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第34話 南郡救援8日目・南郡視察(前)

 戦勝の宴がワーンス王国で開かれて、皆が祝賀ムードに酔った翌日。

 ワーンス王に挨拶するとすぐに帰国の路についた。


 一応、救援は成功した形だったので、ワーンス王から食料や宝物がお礼の品として与えられた。

 荷車10台にもなるそれを、兵たちが守って引き上げることになる。


 ちなみにフィルフ王国に残るのはジルになった。

 サカキは守りの人間ではないし、怪我も完治していない。

 クロエやウィットに一国の軍を任せるにはまだ早く、そのほかに適任はいなかったからだ。


「しばらく離れ離れになるのが辛いですが、仕方ありません。ジャンヌ様もどうかお体に気を付けて」


 なんてことを言ってのけたジルに、俺はどういう顔をすれば分からず曖昧あいまいに頷くだけだった。

 ただ、それを後から思い出して、ちょっとすげなかったかな、とか、もっと励ましてあげればよかったかな、なんて悩む俺はもう女子なのだろうか……?


 ともあれ往復の時間も含めて1か月も経たないうちに帰国できることに、ほっと一息。

 なんとか期間内で結果を出すというノルマをこなせたのも大きい。

 ……とは思うのだが、誰のノルマなんだっけ?


「え、ジャンヌちゃん一緒に帰らないの?」


 サカキが変な声を出して寂しがったのは、俺が帰路は別行動をとると言い出したからだ。


「あぁ、南郡に来たものの、ほとんど知らないで帰るのはもったいない。ドスガ王国方面からも帰れるのを見ておきたいってのもあるし」


 ワーンスの王都からオムカに帰るには行きと同じ道を行けば約7日。

 対してワーンスからドスガまでが2日に、ドスガからオムカまで3日ほどだという。地理に不案内なことを合わせれば大体同じ時期に王都に着く計算になる。


「だからバーベルから南に1キロ行った、サルスの街で落ち合って一緒に帰ろう」


「んー……まぁしょうがないか。お礼の品を無事に届けなくちゃいけないからな」


「そういうこと。頼んだぞ、師団長殿」


「え、なにその呼び方!? 新しい! もっと言って! 優しく、ささやくように、あえぐよう――ぐはっ!?」


「うるさい! 寄るな変態!」


 というわけで、俺は南郡のでこぼこした草原を馬の背に乗せられて走る。

 10月というのに寒くはない。オムカより緯度が低いためだろう。快適な旅だ。


 もちろん独りではない。

 クロエとウィットを始めとする部下9人がついてきている。


 さすがに隊の全員を連れていくのは目立ってしょうがないので、選抜された数名のみ連れていくと告げた時。


「サイショハグー! ジャンケンポン!」「ぐああああ、紙だ! あそこで紙を出していれば!」「俺は勝つ。俺は勝つ。俺は勝つ。俺は勝つ。俺は勝つ」「ちょっと、あんた! 今後だししたでしょ! あたしの方がコンマ3秒早かった!」「ふっふっふ、見えるぞ、お前は石を出す!」


 まぁ、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄だった。

 前にもめ事があったらじゃんけんで決めろ、みたいな感じで教えたせいで、にわかにワーンス王都でじゃんけん大会が開かれることになったわけで。

 

「怪我!? あぁ、これ? ……ふぁ、ファッションだよ! 今は包帯がトレンドなの!」


 こんなことを言ってるやつもいたが、怪我人を連れていくわけにはいかないから速攻で本隊と一緒に帰した。


 そんなこんなで選ばれた精鋭(?)と共に俺は東へと向かうことになった。

 もちろん服装もオムカの軍服ではなく、街で適当に見繕ったグレーの旅装で統一している。


「隊長殿、南郡とはのどかなんですねぇ」


 ゆっくり馬を走らせていると、左にいたクロエが話しかけてきた。

 すると条件反射のように右のウィットが反論する。


「馬鹿か? それもこれも隊長が敵を追っ払ったからに決まってるだろ」


「むぅ、それくらい分かってるし! 今のはあれ……えっと、太鼓持ち?」


「クロエ、それダメなやつだろ……」


 完全に腰ぎんちゃくな意見だった。


「がーん!」


「っくはははは! さすがは脳まで筋肉で出来ている! どっかの誰かの後継者と噂されるわけだ! 語彙力ごいりょくのなさが、戦功のなさに比例するのだな!」


「う、うるさいウィット! あんた今回ちょっと上手くいったからって調子に乗らないでよ!」


「あぁ、今回は散々だった。何より一番うるさい奴が死に損なったからな。調子に乗る暇もない」


「誰のことよ、誰のー!」


「おや、耳があったのか? 首の上に乗っているのは頭突きで敵を倒す筋肉の塊かと思ったんだがな? これは大発見だ! 人語を理解する筋肉とは! 帝国の実験室に売り込めば多少なりとも国の援助になるぞ?」


