第14話 ニーア近衛騎士団長
「あ、いたいたー!」
バンッと、ドアよ砕けろと言わんばかりに開け放った人物が放った第一声がこれだ。
少し意味深にどや顔で決めたところだったので、正直心臓に悪かった。
「げっ、ニーア」
サカキが露骨に眉をしかめる。
「げ、じゃないでしょ、げ、じゃ。僚友になんてこと言うのよ」
ルビーを溶かし込んだように赤くきらめくセミロングの髪の少女は、唇を尖らせてサカキに抗議する。
年齢は10代の中頃か後半。おそらく20はいっていないだろう。
目が欄と輝き、日に焼けた健康的な肌はどこか中性的な世的な印象を感じさせる。
サカキとは違ってほっそりとした体躯に、肩やお腹を露出させた隊服や、膝当たりのスカートにブーツという格好から少女と分かるが、格好が違ったら男と間違っていたかもしれない。
唯一のオシャレポイントが、両耳あたりに垂らした髪の毛を星型のペンダントでまとめているところだろう。
「ジル。彼女は?」
「彼女はニーア。王国近衛騎士団長です」
「そうでーす! 主なお仕事は女王様の警護! ま、年も近いから幼馴染みたいなもんだけどねー。よろしくー」
元気だけど軽いなぁ。
こんなのが近衛兵だってのか。
「見た目に惑わされてはいけませんよ。彼女は武門の家セインベルクに生まれた者。そこらの兵では太刀打ちできません」
「没落貴族だけどね」
自分でそう言うが、さして悲しそうにも見えない。
「で、なんだってお前がこんなとこに。てか僚友ってなんだよ」
サカキが睨むようにニーアを見る。
どうやら彼女に苦手意識を持っているらしい。
「ん、あたしも籠城戦で戦うことになりそう。それより用があるのはあんたじゃないから、はいじゃまじゃま」
「はぁ!? 戦うって、近衛兵が!? それどういうことだよ!」
「うるさいなー、サカキンは。あいつよ。あのハカラとかいう奴。あたしたちに死んでほしいってさ」
ここでもまたハカラか。
ほんとめちゃくちゃだな、この国。
「しかし、今さらニーアを除こうなど。何を考えているんでしょうか」
「ん、ジンジンは分からない? 今年は何がある? ヒント、女王様のお誕生日!」
「それは毎年やってくる――いや、女王様は今年で13歳か!」
「ジル、話が見えないんだが」
「失礼しました、ジャンヌ様」
俺が聞くと、ジルはこちらに振り向いて一礼。
「おお、ジンジンが様って! てかジルって誰!?」
「だよな! やっぱそこ気になるよな!」
外野、うるさい。
「こほん。女王様は今年で13歳になります。そこで行われるのが戴冠式、すなわち正式に女王となるということです」
つまり今の成人式といったところか。
だが13歳でとは。いくらなんでも早――くはないな。日本でも少し前までは15歳で元服してたんだから。
「わかったぞ。今までは政治に関しては口を出せなかったが、正式に女王として認められればそれもできるようになる。それがエイン帝国の奴らには気に入らない」
「その通りです。だから周囲の人間を遠ざけて、可能なら始末してしまおうというわけです」
悪質、だが理には適っている。
おそらくこれはロキン宰相のやり口だろう。
どうやら早いうちに始末をつけた方がよさそうだ。
「それで、それを言うためにわざわざ来たのですか?」
「だから違うってジンジン! もう、サカキンがちゃちゃ入れるからでしょ!」
「俺のせいかよ!」
「さて――」
ニーアの視線がこちらを向く。
その動きに無駄がなく、急に見つめられびっくりした。
「ふーん、なるほど。確かにこれは……うんうん。なるほどなるほど。さすが女王様」
何か品定めをされているようで怖いんだけど。
「ちょっと会ってほしい人がいるんだけど、えっとミス――」
「ジャンヌだ。呼び捨てで構わないよ」
「オッケー、ジャンヌ。少しだけ時間をもらっていいかな」
「それは――」
ジルに少し視線を向ける。
立場としては彼の副官だから。
ジルは何かを諦めたような表情で小さく頷く。
「問題ない。ただそんなに時間はないが」
「そこらへんは大丈夫大丈夫。こっちの方も時間がないから。それじゃあジンジンにサカキン、またねー」
こっちが何かを言う前にに、ニーアは俺の手を引っぱってそのまま廊下に出た。
何この子。めっちゃぐいぐい来るんだけど!
「あははー、ごめんねー。ちょっとこういうの苦手でさ」
「苦手?」
「うん、説得とかお願いとか。だから無事に連れ出せてよかった」
「そ、そうか……」
無事とはこの結果のことを言っているのか、それとも俺の体のことを言っているのか。
……いや、聞くのはよそう。
ニーアは俺の手を掴んだまま、廊下をすいすい進んでいく。
そういえば……これって女の子と手をつないでるんだな。
自分も女の体だからどうということはないけど。
里奈とは結局それもないままだったので、ちょっとセンチメンタルな気持ちになってしまった。
「んー、てか君の手はすべすべだねー、てかてかだねー。なんか特別な手入れとかしてる?」
「え、いや……そういうのは」
まずいな、そういう女子トークは苦手なんだが。
と思っていると握られた手をもちゃくちゃにされていた。
「う……その、あんまり触られるのは、ちょっと」
「おっとごめんごめん。はぁ……。いや、ちょっといい気持ちだったから」
…………さてはこの人、変な人だな。
逃げるか。
いや、逃げたらそれこそ“無事”じゃなくなるような気がする。
だが何か危険だ。この少女は危険だ。俺の濃くもない女性経験がそう告げている!
「はい、到着」
などと考え込んでいる間にニーアの足が止まった。
そこはなんてことはない小さなドアの前。
ただ突き当りにあるらしく、人通りも全くない。
一体ここで誰に会うというのか。
人見知りな俺としては少し覚悟を決める時間が欲しかったわけだが、ニーアは容赦なくドアをノックして、
「入りますよー、“女王”様ー」
…………え?
思考が止まる。
今、なんて言いやがった?
そして開かれたドアの向こう。
謁見の間から10ランクぐらいダウンした部屋――といっても広さは高校の教室くらいあるし、天井は5メートル近くあるし、真っ赤な絨毯だし、高そうなソファがあるし、何よりキングサイズのベッドとずらりと並ぶ衣装がこの部屋の異様さを物語っている。
部屋の中央のソファに座る人物。
ニーアが言う事が真実ならば、ここにいる人物は俺の想像する人で間違いない。
だが、そんなことはどうでもいいほどに。
ニーアの言葉が聞きぬけていってしまうほどに。
すべての思考が止まってしまうほどに。
似ていた。
ソファにだらしなく座る少女。
年齢も服装も髪の色も違う。
けど彼女だ。
求め、恋い焦がれ、彼女のために元の世界に戻ろうとしていた相手。
立花里奈がそこにいた。




