第11話 王都バーベル
3時間の仮眠をとって、歩く事数時間。
ようやく森を抜けた頃には、太陽が遠くの山から顔を出していた。
異世界で初の日の出だと思うとしみじみとしてしまう。
そこからはジルに勧められて馬に乗った。
断ろうと思ったが、正直限界だったのもある。
子供のころにポニーくらいにしか乗ったことがないが、ジルが手綱を引いて先導してくれたからお尻の振動さえ我慢できれば楽なものだ。
鐙と鞍はあったので、やはり文化レベルは中世くらいだろう。
「基本的にはまずは弓での制圧射撃。そこから距離を詰めて乱戦というのが基本ですね」
この世界のことを教えてもらうにあたって、ジルは戦闘の方法を説明してくれた。
「鉄砲はないのか」
「てっぽう、ですか? ああ、鉄砲。確か大砲を小型化して携行できるようにするとか、東のシータ王国が海外から仕入れて独自開発してるという噂ですけど、果たしてどれほど効果があるかはわかりません」
大砲はある。鉄砲はない。いや、開発が進められている段階ということか。
ここは信長公にならって鉄砲を集めた方が勝ちに近づきそうだな。
「そのシータって国はどういう国なんだ?」
「北のエイン帝国、西のビンゴ王国に次ぐ第3の大国です。国土のほとんどが川か海洋に面しているため、船が発達、貿易が盛んで外国とも交流があるとか。だから技術とか珍しい物とかが集まるようです」
なるほど、戦国時代の堺みたいな場所か。
「そのシータ国と取引はできないのか?」
「まさか。今我々が属しているエイン帝国はビンゴ王国とシータ王国の両方と戦争中ですよ。今回はビンゴ王国のみで攻めてきましたが、過去には2国合同で攻めてくることもありましたからね」
なるほど、今この世界は三国志状態。
エイン帝国が曹魏、ビンゴ王国が蜀漢で、シータ国が孫呉ってところか。
そしてこのオムカ王国ってのが三国が接する中央――つまり荊州。
兵家必争の地。誰もが欲しがる土地ってことだ。
はぁ、やっかいな場所に来たものだ。
「分かった。とりあえずシータ国と鉄砲のことは頭に入れておこう。それで、エイン帝国ってのは強いのか?」
「十数年前まではそうだったんですが……」
「今はそうではないと?」
「戦線を広げすぎたというのが現状です。ビンゴとシータだけでなく、更に北の異民族にも手を出して兵力はいくらいても足りない状況ですよ。だからこそ、オムカ王国からも優秀な兵はどんどん連れていかれて。今では王都には数千しか兵が残っていません」
「昨日の戦場で見る限り、あの後方にいた軍を入れればもっといそうだったが?」
「あれはエイン帝国の駐在軍です。帝国兵の損耗を避けるために、ああして戦闘に参加しなかったということでしょう」
「なるほど、国際情勢もいろいろあるわけだ……」
頭が痛くなりそうだ。
なんてったって政治力39だからね。サンキュー。
とはいえおおまかな状況は整理できた気がする。
とりあえずこの三国志状況で生き残りを図るべきだ。
そのためにはエイン帝国の植民地と化している現状をどうにかしないといけない。
さらに生き残るためには新兵器である鉄砲はなんとか手に入れたいが、敵国でしかまだ存在していないという。
ううん、前途多難だ。
大国に囲まれた真田昌幸もこんな感じだったのかなぁ。
「それにしても、荒れてるなぁ……」
見渡す限りの大地に、元は畑だったのだろう場所がいくつも見えるが、今や草や木が生えて荒れ放題だ。
たまに遠目に農民が見えるが、見るからに痩せこけて生気もなさそうにこちらに視線を送るのみだ。
「エイン帝国の税が重いのです。何せ年中戦争をしているような国なので。それで畑を耕しても8割を奪われるのですから、やる気をなくして逃げだす者が後を絶たないのです。それでも先祖代々の土地、ということで半分ほどは残っているのですが……」
「そんなの無視すればいいだろ」
「無理です。納税を拒否すれば即座に軍が攻め入りオムカを滅ぼすでしょう」
そこまで力関係があるのか。
この国の窮地がより分かった気がする。
「しっかし、その帝国の連中も馬鹿だな。無駄な徴税をして、民衆を死なせるか逃げさせるかする。そんなことするなら、税を減らして農民をたくさん呼び込んで開拓させた方がよほど金持ちになれるぞ。あるいは貿易を駆使して金を貯えれば、無理に徴税する必要もなくなる。目先のことを考えるからどんどん追い詰められていくってのに気づかない」
「なるほど。そんなやり方があるのですね。さすがジャンヌ様」
そういう風に見られても困る。
俺がそれを知っているのは、ただ単に歴史を知っているからだが、もちろんそれを言う必要はない。
とはいえ見る限りの荒れ果てた台地は気が重くなる。
と、その荒地の向こうに何か巨大なものが見えてきた。
「お、見えてきました。あれが我らが鉄壁を誇る王都バーベルです」
