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第30話 南郡救援4日目・お手紙作戦と内乱の芽と

 2日が過ぎた。


 朝に出て鉄砲で敵陣を襲い、それから平地でにらみ合っては撤退するの繰り返し。

 たまに行われるのも小競り合い程度で、戦況は膠着している。


 相手が攻めてこないのは何かの策か、あるいは裏切りを警戒してか。


 一度だけ相手が大砲を出してきたが、敵軍の連携が取れておらず防備が手薄。

 サカキが一軍を率いて強襲したところ、大砲を捨てて逃げ去る始末。さすがに城に持ち帰りはできなかったので、サカキは大砲を数機、叩き壊して帰ってきた。


 それで相手は更に慎重になった。

 だが膠着の時間は、こちらにとって好都合だった。


 だから次の一手を打つために王宮に向かったのだが、ちょうど頼みごとをしたいと思っていた人物が向こうから近づいてきた。


 それは青白い顔で、瞳をきょろきょろと動かしているワーンス王で、


「ジャ、ジャンヌ殿? この小競り合いはいつまで続くのか。あ、いや。急かしているとかではなくてだな。少し不安になったというか、野戦で決着をつけるというのが本当なのかと……」


 この人、素直だな。

 腹芸が苦手というか、嘘が下手というか。


 隠しておく必要もないし、安心させるために現状を説明することにした。


「ええ。決着は野戦でつけます。ですがまだ時ではないのです。今は種を撒いている時間です。それが実れば、確実に勝利出来ましょう」


「そ、そうなのか。う、うむ。私はちゃんと信じていたぞ。だが少し口さがない部下がいたものでな。言って安心させてやろう」


 まぁ一番安心したいのは本人なのだろうな。

 青白かった顔色が、少し紅潮したようになっている。


「ではその部下を安心させるための手立てを1つお教えしましょう」


「む、そ、そうなのか!? そんなものがあるのか!?」


 すごい食いつきようだ。

 そこまでして安心したいか……。


「恐れ入りますが代筆をお願いできますでしょうか」


「代筆? 何を書くのだ?」


「離間の策――裏切りの誘いを」


「そ、それは構わんのだが……応じるのか? 聞けば、四天王が軍監をしているとか」


「それはそれで好都合なんですよ。手紙がバレれば疑いを生む。バレなければ裏切りの芽があるということ。どちらに転んでもこちらに損はありません」


「う、うむ……なんというか、恐ろしいな」


「ええ、ですので王もお気を付けを。こちらがそうするということは、相手もそうしてくるということですから」


「な、な、なんだと!? そ、そそそそれではすでに! ここにも裏切り者が……!?」


 あ、しくじったかな。

 こういうのを真に受けられると、嘘から出たまことになってしまう。


 上に立つ人間が疑心暗鬼になって部下を疑いだすと、その部下は自分が疑われたと知り、殺されるよりは、と裏切るつもりがないのに裏切ってしまうことが往々にして歴史にはある。


 だから俺は必死にワーンス王の誤解を解く羽目になった。


「それはあり得ません。王の部下は皆、必死に戦っているでしょう。それはドスガ王が冷酷非情と信じているからです。たとえ降伏しても身の安全は保障されない。だから裏切ったとしても許されるかは分からないのです。だからそんな人間はおりません」


「う、うむ……」


「それに我々も同じこと。ここで貴国を裏切ったところで、ドスガの脅威は変わらない。ならば協力してドスガを打ち破り、南郡は安定していてくれた方がオムカにとって得なのです。だから信じろとは言いませんが、共に巨悪と戦う同志として認めていただければと存じます」


「う、うむ! そうだな。わが軍に裏切りものなどおらんし、オムカは我が同志だ。そうだ。そうだな!」


 急に笑顔になって何度も頷くワーンス王。

 はぁ……単純でよかった。


「それで、手紙というのはどういうものなのだ? こっちに味方してほしいと頼めば良いのか?」


「いや、そこまで直接的には。ただ領土を隣にするだけで敵対する理由はなく遺恨もないこと。ドスガ王国は貴国を先兵に使い潰すだろうこと。裏切らずとも戦闘に参加しないだけでも良いこと。そこら辺を含んで書いてもらえれば」


