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第12話 謁見

 高校の体育館くらいある大きな広間だ。

 天井には豪奢なシャンデリアが吊るされ、床にはふかふかの絨毯が敷き詰められている。

 左右に並ぶ10もの巨大なステンドグラス風のガラス窓が朝の陽光を取り込み、電気がなくてもかなり明るい。


 謁見の間。


 王国というのだから王室がいるのは当然で、こういう場所で朝議をしたり臣下の報告を聞くのだろう。

 50人以上の廷臣が並ぶその奥に、豪奢な椅子に腰かけた子供と両脇に立つ2人の男が屹立している。


「右がハカラ将軍、反対がロキン宰相。共にエイン帝国から派遣された高級官僚です」


 跪いた状態でジルが説明してくれる。

 もちろん俺も彼の左後ろで同じように拝跪はいきしているわけだが。


 ハカラと言われたのが、肥満体を礼服とマントで覆い隠す脂ぎった中年親父といったところ。

 対するロキンはひょろながの棒のような痩せた初老の男。絵で見る貴族みたいな縞々の宮廷服をまとっている。


 政治の宰相、軍事の将軍を他国の人間が就任することは普通ありえない。

 そのありえないことが起こりうる立場なのが、このオムカ王国ということなのだろう。


 2人の奥に見える、純白のドレスを着た少女がこの国のお飾りの主と言ったところか。


「オムカ王国第13代国王、マリアンヌ・オムルカ様です」


 女王はベールのようなものをかぶり俯いているので顔は見えないが、どこか覇気のない様子で椅子に腰掛けている。


 それも仕方ない。

 今の俺と同い年か下の少女が、こんな大人たちの言いなりになって飾られているとなれば退屈で機嫌も悪くなるだろう。


「んん! ルートロワといったか。一体何の要件かね。国王だけでなく、我らをも呼び出すとは」


 ハカラ将軍のだみ声が響く。

 まるで迷惑と言わんばかりに顔をしかめジルを批判する。

 しかもさりげなく国王を低く見るような言い方がひどく小物臭を漂わせる。


「はっ。オムカ王国第2師団隊長代理ジーン・ルートロワでございます。この度はご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」