見えてきたのは小さな四角。
それも近づくにつれてどんどん大きくなっていき、その巨大さに唖然とした。
見上げて首が痛くなるほどの高さ。
地上5階建て以上の高さの城壁が、俺の前に立ちふさがっていた。
横も端がほとんど見えないほど広い。
「2キロ四方、高さ13メートルの城壁です。これを越えられたことは建国以来一度もありません。エイン帝国も攻めあぐねて、ついには落とせませんでしたからね」
まるで我が事のように嬉しそうな表情を見せるジル。
確かに守りとしては完璧だ。
だがこれだけの大きさだ。中にいる人数もけた違いだろう。
それだけの人数が包囲されれば、必ず起こるのが兵糧不足。
それなのに攻めあぐねたということは……。
「何か考えられたようですな。その通り。この城の中には畑もあれば牧草地帯も作られています。よほどの年月でなければ城内で兵糧が不足するということはないのです。しかも近くの川から水を引いてますから、川をせき止めでもしない限り水にも困りません」
なるほど、小田原城と同じ総構えの作りか。
畑や家畜を育てる場所や町をそのまま城として堀や土塁で囲ってしまう自給自足できる城のことだ。
確かにこの城壁と自給自足の態勢が作れていれば、そうそう落ちる城ではない。
ジルが自慢げになるのも分かるものだ。
「では、さっそく中へどうぞ」
門もまた大きかった。
城壁のすぐ下には川から引いたのだろう5メートル以上の幅を持つ堀がある。
そこを跳ね橋といった通行時だけ降ろす可動式の橋で渡れるようにしてあるのだ。
今は朝日も昇り、跳ね橋も降りて門も開いている。
高さ5メートル、幅は10メートルもある門は観音開きになっていて、今はその門は城内の方へ押し開かれている。
通行する市民たちの中央を堂々とジルたちの軍が入っていく。
さすがにここで1人だけ馬に乗るのは恥ずかしいので、徒歩で俺も続く。
門を抜けると再び壁。
城壁より小さい5メートルほどの壁に囲まれた空間で、そこはクランク型となっていて少し先にもう1つの門がある。
なるほど仮に城門を突破されてもここで防衛ができるような作りになっているようだ。
要は虎口だ。
「ふわ……」
思わず上げた喚声。
中門を超えて城内に一歩入ったらそこは別世界だ。
城門から一直線に伸びる大きな通りには人々の朝の喧騒に満ち、道を行く人が洪水のように流れている。
どうやら外壁近くはマーケットになっているらしく、果物や肉、野菜と言った食べ物が販売されている。
朝食を提供しているのか、ぷーんと良い匂いも漂ってくる。
大通りの終点、城の中央辺りには城壁には及ばないもののこれまた巨大で豪勢な建物が鎮座している。
「あれが王宮です。東西南北4つの門から道が伸び、その接合点であり城の中心に王宮があるのです」
「はぁ……でも、これまずいんじゃないか。門を破られたら総大将まで一直線ってことだろ」
「ははは、さすが目の付け所がすべて軍事ですね。城門が破られたら、そこはもう敗北ということになります。しかしそのために城壁が、そして我々がいるのです」
「ああ、そうか。王宮に至るには城門を突破しないといけないか」
「はい。それにこれにはオムカ王国の太祖であるナリウス・オムルカの精神でもあるのです。『我々王族となる者は全ての行動を民衆に示さなければならない。我々が民を見るように、民も我々を見るのだ』と。だから何も隠すことはないということで、城の中央に王宮が立てられたとも言います」
「なるほど、立派な王様だ」
「はい!」
ここでもジルはやっぱり嬉しそうな顔をする。よほどこの国のことが好きなんだろう。
その笑顔を見てこうも胸がうずくのはなんでだろうか。
俺は、日本が好きだったか。
ここまで自信満々に故国を語れるほど国を知っていたか。
ここまで少し褒められただけでも破顔するほど愛していたのか。
答えはノーだ。
だからジルのこの笑顔がどこか羨ましくもあり、どこか自分を卑下するような気持ちになってしまうのだろう。
いや、やめよう。ここでそんなことを悩んでいても仕方ない。
日本を愛すために、この世界から抜け出す。その程度に思うことにしよう。
「しかし暢気な奴らだな。今そこにビンゴ軍が来てるってのに」
隣にいた兵がそうつぶやくと同時、雷に打たれたような衝撃が脳内に響いた。
「ジル、これはおかしいぞ」
「ええ。わが軍の敗報はすでに届いているはず。なのに籠城の用意も何も起きていない……まさか! ジャンヌ様、共に来てもらえますか!」
言い方は要望だが内容としては要請に近い。
もちろん俺としても願ったりかなったりだ。
「ここで我が隊は解散します。兵舎に戻り次の指示を待つように! さ、ジャンヌ様」
馬上の人になったジーンの手を掴み、後ろに乗るとすぐに馬が走り出す。
目指すは中央の王宮だ。