「な、なるほど。うむ……それなら、できるかも。いや、やってみよう」


「書き終えたら、それを矢で陣地に射こんでください。できればそれは貴国の軍隊に。我々からの言葉より、同じ立場の者からの言葉の方が聞くでしょうし」


「分かった。そうだな。これはあれだな! 私が私の手で国を守るのだな!」


「はぁ、まぁそうですね」


「うむ! うむ! ならばさっそくしたためるぞ! 我が筆で世界を救うのだ!」


 ワーンス王は子供のように目を輝かせると、意気揚々と奥へと向かって行った。

 やれやれ……。


 ともかくこれで一応打てる手は打った。

 もう1つの手が到着するにはあと2,3日かかるだろう。


 その間にこの手紙の効果が現れれば良いのだけど、それは相手次第というところだから何とも言えない。


 やることをやった俺は王宮を出ると、王都の中を歩いて見て回る。


 オムカの王都バーベルと比べるとかなり小さい。

 これはあくまで王宮を守るための都市であり、バーベルのように都市として機能させるものではないからだ。

 つまり王宮と軍の詰所といった性格が近い。


 だから街並みも最低限の居住区と店しかなく、農地などのスペースはない。

 では国民はどこに住んでいるかというと、王都の周囲にそれぞれ別の城壁を構えて暮らしているらしい。

 敵が来たらそれぞれの街で防備を固め、王都から軍隊が来るのを待つといったやり方で国を守っているのだろう。


 正直非効率この上ないが、北は関所を守る最低限の兵力がいればいいし、西は山岳地帯になっていて攻めるには適さない。

 つまり東と南からしか侵攻ルートがないと考えれば、こういったやり方でも十分なのだろう。

 もともと兵力が少ないというのも理由にあるのかもしれない。


 だから街ゆく人々もほとんどが軍人だし、今やここで寝起きしているからオムカの軍も多い。


 それゆえに心配も多い。


 1つの国家の都市に、2つの軍が駐留しているのもまた異様な光景だ。

 かつてのオムカのように征服者と被征服者ならまだ話は早いが、オムカとワーンスは同盟関係も敵対関係も何もないただの他国だった。

 ただの利害関係でこの成り行きになっているのだから、どこかで軋轢あつれきが生まれても不思議ではない。


「てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!」


 そうそう、このような……って、えっ!?


 声のする方を見れば、兵が通りの左右に分かれてにらみ合っている。

 言うまでもなく同じ軍同士ではない。

 右にオムカ、左にワーンスで数も20程度のほぼ同数。


 それだけでも頭が痛いのに、オムカ側の先頭に立っているのはあのサカキだ。


「もう一度言ってみろ。俺らがなんだって?」


「女にこき使われて情けないっつったんだよ。しかもありゃただのガキじゃねーか。おたくらプライドないのか?」


「俺らはまだしも、ジャンヌちゃんを馬鹿にするとは許せねぇよなぁ」


「ひゃはは! ジャンヌちゃーんってか? 女々しいやつらだなぁ!」


 ワーンスの兵の嘲笑ちょうしょうに、サカキが明らかに顔を真っ赤にして歯ぎしりする。

 握りこぶしに力が入りすぎて血が出るんじゃないかと思うほどだが、なんとか自制して無理やり笑みを浮かべて反論する。


「そんならてめぇらはその女々しい奴らに守られてる情けない奴らだなぁ。俺らが来なかったら死んでたぞ、てめぇら。しかもそれっきり戦闘は全部俺ら任せ。その間にずっと城に籠りっぱなしって。情けないのはどっちだってんだよ」


「あぁ!? 俺らは命令で出るなっつわれてんだよ! 命令がありゃ、すぐに出てってドスガの連中を追い払ってやらぁ!」


「はっはーん、できんのかよ。俺らが来るまで縮こまって守るだけの戦いをしてた野郎がよぉ」


「あ、あれは……そういう戦いだからな」


「おめでたい奴だな。そうやって命令、命令って言われたままやるだけでいいのかよ。いいか、軍ってのはな、命令なんかなくったっていい感じにバシッと敵をやっつけりゃ、それでいい――」


「わけないだろ!」


 体が勝手に動いていた。

 走り出してノーブレーキからのドロップキックが、サカキのわき腹に突き刺さる。


「ぐぼぉ!」


 筋力のない俺の攻撃でも、加速が加わった攻撃かつ、ブーツのかかとで防御力の低いわき腹を攻めたことで多少なりとも効果はあったみたいだ。


「ジャ、ジャンヌちゃん!? 何を……」


 わき腹を押さえてうずくまるサカキに対し、更に頭をはたく。


「味方と争ってんじゃねぇよ! 援軍として呼ばれたのは確かだけどな、ここ数日の食事、寝床、諸々を用意してもらってるのはワーンス側だぞ! それをお前は、何を偉そうに!」


