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7.白熊、糸目に友達を紹介される。


「……初めまして、ミナリア・オルソです……? よろしくお願いします」

「先程もお会いしましたが、挨拶もせず申し訳ありません。ロベルト・ヘンドラーと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」


 ロベルトに一礼され、ミナリアも慌てて頭を下げる。

 ミナリアの戸惑い気味な挨拶にもロベルトは丁寧に返してくれた。


「ロベルト固いなぁ。ここは学園の中だよ? もう少し砕けてもいいと思うんだけどなぁ……。あ、僕とは言葉を交わすのは初めてだね。ラルフ・フォーリアです。よろしくね」


 ロベルトの丁寧な挨拶に対し、ラルフは苦言を漏らしながらも、人懐っこい笑顔で親しみやすく挨拶をしてくれ、握手をしようと手を差し出されたのだが、ミナリアが挨拶を返して、おずおずと自分の手を差し出そうとすると、ミナリアの隣にいるエリックにラルフの手は叩き落されてしまった。


「ラルフは触るな……」


 エリックが低い声でラルフを威嚇する。

 そんな二人を気にすることもなくロベルトが先程のラルフの言葉に文句を返す。


「私はこれでいいんです。いつもこのような話し方なのでこれが楽なのです。大体、ラルフもエリックも――」


 ロベルトの小言を聞きながら、ミナリアは何故この四人で人目に付きにくい裏庭の奥に集まることになったのかを、遠い目をしながら思い出していた。


 ♪ ♪ ♪


(あれは、ホームルームが終わった後のことだった…………)


 他のクラスメイトがちらほらと帰宅していく中、ミナリアは教室を出ようにも注目を浴びてしまいそうで出るに出られず、大人しくみんなが帰った後に自分も帰ろうと椅子に座ったまま息を潜め、静かにその時を待っていた。

 

 ――のだが、隣に座っていたエリックが帰ることなくミナリアの方へとやって来る。

 一瞬、どうしたのだろうかと思ったが、そういえば、キャンディの瓶を預かったままだったことを思い出し、エリックに渡すためにポシェットからキャンディの瓶を取り出す。

 入学式の会場では飲食厳禁だったため、ミナリアの所為でエリックが怒られないようにとミナリアが改めて預かっていたのだ。


「ミーナ、帰らないの?」


 てっきりキャンディの瓶のことだと思っていたミナリアは、瓶を渡そうとする手を止めて頷く。


「はい。まだ帰りません」

「そうなの?」


 こくりと頷くミナリアに、エリックは嬉しそうに、じゃあ、と言いかけた言葉は第三者の声によって遮られる。


「エリック、何してるの?」


 エリックに話しかけたラルフの小首を傾げる仕草にミナリアは違和感があると思いつつも、エリックの方を窺う。


「ラルフ……」


 話の途中で邪魔されたからか、ちょっと嫌そうな顔をしたエリックが声の主の名前を呼ぶ。


「……エリック、何でそんなに嫌そうなの? 僕たち友達じゃなかったっけ?」


 眉を下げながらエリックに問いかけるラルフに横から思わぬ追撃が来る。


「オルソ嬢との会話を邪魔されたので、疎まれているのでは?」


 眼鏡をくいっと持ち上げながらラルフに容赦なく告げるロベルトにラルフは撃沈した。

 そんなラルフを気にした様子もなく、エリックはミナリアの手を取りながらニコニコと笑顔で話しかけられた。


「ミーナ、もし、この後、まだ時間があるなら、もうちょっと話をして帰らない?」

「――それならいい場所を知っているよ!」

 

 エリックの魅力的な提案にミナリアが頷く前にラルフが再び会話に乱入し、またもやエリックに嫌そうな顔をされていたのだ。

 

 ♪ ♪ ♪


(そして、有無を言わせぬラルフさんの案内で、穴場だというこの裏庭の奥へと移動することになり、ごねるラルフさんが鬱陶しくなったのか、リックさんは渋々二人を紹介してくれて、今に至る――。というわけだ)


「ロベルトはまだしも、ラルフは紹介したくなかった」


 エリックの冷たく言い放たれた言葉にラルフが、「何で?!」と騒いでいるが、エリックは取り合わず、冷たく見つめる。


「お前、ミーナに何した?」

「リックさん……?」


 思わぬ言葉に驚いてエリックの方を見るが、エリックはこちらを向くことはなく、ラルフだけをただ冷たく見据えていた。

 友人にそんな視線を向けられたラルフは愕然としたような表情を浮かべ、エリックからミナリアの方に視線を移した。

 勢いよく顔をこちらに向けられたミナリアは途端に居心地悪くなったが、相変わらずエリックに取られている右手に安心させるように軽く力を籠められ、ミナリアの不安は少しだけ和らいだ。

 それでも、ミナリアの様子がおかしかったのはラルフのせいではないのだとラルフの弁明をしなければならないのに、ミナリアの口はくっついたかのように開かず、否定の言葉を紡げない。

