第71話 宣戦布告
無事にマリアの小さな頭に王を示す冠が乗る。
それで戴冠式が終わった。
後は巡幸パレードだった。
新しい王となる人物を、民衆にお披露目する場だ。
もちろん暗殺の好機でもあるため、俺をはじめとして軍部は警護を徹底する。
しかし、俺がやることはもうない。
警備はジルやサカキが躍起になってるし、俺が行っても役には立たないのだ。
というより追い出された。
『あ、ジャンヌちゃんは大丈夫かなー。そのいても何もできないというか……あ、いや悪い意味じゃなく!』
『んー、軍師殿はそうっすね。一般市民に交じって警備してくれればいいっす」
なんだよ。人のことを足手まといみたいに……。
いや、まぁ体力ないから途中で絶対ばてるし、武器も持てないから戦えないけどさ。
それなら、と、今夜に行われるパーティの準備会場に赴いた。
各国各界の著名人を呼んでいるから、失礼がないようにしないといけない。
だがパーティ会場に入るなり、
『あの人は働きすぎなんで、とっととどっかで暇つぶししてきてください、とジャンヌさんを探してお伝えください』
とメルをはじめ文官たちに追い出されてしまった。
探してきて伝えろって。もう伝わってるんだけど……。
というわけで何をするまでもなく暇になってしまった。
今さらパレードを見に行くでもない。
マリアの晴れ姿は俺には十分だった。
一度家に帰ろうかと思ったけど、家の近くもパレードのコースになっているから人が多すぎて落ち着かない。
つまり行くところがない。あぁ、もう。リストラされたオヤジか。俺は。
というわけで戴冠式の行われた広間でぶらぶらしていると、不意に声をかけられた。
「もしかして、オムカの軍師さん?」
男がいた。
にこやかな笑顔を浮かべる中肉中背の若い男で、タキシードをぴしっと着こなしている。
最近、こういった笑顔を向けるやつは、誰かさんを筆頭に信用ならないと思っている。
とはいえここにいるということはそれなりに立場のある人物のはず。
だからぶしつけな問いにも礼をもって返す。
「はい。ジャンヌ・ダルクと申します」
「ああ、やっぱり。そうか、君が……」
「失礼ですが、どこかでお会いになりましたか?」
「ん、そうだなぁ。2度、いや1度かな。2度目はすれ違いみたいなものだからね」
はて。対人の記憶が壊滅的な俺だから覚えていないこともあり得るが、この男の独特な雰囲気。
まるっきり忘れしてしまうことはないと思うが。
「あ、知らなくて当然だよ。だって直接会ったわけではないから」
「はぁ……」
じゃあ会ったと言えないじゃねぇか!
「あの、どこかへご用でしょうか。案内の者に取り次ぎますが」
「いや、問題ない。用事があるのは君だ、ジャンヌ・ダルク」
途端、男の雰囲気が一変したように感じた。
表情は変わっていない。
だがまとう空気が温和なものから、禍々しいというか寒々しいというか、そういったものに変質したのを感じた。
男の気迫に押され、一歩、後ずさる。
「へぇ、勘はいいんだな」
「お前、誰だ」
もはや友好的な態度を取る必要もない。
警戒心を露わに問いかける。
誰かを呼ぶか。いや、この男1人なら――
「誰でもいいよ。用はこれだけだ。ジャンヌ・ダルク――今すぐ自害しろ」
何か、恐ろしいもの感じた。
眩暈がする。激しく気持ち悪い。胃がむかむかして心臓が激しく波打つ。
けどそれだけだった。
「今、のは……」
「あれ?もしかして効かない?俺のとっておきのスキルなのに」
「スキル……まさかお前は!」
「ビンゴぉ、そして俺もビンゴぉ。やっぱりお前、プレイヤーだな」
くそ、何回失敗すれば気が済むんだ。
いや相手はどこか確信をもって近づいてきた。
そしてそれを実行できる方法を使っただけのこと。
「どこの誰だ」
「おっと、逃げたり人を呼んだりするなよ。俺は君と話をしに来たんだ」
「今死ねって言われたけど?」
「あれは冗談だ。プレイヤーには効かないんだなってこと、知らなかったからさ」
俺がプレイヤーじゃなかったら死んでたってことか。
拒否権なく人を操るスキル。厄介すぎる。
「安心しな。戦場の借りは戦場で返すよ」
「借り……?」
「今年の春、そして3か月前、俺の策を見破られた借りさ」
今年の春というと独立のころ、そして3カ月前とは俺がシータから戻ってきたころ。
その時に起きた戦場といえば……まさかこいつ――
「エイン帝国の、将軍!?」
「尾田張人と申します。今後ともによろしく」
慇懃無礼にうやうやしく礼をする尾田。
敵地に単身乗り込んだというのにこの余裕。
逆に恐ろしい。
「ま、今日は挨拶がてら。君の顔を見ようと思ってね。南郡を手に入れてこれから本腰でうちと戦うってんだろ? 知ってるぜ。うちのボスはそこらへんの情報収集は凄い人だからな」
「ボス?」
「あぁ、今や帝国はあの人のもんだ。だから一発宣戦布告ぶちかましてやれってよ。だから来た」
それだけのために。
いや、敵情視察も兼ねて、か。
「はっ、その表情。面白ぇな。お前となら死ぬまでぶっ殺し合いが出来そうだ。楽しみだな」
「俺は楽しみたくないけどな」
「つれねーの。ま、いいさ。北に来れば必ず俺たち――『天士無双』の俺と相棒の『収乱斬獲祭』がお相手する」
『収乱斬獲祭』
あの滅茶苦茶な狂戦士か!
「じゃあ、また戦場でな」
尾田はそれだけ言うと、くるりとその場で背を向ける。
くそ、このまま逃がしていいのか?
いや、この男は危険すぎる。
「忘れたのか? 今は厳戒警備中だ。お前を捕まえることなんざわけないぞ」
「お前こそ忘れたか? 俺のスキルを。俺を捕まえようとするのはプレイヤーじゃねぇだろ? なら俺は命じるぜ。俺を全力で逃がせってな。それとも全員自害させてやろうか?」
「ぐっ……」
「ははっ、負けっぱなしだったが、その顔見れて少しは溜飲が下がったよ。じゃあな」
そうして男――エイン帝国軍将軍の尾田張人はオムカを去っていった。
これから起こる大戦の予感だけを残して。