「あたっ! ジャンヌちゃん、やめて……そんな頭叩いたら元からない脳みそが消える! てか部下の手前、俺の威厳がた落ちなんだけど!」


「威厳なんて犬にでも食わせとけ!」


「ひ、ひでぇ……」


 ったく。頼むから厄介ごと引き起こさないでくれよ。

 これが俺たちの生きる瀬戸際なんだからよ。


 今は我慢の時だ。


 だから俺はワーンスの兵に向き直る。


「な、なんだよ……てめぇがやんのかよ!」


 一番前にいた恰幅の良い兵が凄む。

 狂暴な体格と顔をしている。あまり知恵が回るタイプには見えない。

 こいつもサカキと同類か。


 だから俺は一歩前に出ると、その兵に向かって、


「我が軍の非礼を詫びる」


 頭を下げた。


「我々は非道なるドスガ王国に対し、義侠ぎきょうの心でこの国を救いに来た。その誠意が伝わらなかったこと、すべての兵にその思いを浸透で来ていなかったこと。共に戦う仲間としてまことに申し訳ない」


「ちょ、ジャンヌちゃん」


 サカキが何か言ってくるが無視。

 ただただ、この場を抑えるために頭を下げ続ける。


 やがてぷっと誰かが噴き出した音がして、


「かはっ! そうかよ、そう来るかよ。お前がジャンヌ・ダルクだな。聞いた通りガキじゃねぇか。しかも立派な腰抜けと来た!」


 あぁ、駄目か。

 ここで退くなら、こちらの謝罪で終わるはずだったのに。

 花を持たせてあげたというのに。


 それなら少し脅してやらないと。


「そんなもんじゃあ俺たちの受けた心の傷ってのは癒えねぇ、なぁ皆! だからよ、もっと誠心誠意をもって慰めてもらわないとなぁ。ちびっちいが、お前も女なら――」


「――ただし!」


 少しだけ顔をあげて上目でワーンスの兵を睨みつける。

 突如として強い言葉をぶつけられた男たちが、びくっと体を震わせたのが見えた。


「これ以上騒ぎを大きくするようならば、ワーンス王に奏上そうじょうし、利敵行為による内乱罪により相応の処罰を与えるよう申し出る。相応の処罰、すなわち死刑だ」


「――っ!」


 一番前にいた男が顔面蒼白になって一歩後ずさる。

 それでも追及の手は緩めない。


「それでもオムカを侮辱するのなら! その覚悟をもって非難するのなら! オムカ国軍師ジャンヌ・ダルクが誠心誠意をもって話を聞こう! さぁ、どうする!?」


「…………」


 ワーンスの兵が言葉に詰まる。

 それは何も反論ができなくなって、呆然としているのだと思った。


「お、俺は……俺は、悪く、ねぇ……」


 だが何かおかしい。

 血走った眼を見開き、口を大きく開けて咆哮する男は、どこか異常。


 その突然の変化に俺だけじゃない、サカキも、オムカの兵も、ワーンスの他の兵や野次馬さえもが唖然として男をみるだけだ。


「俺は、俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突如、男が駆けだす。

 俺の方へ。

 光。剣だ。

 抜き身の剣が襲い掛かってくる。

 逃げろ。動け。


「みんな死ねぇぇぇぇぇぇ!!」


 ――動けない! 


「ジャンヌ!」


 突き飛ばされた。

 受け身もなく地面に転がる。剣が空を切る音。怪我は、ない。


「こいつ!」


 サカキの声が頭上で響く。

 金属音。

 剣がぶつかり合って弾けた音だ。


 そこでようやく顔をあげられた。


 サカキが俺を守るようにして剣を構え、それと対峙するようにワーンスの兵が剣をだらんと垂らしたまま立っている。

 男の瞳に黒目がなく、明らかに尋常じゃない。

 何かが起きたことは間違いないが、何が起きたかまったく理解できない。


 周囲は騒然としていた。

 口喧嘩から剣を抜いたことにより危険度が一気に増したからだろう。王都で商売を営む野次馬の一般人たちが悲鳴を上げて逃げ去っていく。


 残ったのは俺とサカキ、そして狂った男とオムカとワーンスの兵だ。

 そこでワーンスの兵の1人が前に出る。

 同僚をなだめるためだろう。


「おい、ジンやめ――」


 兵の言葉が途切れた。

 男が横に一歩踏み込み、逆袈裟の一撃をお見舞いしたからだ。


 速い。


 血が噴き出し、兵が倒れる。

 周囲の騒ぎが更に大きくなった。


「野郎!」


 サカキが男に向かって両手で剣を振る。

 それを男は事も無げに片手で剣を振って受け止めた。


 サカキが緊張する。

 両手で繰り出した上段からの斬撃を、片手一本で止められたのだ。


 オムカ王国随一の怪力を自負するサカキで、それを俺も認めてはいた。それなのに片手とは、なんて怪力だ。


「邪魔、するな……門を、開く……邪魔を」


 男が何かを呟いている。

 なんだ? 門?

