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第66話 王都開城

 三国志における白眉はくびのシーンの1つはやはり関羽かんうの死だろう。


 遠征中に部下の裏切りによって軍の呂蒙りょもうに本拠地を落とされた関羽は、寡兵かへいにもかかわらず本拠地奪還に動くが結局呉軍に捕まり殺されてしまう。

 蜀びいきではない自分としても涙なくして語れない名シーンだ。


 蜀びいきの『三国志演義』では、関羽を殺した悪役として酷い下げ方をされる呂蒙だが、呉軍の総督としての能力は卓抜したものだった。

 その中の1つが、関羽の本拠地の民への施策だ。


 普通、敵の街を制圧すると略奪を働いたり、民を奴隷にしたりするのがその時代の通例だ。

 だが呂蒙はそうしなかった。


 何であれ盗みや暴行を働いた者は死罪と厳しい規律を設けた。

 そしてたった1つの傘を無断で借りただけの親しい部下を、処断することで軍規を示したのだ。


 それによって関羽に収められた街であっても呂蒙の公平さに敬服した。

 さらに呂蒙は民たちに関羽軍を説得させ、多くの離脱者を作り、寡兵となった関羽を捕まえたという。


 とまぁ要は民衆を味方につけるのは強い、ということ。

 そしてその方法は、仁者であること、そして公平だということ。


 さらに付け加えれば、人は見知らぬ他人から声をかけられても聞く耳を持たないが、それが親しい者からの言葉ならば聞く耳を持つということか。


「ジャンヌ様、集めました」


「分かった、行こう」


 ドスガの王都から少し離れた平原で、俺は捕虜に引見した。

 その数4千。


 武器も持っていないし、その倍以上の軍で監視しているから大丈夫だけど、これだけの人間が向かってくると考えると、またその視線にさらされるとなるとやはり怖い。


 いや、ここが肝心なところだ。

 根性見せないと、カルキュールに笑われる。

 だから震える足を掴んで気合を入れて群衆の前に立つ。


「諸君らは、悪逆非道のドスガ王にくみし、我ら連合軍に対し弓を引いた。その罪はいかなる功名があったとして償えるものではない」


 息を呑む音が聞こえる。

 4千のうち、半分以上の怯える視線を感じた。


 早い。

 もう少し脅しておきたかったけど、これ以上は暴発する。

 殺されるならワンチャンに賭けてみるという心境になられると、それこそ大惨事になる。


 だから小さくため息をして口調を変える。


「しかし、この中には無理やりドスガ王により徴兵された者もいると聞く。我が王、マリアンヌ・オムルカは流血を好まぬお方だ。ここでもし、罪もない者を処断したと聞けば、深く悲しまれるだろう。臣下としてそのような愚行は避けたいところである。だから聞こう。この中に無理やり徴兵された者がいれば、我が王の名において、そしてジャンヌ・ダルクの名において解放を約束する」


 何を言われたのか分からなかったのだろう。

 怪訝、という言葉の沈黙が辺り一面に広がる。


 ま、それもしょうがない。

 敵に捕虜は解放しますよ、と言われても何かの罠を疑うのが普通だ。


 というわけで秘策ドーン。


「わ、私は軍人ではありません! 無理やり連れてこられました!」


 前の方にいた1人がそう発言した。

 見れば粗末な衣服に着替えたイッガーだ。

 悲痛そうに訴えかける彼の姿に、思わず笑ってしまいそうになった。もちろんサクラだが、なかなか演技派じゃないか。

 ヤバい口角が上がってくる。いや、我慢我慢。


 そしてその言葉を皮切りに、我も我もと手を挙げて叫びだす騒ぎになったので、鎮めるのに一苦労となった。


「分かった。ここにいるのは全て徴兵された者だな。よろしい、では解放する」


 喚声が上がる。

 涙を流して喜んでいる者もいた。


 おそらくこの中にはドスガ王直属もいるに違いない。

 それでも構わなかった。


 捕虜を取れるほど余裕があるわけではないし、後々、このことは役に立つ。


「さて、諸君らを解放したいが、残念ながら城門は閉ざされ帰れる場所はない。さて、どうしたものか……」


 少しわざとらしく独り言を口にした。


「あ、あの……」


 すると捕虜の中から反応があった。

 イッガーだ。


 にやりと笑ってしまうのを抑えて俺は聞く。


「どうした?」


「その、門ですが……開けられると思います」


「どうやって?」


「俺たちが門に行けば、きっと……ですがそのためには……その……」


「なんだ、行ってみろ」


「その、貴方様の軍が離れていることが必要です。少なくとも2キロ。そうすれば、門が開けられて閉まるまで時間がありますので、なんとかなると思います。なぁ、そうだろう、皆?」


 よくやる。

 見知った人なんかいないだろうに、同意を求めるよう一芝居打ってくれているのだ。


 やがて他の者も同調するように頷く。

 彼らとしては一刻でも早く帰りたいのだろう。


「分かった。我らは城門から2キロのところまで下がる。その間に諸君らはひと固まりになって王都へ帰れ。それまでいくつかの班に分けさせてもらうが……ジル、サカキ、ブリーダ。それぞれ頼む」