「ぐ、ぐむむー! 隊長殿ぉー、ウィットがひどいです!」


「いや、俺に振るなよ……」


 てか、ひどいですはないだろ。子供かよ。


 なんて漫才を聞いてられるのも、クロエの言う通りのどかな雰囲気に当てられてか。

 見渡す限りの大草原――というわけには丘が目立っていかないが、それでも広い土地だ。


 それなのにあまり人気もないのが不思議だ。

 オムカではここらに畑がいくつか見えたのだが、ただただ緑の大地が続くばかり――


「っ!」


 思い立って馬を横に向けた。

 後続も驚いたものの、すぐに俺の後を追いかけて来る。


 小さい丘の上に馬を進めると、そこから周囲を見回す。

 でこぼこの大地が広がる。

 丘陵地の緑の他に、濃い緑などがあって林を形成しているのも見える。


「どうしましたか、隊長? 何か見つけましたか?」


「いや、ウィット。見つかったわけじゃない。どちらかというと見つからないんだ」


「え?」


「畑だよ。田んぼでもいい。見渡す限り、まったくない」


 いや、それも当然か。

 見渡す限りの丘陵地。

 それはつまり平地が少ないということ。

 そしてそれは畑に適した土地が少ないということ。

 しかも川も少ないらしく、水に乏しいときたもんだ。


 それはつまり、作物が育ちづらい環境だということ。


「あ、隊長殿。でもあれ見てください」


 クロエが右手を示す。

 十数キロ先。周囲に何もない中、ドンッと突き出た巨大な建造物。

 台地の上に建っているようで、より目立つのだろう。

 その周囲は比較的平地が多く、どうやら集落が集まっているようだ。


「あれがフィルフ王国じゃないか?」


「あぁ、確かに。方角的にも合ってますし」


 なるほど。

 そういった丘陵地の平地部分に人が集まって、そして王国を成したらしい。

 ということはそういった場所に、今の5つの国が出来ているということか。


 おそらくそれぞれの国では、農業とは別の産業が確立しているのだろう。

 そうでもしないと生きていけない。


 だが農というものは、根源的に兵力に結び付くもの。

 別の産業がおこったとしても、自給自足できなければ人口を維持することはできない。

 万が一、他国からの仕入れが途絶えれば、国民を養うことができないからだ。


 だから南郡は広大な土地を持ちながらも、人口が少なく、兵力もそれほど大きくはならなかったのだろう。


 そう考えると、南郡を手に入れた暁には、農業改革が必要になってくる。

 生憎、俺は農業についてはほとんど詳しくない。

 ということはそっち方面に知識を持つ人が必要だし、そのための予算組みや生産物の流通ルート作成も必要になってくるわけで。


「うん、やっぱり旅には出てみるものだ。色んな気づきがある」


 そんな満足を得ながらも、その日は日暮れまで走り、小川の流れる林の近くで野宿をする。

 もちろん『古の魔導書エンシェントマジックブック』でぴったりの場所を探した結果だ。


 ウィットと数人が鹿を狩ってきて、それを捌いてみんなで食べた。

 初の鹿肉だが、思ったより臭みがなくて美味しかった。


「実は月に一度、兵糧を持たずに野宿で3日過ごすという訓練をしてて、それで色々野生の動物とか詳しくなりましたよ」


「そうそう。いかなる状況でも隊長を守るためにって。いや、蛇とか以外に美味かったよなぁ」


 ウィットと一緒に猪を狩って来た部下――ザインとリュースという名前だったか――が、そう言って陽気に笑う。


 え、てゆうか俺ってそんな状況にもなる可能性があるの? 無人島漂流なの? サバイバルなの?


