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第10話 ジャンヌ・ダルク異世界に立つ

「まさか本当に突っ込むとはね……」


 作戦は簡単なものだった。

 まずは重傷者を離れた位置に移送して、野営地の焚火を敵から最も遠い場所へ移す。

 これはなるだけ多くの敵兵を平地におびき寄せるためのもの。


 あとは森に兵を潜ませて、俺が合図をしたら弓でひたすら平地に向かって撃ち続けるというだけの策。


 俺が残ったのは、敵を1カ所に集めるため、そして暗闇を作り出し恐慌状態を作るため。

 正直、問答無用で殺される可能性もあったが、敵の将軍を調べたところそれはないと踏んだ。


『ヨワーネ・ヤワネ。38歳、男。20戦無敗を誇るビンゴ軍第一軍隊の先鋒を司る猛将。戦闘では勇猛果敢で剛力無双だが、その実は優しく女子供には危害を加えないという一面も見せる。これ以上は情報が足りません』


 女子供に優しい、と言えば聞こえは良いが、その夫や父親に対しては容赦をしないということ。

 人はそれを美点とは思うが、俺は偽善だと思った。


 だから俺はそこを突いた。

 女子供にやさしいなら、見た目は女子供である俺を問答無用で殺したりはしないだろうと見たのだ。


 後は俺が闇を作り出し、そこで弓を射させる。

 頭の上を矢が飛んで行ったのは少し肝を冷やしたが。


 そのあとの「突撃」の言葉も同士討ちを誘発するくらいのついでに過ぎない。

 だがジーンと名乗った隊長代理は違った。


『私と部下100騎で突っ込み敵の将を討ちます。そうすればもう少し楽に撤退できるでしょう。わが軍生え抜きの最強部隊ですから心配はいりませんよ』


 などと軽く言っていたが、想像以上の効果だった。


「敵の将は討ち取りました! 死にたくなければ去りなさい!」


 ジーンの雷鳴一喝。

 それだけで敵は蜘蛛の子を散らすように森の中へ消えていってしまった。


 そのジーンは悠然とした様子で駒を進めてくる。

 それを彼の部下たちは歓呼でもって迎えた。


「勝ったんだな」


「ええ」


 ジーンが目の前に来る。馬。大きい。

 馬を降りたジーン。それにならって他の100人も続く。


 1人も欠けていない。

 彼らの実力が本物だということの証だろう。


 そのジーンと目が合う。

 これまで殺し合いをしてきたのに、まるで何事もなかったかのような澄んだ瞳。その瞳が嗤ったような気がした。


 そしてジーンは驚くべき行動を示した。

 その場で両手を組むようにして祈るようなポーズでひざまずいたのだ。


 誰にかって?


 俺にだよ!


「数々のご無礼をお許しください。貴女あなた様のおかげで我らは誰1人欠けることなく窮地を脱することができました。貴女は我々の勝利の女神です」


 うっ、そうまで言ってくれるのはありがたいけど、女神というところに若干思うことがないでもない。

 しかも参ったことに、それにならったように彼の部下たちも跪いて俺を拝んでくるのだからたまったものじゃない。


 あぁ、人の前に立つ人ってよくこういうのに耐えられるよなぁ。現実逃避。

 確かに信頼は欲しかったけど、ここまで過剰な信頼――いや信仰だ――は望むものじゃない。


「いや、そういうのはあれだ……困るというか」


「あの作戦立案能力と度胸。さすが女神様だ」「しかも凛々しい、いや美しい」「あの旗を持った姿。帰ったら俺は絵にするぞ」「きっと彼女はオムカ国独立のため天が遣わした聖女様に違いない」「ああ、俺は恥ずかしい。こんな人を追い返そうとするなんて」


 俺の方が恥ずかしいよ!


 なにこの褒め殺し、新手のいじめ?

 つか勝手に盛り上がられて困るんだけど。


「と、とりあえず立ってくれ。てかいつまでもここにいずに仲間の方へ行った方がいいんじゃないか。とりあえず敵は遠くに固まって動かなさそうだから、今夜は問題ないだろ」


「おお、そうですね。皆、けが人をもう少しだけ遠くに運びます。そこで二交代制で朝まで休みましょう」


 ジーンの言葉に、おう、と声が上がると、跪いていた兵たちが一斉に動き出す。


「ところで女神さまはいかがなさいますか。もし行く当てがなければ是非、我が王都に来ていただきたいのです。我らの命を救っていただいたお方をもてなさぬとなれば、ルートロワ家の名折れ。道中の護衛もしますので是非に」


