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第15話 里奈か女王か

「里奈……?」


 そんなわけがない。

 彼女がここにいるはずがない。

 だってここは異世界、そして死んだあとの人が来る場所。

 だから彼女が来るはずがない。

 だって彼女は死んでいないから。


 でも――

 もし彼女があの場にいたとしたら。

 あるいはあの後に何か事故にあったとしたら。

 そういうこともあるのでは――


「もしもーし、ジャンヌー?」


「――うわぁ!」


「きゃあ!」


 目の前で手を振り振りしているニーアが、俺と同時に驚いて飛びずさる。


「び、びっくりした……」


「こっちがだよ! もう!」


 頬をふくらませてぷんぷん怒るニーア。


「ぼうっとしてないでよね。いくら女王様が美しいからって」


 美しい?


 確かに目の前に座る少女は、白く長い髪と同じように雪のような肌で顔立ちも良い。

 けど聞くところによるとまだ12歳だとか。

 美しいというより可愛らしいという表現が的確だろう。

 女王らしい透き通った青のドレスは確かに美しいと表現しうるだろうが。


 ニーアはそんな俺の疑問も気にせず、横に退くと主君のために道を開ける。

 そしてこれまでにないほど慇懃無礼な態度でこう言った。


「では改めて紹介いたします。この方こそオムカ王国の第37代国王、マリアンヌ・オムルカ様です」


「うむ、くるしゅうないぞ」


 尊大な様子で里奈――ではない、マリアンヌが口を開く。


 声も似ている。

 やはり本人……いや、だったらあっちも俺だと分かるはず――ない!


 今、俺は女だ。顔も前の面影もない。

 そんな別人を、出会って数か月の他人に分かってもらおうだなんて、そこまで愛の力を信じているわけじゃない。


 ならどうする。

 こういう時には2人しか知らないようなことを喋って探るのが手だが……外した時の恥ずかしさを思うとなぁ。

 だからといって手をこまねいているのも悪手だ。


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………?」


「…………………………………………?」


 はたと気づく。


 あれ、何この沈黙。

 ニーアがちらちらとこちらを見て何かを促そうとしているが、その意図が伝わらない。


「な、な、な、なんで平伏せぬのじゃーーーーー!」


 ついにしびれをきらしたマリアンヌが叫びだす。


 あ、そういうことか。相手は女王だもんな。みんな彼女の前には平伏するのが当然と思っていても仕方ない。

 てか半泣きって。子供かよ。あ、子供か。


「失礼しました。女王様の美しさに打たれて感激に身を震わしていました。挨拶が遅れたこと伏して謝罪いたします。わたくしはジャンヌ。ジーン・ルートロワの副官をしております」


「ん、そうか。そうなのか。ならよい! よいぞ、ジャンヌとやら!」


 やれやれ、俺の口もうまくなったものだ。

 ニーアもほっと胸をなでおろしてる。ごめんね。


「うむ、ジャンヌ、ちこうよれ」


「はっ」


「顔をあげぃ」


「はっ」


 うーん、なんだろう。めんどくさいぞ。


 てかこれ絶対里奈じゃないな。彼女はもっと知性に富んだ大人な女性だった。

 そうなると、なんで子供の相手なんかしなくちゃいけない、という思いがふつふつと湧いてくる。


 しかもただの子供じゃない。

 王族という、ちやほやされてエゴイズムが増大した存在だ。

 めんどくささで言ったら大企業の社長のドラ息子の100倍は面倒な相手だ。


 けどやはり里奈に似ている。

 こうやって近づいてみれば見るほどに、その顔も更に近づき、似ているわけで、さらに大きくなってきて、目を閉じた様もそれで、唇をすぼめるとそれはもう……ん?


「うわぁ!」


「ぎゃわ!」


 え、え、え?

 頭の理解が追い付かない。


 今なにをされようとした?

 目をつぶって、唇をすぼめて何をしようとした!?


 女王はソファの枕に顔をうずめてそっぽを向いてしまっている。


「……女王様?」


「ち、違うぞ! そなたの顔が美しいからその、ち、チッスをしようとか、そんなことぜんぜんこれっぽっちも、まったくみじんも思ったことなどなくもなくないと思うようなそんな気分になってることもあるわけがないのだからな!」


「………は?」


 今とんでもないことを口走りませんでしたかこの女王!?


「ち、違うから! 女王様はそういう変な人じゃないからね!」


 今度はニーアが右横から抱き着くようにして俺を止めてきた。

 意外に力が入ったタックルで、俺は一瞬咳き込む。倒れなかったのが奇跡だ。


「あ、ごめんね。強すぎちゃった。痛い? ここ? それともここ?」


「ちょ、な、なんか変なとこ触ら――きゃ!」


 思わず変な声が出た! 屈辱!