 比喩か。それとも何か意味があるのか。

 

「するなぁぁぁぁ!」


 男が剣を振ると、サカキが弾けるように後ろにたたらを踏む。


「なんつー馬鹿力だ!」


 よろめきながらもサカキは迎撃の構えを取る。

 すぐに相手が追撃をしてくると考えたからだろう。


 だが男は予想もしない行動に出た。

 サカキに背中を向けると、そのまま猛然と走り去っていく。


「な、なんなんだ……」


 誰もが唖然とする中、俺は必死に頭を働かせる。


 男が変質した意味は分からない。

 俺を殺すわけでもない、味方を躊躇なく襲う、サカキと同等以上の力、それらを差し置いても急な逃亡。

 そして男が放った、門という言葉。


「――まさか!」


 この状況、門といえば1つしかない。


「サカキ、いや、オムカ全軍であいつを追え! 門を開けられたら終わりだ!」


「は?」


「早く!!」


 怒鳴る。

 その剣幕に押されたように、サカキは取り巻きの兵を従えて走り出す。


 その間に俺は視線を別に向けた。

 ワーンスの兵たちは斬られた仲間を介抱している。


 俺は近場に呆然とたたずむ兵に声をかけた。


「あの兵が走っていった方角はどの門だ?」


「ひ、東門……だ」


「王宮に使いをお願いする。至急だ。敵の攻撃が来る可能性がある」


「て、敵?」


「ドスガの連中だ! 早くしろ!」


 がくがくと首を縦に振った兵は、追い立てられるように王宮へと走り出した。


 それを見送ると、俺は視線を走らせる。

 あった。


「すまないが、借りるぞ!」


「え、あっ……」


 持ち主の返事を待つ前に、俺は馬に乗ると手綱を握って走らせる。

 向かうは男が逃げた先。


 ところどころに傷を負った人たちが倒れている。

 男が無差別に攻撃したもののようだ。


 ほどなくサカキたちの背中が見えた。

 俺はサカキの横に馬をつけると、


「サカキ! 乗れ!」


「っ!」


 走ったままの馬にサカキが飛び乗る。

 背後にがっしりとした壁のような感覚。

 それで俺は馬を加速させた。


 だが男の姿は見えない。

 脚力が増しているというのか。

 まるでゲームにあるようなバーサク状態だ。


 そこまで考えて、舌打ちする。


 ようやく理解した。

 これは敵プレイヤーのスキルによる攻撃だ。


 調べる限り敵にプレイヤーはいないと思ってたのだが、こうして実際にいたわけだ。

 相変わらずの甘さにほとほと嫌気がさす。


「門を開けるのか!?」


「それしかない。そして示し合わせたように敵がなだれ込んでくる!」


 それはもう確信としてあった。

 だから持ち主に悪いと思いながらも、潰れんばかりに必死に馬を走らせる。


「見えた!」


 東門。

 門を守る兵たちは皆地面に倒れている。


 そしてその扉の前に立つ人物が1人。

 もちろんあのワーンスの兵だ。


 しかもあろうことか、男は扉のかんぬきの前に立ち、剣を両手に大上段に構えている。


「まさかあれを斬るのか!?」


 鉄製の閂で、太さは一抱えもするほどの大きさだ。

 だがやる。

 理屈じゃなく直感でそう思った。


「ジャンヌちゃん、そのまま全速!」


 サカキの言葉に応えて、更に馬を攻める。

 そして男が剣を振り下ろそうとするのと、サカキが背後でジャンプしたのが同時。


「おーーらぁ!」


 ジャンプからの大上段でサカキが剣を振り下ろす。

 それを感じたらしく男は振り向きざまに一閃。

 金属音。


 弾かれたサカキは、少し離れたところに着地するが、間髪置かずに距離を詰める。

 対峙している間に男が閂を斬りにいったら厄介だと感じたのだろう。


 空を叩き潰すようなサカキの剣。それに対し男はさほど力を込めていないように見えるが、ことごとくサカキの剣を弾く。


 技量は互角。いや、敵が上だ。

 ただ直線的で単調なのか、なんとかサカキはさばけている。

 逆にサカキは緩急をつけながら敵を翻弄するように動いているため、なんとか撃ち負けていない状況だ。

 現にサカキの体には次々と浅いが新しい傷が増えている。


「軍師様!」


 オムカの兵が追い付いた。

 だが金属音の響く方に目を向けると、その体が固まってしまう。