 これで手筈は整った。

 連れていかれる彼らを見て、手ごたえを感じた。


 1時間後、俺たちの軍は城門から2キロのところまで下がり、そしてひと固まりになった捕虜は整然と王都へ向かって行く。

 彼らが城門まで達した時、どういったやり取りが行われたかは分からない。


 だが城門が開き、そして閉じた後には静寂が残った。


「よし、では前進する」


 俺は全軍に号令して王都まで進む。

 矢や鉄砲が射かけられるかと思ったが、そんなこともなく無事に城門までたどり着いた。


 さて、ここからが問題だ。

 開けゴマとでも唱えてみようか。


 なんてことを思う間もなく、呪文を唱えたわけでもないのに城門がゆっくりと開いた。

 そして門の奥には群衆が。


 敵――ではない。

 こちらに向かってくるような気は発していないし、2人がゆっくりと前に出てきた。


「待ちわびたさ、ジャンヌ」


「あぁ、よくやってくれたミスト。それからイッガー」


 ミストは微笑み、イッガーは深く頷いた。


「これよりドスガ王都に入城する! 先に布告したとおり、人を傷つけた者、盗んだ者、殺した者は断罪に処する!」


 味方に、というより王都の住民に聞こえるようにわざと大声で告げ、解放された城門へと馬を進める。


 城門を抜けると、熱烈な歓迎が待っていた。

 王宮へと続く道の左右に、人々が列をなして歓声で迎えてくれたのだ。


「これは……すごいですな。まさかここまで読んでいらした?」


「いや、俺も予想外だよ、ジル」


 策自体は簡単なものだ。

 降伏した兵を解放して王都に入れる。

 その際に、500ほどの味方を紛れ込ませた。

 元から4千と多いので500くらい増えても誰も気づかない。

 それに一度解散させて集合させたから、正確な人数も把握できなかっただろう。


 後は彼らで門を確保して開けるだけ。

 さらにミストらによる情報操作で、ドスガ王への反感により一部住民を蜂起させた。

 それは連鎖を生み、人が人を呼んで門を開けようと動き始めた。

 そうなっては門を奪還しようとするドスガ兵もどうしようもない。


 自国の略奪、オムカやトロンへの仕打ち、無理な徴兵といった出来事がドスガ王の信望を失墜させていた。


 その代わりにマリアの評判アゲが著しい。

 捕虜を解放した仁君じんくん

 一度裏切ったワーンスを許した度量の深さ。

 オムカでの改革で民を救った民衆の味方。

 暴君に捕まった囚われのヒロイン。


 判官ほうがんびいきはどの時代にもあるものらしい。

 そういった要素が絡まって、同情票を含め人気がうなぎ上りになったようだ。


 そして門を開けるのも血を見ずに成功した。

 ここまでの歓迎は予想外だったが。


「各国に伝令を。あとは手筈通りに」


 伝令を走らせて各国の軍を動かす。

 ワーンス軍は王宮の封鎖。トロン軍は役所を、スーン軍とフィルフ軍で武器庫など軍事関連施設を接収。

 オムカ軍はジル、サカキ、ブリーダに別れて城門の警備と王都の巡回を行う。


「では、後はお願いします……お気をつけて」


 ジルが馬を返して駆けようとする。


「ジル!」


 その背中に呼びかけた。

 特に理由があったわけではない。


 どちらかというと条件反射的なもの。


 いや、分かってる。

 背中を押してほしいんだ。


 これから会う人物にどうやって接すればいいか。


「いかがされましたか?」


「……そ、その」


 だが言葉が出ない。

 何を言えばいいか分からない。


 本当に俺って口下手だ。

 策を言う時はあぁもすらすらと言葉が出て来るのに。


 誰かに気持ちを伝えるのが、こんなに難しいだなんて。


 俺の迷いを察したのか、ジルは小さく吐息をもらし、


「大丈夫です。上手くいきます」


 ジルがそう言って優しく微笑む。


「だってオムカ王国軍師のジャンヌ・ダルク様が考えた策ですから。必ず上手くいく、だから問題ありません」


 何の根拠もない、そして返答らしい返答になってない。

 けど、それがジルらしくて、なんだか気持ちが楽になった。


「ありがとう。行ってくる」


「はい、お気をつけて」


 そしてジルは去っていった。

 残ったのは俺とウィット以下隊員だけ。


「じゃあ、行こうか」


 それだけ言って、俺は馬を走らせる。

 王宮へ向けてではない。

 それとは別の方角。


 街の中心から少し離れた場所。

 目立つ感じのない木造の一軒の建物。

 俺が訪れたのは1回だけ。


 皆を待機させたまま、俺は建物の中に入っていく。

 200近い人数で、しかもこれだけ馬蹄を響かせて来たんだ。

 あっちも来訪を承知だろう。


 玄関を抜け、そして奥にあるいくつかの部屋の中から奥から2番目の扉の前で止まる。

 そしてノックしようとして――


「だーかーらー! もう大丈夫なの! ミカっちはうるさいなぁ。てかジャンヌが来ちゃうでしょ! 早く隠れて驚かせなきゃ!」


「驚かす意味がないと言ってるんです。いや、あの子が驚く顔が見たいのは確かに……いやいやでも相手は男女おとこおんなだし」


「だから男女おとこおんな言うな! ほら、いいから隠れる隠れる」


「ちょっ、だから馴れ馴れしいんですよ」


 はぁ……全く。

 緊張感のかけらもない。


 俺はノックを省略して、ノブを掴むと思いっきりドアを開けた。


 そこにはベッドの上で手足を絡ませている男女がいた。

 見ようによっては水鏡がニーアを押し倒しているように見える。


「仲いいな、お前ら?」


「ほらー来ちゃったじゃん! ミカっちがぐずぐず――ぶへっ!」


「ち、違うから! 止めようとしたんだからね! それだけで全然他意はないから!」


 慌てたように水鏡がニーアをベッドから蹴り落とした。

 けが人にすることじゃねー。


 はぁ、本当に大丈夫かな。


「で、準備はできてんのか?」


「当然でしょ」


「ええ。問題はないわ」


 途端、2人の目が真剣味を帯びて輝く。


 はっ、さすがは百戦錬磨。


「じゃあ、囚われのお姫さまを奪還しに行こうか」

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