 だってニーアの手が俺の体をまさぐるようにして、しかも上着の下に手を伸ばしたのだから。超くすぐったい。


「ニーア! ずるいのじゃ! 余もやるのじゃ!」


 ニーアの反対側から女王様が飛び込んできた。

 そして俺の体に手を走らせる。


「おお、すべすべなのじゃー」


「はふぅ、いい匂い……」


 え、何この状況? もう恥ずかしいとかくすぐったいとかを通り越して無だ。


 逆セクハラ? いや、俺は今、女だから逆もなにもない。

 ただこの状況を示す言葉、それを俺は知っている。

 一応文学として存在することも知っている。


 『ゆ』で始まって『り』で終わる2文字の言葉。


 さて答えはなんでしょう?

 チクタクチクタク。


「…………って、馬鹿か!」


 腕力14の俺だが、油断だらけで隙だらけの2人を引っぺがすのは容易だった。


「一体何なんなんだ、あんたらは!」


 弾き飛ばされ絨毯に転がった女王だが、真っ向から噛みついてくる。


「よ、余は国王じゃぞ!」


「知るか! 少なくとも俺の国王じゃねぇ!」


「ぶ、無礼でしょうジャンヌ!」


「お前も近衛兵なら時を考えろ! こんなことやってる場合じゃねぇだろ!」


 つい先ほどまでの真剣な討論はなんだったんだ。

 あんな真剣に国のことを語っていた後にこの始末だ。


 ジルもサカキも死を覚悟して戦おうとしている。

 なのにこのザマはなんだ!?


「本気でこの国を救おうと、命をかけて戦ってる人がいるのに……上がなにしてる! これから戦おうとする兵士が、いや民衆が救われないだろ!」


 俺の心の底からの怒声に、すっかり女王様はすくみあがってしまった。

 ニーアはと言うと、その無礼を咎めるような目線で、


「ジャンヌ、あんた!」


「よい、ニーア。そうだな。すまんのジャンヌ」


「しかし女王様……」


「余が悪かった。でも、仕方なかったのじゃ。抑えられなかったのじゃ。余の中に湧き上がる想い。だって……だって、さっき見たそなたは、とても美しく、とても格好良かったのじゃ」


「は?」


「あのハカラ将軍に女性ながらも真っ向から、物おじせずに意見を言うそなた。あの時に思ったのじゃ。余も、この強さが欲しいと」


 謁見の間でのひと悶着。

 うつむいてぼうっとしていると思ったけど、そんなことを考えていたのか。


「余は今年で13じゃ。元服の儀を行えば国政にも参与しなければならぬ。それはつまりあのハカラと、そしてロキンに対抗しなければならないのじゃ。だが余は5歳の時に即位して以来、父も、母もなく、奴らの傀儡に成り下がっていたのじゃ。唯一の友は、ニーアだけじゃった」