 サカキと男の激闘はまさに嵐のようだ。

 近づくものがいれば真っ先に両断するような、斬撃の嵐。

 それにサカキが集中しているのが分かる。

 下手に手助けすれば、それがサカキの致命傷になる可能性だってあるのだ。


 だから近づけない。


 こういう時に自分の能力、そして女神の呪いが疎ましくなる。

 考えるしかできない能力に憤りを感じる。


 苛立ちで動いた足が、馬の鞍につけてあった何かに当たった。

 何かの袋になっているもので、その中には通貨らしきものが。


 もう無我夢中だった。一刻の猶予もなかった。

 俺はその通貨を一つまみすると、馬を降りて少しサカキたちの方へ足を進める。


 状況はサカキに不利に働いていた。

 剣を振り回せば当然疲れる。しかも命のやり取りの最中だから疲労も倍だ。

 だが男はそんなものを気にしないかのように、大振りの攻撃をひたすらに続けるのだ。


「――っくそ!」


 サカキが打ち負けた。

 そこを男が斬る。血が舞う。浅い。サカキはステップで距離を取る。

 2人の距離が少し離れた。


 ――今だ!


 必要なのは正確な狙いと手首のスナップ。筋力は必要ない。

 俺は手にした貨幣を男目掛けて投げた。


 俺にしてはまっすぐ男に向かっていき、そして気配を感じたのか、男は飛来するモノに対し剣を振るった。

 まさしく条件反射。

 理性も思考もなく、ただ来たから斬っただけの反応。


 男の剣は小粒大の通貨を真っ二つに切り裂く。とんでもない腕だ。

 だがそれが男の命とりだった。


「おらぁ!」


 そこをサカキの斬撃が捉える。

 血しぶきが舞い、男が糸の切れた人形のように倒れて、そして動かなくなった。


「俺には勝利の女神がついてんだ、負けるかよ!」


 さんざん苦戦しておいて何を言うか……。


 しかし何とかギリギリのところで敵の策を阻止できたのは大きい。


 かといってサカキに罰を与えないわけにはいかないわけだが。


 俺の視線に気づいたのか、サカキが意気揚々と剣を肩に担いだ状態で近づいてくる。


「ジャンヌちゃん勝ったぞー!」


「はいはい、そりゃようござんした」


「なんだよ、冷たいなー。あ、最後の援護、さすがジャンヌちゃん!」


「サカキ、俺は怒ってるんだぞ。無茶みたいな斬り合いして、そもそもが喧嘩吹っ掛けたのはお前だろ。もっと自分の立場を自覚しろ」


「うっ……めんぼくない、デス」


「いえ、ジャンヌ様! それは違うのです!」「サカキ師団長は我々を助けようとしてくれたのです!」「あいつらが先に突っかかってきて、それで我慢していたのですが……」「最終的にはあいつら剣を抜いて来たので……サカキ師団長殿が泊めてくれなければ危険でした」


 不意にオムカの兵たちが口々にサカキの擁護ようごを始めた。


 ったく、そういうことかよ。


「申し訳ない……」


 サカキはしおらしいほどに小さくなっていた。

 雨に濡れた子犬のようにしょんぼりしている。


 部下を守るためとはいえ、騒ぎを大きくしたことに責任を感じているようだ。


 ったく。こう言われちゃこれ以上罰せられないだろ。

 こんな血まみれになって。

 それに内通から味方を救ったという功績も大きい。


「次から故意にせよ仕方なしにせよ、こういう騒ぎを起こしたら責任取ってもらうからな。注意しろよ」


「……はい」


 いつになく元気のないサカキを見て、なんだか可哀そうになってきた。


 あぁ、もう。仕方ないな!


 俺はサカキに歩み寄ると、下げたサカキの首に腕を回して、耳元で一言。


「ただ、兵を守ろうとしたこと、俺を守ろうとしてくれたことは……その、ありがとう」


「ジャンヌ……ちゃん」


 サカキの顔が急に真っ赤になる。

 瞳がうるうるとして、もしや泣き出すか、なんて思ったのだが――


「ジャンヌちゃん、好きだ! 結婚しよう!」


 がばっと起き上がり抱き着こうとしてくるサカキに、我ながら恐ろしいほどの俊敏さで身を引くと、


「だから俺は男だって言ってんだろ!」


 久しぶりのツッコミに加え、的確なボディブローが入った。

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