 焦るミナリアを置き去りに、二人の間で話はどんどん進んで行ってしまう。


「ミーナはお前を見て悲しそうな顔をしてた。森で行き倒れていた見ず知らずの俺を見捨てることなく、俺と関わることで嫌な思いをするかもしれないことを覚悟の上で、怖がる気持ちを抑えて助けてくれるような優しいミーナがお前に何かするとは思えない。――ミーナじゃなくてお前が彼女に何かしたんじゃないのか?」

「ちが、違うのですよ。私が、私のせ――」

「違うよ。あれは、私のせいだよ」


 ミナリアの覚悟が足りないせいで、入学式でミナリアの動揺した姿を見たエリックが勘違いしてしまうとは思わず、ミナリアは必死に否定の言葉を口にする。

 しかし、その言葉はラルフの、静かで、それでいて、有無も言わせぬ言葉に遮られてしまった。


「あの騒動の後、同じように君は、あれは自分が悪かったと言っているのだと聞いたけれど、あれは、私たちの、いや、私のせいだよ。――本当に君は何も悪くないんだ」

「ですが、――」

「ううん、違わないよ。…………あの日、お茶会に参加したものは全員、事前に人とは違う姿を持つ君が来ると各家に通達されていたんだ。けれど、事前通告の意味を理解せずに参加した者たちが、あの騒動を引き起こした。――そして、私も理解していなかった者の一人だ。…………本来なら、あのような騒動が起こってしまった場合、私と兄上は窘めなくてはいけない立場だったんだ。にも拘わらず、あろうことか窘めるどころか騒動を更に大きくしてしまうという失態を犯したんだ」


 そんなことはないと否定しようとしたが、エリックと繋いでいる手を軽く叩かれ、口を噤んだ。

 ミナリアがエリックの方を向くと首を振られて、ミナリアの行動を止められる。

 それなら、とロベルトの方を見るものの、こちらも首を振られ断られた。

 

 どうやら、その騒動に対してミナリアがどう思っていようと、今はラルフの言葉を聞かなければならないらしい。

 その時のことを思い出したのか顔を顰めるラルフを見つめ、今度は口を挟もうとせず、ミナリアは静かに話の続きを待った。


「私は初め愚かなことに自分は決して悪くないと思っていた。父上や母上に叱られた時も一切反省なんてせず、理不尽に叱られたことに不貞腐れていた。今思えば、自らの立場も理解できない、どうしようもない愚か者だったと言える」


 自嘲しながらもラルフは話を止めることはなく続ける。


「そんなある日、夢で追体験をしたんだ。あの日のお茶会に来る前の君の様子から、あの後の君の様子まで。わざわざ解説・ダメ出し付きで辿っていったよ……。…………それで、自分がどれだけ愚かなことをしたか理解した」


 一つ溜息を吐き、ラルフは姿勢を正す。


「殿下、それは――」


 驚きの声を上げるロベルトを遮り、ラルフはミナリアに頭を下げる。


「オルソ侯爵家ミナリア嬢。過去の私の愚かな振る舞いにより不快な思いをさせてしまい申し訳なかった。また、直接の謝罪が大変遅くなり申し訳ない」

「いえ、そんな! か、顔を上げてください。あれは、私が、――いえ、私も悪かったのです。つい、苺のタルトに夢中になってしまって、周りがおろそかになってしまって……。だから、殿下の所為だけではないのですっ!」


 殿下に頭を下げさせるなんてと焦ったミナリアは、思わず先程と同じように即座に否定しようとしたが、その方が殿下に失礼だと気が付き、自分だけの所為だと言わずに、余計なことまで言ってしまいながらも何とか顔を上げてもらおうとする。

 一人で、あわあわと焦るミナリアの耳に、ぷっと笑う声が聞こえてきた。


「ミーナ、苺タルトに夢中になっちゃたんだ。……そうだね、苺が好きだって言っていたもんねぇ」


 くすくすと笑うエリックにミナリアは繋いだ手に力を込めて怒る。


「リックさん、笑うなんてひどいですっ!」

「いや、きっと、ご機嫌で左右に揺れながらタルトを見ていたんだろうなぁ、と想像したら可愛くて、つい」


 拗ねてしまったミナリアの頭をエリックは優しく撫でてくれながら言い訳されてしまった。

 むぅと拗ねていたミナリアも、エリックの『可愛い』の言葉にそわそわし始めてしまう。


「そ、そのぉ、お、美味しかったですよ、タルト…………」


 動揺して斜め上のことを言い出すミナリアに、周りの者も一緒になって笑ってしまう。


「っぶふぅ、何で、タルトの感想を言ってるのっ……!」

「…………ミーナが許したから、これ以上俺はお前を責めたりしない。――けど、お前はもう少し反省しろ」

「ぐっ、…………分かってる」

「……そうですね。殿下は甘やかすとすぐに調子に乗るので、しばらく反省させる必要がありますね」


 三人の中で一番笑っているラルフにエリックの冷たい言葉が突き刺さり、つい一緒になって笑ってしまったことを気まずそうにするラルフに、ロベルトの言葉も容赦なく突き刺さった。

