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第20話 帰るべき場所

 大勝利だった。

 陣に火薬を入れた木箱を設置。敵が陣に入って足を止めたところに油と火矢で一気に燃え上がらせる。

 その策が見事に当たった。


 ただ――予想以上に燃え上がる炎に、俺は一瞬我を忘れた。

 なにせ俺の命を奪った炎が、再び人の命を奪うように燃え上がるのだ。


 だがその茫然自失ぼうぜんじしつの状態を呼び戻したのはジルの声だった。


「ジャンヌ様、大丈夫ですか?」


「あ、ああ……」


 ハッと我に返る。

 そしてジルを、サカキを、ブリーダを、ニーアを見ると心が落ち着いた。 


「追撃をかけます」


「ん……頼む」


 頷くと、彼らは勇躍して炎の中を走り、敵を追い討ちに討つ。


 確かに炎は怖い。

 でもこいつらと一緒なら、炎も俺を焼くことは二度とない。そう思う。


 陣から敵がいなくなる。

 さらに追撃の態勢を整えていたところで、前方で戦闘音が響いた。


「どうやらビンゴも来てくれたようですね」


「……ああ」


 ジルの言う通り、逃げた先にビンゴ軍が待ち受けていたらしい。


「まだ追いますか?」


「いや、やめておこう。ここは兵力を温存したい」


 追い詰められた敵が窮鼠きゅうそ猫を噛むの事例通り、反撃して来たらこちらの被害も大きくなるからだ。

 だが、何より遠目に1つの光景を見たのもある。


 人が飛んだ。

 多分、人だ。

 なぜなら人は簡単に吹き飛ばないからだ。


 馬も飛んだ。

 多分、馬だ。

 なぜなら馬は簡単に吹き飛ばないからだ。


 ならばそれは普通じゃない状況が起きているわけで、その普通じゃないことを俺は知っている。

 直接目撃したわけではないが、話には聞いていたし、その人物のことを見たことはある。


「あれは……」


「げっ……マジか」


「いやー、まさかっすけどあれっすか?」


 隣にいたジルも顔をしかめ、サカキは明らかにうろたえた。ブリーダは血の気が失せている。


「間違いねぇ、ありゃカーニバルのお嬢ちゃんだ」


 サカキが忌々しそうにつぶやく。

 あの少女のせいで部下を殺され、自分も瀕死の重傷を負わされたからそれも当然だろう。


「サカキ、自分の仇討ちに行ったらどうだ? この混戦なら討てるんじゃないか?」


「冗談。あんな怖い目は1度で十分だって」


「ほんとっすね……あれはマジで化け物っす。そんなのの前に立ったビンゴには同情するっす」


「ちげぇねぇ」


「いや、取り消しっす。あのやる気なし将軍が苦い顔してると思うといい気味っすね」


「ブリーダ、貴方って時々黒いですよ?」


「え、そうすか、師団長殿?」


 彼自身に自覚はないのだろう。

 ジルは苦笑し、サカキが豪快に笑う。


「ジャンヌ様、お味方の大勝利です。エイン帝国は大打撃を受けたわけですから陣を捨てて逃げるでしょうし、ビンゴ王国も痛撃を受け、これまた再起には時間がかかるかと」


「ああ、上手く行き過ぎて逆に不安だけどな」


 敵が一気に陣を抜けてしまえばそれまでだったし、ビンゴが参戦してくるのも五分五分だった。

 だが蓋を開けてみればこれ以上は望めないほどの完勝だったわけで。


「さっすがジャンヌちゃんの頭は出来がちげぇや」


神算鬼謀しんさんきぼうと言っても過言じゃないっすね、さすが軍師殿っす」


 どうも褒め殺しになっている感が否めないけど。


 いや浮かれてる場合じゃない。

 まだ危機は去っていないのだから。


「浮かれるなよ。すぐに陣の消火作業! それが終わったら王都に戻って別動隊を討つ! それまで気を抜くな!」


 俺のげきを受け、慌てたように皆が行動を始める。


 だが結果だけを見れば気を抜くも何もなかった。

 徹夜で王都に駆け戻ったものの、そこに敵の姿などなく、はるか先に遠ざかっていく敵影を見ただけだった。

 俺たちが無事に戻ってくるのを見て、作戦は失敗したと判断したのだろう。


 そんなわけで無事に王都に入城した後、マリアたちへの報告もそこそこに軍を解散した。

 そして家に戻ると崩れ落ちるようにして眠った。居間で。


 思えばシータから帰ってきて、休む間もなく戦場に出て、喜志田と交渉、策を立てて部隊を動かし、敵を撃破したら夜通し駆けてきたのだ。

 さすがに疲れた。

 だから眠った。

 眠って、何か夢を見た――気がした。


 そして目が覚めると、すでに夜のとばりは降りていて、トントンという小気味いい包丁の音と、何かを煮る良い匂いが漂ってきた。


 いつの間にかベッドの上にいて、毛布がかけられていた。しかも寝間着に着替えている。

 こんなものを出した覚えがない。ということは――


「あ、隊長殿。お目覚めですか」


 ドアから顔を覗かせたクロエがにこやかに声をかけてきた。


「もう、隊長殿。あんな格好で寝てるからびっくりしましたよ。もう夏も終わりますからね。隊長殿は国家の重鎮。風邪をひいたら大変です」


「あ、ああ。ありがとう」


 確かにもう9月になっていて季節は秋に移り変わろうとしている。

 それなのにスカート姿で床に寝そべっていればそりゃ風邪もひく。


「運んで毛布まで掛けてくれたんだな。てか俺着替えた記憶はないけど、もしかして途中で起きた?」


「いえ、そこはもう責任もって着替えさせてもらいました。もちろん教官殿には内緒です。こんな役得なことを他人に渡してたまるものですか! ええ! だから堪能させていただきました。あぁ、目を閉じれば隊長殿のお体が……」


「よし、そこに立って歯を食いしばれ。これからお前の記憶がなくなるまで殴る」


「じょ、冗談ですって! ちょっとだけですよ!?」


 なにがちょっとだけだよ。

 とはいえこいつも悪気があってしたわけじゃないし……。


「ああ、お鍋が泡を吹いてます! ちょっと失礼します!」


 脱兎のごとく調理場に逃げ出すクロエ。

 ったく、しょうがないな。


 起き上がり、ぼうっとする頭を掻きながら居間に出る。


「鍋? まだ秋口だろうに」


「あ、いえ。隊長殿は疲れてると思ったので、体力つけてほしく……野菜とお肉をたくさん取れるお鍋にしようかと」


 なんだかんだで俺のことを大事に思ってくれるのだろう。

 少しやりすぎの時があるけど、それは教師が悪かったということだ。


 そもそもこいつは無償で俺の世話をしてくれると言ってもいい。

 クロエだって軍の仕事で疲れてるだろうに、ご飯を作ってくれるし、掃除もしてくれる。

 さすがに風呂を沸かしたりは俺もやるが交代制だ。


 正直甘えている気がするのは間違いない。

 でも、殺伐としたこの世界で生きるのに、少しくらいはと思ってしまう自分がいるのは否定できない。


 だから――


「あ、隊長殿」


「ん、どうした?」


「おかえりなさい」


「…………ああ、ただいま、クロエ」


 あぁ、こんな普通の生活も悪くない。

 そう思ってしまうのだ。


11/29

誤字および表現を一部調整しました。


4/23

誤字を修正しました

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