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第65話 水爆弾

「縮こまってますね……」


 丘の上から敵陣を見て、ウィットが呟く。


 彼の言葉通り、敵は部隊同士が寄り添って縮こまっているように見える。


 中央に鉄砲隊。

 その左右前方に部隊を2つ置いている。

 おそらく近づいてくる敵に鉄砲を浴びせ、敵との距離が詰まったら前方の部隊を壁にして射撃の時間を稼ごうというのだろう。

 つまり前方に出た部隊は新兵の死兵部隊だ。


 ドスガ王は鉄砲隊の後ろに控えている。


 その布陣を見て、昨夜敵に与えた損害はかなりのものだったようだと改めて確信する。

 もはや主力はドスガ王を守る部隊と鉄砲隊のみ。


 それでも出てきたのは、鉄砲隊によほどの信頼を寄せているか、あるいは何か秘策を持っているのか。


「隊長、伝令です。周辺に伏兵の気配はなし」


 ザインがそう告げてきた。

 万が一のことを考えて、イッガーたちに周囲の偵察をさせたが杞憂だったようだ。


 となると前者、鉄砲隊を頼みに俺たちを潰そうということか。

 まぁ昨日はその鉄砲相手に、散々打ち破られたのだから分からないでもない。


 ただそれも、昨日までのこと。

 兵数は同じでも兵力ははるかに差がついている。


「始めるぞ」


 鉄砲隊を主力としている都合上、そして時間的制約がない以上、相手からは動かない。

 だからこっちは好きなタイミングで始められる。

 今回はそれを徹底的に利用させてもらう。


「鉦を鳴らせ!」


 鉦が鳴ると同時、ウィットが馬を走らせる。

 そして騎馬隊が丘を越えていく。

 それは反対側の丘からも、同じようにブリーダの騎馬隊が丘を走っていく。


 背後に目を向ければ連合軍がゆっくりと前進してくる。

 正面と左右の三方向からの攻撃だ。


 敵陣に動きが見えた。

 鉄砲隊の前衛が割れて、左右に展開したのだ。

 それまで中にいた部隊が前衛となって鉄砲を構える。


 訓練された無駄のない動きだ。

 正面と左右、どちらにもちゃんと対応できる構え。


 だがもともとこっちには騎馬隊で突っ込むつもりはない。


 騎馬隊たちはいくつかの部隊に別れて、丘の中腹を真横に走っていく。

 だから距離は縮まらない。


 鉄砲隊の有効射程距離だが、向かってくるのではなく横切っていくから発砲をためらったようだ。

 向かってくるのであれば、タイミング関係なく狙って撃てば当たるが、横に動いていればタイミングも重要になってくる。

 しかもバラバラに別れているから、外れたら別の誰かに当たるということも期待できない。


 だから敵は動いた。

 鉄砲隊がドスガ王本隊の方に少しずれた。

 騎馬隊が王の本陣を襲うと判断し、護衛できるよう距離を詰めたのだ。

 それによって新兵と本隊の距離が開いた。


 まだ発砲はない。


 騎馬隊は鉄砲隊の横を通過する。

 その間際に、方向を変えた。


 鉄砲隊に一気に突っかかっていくような形。

 だが相手はその急な動きにも動じない。

 よく狙い、一気に撃滅するつもりだろう。


 鉄砲が放たれる。

 その刹那。

 騎馬隊が何かを投擲した。


 それは壺。

 壺の口を閉じロープを縛れたもの。

 馬の速度に加え、振り回して遠心力をつければ敵陣までは届く。


 さすがに全員には行き渡らなかったが、それでも100を超える壺が宙を舞った。

 投げると同時、騎馬隊は再度方向を変えて鉄砲の射程から離れていく。


 対して敵は急に放たれたその物体をどう対処すべきか迷った。

 だが勘の良い少数が、空に向かって鉄砲を放った。


 爆発物と考えたのだろう。

 放たれた鉄砲のうち何発かが、空中の壺を捉えた。

 見事な腕だ。

 それが仇になるとは思わずに。


 壺が割れた。

 だが爆発はしない。

 起きたのは拡散。

 壺の中に入った水が敵陣、特に鉄砲隊の上に降り注ぐ。


 狙撃をまぬがれた壺も、地面に落ちたり中には人に直撃したものもあり、それらも例外なく水しぶきを発生させた。

 油でも酸でもない。ただの水だ。

 だがその水が、俺たちに勝利をもたらす。


 敵に混乱が見られた。

 これまでどれだけの物量で押しても、挟撃の形を取っても騒ぎ1つ起こさなかった鉄砲隊が明らかに動揺している。


 敵の銃は火縄銃だ。

 少し改良しているといっても、火縄銃は火縄銃。

 火薬がしけってはダメだし、火縄の火が消えれば発射できないと、基本的な構造は変わらないのだ。


 だから少しでも雨が降れば鉄砲隊の威力は半減する。

 雨が降らないから、こうして疑似的な雨を降らせてやっただけのこと。


「鉦! 連打!」


 作戦成功。総攻撃の合図を出した。


 ゆっくり近づいていた連合軍の本隊が雄たけびを上げて突進してくる。

 騎馬隊も方向転換して、鉄砲隊を襲う。


 鉄砲の援護がなければ前衛はもろい。

 何せ命を賭けることとは無縁の徴兵された者たちばかりなのだ。


 後ろから鉄砲の援護はない。

 目の前からは6千の敵が殺到してくる。

 踏みとどまれという方が無理だ。


 1人が逃げると後は連鎖的だった。

 一気に前衛が崩れる。

 指揮官らしき人物が声を枯らし、味方を斬ってまで戦わせようとするが、それを殴り倒してまでも逃げていく。