 二人の容赦ない言葉に、ふらりと力なく地面に膝をつくラルフにロベルトは先程の冷たい様子とは一転して、気遣うように尋ねた。


「それにしても、殿下。お二人に本来の姿をお見せしてしまい、よろしいのでしょうか?」

「……いいんだ。謝罪をするのに魔道具で変装したままというのは失礼だろ? それにこの二人なら大丈夫だよ」


 戸惑いを見せるロベルトにラルフは首を振り、淡い笑みを浮かべる。

 そんな二人の話を聞きながら、ミナリアは戸惑ってしまった。


(そもそも、私には――)


「そもそも、何が変わったのか俺には分からないよ。魔眼の前でまやかしなんて通用しない。……お前が俺に魔眼のことを教えてくれたのに知らなかったのか?」


 ミナリアがラルフに申告する前に、エリックに先に言われてしまい、訝し気にするエリックに、愕然とした表情で固まるラルフ。

 その姿に、多分、忘れていたんだろうなと察してしまった。


「えっ!? じゃあ、僕が王族だって知ってて、今までの態度だったの!?」


 驚きの事実に先程までの王族らしい態度を投げ捨てて、ラルフはエリックに詰め寄るが、エリックは呆れた目でラルフを見遣る。


「辺境に住んでいた、平民で孤児の俺が王族の顔を知っているわけがないだろ。仕草から多分貴族だろうなとは思っていたから、伯爵家の者だって聞いて、とりあえず、納得していた」


 ラルフは何とも言えない表情になってしまったが、ミナリアも正直に伝えねばならないと恐る恐る手を上げ話に入る。


「……すみません。私も、姿が変わったことは分かりませんでした。『精霊の愛し子』である私にはそういったものが効かなくて……」


 ミナリアの話でラルフは更にショックを受けてしまったらしく、項垂れてしまった。

 『精霊の愛し子』には魔法を使った変装や認識阻害といったことが効かず、あるがままの姿が見えてしまう。

 そういった、魔法が掛かっていることに気が付けば、まやかしの姿も見ることができるが、違和感に気が付かないことも多く、大抵は元の姿で認識してしまう。

 今回もラルフに違和感を覚えたが、魔道具で変装していることに気付くことはできなかった。

 そのため、ミナリアにはずっと本来の姿、金髪碧眼の姿にしか見えず、何だか申し訳なくなって、ミナリアはもう一度謝ってしまう。

 因みに、ロベルトは茶髪に深緑の瞳だ。


「それで、ラルフはどうして欲しいの? 敬った態度を取った方がいいならするけど?」


 どうでもよさそうに王族扱いしてほしいのかと聞くエリックに、ミナリアの方が焦ってしまう。

 そんなエリックの姿を見て、ラルフはどこか吹っ切れたように笑うと、いや、いいよと首を振る。


「公式な場ではさすがにまずいけど、今は違う名を名乗っているし、ここは学園だ。身分の差はない、でしょ? 何より、普段から友達にそんな態度を取られたら、僕、泣いちゃいそうだよ」


 おどけたようにそう言って、ラルフは立ち上がった。


「そういうわけで、改めてこれからもよろしくね?」


 首を傾げてにっこりと笑い、手を差し出すラルフに今度は戸惑わずミナリアが手を差し出し、握手しようとすると、またしてもラルフの手はエリックに払い落された。


「懲りないの? お前はミーナに触るな」


 べしっとエリックに手を振り払われたラルフは、これまた何とも言えない笑みを浮かべる。


「エリック、さっきから何で邪魔するの? オルソ嬢は君の恋人でも婚約者でもないだろう?」

「ミーナにとってお前は危険人物だ。絶対に近寄るな」


 一貫して態度の変わらないエリックに呆れた表情を隠すことなく、ラルフはエリックにも理解できるように、もう一度、噛み砕いて言い直す。


「だから、何で君に僕を拒む権利があるんだって言ってるの。本来なら、その権利があるのはオルソ嬢の恋人か、婚約者だよね?……エリックはそのどちらでもないだろう?」


 そんな言葉を受けてもエリックは気にした様子もなく、胸を張って主張する。


「ミーナは俺の命の恩人だ。そんな大切な人に危ない奴が近付いてきたら排除するだろう? だから、俺の大切なミーナにラルフが近付こうとしたら排除することはおかしくない」

「だからぁ、何度言ったら分かるの? そういう権利があるのは、恋人か、婚約者だけだって言ってるの! エリックには僕を排除する権利がないのっ!!」


 エリックの『大切なミーナ』という言葉にミナリアは照れて恥ずかしくなるが、ラルフを排除するのは当然の権利だと主張するエリックと、エリックに危ない奴だと言われてカチンときたラルフがお互いに言い合いを始めてしまった。

 そのため、ミナリアは照れて恥ずかしがっている場合ではなくなり、おろおろと戸惑い、エリックと手を繋いでいない反対の手を意味もなく上げ下げしてしまう。

 ロベルトは我関せずといった具合に、手ごろなサイズの切り株に座り、どこに仕舞っていたのか、手のひらサイズの大きさの本を取り出し、読み始めてしまった。

 この混沌としてしまった、居辛い空気を何とか変えたくて、ミナリアは自分の友達を紹介しようと精霊たちを呼ぶことにした。





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