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第54話 激情の謀略

『オムカ王国の宰相がドスガ王によって殺害された。ドスガ王は無情にも一国の代表を呼び寄せ、意にそぐわないとして殺してみせたのだ。このような暴挙を許してよいのだろうか。皆には考えて欲しい。先のトロン王室も、ドスガ王は私欲のために彼らを殺し、交易権を独占した。それによって起こったことはもう周知の通りだろう。このようなドスガ王の暴挙を許しておいて良いのだろうか? 良いわけはない。彼は今、オムカ王国の宰相を謀殺したことで、オムカへの領土欲をあらわにしたのだ。オムカ王国の女王との婚約を発表したのも、オムカ国王となる野心の現れではないか。そうなれば後は時間の問題だ。ワーンス王国も、トロン王国も、スーン王国も、フィルフ王国も、この野心高き男に飲み込まれるだろう。そうなれば悲惨である。ドスガ王の野心と欲望を満たすために、今度は北へと駆り出され、金も食料も、そして命さえも奪われることだろう。そのような王の行為を助けてよいのだろうか? 許してよいのだろうか? 今一度、皆には考えて欲しい。この先、どうやって生きるか。どう人間らしく生活をすべきか』


 激情のままに筆を走らせる。

 カルキュールの魂が乗り移ったかのようにひたすらに。

 少し古臭い言い方になったのもそのせいか。


 いや、諸葛亮孔明しょかつりょうこうめいの『出師すいしの表』に比肩するほどの名文を書き上げてやろう、という無駄な思いもあったのかもしれない。


 死者を利用しているようで少し後ろめたいが、その本人がそうしろというのだから遠慮はいらない。


 思えばカルキュールのことはただの口うるさいおじさんという以外、何も知らない。

 年齢も家族も結婚歴も趣味も何も。


 知らないまま――いや、知ろうとしないまま死んでしまった。


 けど、彼の残した思いだけは知ることができた。


 あの後、彼の泊まっていた部屋をのぞいた。

 ほとんど荷物のない整然とした室内、そのテーブルの上に2通の手紙があった。


 1通はマリア宛て。

 勝手にしろと言っておきながらこれだ。

 やはりあの時の突き放した言葉は本心ではなかったのだろう。


 そしてもう1通は――と、宛名を見て驚いた。

 あの人物が手紙を託されるほどにカルキュールの信頼を得ていたのかと。

 だがある意味納得した。当然と思った。

 同時に帰ったら伝えなければならない人物が増えたと思い、気が重くなった。


 逆に俺への手紙はなかった。

 当然だ。

 あの時に話したのが全てだろう。


 だから気にすることはない。

 ただ、これでマリアを助けられなければ、あの世に行った時にカルキュールに何を言われるか。


 そう思うと、やってやると思えるのだから不思議だ。

 あんなにいがみ合っていたのに。目の敵にしていたのに。

 遠く離れることで知ることができたこと。


 本当に、俺はいつも気づくのが遅いんだ。

 マリアにニーア、ジル、そして里奈。

 離れてようやくその大切さを知る。


「部下は何人動かせる?」


 イッガーを部屋に呼んで聞いた。

 事件の次の日から、俺はミストとの関りを断った。

 下手に動いて感づかれたりすると、ミストに危険が及ぶ危険があるからだ。


 その代わり、イッガーが部屋を訪れる頻度が多くなった。

 彼ならば誰に気づかれることなく部屋に入ってこれるので、俺はここにいながら様々な手が打てる。


「ドスガの王都に5名、外に7名ってところです」


「分かった。それじゃあ外の7人にはそれぞれ南郡の都市に散ってもらう。この檄文げきぶんを写して街や王都にばらまいてくれ。それとこれはそれぞれジルとサカキとワーンス王に。今、サカキはワーンスにいるんだよな?」


