数は2万5千。林の出入り口に陣を張るとのことです」
報告通り、確かに視界の先の方に黒々とした塊が見える。
逆に背後からは人馬のざわめきが聞こえてきた。
その報告を受けてジルとサカキは目を合わせ頷く。
「よし、整列!」
2人の号令の下に各隊がきびきびと整列する。
「これより我々はビンゴ軍を撃退するために進軍するぞ! この戦いはオムカ王国を守るための重要な戦いだ! 俺たちの指示をよく聞き、特に退却の鐘を聞き逃すなよ!」
「兵力はあちらの方が上だが、この場所は我らが有利! これもジャンヌ様のたぐいまれなる戦術眼で見抜いた場所! ジャンヌ様は我に策を与えてくださった。それに従えば勝てるぞ!」
サカキとジルの激に士気は最高潮まで達した。
兵たちの熱い視線を感じる。仕方ないとはいえ胃に痛い。
「出撃!」
ジルとサカキが号令をかけ、5千の男たちが道を駆けていく。
自らの命をささげて故国を守る勇者たちの行進。
対して故国を守るわけでもなく、安穏と後方で惰眠をむさぼる愚者の率いる停滞。
その目を、今度という今度は覚まさせてやる。
ちなみに俺はお留守番。
別に臆したとかそういうわけではなく、目印となること、それが俺の役割だからだ。
さぁ、いよいよ大一番だ。