 知ったことか、ときびすを返して出ていければどれほど楽だったか。


 5歳。まだ小学生にもなっていない時期から、家族もなく私を滅してお飾りにせよ王として過ごさなければならない。

 孤独だったのだろう。その辛さは察して余りある。


「ジャンヌ。そなたは余に勇気をくれた。何より格好良かった。美しかった。そんな人と話してみたかったのじゃ」


 生まれて19年。

 一度も言われたことのない誉め言葉に、逆にむずかゆくなってくる。


 そしてそこまで言われて非礼を通すほど礼儀知らずでもないつもりだ。


「分かりました。こちらこそ非礼を謝ります」


「余こそ……変なことをしてごめんなさいなのじゃ。少し、嬉しくて」


 顔を真っ赤にして頭を下げる女王。

 それを信じられないような目で見るニーアは、口を開きかけて思いとどまった。


「では、自分の用はこれまでですかね。隊長を待たせていますので」


 もう少しこの子と、里奈と似た彼女と話をしたい気持ちがあったが、自分から事態の深刻さを語ったのだから、これ以上油を売っている暇はない。


「ま、待ってくれなのじゃ!」


 踵を返そうとしたところで呼び止められた。

 女王は困ったような、戸惑うような表情を浮かべ、


「その……余は、えと、ジャンヌ。お主と、話したかった、のじゃ。嬉しかった。ニーアと。知り合った時。次に……だから」


 なんで片言なんだ、と茶化せない様子だ。黙って聞く。


 きっといっぱいいっぱいなんだろう。

 自分の想いを言葉に乗せて真摯に表現することがなかったからか、彼女は今、一生懸命に言葉を選んで伝えようとしている。

 だから俺はそれを待った。


「けど……その。余は、えと、ジャンヌと、その……だから…………とっ…………と、友達になってほしいのじゃ」


 恥ずかしそうに、何度も噛んで、絞り出すような声でマリアンヌが言い切る。


 ふと、過去の光景がダブる。


『あの……と、友達になってくれませんか?』


 初めて会った時、困ったような、照れくさいようなそんな顔でそう言った彼女と。


 あぁ、もう。

 その顔で。

 その声で。

 その表情で。

 そう言われたら、俺はもう断る理由も意味もない。


 何より、ちゃんと謝れるというのはとても大事なこと。


「よろこんで、女王陛下」


 俺は受諾の証として、深く頭を下げた。

 友達というのであれば、臣下の礼は逆に失礼だとおもったからだ。


 その返答に、これ以上ないくらい歓喜の笑みを浮かべて、女王は全身で喜びを示す。


「うむ、余のことはマリアと呼んでくれ! いいであろう、ジャンヌ。ん、そういえばジャンヌといえば我が王国創成の功臣と同じではないか! もしやファミリーネームはダルクではあるまいか?」


「いえ、それは……ないです」


「そうか。まぁよい。だがこうしてジャンヌという名前の少女と知り合えたのはあるいは天啓かもしれんの」


「女王様。その話はいずれ」


 ニーアが女王の話を遮る。

 どうやら彼女たちにも今のこの国の状況に思うことがあるのだろう。


「ところで女王様。そろそろ本題の方を」


「うむ、そうじゃった」


 本題? まだ何かあるのか?


「今日はジャンヌと出会った素敵な日じゃからな。それを記念して、余からお主に贈り物を贈りたい。ほれ、ここにある中から一着、好きなものを選ぶと良い」


 マリアが示すのは、部屋に所狭しと並ぶ赤や白、黄色と色とりどりの服。

 全てドレス。

 もちろん女もの。


 この中から一着? どこにも男物がないんだけど?


 ……嫌な予感。


「失礼します。これから準備がありますので」


 回れ右。

 全速力でこの場を離れるが今一番の策だ。

 出口の扉まで3歩。


 1歩、2歩、さん――のところで、急に首根っこを掴まれて、更に右手を後ろ手に拘束された。


「ふっふっふ、そんなのんびりスピードじゃあ、戦場で命取りだぜい?」


 ニーアだ。

 俺を拘束した状態で笑みを浮かべている。


「俺は体じゃなく頭で勝負するんだよ。というわけで、は・な・せ!」


「おっと、そんな力であたしに敵おうと思ったかな?」


「うるさい、脳筋!」


「のうきんってなに? 意味分からないんだけ、ど!」


「痛い痛い痛い! 腕をねじるな! 分かった! 俺が悪かった!」


 逃亡失敗。

 ならば次は説得工作だ。


「えっと、服は間に合ってるので」


「余と友達になったからには、少なくともみじめな格好は許さんのじゃ」


「んな横暴な!」


「でもジャンヌ、ジンジンの副官だよね、王宮に出入りするんだよね。そんな人がこんな粗末な服着てたら駄目じゃない?」


「ぐっ……」


 ニーアに正論をぶつけられ、とっさに反論できない。


「な、ならせめて男物の――」


「ならん! 余はここに布告する! ジャンヌに男物の服を着せたら投獄じゃ!」


「この暴君!」


 どんだけプライベートな布告を出そうとしてんだよ。


「女王様、それはいけません!」


 ニーアが止めに入る。

 よかった。さすがは近衛兵。止めるところは止めてくれるらしい。


「ジャンヌには可愛いか格好いい服以外着せたら、とした方が色々都合が良いでしょう!」


「なんの都合だよ! そろいもそろって馬鹿か!」


 全然ダメだった。

 こいつに期待した俺が馬鹿だった。


「さすがニーアじゃ。そうじゃの。ここにあるのは可愛い系ばかりだから、お主の方で格好いい系を見繕ってくれぬか?」


「はっ少々お待ちください。このニーア、全身全霊をもって動きやすくて可愛らしくて美しくて戦いやすくて見栄えするようドレスアップさせてやりますとも! あ、ジャンヌ。逃げたら後でもみくちゃの刑だからね」


「あ、それは余も参加するのじゃ!」


 俺はこの時、改めて知った。

 いくら知力が99あっても、物理的な力と権力的な力には敵わないことを……。

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