 てか半年前まで戦力外の新兵だったのに、いつの間にかそんな屈強になって……。

 感慨深いと思う前に、トップが一番貧弱という肩身の狭い思いが先立った。


 そんな部隊の新たな一面を発見しつつ、翌日の昼過ぎにはドスガ王国の領土に入った。


 地図を見る限り、南郡で一番大きい平野部に存在するらしく、確かに地面の凹凸おうとつが少なくなり、畑を耕す農民たちの姿を見ることが多くなった。


 だが――


「暗い、な」


 農民たちの顔が暗い。

 その姿を見ると重なる。

 エイン帝国に支配されていたころのオムカ王国に、だ。


 あの頃はひどい重税を課せられ、しかも働き手を兵に取られて生きる希望を失った人たちが大勢いた。


 それが今や税率の見直し、免税、開墾で収穫増など、現実に希望を見出せるようになって彼らの顔色も明るくなった。


 そうやって働く人がやりがいを見出せば、それは効率の良い仕事となり、国を富ませることになる。

 それにもし国が危機に陥ったら、彼らは自らの利権を守るために国を守ろうと自発的に動いてくれるだろう。


 そんな兵は強い。

 国のためとか、王のためとか本来直接関係ないもののために命を賭けるのではなく、自分のため、家族のたに戦うのだから、やる気が全く違う。

 だから強い。


 それなのに、こんな希望もないままただ働かせて搾取して何になる。

 国のために戦おうという気にはなれず、国の底力がどんどん低下していくだけじゃないか。


 何故それを分かろうとしないのだろう。

 ドスガ王のように国が痩せて暴君として忌み嫌われるより、肥えた国で良き王として君臨した方が色々と都合が良いだろうに。


 まったくもって理解ができない。


「ひどいですね。ちょっと前までのオムカみたいです」


 クロエが悲しそうに呟く。


「そういえばクロエには農業をしてる家族――お母さんがいるんだっけか?」


「はい。病がちだったんですが、今はもう元気になりました。ですから隊長殿には感謝してもしたりません。農業改革だって言われてお母さんかなり喜んで」


「ふん、そんなに母親が恋しいならさっさと帰農きのうすればいいだろ。そうすれば下手なところで命を落とす心配もないだろうに」


「ふーんだ! ここでも私は農業をしてるのよ。ウィットっていう変な虫が、隊長殿っていう綺麗なお花につかないよう守る役目がね!」


「誰が変な虫か! 貴様の方が虫みたいな顔してるだろ!


「どんな顔よ!」


「クロエみたいな顔のことだよ!」


「お前ら本当に仲良いなぁ」


「良くないです!」「冗談でしょう!?」


 はい、ここまでテンプレ。

 息もぴったり。本当、仲良いよな。


 その日は近くの街で宿を借りて汗と共に旅の汚れを流すことにした。


 その際、男女別室ということで部屋が分けられたものの、いつも一緒にいるクロエはまだしも、もう1人のマールという女性の部下と同室というのにひと悶着あったのだが、それはまた別のお話。


 半分げっそりした様子で朝を迎えたわけだが……次からは隊長権限で個室にしようと心に決めた。


「隊長殿、これからどうしますか? これからバーベルに帰るにしてもちょっと早いですが」


「先回りしてサルスの街で師団長殿を待つというのもありかと思いますが」


 朝、出発するにあたってクロエとウィットが聞いてくるが、俺の腹積もりは違った。


「いや、ここまで来たらドスガの王都を見に行きたい。ちょっと会いたい人がいるから、お前らはその間、自由行動でいいぞ」


 ここまで来たのだ。

 王都にいるイッガーとミストに会って、報告を受けるのが一石二鳥だと思った。


「それに連れてこれなかった他の皆に、お土産でも買っていってやらないとな」


 なんて冗談めかして言ったが、


「さすがジャンヌ様……」「俺たちにそんな恩情をいただけるなんて」「ジャンヌ様が選んでくれたお土産なんて……羨ましい! 末代までの家宝だわ!」


 あーあーあーあー、やりづらいなぁ。

 こいつら基本的にイエスマンだからな……。

 とは思うものの、従順なのはやりやすいのは確か。

 でもいざという時に諫言かんげんしてくれるような人が欲しいよなぁ。そう考えるとカルキュールはそれにぴったりなのかもしれない。


 なんてぶつぶつと考えながら更に東進する。


 だが、城門が見えた頃。


「なんだ……?」


 王都が見えた。

 ここもオムカの王都バーベルほど巨大ではなく、城壁も低い。

 だが山を利用した形となっており、城門から段々と高くなっていって最奥部の王宮は百メートル以上の高さにありそうだ。


 山城やまじろといったおもむきが強いかなり特殊な王都は、攻めるのに一苦労しそうだった。


 ――というのは今はどうでもいい。


 その王都の様子が変だ。

 煙がところどころに上がっていて、人の悲鳴みたいな声が聞こえる。


 城門に近づくとそれがはっきりとして、城門から逃げ出す人々も見えた。


「まさか……野盗か?」


 いくら挟撃でさんざんに破ったとはいえ、ドスガの兵もまだ残っているはず。

 こんな無防備に賊に襲われることなんてない。そう思った。


「隊長、ここは逃げましょう。さすがにこの人数でまともな装備もない状態では不利です」


 ウィットが常識的な意見を出す。

 そう、俺たちはたった10人で、まともな武具もない状態だ。


 敵が何人いるか分からないのに、しかも今まで争っていた敵だというのに、助けるメリットも少なく見える。


 だが――


「いや、駄目だ。ここで俺が逃げたのが見られたら、オムカは大したことがない、というレッテルを貼られる。俺個人はどうでもいい。だが女王様の名に傷つける可能性がある以上、見て見ぬふりはできない」


 本当はこの後のために国民に恩を売っておくべきだ、という打算が強かったが、女王の名前は9人には響いたようだ。


「分かりました! では俺が先に行きます。他はジャンヌ様を守りながら俺に続け!」


「あ、ウィット! 抜け駆け!」


「貴様が遅いからだろう!」


 そう言っている間にウィットは馬を走らせた。

 続いてクロエ。


「隊長」


 隊員の1人、グライスが声をかけてくる。


「あぁ、行こう」


 お忍びの意味もあったから旗を持ってこなかったのが痛い。

 万が一の時に俺の身を護る物が何もないのだ。心細い。


 ――いや、今は7人がこうして前後左右を守ってくれる。それを心細いなどと。


 大丈夫だ。落ち着け。

 さすがにこんな状況で戦闘に入るとは思ってもみなかったから、動揺しているらしい。


 馬を走らせながら小さく深呼吸。

 よし、行くぞ。

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