 というかこの男、こういう言い方が嫌に性に合ってるな。執事っぽいと言うか。

 女神様ってのはいただけないけど。


 とはいえその申し出はありがたい。どのみち王都には行こうと思ってたのだ。

 旅人として知己もいないまま入るのと、実際の住民と一緒に入るのとでは勝手が全く違う。


「それはこちらからお願いしたい。迷惑でなければ」


「迷惑だなんてとんでもありません! そうだ、女王様にもこのことを告げなければ。王もきっと貴女を気に入ってくれるでしょう。あっ!」


「ど、どうした?」


「私としたことが失礼しました。まだお名前を聞いておりませんでした。いえ、こういうのはこちらから自己を紹介しなければなりませんね。私は――」


「いや、知ってる。ジーン……ルートロワ、だっけか」


「おお、私の名前をすでに知っておられるとは。さすが女神様」


 やっぱ馬鹿にされてるような気がする。


 とはいえどうしたものか。

 写楽明彦という名前を言ったところで、性別的な意味と風土的な意味合いからどこかギャップを禁じ得ない。

 アキ、というのもどっか違う気がする。

 とはいうものの、じゃあ何にするかと言われても困る。


 ジーンが俺の様子に眉をひそめている。


 ああ、もう。ぱっと思いつきそうなそれっぽい名前と言ったら――


「ジャンヌ」


 迷う。だがここまで言って引っ込めるわけにもいかない。


「ジャンヌ・ダルク。それが俺の名前だ」


 言ってしまった

 あれだけ女神がどうこう言ったくせに、結局そういう名前にすがるとは。

 だが相手の反応は予想した以上の効果を発揮した。


「……まさか」


「えっと、何かまずかった?」


 呆然とした表情のジーンに、何か不吉な予感が走る。


「いえ失礼。ジャンヌ・ダルク……様」


「様ぁ!? いやいや、ジャンヌでいいって」


 実際はジャンヌでもないんだけど!


「いえ、ジャンヌ様とお呼びさせていただく。ジャンヌ・ダルク。この名は500年前、オムカ王国建国の伝説に登場する英雄の名。古代オムカ語にて“旗を振る者”と呼ばれる乙女で、苦境にあった初代国王を、その旗で勝利に導いたという伝説が残っておりますれば」


 いたのかよ! しかも建国伝説!?


「ジャンヌ?」「まさか……同姓同名?」「おお、これこそ運命か!」「神は我々オムカを見捨てなかった!」


 周囲もなんだかざわつき始めた。

 恥ずかしい。というかヤバい流れだ。


「あー……そんな偉い人と同じ名前とか恐れ多いから名前変えるわ」


「いえ! 先ほどの貴女はまさしく“旗を振る者”といってよいでしょう。もはや私を含め兵の心を掴まれました。これはまさに我が国が不当なる占領から独立するための神の啓示と行っても過言ではないでしょう!」


 いや、過言だよ。


「これを国の内外に喧伝すれば、国民の期待は上がり、さらには旧オムカ国領にあった民たちの蜂起の大いなる手助けとなるに違いありません。問題はエイン帝国がこれを独立の動きと疑うことがないかということですが、まぁ大丈夫でしょう。奴らは自身のことしか頭にないので、我が国の建国の伝説など知る由もないでしょうし」


 あ、なんか急に現実的な、しかも政略のお話に。

 やっぱこの人、できるな。


 ジーン・ルートロワだっけ。

 名前もジル・ド・レェみたいだ。


 ちなみに聞いてみると、


「いえ、残念ながらそのような方は存じ上げません。建国の英雄にもいらっしゃりませんが。……もしかして私にその名をいただけるのですか? ジャンヌ様の側近の名を。ええ、ジーン・ルートロワの愛称としては問題ないでしょうし。うん、そうですね。ではこれからはジルとお呼びください」


 めんどくさいな、この男!

 まぁジーンっていうのも呼びづらいのでジルと呼ぶわけにしたんだけど。


「うー、ちょっと待て。整理するから」


 ここまでの状況から推理するに、彼らオムカ国の人たちはエイン帝国たる国に支配されているらしい。

 そういえばおばあさんもそんなことを言っていた。

 そして昼の戦で彼らを見捨てて逃げたのがそのエイン帝国の軍のようだ。


 そんな支配に我慢ができず、ジルたちのような独立を望む人の声というのは意外と多いということ。

 ついでにジャンヌ・ダルクという名は、オムカ王国建国の英雄で、いわば独立のシンボル的な存在とのこと。


 なるほど。ここまで状況が組みあがってしまえば、俺ことジャンヌ・ダルクを旗頭はたがしらにしてエイン帝国から独立をしかけようと期待するのも無理ないだろう。


 だが何も知らない状況で、事件の渦中に放り出される側からすればたまったものじゃない。

 もしかしたら絶対に勝ち目のない反乱を起こして敗北し、その責任を取らされる羽目になったら、運よく逃げ延びてもこの世界に俺の生きる場所はなくなる。


 俺は陳勝ちんしょうにもウェルキンゲトリクスにもスパルタクスにも方臘ほうろうにも天草四郎時貞あまくさしろうときさだにもなるつもりはない。

 自分から始めたならまだしも、担がれて起こした反乱なんてものは勝っても負けても担がれた方はみじめなものであることは歴史が証明している。


 だからここは断固として断るべきだった。


 だが――


「ジャンヌ様……」「聖女様なら」「おお、もったいない……」


 期待に満ちた瞳がこちらに向いている。


 あ、無理。この視線を裏切って生きていくほど、俺の神経は太くない。

 はぁ、しょうがない。


「分かった。それでいい。けど、できれば公開は控えてほしい。とりあえず俺はただのジャンヌってことで」


「分かりました。密かに仲間を増やし、来るべき時に大きく喧伝するということですね」


 ああもう、全然違うけどそういうことでいいや!


 俺はここに来て初めて思考を放棄した。

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