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閑話8 マリアンヌ・オムルカ(オムカ王国 第1王女) 前

「退屈なのじゃ……」


 いや、退屈なはずがない。

 なんていったってあと2カ月で自分の誕生日だ。


 しかもそれはただの誕生日じゃない。

 自分がこの国の正当な後継者として認められる大切な日。

 これまでお飾りだった自分の立場が、正式に国のおさとして認められる日だ。


 そうなれば、これまで子供だからと見逃されてきたことも、今後は言い訳できなくなる。

 だからこうして礼儀作法や国王としてのしつけを叩きこまれているわけで。


 かといっていきなりやれと言われてできるわけがない。

 教わることもチンプンカンプンで失敗ばかり。


 だから退屈。

 渡された課題をひたすらこなすだけの業務。

 それのどこに面白味があるのか。憂鬱極まりない。


 あーあ、こないだみたく、ニーアと一緒にジャンヌと遊びたいのぅ。


「女王様。そろそろ次の習い事の時間になります」


 侍従長のおばばが声をかけてきた。

 このおばば、悪い人じゃないけど厳格で細かいことを突っ込んでくるので、憂鬱な気分を加速させる。

 幼少の頃からくどくどと言われたもので、頼もしいけどちょっと煙たい存在。


「次はなんじゃ……? またマナー講座かの?」


「いえ、次は歴史のお勉強です」


「べ、勉強……またなのじゃ」


「これは軍師殿が言ったことです。歴史を学ぶことで新たな発見があると。ですのでこのおばば、寝る間も惜しんで教本なるものを作成しましたとも。かつては大陸全土を支配したオムカ王国の歴史は古うございますよ」


 うぅ、ジャンヌめ。なんて余計なことを言ったのじゃ。


 正直、朝から晩まで勉強勉強勉強勉強でいっぱいいっぱい。

 食事中もマナーがどうとかで、おばばに睨まれながら食べるので楽しくもなんともない。


「さ、席におつきになってください。今日は第3代のツワイド王の時代をやりましょう。天気も良いですから、午後もみっちりお教えしましょう」


 天気と勉強の時間がどう関係するのか分からなかった。

 けど、このままだと夜までコースだと分かった以上、何としてでもこの場を逃げないと。


「お、おばば。ちょっと余はお腹の調子が悪くての。少しお手洗いに行きたいのじゃが」


「おや、それは一大事。いったいどうしたことでしょう」


 よしよし、これでトイレに行ったふりして逃げ出せば完璧なのじゃ。


「これは先ほどの昼食が痛んでいたということでしょうか。シェフを厳しく詰問せねばなりませんね。あるいはこのような腹痛を見逃す医師には罰を与えなければ。あるいは女王様がお眠りになる際にお腹を冷やしてしまったのかもしれません。であればベッドメイクを担当する者にも何かしらの――」


「よ、よく考えたら気のせいだったみたいじゃ!」


 仮病に対して、何人もの人がおばばに責められるのはあまりに辛い。

 仮病計画は断念するしかなかった。


「そうですか。健康であることは良い事です。それでは始めましょうか」


「あ、そういえば第2代のパッパラー王について分からないところがあったのじゃ!」


「第2代はタカラム王ですが。良いでしょう。質問を受け付けましょう」


「いや、ここはちょっと難しいところじゃから、歴史に詳しいジャンヌに聞いてくるのじゃ!」


「女王様。このおばば、教本を作成するにあたり、改めてすべての歴史を学びなおしたつもりでございます。その私が分からないこと、というのであれば今すぐこの役立たずを罷免ひめんしてください。私のような無能が、国を代表するお方の傍にいることなど許されない不忠。いっそ追放でもしてくだされ」


「そ、そうじゃな! おばばは物知りじゃものな! だからおばばに聞くことにするのじゃ!」


「ありがとうございます。それでは何が知りたいのでしょう?」


「…………えーーーーーーーーと。…………タッタラー王は何歳まで生きたのじゃ?」


「87歳です。ちなみにタカラム王ですが」


「そ、そうか。なかなか長生きだったんじゃのう!」


「そうですね」


「…………」


「…………」


 な、なんなのじゃ、この空気は!


 てゆうかおばば、絶対、余が抜け出そうとしているのを分かって言っているな!

