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第46話 戦後処理

「ユン将軍は討ち取った! 武器を捨てろ! 武器を捨てた者は、オムカ王国軍師ジャンヌ・ダルクの名においてその命を保証する!」


 喉よ裂けよとばかりに張り上げた声が、戦場に響き渡る。

 するとそこかしこで武器を捨てる音が聞こえた。


 ワーンス王国の兵はほぼ農兵だ。

 無理やり戦争に駆り出されるのだから戦意は低く、負け戦となれば何より自分の命を最優先にする。

 だから大将が討たれた今、最期まで戦おうなんて気力のある兵がいないことは当然だ。

 そしていくら軍人が戦おうとしても、兵たちがやる気をなくしてしまえば戦闘の継続は不可能になる。


 さらにダメだしと言わんばかりに、俺は全ての罪をユンに着せた。


「そもそもワーンス王国は、我がオムカにとって友好国だ! それが不幸にも戦うことになったのは、すべてユン将軍の罪でしかない! 今、ユン将軍はその命をもって償った! 皆には罪はない! 投降しろ!」


 そもそもワーンスの離反が理解できなかった。

 あのワーンス王にそんなたいそれたことができないと思っていたし、国力的にも地理的にも離反するのに一番割に合わないと言って良い。


 もしワーンス王が俺に見せたあの弱腰の態度が演技で、この瞬間を待っていたんだとばかりに離反したのだったら大したものだ。

 けれどこうして勝負が決した以上、ワーンス王としても生き残るためにユン将軍を見捨てるに違いない。


 もちろん、今はワーンス王の思惑なんてどうでもいい。

 フィルフ王国にたどり着くことが肝要なのだ。


 だから――


「解放する!? ほんとかよ、ジャンヌちゃん!?」


「うぇ、マジっすか……」


「あぁそうだ。こいつらを捕虜にとっても俺たちには邪魔だ。てかさっさと出発しろサカキ」


 降伏させた捕虜2千の処遇を聞きに来たサカキとブリーダだが、俺が解放すると言った途端に食ってかかってきたのだ。


「うっ、いやそれは分かってるけどよ。もし解放したこいつらにまた蜂起されたら、俺たちは退路を絶たれるんだぜ?」


「退路なんてくれてやれ。俺たちには前に進んで勝つしかないんだ」


「それは……そうなんだが」


「まぁそれはそうっすねー。いやいや、厳しい戦いっす」


 とりあえず2人とも渋々だが納得してくれた。


「隊長殿!」


 その時、クロエが声をあげながら兵たちをかき分けてきて、俺にこう告げた。


「失礼します! 隊長殿に面会を望む兵がおります。先日共に戦ったタキという年かさの男性ですが」


「タキ? えっと……誰だ?」


 正直、人が多すぎて誰が誰だか分からなくなってる。

 タキ?

 一緒に戦った?

 年上の男?


「タキ……聞き覚えがあんな」


 サカキも共に首をひねる。


「関所で隊長殿とお会いしたと」


「関所……あぁ! あの人か!」


 思い出した。

 ワーンスに援軍に来た時に、俺たちを迎えてくれた関所の隊長だ。


「すぐに通してくれ」


 そしてクロエに連れられてきたのは、やはりあの時の隊長だった。


「このような形でお目にかかることになり、大変恐縮でございます」


 今の俺の3倍は年が離れているだろう男が、平身低頭、恐縮しきった様子で頭を下げる。


「そちらこそ、ご無事で何よりです」


「無様にも生き延びてしまいました。仲間を死なせ、何より貴女たちに弓を引いておきながら」


「そのことはもう忘れてください。これは一部の者が国を売っただけですから」


「はい。突然オムカと戦うとなって、困惑した者も多いのです。ほんの数週間前に国難を助けてくれた盟友に何故槍を向けるのかと。ですが王命である以上拒むことができず。しかもこうしてほとんどの者が降伏を許されている。本当にお詫びのしようがございません」


「いえ、ですからこれは不幸な巡り合わせなのです。そうだ。隊長ならば適任でしょう。この投降したワーンスの兵たちをお願いします。我々は先へ進まなければなりませんから」


「我々を捕虜としないのですか!?」


「ご存じの通り、我々には時間と兵力がありません。先ほども言った通り、この戦いは良くない巡り合わせで起きたことです。その良くないものを取り除いた今、再び我らが戦う必要はないでしょう。どうか兵をまとめ、帰国し、そしてことが終わるまで中立を保っておいて欲しい。叶うならそれを王にお伝えください」


 俺の言葉に、タキ隊長は感極まった様子で涙を流し始めた。

 年配の人がこうも号泣するのを見たのは初めてだから、正直面くらった。


「その役目、私が全身全霊でやり遂げさせていただきましょう。そもそも我が国を救っていただいた貴女に弓を向けただけで死に値する愚行だというのに。こうして私を生かしていただける。それに勝る喜びはございません。必ずや……」


「大げさですよ。とにかく、お願いします。サカキ、先に出発を。負傷兵は近くの街で保護してもらうとして、今日中に関所まではたどり着きたい」


「お、おお。よし! 俺の隊はすぐに出発だ!」


 意気揚々と出発するサカキ。

 それに頭を下げて見送るタキ隊長。


 彼ならばなんとか敗残兵をまとめあげてくれるだろう。

 この誠実さは、おそらく多くの兵に慕われてきたに違いない。

 もしそれで駄目だったら、俺に人を見る目がないということ。それだけだ。


 しかし……自分で言っておいて不思議に感じる。

 何故ユン将軍は離反に踏み切ったのだろう?

 しかもこんな時間稼ぎの捨て石とも言える作戦をあてがわれて文句も言わないとは。


 4か国同時の蜂起なんて荒業、誰かが扇動しなければ起こらないはずだが……。

 最初にドスガ王を考えたが、あの男に他の国がついてくるだろうか。

 ではまた別の人間か?


 といっても俺はそれほど南郡に精通しているわけではない。

 『古の魔導書エンシェントマジックブック』を使えば分かりそうでもあるが、正直、誰から手をつけていいのか分からないし、何よりそれを調べる時間が全然ない。

 すべてが慌ただしく、すべてが急発進で、すべてが奔走につながる出来事ばかりだった。


 だがこれだけは言える。

 この一件には黒幕がいる。

 黒幕の一手により、真っ白だった盤面を真っ黒に塗り替えられたに違いない。


 姿の見えない要注意人物。


 王都防衛戦では敵総大将という目に見える形だから対応できた。

 だが今は見えない敵と戦うことになる。

 油断すれば文字通り頭から噛み千切られる、そんな脅威を持った敵。


 気を引き締めなおすべきかもしれない。

 慌ただしく周囲が動く中、俺は独り小さく呼吸を正した。

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