「……はい、そうです。フィルフには近づけないので、ワーンスの王都に入りました」


「わかった。じゃあサカキとワーンス王は1つでいいな」


「えっと……分かりました。じゃあ、自分が行きます」


「いや、イッガーには別のところに行って欲しい」


「別……ですか?」


 イッガーは相変わらず乏しい表情で、何を考えているのか分からない。

 本当に同じ現代人なのかと思ってしまう。


 いや、仕事の出来に人柄は関係ないと思い直し、気を取り直してイッガーに告げる。


「ああ。お前にはスーン王国に行って欲しい。お前にしかできない、かつ危険な任務だがやってくれるか?」


 少し脅かすような言い方だが、本当に危険なのだ。

 そしてこれはおそらくイッガーにしかできない。


 だからある程度の覚悟はもって事に当たって欲しいのだが、


「はぁ……分かりました」


 そう答えられた時は、何も考えてないんじゃないかと疑った。


「いいのか? 本当に危険だぞ」


「はぁ。別に。行けと言われればどこにでも行きます」


 なんか拍子抜けした。

 まぁいいや。やるというのならやってもらおう。


「じゃあ、分かった。これをスーンの国王に直接渡してほしい。できるだけ極秘裏に」


「はぁ、分かりました」


 だから張り合いがないんだよなぁ。

 国王ってことは、一番警備が厳しいところだ。

 その相手に極秘裏に直接渡して欲しいとなれば、表から正々堂々行くわけにはいかない。


 そうなると必然、忍び込むしかないのだが、そうなると捕まった時に殺されても文句は言えないのだ。

 気配を消すスキルを持つイッガーでも五分くらいだと考えている。


「ちょっとだけ質問いいですか?」


 イッガーからの質問なんて初めてだったから一瞬、面くらったが、これで逆に質問がない方がおかしい。

 少し安堵して俺は内容を促した。


「えっと……その、やり方は、自分に任せてもらっていいですか?」


「あぁ、それはもちろんだ」


「……はぁ」


「…………」


「………………」


「………………」


「………………?」


「だからなんでそれで黙る!?」


 もうなんだろう。この子(多分年上だろうけど)不安。


「あー、その……やり方を任されれば、なんとでも、します。要は国王をちょっと脅して、スーンをこっちに引き込めばいいんですよね」


「……っ!」


 そうだ、いつもはぼーっとしてるのに、時々鋭いところがあるんだよな。


「ああ。次はそっちの番だって、ちょっと驚かしてやりたい」


「分かりました。まぁ、あまり期待せず待っててください。自分も、ちょっと今回のこと、腹に据えかねてるんで」


 全くの無表情でそう言われてもなぁ……。

 緊迫感がない。


 とはいえ、ここはイッガーに頼むしかないのも確か。

 だからそう考えてくれるのは悪い事じゃない。


「分かった。よろしく頼む。それともう1つなんだけど」


「はぁ、なんでしょう」


「クロエをなんとかここに連れてこれないか? ワーンス王国とスーン王国と方向が正反対なのは確かなんだけど」


 手元で動かせる駒が欲しい。

 ニーアもまだ完全に回復してないし、ミストとは無関係を装っておきたい。


 だからこそのクロエの起用。

 しかし今や厳戒態勢に入っている王都に、簡単に入れるはずもない。

 だからこそイッガーたちに頼るしかないのだ。


「分かりました。なんとかやってみます」


「頼む」


 頼むだけ頼んでイッガーが出ていくと、思考を切り替えた。

 やることは多い。


 各国を味方につけるのは良いが、その後にドスガ軍に勝つ必要があるのだ。

 それが成功しなければ、マリアの救援など絵に描いた餅。

 そのための軍略は必須で、そこが一番苦慮すべきところだった。


 また、今はまだ怪しまれるべきではないから、ドスガ王からの呼び出しには応じなければならない。

 正直どのツラ下げて、という気分だが、それをぐっと堪えてドスガ王には接する。

 我ながらよくやる、と思う。


 というよりドスガ王はカルキュールの件については関知していないように思えた。

 不快な思い出だからか向こうから話してこようとはしないし、こちらも不用意に話題にしても困るので真意は分からないが。


 いや、それでも無視していること自体が罪だ。

 知りませんでした、では済まない立場にいるのだ。

 だからもう容赦はない。


 水鏡とも話はした。


「もう少し情勢を見るためここに残るわ。けどこれはシータ王国の公人としての任務だから。ま、まぁアッキーがどうしてもっていうなら? わたし個人として手伝ってあげなくはないけど? え、いや土下座とか……そんな……。分かったわよ。二言はないわ。へ? 水路? いや、まぁ多分できると思うけど」


 という感じで、押しに弱い水鏡には土下座戦法でなんとか協力は取り付けた。


 とはいえここまでやって戦局は五分五分。

 やはりどうしても『マリア(ジョーカー)』の存在が戦局に響いている。


 ドスガ王にマリアとの面会を何度求めているが、さすがにそこまでは許してもらえない。

 無事、という報告しか受けていないのでなんともヤキモキするが、こればかりは仕方ない。


 あと一手。

 マリアに対する懸念が払しょくされれば、勝利への道標はできたも同然なのだが……。


 だが3日後。

 その一手を埋めるべく、あの人物が俺を訪問してきた。


 それはある意味俺が待ちわびたもので、ある意味あまり会いたくなかったもので、それでいて俺の軍略を加速させるためのもの。


「やぁこれはこれは。ジャンヌ・ダルク直々のお出迎えとは私も鼻が高い。いやいや、そんなに睨まないでください。私だってそれほど暇ではないので。ほら知ってますか? 南郡の他国が再び反旗を翻したこと。そう、ドスガ王国は今や孤軍。誰かさんが何かをしたのか分かりませんが、大変でして。おっと、怖い怖い。そう噛みつくような顔をしなくてもいいじゃないですか。可愛いお顔が台無しですよ? さてさて、先ほど言った通り私も暇ではありません。むしろ超忙しいのです。ですがこうやってここに来たのには理由があります。ええ、薄々察しているかと思いますが。はい。では本題に参りましょう。オムカ王国軍師ジャンヌ・ダルク殿に聞きます――国を売る話と国を滅ぼす話。どちらがお好みですか?」


 マツナガが、意地の悪い笑みを浮かべて俺の前に現れた。

5/1 一部表現を変更しました。

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