 むむむ……さすがおばば。手ごわいのぅ。


 しかしここで諦めたら今日はずっとお勉強のお時間。

 それは嫌じゃ。


 だから次の手を考え、思いつく限り並べ立てる。


「外が騒がしくないかの! ちょっと見てくるのじゃ!」


「外の騒がしさと女王様が外に出る理由が結びつきません。逆に御身の安全を考えるのならば、部屋から出すわけにはいきません」


「今揺れなかったかの! 地震じゃ! 早く避難するのじゃ!」


「本当に地震が起きたのなら避難する前にまずは机の下に隠れるべきかと。部屋の外に出る必要はありますまい」


「あ、今空に銀色の円盤が!」


「今日は曇り。銀色は同化してしまうでしょう」


「ニーアが事故に遭った気がするのじゃ!」


「ニーア近衛騎士団長なら、先ほど食堂で山盛りの肉をがふがふと元気よく食べていましたが」


「……うぅーぬぬ」


「さ、女王様の言い訳の種が切れたところで、では勉強を始めましょう」


 うぬぅ、バレておる! おばばは意地悪いのじゃ!


 だがジャンヌなら諦めない。

 諦めずに色んな策を考える。

 だから自分もそれを実行しないと。

 彼女の上に立つ立場の人間として、立つ瀬がないではないか。


 だが――


 何もう浮かばんのじゃ!


 駄目じゃ、どうしようもない。


 どうしようもない時は本当にどうしようもないことが身に染みて理解できた。

 それをいつもくつがえすジャンヌのなんと凄い事か!


 だがそんな時だった。

 救いのノックが聞こえたのは。


「女王様、よろしいでしょうか」


 ノックの主はニーアのようだった。


「うむ、なんじゃ?」


 答えるとニーアが入ってきて、礼儀正しくお辞儀をした。


「ジャンヌがどうしても相談したいことがあるとのこと。申し訳ありませんが、女王様にご足労いただくこと可能でしょうか」


「いち家臣の分際で女王様を呼び出すなど言語道断。そちらから来るよう申し付けなさい」


「いや、おばば。これはしょうがないの。ジャンヌは今やこの国の舵を一人で切っているといっても過言ではなかろう。臣下を労わるのも王としてのつとめではないかの?」


「それは……そうかもしれませんが」


「というわけでちょっと行ってくるのじゃ! 勉強はその後じゃ!」


 ジャンヌに会えるとなると心が弾む。

 大嫌いな勉強の時間がなくなると思えばそれもひとしおだ。


 扉の前に来ると、ニーアがドアを開けて、


「いってらっしゃいませ」


 お辞儀をしてきた。

 その姿を見て、なんだか嬉しくなった。


「ニーア、恩に着るぞ」


 すれ違い様、言葉をかける。


 ニーアは何も言わない。

 けど彼女は分かってくれている。そんな感じがした。


 こうしておばばの不審の目をかわしつつ、廊下に出ることに成功した。

 目指すはジャンヌの執務室。


 本人は書庫でいい、と言っていたが王宮の隅にあるため立地的にも環境的にもよくないので、彼女に一部屋を与えた。

 元はロキン宰相が使っていた部屋だから、かなり豪華。高級な絨毯に大きなデスク。自分の身長の倍はありそうな巨大な食器棚にはティーカップのセットがずらりと並んでいるし、よくわからない油絵も飾られている。


 だがそれをジャンヌは、


「どうでもいい」


 の一言で切り捨てて、今や執務室は書類の束でそういった家具も埋もれてしまっているらしい。

 それもジャンヌらしさがあって、なんとなく嬉しい。


 執務室の場所は熟知している。

 だからそこまでの距離が縮まるにつれ、自分の鼓動も早くなっていく気がする。


 絨毯の上を走る。

 途中で王宮勤めの者とすれ違う。誰もが道を開けてお辞儀をしてくるが、それもジャンヌに会えると思えば、誰がいたかもあまり思い出せなかった。


 自分はこの国で一番偉い。

 一応まだ仮の王だが、あと数か月で本当の偉い人になる。


 けどジャンヌは、ニーアも含めてその2人だけは一人のマリアとして見てくれる。

 それが何よりも嬉しい。


 そう思い、執務室のドアを開けた。

 そのうちの1人、ジャンヌのいる部屋のドアを。

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