 ジルが跪いたまま答える。

 それに答えたのはロキン宰相だ。


「代理? では隊長はどうしたのだ?」


「戦死なさいました。ハレ隊長の遺命を受け、私が第2師団を預かり撤退の指揮を取りました。つきましてはビンゴ国の軍との戦について至急決議いただきたく」


「決議……? はて、何の件であろうか?」


 ロキン宰相が語尾に“おじゃる”とつけたら似合いそうな、のんびりとどこか外れたような音で問う。


「ビンゴ国軍は今も王都バーベルに向かって進軍中。早急に門を閉ざし、籠城の準備を!」


 ジルの言葉に廷臣たちがざわつく。

 誰もが驚きの表情をしており、それはロキン宰相も同じだ。


 その中で声を上げたものがいた。


「なんだと、ルートロワ隊長代理!? まさか負けたというのか!?」


 ハカラ将軍だ。

 だがこの言葉には首をかしげざるを得ない。負けた原因はこの男以外の何物でもないのだから。


「……どういう意味でしょうか」


「なんと。平原での合戦は相手をおびき寄せるための罠。追撃してきた敵を打ち破るため、私が授けた100を超える作戦はどうしたのだ!?」


 ああなるほど。理解した。

 自軍の損耗を嫌ったのか、ただめんどくさかっただけなのかは知らないが、自分のせいで負けたとは支配国としては言えない。

 そこで負けた責任をジルたちに押し付け、自身は何も悪くないという立場を貫くつもりだろう。


 スキルを使わなくてもこれくらいのことは読める。

 ハカラ将軍というのがどうしようもなく小物だというのも含めて。


「私はそんな策などいただいてはおりません。ハレ隊長もそのようなことは一言も。何かの間違いでしょう」


「私を疑うのか? 私は間違いなく貴殿、いやハデとかいう隊長に伝えた。ははぁ、なるほど。敵を撃退できなかった責任逃れのためにそんな嘘を申しているのだな」


「そ、そんなこと私は致しません」


「ではこの誤謬ごびゅうはどう説明するのだね? マデとかいう隊長、それを貴殿に伝えぬままに死んだか。まったく使えぬ男よ」


「隊長を侮辱するか……!」


「貴様! なんだその言い分は! わしは大将軍だぞ!」


 ダメだジル。

 言った言わないの問答では解決しないし、相手の立場が上である以上こちらに勝ち目はない。


 こういう時はこうやればいい。


「お耳汚しを失礼いたします。それほどの素晴らしい作戦、せっかくなのでここでお聞かせ願えないでしょうか、将軍?」


「む、貴様は誰だ? ここは王宮だぞ。その服、下賤のものの入室を許したわけではない」


「失礼しました。私はジャンヌ。ジーン隊長の副官を務めております。こんな身なりをしているのは、敵軍に潜入するために扮していたためです。ご寛恕ください」


「じゃ、ジャンヌ様……」


 小声でジルが制してくるが、視線で黙らせた。


「む、そうか。だがなぁ。しかしこれは軍事の秘密なのだよ」


「またまたご謙遜を。ハカラ将軍ほどのお方が紡ぎあげた芸術的な作戦を、皆に知らしめるよい機会ではありませんか。また、それを破って迫るビンゴ国軍の実力というのも測れるというもの。違いますか、皆様方」


 しんと静まっていた人々が、何かに納得したように頷きあいながら同調の意を唱えてくれた。


 そう、こういう時は周囲を動かす。

 第三者を巻き込み、公平な場面を演出する。

 相手がカードを隠すなら、衆人の前でその手札をオープンさせてやればいい。


「し、しかしだな。今は危急の時であろう? すべてを説明するには時間がだな……」


 はい、さらにダメ押し。


「別にすべてをお教え願う必要はありません。1つ2つお教え願えれば誰も文句は言いますまい」


「ぐっ……む、そ、それはだな……。こう、兵を固めて……バーンと」


 ああもう聞いてられないな。笑いが外に出ないか心配だ。


 これくらいにしておこう。

 ハカラを憐れんだわけじゃなく、ここで退くことで相手に恩義を植え付けられるからだ。

 そもそもが時間に余裕があるわけではなし。


「なるほど、素晴らしい作戦です。しかし宰相閣下、将軍閣下。今は事の真偽を決する場ではありますまい。これほどの作戦を破って迫るビンゴ軍。我が王国は今や危急存亡のとき。早急に門の閉鎖と籠城戦の準備をすることを進言いたします」


 そう言って跪いたまま両手を組む。敬礼の仕方はジルたちのやり方を見て覚えた。

 そしてそれは正解だったようだ。


「うむ、その通りだ! 至急、鐘を鳴らし城門を閉じよ! それから可能な限り市民に避難を。倉にある貯蔵のリストを更新してもってこい。万が一毒を流された時のために水の貯蔵を怠るな! ジーン隊長代理、君は第2師団隊長として職務を果たせ。それからハカラ将軍、斥候と出撃の準備をお願いします。籠城か迎撃かは敵の様子を見て決めます。それでは散会!」


 ロキン宰相が的確に指示を出していく。

 見た目に反してなかなか有能そうだ。ジルもさり気に昇格してるし。


 対するハカラは恥をかかされた上に雑用を押し付けられ、今にも怒り心頭といった様子。

 そのままこちらに近づいてきて、


「貴様……ただで済むと思うなよ」


「さて、なんのことでしょう?」


 あえてしらじらしそうに返す。

 ぎょっとしたような顔をしたハカラは、舌打ちをして偉そうに肩を鳴らして去って行った。

 やれやれ、めんどくさいことになりそうだ。


「ジャンヌ様、貴女は何をしたかお分かりですか」


「分かってるよ、ジル。でも言われっぱなしでいるよりはマシだろ」


「はぁ……まったく。いえ、違いますね。ありがとうございます、と言うべきでした。私と何よりハレ隊長の名誉のために」


「いいさ。俺もあいつが気に入らなかったし。さ、行こうか」

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