第43話 来たわよ
「来たわよ」
水鏡が相変わらず表情に乏しい顔でそう言った。
「えっと……なんで?」
「はぁ? お金がないだろうから、親切にも1か月まいて来たのにその態度? 同盟国のよしみで戴冠のお祝いを持ってきたんだけどいらないのね」
「いや、いる! 超絶ありがたい。感謝感激雨嵐ありがとう」
「わけわかんないし、うさんくさいんだけど……ま、いいわ」
東門に軍勢と言われ、急いで来てみたら水鏡が独りで門の前にいるのに出くわした。
軍勢は3千ほどで、城門から数キロ離れたところに留まっていた。
わけを聞けば、マリアの戴冠式に対してのお祝いの品として色々持ってきてくれたということ。
軍勢は、一応高価なものを運ぶので、その護衛ということらしい。
ちなみ今日の水鏡の服装は、パンツスタイルにブーツという正装だ。国を代表してきているのだから当然だが。
「ここまで疲れただろ。あーっと、迎賓館にどうぞ。歓迎する。連れてきた兵はちょっと待ってろ。今宿舎を整えるから」
「いえ、お気遣いなく。お使いが終わったらすぐに帰るから。だから先に女王に謁見させてもらえないかしら。お祝いの品の目録と、明の親書も持ってきたから直接渡したいわ」
うぅん、やっぱりそう来るよな。
とはいえ、ここで女王がいないとは言えない。
マリアの家出は、まだ一部の者しか知らないトップシークレットなのだ。
もし、シータ王国がこのことを知ったら頼りにならない相手ということで、同盟を解消されかねない。
だから全力で水鏡の申し出を角が立たないよう断るしかない。
「いや、それがちょっとすぐには時間が空かなさそうなんだ。だから旅の疲れを癒してもらってからの方が良いと思ったんだよ」
「何故? わたしは一応、国王の名代なんだけど。それなのに女王に会わせてくれないってのは、礼儀に反するんじゃなくて?」
「いやー、それはそうなんだけどなぁ。女王様も忙しくてすぐに会えるかどうか……」
「まだ戴冠式には1か月あるでしょ。それに同盟国の使者に会うより大事な仕事があるわけ? 何か変ね」
しどろもどろな俺の言い訳に、水鏡の眼鏡がきらりと光った。
「もしかして、会わせられない理由でもあるとか?」
「いや、それは、ない。うん、大丈夫。女王様は今日も元気だ」
「あんた、嘘とポーカーフェイスが下手ね」
ハワードに続いて、水鏡にも言われるかよ。
俺ってこんな交渉下手だったっけ……?
いや、政治力43じゃあしょうがないか。
「事情を聞かせてもらおうかしら。事と次第によっては、わたしは明にバーベル攻めを進言しなくちゃいけないかもしれないから」
それって同盟破棄して攻めるぞって脅しだよな……。
はぁ、しょうがない。
「分かった。だがこれは他言無用で頼む」
水鏡を王宮に連れて行き、誰もいない一室ですべてを語った。
俺たちが今置かれている状況。
マリアのこと。南郡のこと。
「そう。あんたも大変ね」
「まぁ、半分は自業自得だよ。後回しにしていたツケっていうか」
「策士策に溺れるね」
ぐぁ。言うことが辛辣だなぁ。
「で? どうするの? 戴冠式までもう時間ないんでしょ?」
「あぁ、だからすぐに動く。すまないが、あまり相手してられないんだ」
「そう…………」
水鏡は少しうつむき、何かを考えるようにした。
もしや同盟の継続について考えているのか。
だとしたらここで黙っているのはマズイ。
なんとしてでも、シータ王国をこちらに引き留めておかないと。
「水鏡、お願いがあるんだが」
「なに? あ、お金? わたし個人ではそんな持ってないから貸せないわ」
「いや、そういうわけじゃくてだな……」
俺、そんなに金に困ってるって思われてるのか?
「連れてきた3千。ちょっと王都で休憩していかないか?」
「なにそれ? 意味わかんないけど……無理ね。わたしは軍を動かす権限はない。あの兵たちもカルゥム城塞から連れてきたただの護衛。時雨の部下よ」
「それじゃあ時雨にそう伝えられないか? なんなら時雨も呼んでくれて構わない」
「…………なんか変ね」
うっ、さすがに強引に行き過ぎたか。
ただ正直、ここが正念場だ。
ここでシータ軍を留めおけば、ブリーダの軍を南郡に向かわせても安心できる。
これが今打てる最上の手。
だからなりふり構っていられない。
「頼む。この通りだ」
「いや、土下座とか……引くからやめて。うーん……どうしたものかしら」
水鏡が珍しく眉間にしわを作って考え込んでいる。
俺はひたすらに頭を下げるしかできない。
そしてやがて――
「そういえば、明が言ってたのよ。まだ支払ってないって」
「へ?」
「あんたから教わった爆雷よ。エイン帝国への上陸作戦で大活躍だって話を聞いたわ」
「あぁ、そういえばそうだったかも」
「その技術提供に対してまだお礼をしてないって」
「いや、あれはこっちの返礼だろ。独立の時に助けてもらったお返しって」
「それはあんたがうちに来て従軍したことで完了してるのよ。それと技術提供は別。明が改めてそう言ってたわ」
「はぁ……」
そこらへんはやはり商人ということか。
貸し借りは正確に把握したいのだろう。
「でも、うちら。シータに行った時にお土産もなにもなかったし、帰りにもらった火薬とかも払ってないぞ」
「それはそれ、これはこれよ。それに帰りの火薬に鉄砲は餞別よ。プレゼントよ。あげたものだからお返しは次でいいわ」
なんだかよく分からないけど、どうやら技術提供分の貸しがあるってことか。
ということは?
「ここらへんはっきりさせないと、明、不機嫌になるのよね。だからここで清算するのもいいかもね。ま、兵たちには少しの休暇とか言っておけばいいんだろうし。もちろん確認は必要だけどね」
若干遠回しな言い方だが、これはシータ軍の駐留を認めてくれたってことか。
安堵と同時、どっと疲れが出た気分だ。
「恩に着る」
「勝手に着といて。あとで返してもらうから」
そっけなく水鏡が言うが、どこか得意げで誇らしげに見えた。
「よし、そうと決まればうちの宰相と総司令に会ってくれ。宰相は渋い顔をするかもしれないが、総司令が口添えしてくれるはずだ。その間に俺は軍備を整える」
「大変ね」
「お互い様だろ」
「いいえ、わたしはあんたほど気配りする必要がないから。それより女王ってまだ10かそこらでしょ? 気をつけなさい。その年頃の女の子は、ちょっとでも目を離すとどっかいっちゃうんだから」
「知ってるみたいに言うんだな。体験談か?」
「……ええ。妹と弟。わたしが育ててきたようなものだから」
そうか、水鏡はお姉さんなのか。なんだかしっくりくる気がする。
なんだかこいつの身の上話を始めて聞いた気がする。
ま、それも当然か。
なにせ知り合って、さらに話すようになってまだ数日といったところだから。
それでもこうやって気にかけてくれるのは、素直にありがたい。
「分かったよ。忠告、サンキュ」
「べ、別にあんたはどうでもいいから。女王がいないとこっちが困るってだけ」
素直じゃないなぁ。
「なに笑ってんのよ。帰るわよ?」
「いやごめんごめん。ただちょっと安心したというか」
いや、本当にありがたい。
ここ数日の鬱屈としたものが溶けていく。
そんな気がしたのだから。