 一部では武器を捨てて投降する部隊もあった。


 一応、投降者は手厚く迎え入れ、逃げるのであれば逃がしてやれと言っておいたが、混戦になればそれもどこまで守られるか分からない。


 とにかくこれで前衛が霧散した。

 すると次の獲物は鉄砲隊。

 ただこれもまた勝負にならない。


 もともと鉄砲隊は白兵戦に弱い。

 武器を持つと射撃の邪魔になるからだ。


 だからいくら命中率が良かろうが、圧倒的な攻撃力を持とうが、近づかれたら脆い。

 ましてや今は鉄砲が使えない状態。

 そこに合わせて1万近い敵が襲ってくるのだから、彼らとしては逃げるしかない。


 そうなると残るはドスガ王の部隊のみ。

 それも勝負にならない。

 兵力差もさながら、勝ちに乗った連合軍を相手に真っ向勝負ができるほど練度は高くないのだ。

 さらに逃げて来る味方に陣形を崩されるという始末。


 ましてや王を守るという使命がある部隊は攻められると弱い。

 王の守りに兵力を割かなければならないし、護衛対象から離れることもできないからだ。


 ドスガ王の本陣も崩れる。

 ドスガの全軍が蜘蛛の子を散らすように霧散した。


 勝った。

 安堵が全身を包む。


 最後は意外と呆気なかった気がするが、昨日が激戦すぎたのだ。

 多くの犠牲の上につかみ取った勝利に間違いない。


 あとはマリアを救えば、南郡の平定は成る。

 これでなんとか戴冠式に間に合わせることが――


「……マズい!」


 ふとあることに気づき、馬を走らせる。


 確かに作戦は上手くいった。

 いや、上手く行き過ぎた。


 上手く行き過ぎたせいで、敵軍はバラバラになり逃亡をしている。

 それはつまり、どこにドスガ王がいるかを見失っているということ。

 騎馬隊が鉄砲隊に一撃を加えた後、転進してドスガ王の退路を断つように動いたのだが、敵の崩壊の方が早かった。

 しかも投降する兵もかなり出ているから、それの対応に追われて思うように追撃が出来ていないのだ。


 圧倒的だったがゆえに、最後の最後で詰めを誤ったことになる。


 こうなったらそのまま王都に攻め入るしかない。

 ドスガ王に王都に逃げ込まれ、門を閉じられたら終わりだ。


「ブリーダ! ウィット!」


 逃げ惑う兵のせいで思うように追撃が出来ていない2人を見つけ、馬を寄せる。


「追撃はいい。王都に入る!」


「了解っす!」


「分かりました」


 ブリーダが右回り、俺たちが左回りで逃げる敵兵を避けながら王都へ向かってひた走る。


 間に合うか。


 もう城門辺りには逃げた敵が殺到している。

 その門がいつ閉められるか分かったものではない。


「動いた! 動きましたよ、門が!」


 ウィットが叫ぶ。

 確かに彼の言う通り、観音開きの門がゆっくりと閉まっていく。


 それを見て俺は馬を加速させる。


 くそ、間に合え! 間に合え!


 だが俺の願いもむなしく、巨大な門は轟音を響かせてその身を閉じてしまった。

 入りそびれた敵兵たちが門をたたくが開く気配はない。


「くそっ!」


「どうするっすか、軍師殿?」


 ブリーダは門前にいる敵兵の処遇を求めたのだろう。

 俺がちらっとそちらに視線を移すと、門と俺たちに挟まれ逃げ場を失った200ほどの兵はうろたえるばかり。

 そこへブリーダが少し脅すように一歩前に出る。


「こ、降伏する!」


 すると相手は一も二もなく武器を捨てた。


「だそうだ。ブリーダ。悪いが後ろに送ってやってくれ」


「了解っす。けど無茶しないでくださいっすよ」


「ああ、分かってる」


 俺がこの門に向かって突撃するとでも思ったのだろうか。

 まぁ、その気持ちはなくはないけど。


 気持ちは焦る。

 確か昨日の昼前だ、ミストのスキルでクロエの姿を変えたのは。

 あれから24時間といえばもうあと数時間もない。

 俺じゃなくクロエだとバレれば、追い詰められたドスガ王は何をするか分からない。


 クロエ……そしてマリア……。

 頼む、無事でいてくれ。


 ブリーダが降伏した兵を後方へ送ると交代するように、ジルとサカキの部隊が来た。


「ジャンヌ様」


「ジル、間に合わなかったよ……」


「そう、ですか」


 ジルの声が沈む。

 間に合わなかったことにより、何が起きるかを正確に理解したのだろう。


「えー、開けてもらえばいいじゃん? 俺たち何も悪いことしてないし? むしろ酷い王様から解放に来た正義だぜ?」


「サカキ、お前な……そんな単純じゃないんだよ」


 俺たちはついさっきまで、この王都にいる人の家族を殺してたんだぞ。

 そう簡単に入れるわけないだろ。


「いやいや、まずやってみる。それからそれから。おーーい! ドスガの皆さーーん! 開けてくださーーい! ほらほら、ジャンヌちゃんもやる」


 いや、ないわ。

 そんなんで開けてくれたらこの世の籠城というものが嘘になる。


 まぁ親族から呼びかけられたらなくはないが――


「そうか! ジル、今すぐ捕虜を全員ここまで連れて来てくれ!」


「はぁ? 捕虜ですか?」


「あぁ、捕虜の力で門を開ける」


 確率は五分五分、いや、20%あればいい方だ。

 でもやってみるしかない。

 時間はないのだ。

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