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5.白熊、お祝いされる。


『ミー おめでとう』

『ミナとリアから聞いたの~』

『今日はおめでたい日だって』

『だから、おめでとうなの~』

「みんな、ありがとう!」


 何色もの光の塊がミナリアの周りを舞い、小さな動物の姿の精霊たちも一緒になって、ミナリアにお祝いの言葉を掛けてくれる。

 どうやら、何体もの精霊たちが階位も問わずお祝いに駆けつけてくれたようだ。

 ミナリアが今日学園に入学することを両親から教えてもらったのだと報告してくれた精霊もいる。

 最高位と精霊王様以外は人の言葉を話せないが理解はできると聞き、ミナリアは精霊たちとどうしても話をしてみたいと思い、母の力を借りて試行錯誤し、数年前、やっと魔法紙によって精霊たちとの会話を可能にしたのだ。

 具体的な方法は、魔法紙に精霊たちの言いたいことをこちらの言葉で映し出してもらって会話するというシンプルな方法だ。

 精霊たちとどうやって意思疎通を可能にするかという方法を探るのに大分時間がかかってしまったが、魔法紙を試しに使ってみたら、思ったよりも相性が良かったらしく、そこからは魔法紙を使用する方法に絞って考え、ああでもないこうでもないと試し、何とか形にすることができた。

 歴代のオルソ侯爵家の者は何となく雰囲気で伝わるからいいよね、と少々大らかなものが多く、特に不便さを感じることはなかったようだが、ミナリアの編み出したこの方法により、お互いに言いたいことがはっきりとわかるようになったと、両親も精霊たちもみんな喜んでいた。

 ミーと精霊たちがミナリアの名前を呼びながら、ぽすぽすと軽い音を立てて、ミナリアの毛皮に飛び込んで来る。

 ミナリアの毛皮のふわふわ感は精霊たちにも大人気で、毎日のお手入れが欠かせないが、喜んでもらえるならミナリアも手入れのし甲斐がある。

 精霊たちと戯れていると、別の方向から再びお祝いの声を掛けられた。


「あっ! ミナリアおめでとーー!! 何かよくわかんないけど、めでたいんだろ?!」

「あ、ありがとう、イグニス」


 火の最高位精霊であるイグニスがとりあえずお目出度いことだからとお祝いしてくれる。

 イグニスは大体こんな感じなので、ミナリアは気にしない。

 それにお祝いの言葉をもらえるのは単純に嬉しいので、ついつい嬉しさのあまりミナリアの表情は緩んでしまう。

 そんなイグニスの後ろで溜息を吐いているのは水の最高位精霊のアクアで、呆れた様子を隠さずにイグニスに話しかけている。


「呆れた。あなたねぇ、何のお祝いか理解せずに付いて来たんですか?」

「ん? そうだけど?」


 あっけらかんと言い放つイグニスにアクアが頭を抱え始めているのを何とか落ち着かせ、ミナリアはアクアの話を伺う。


「ありがとうございます、ミナリア。……あぁ、そうでした。この馬鹿にかかわっている場合ではありません。――ミナリア、入学おめでとうございます。あなたが実りある生活を送れるように我々もサポート致しますので安心してください。……えぇ、イグニスを筆頭として馬鹿どもがあなたに迷惑をかけないようにしっかりと手綱を握りますので安心してください」


 何とか復活したものの、どこか草臥れたような感じのアクアからお祝いの言葉をもらったと思ったら、一礼され、ホールに火柱を上げようとしているイグニスを止めに素早く移動してしまった。


(あっ、殴り飛ばした)


 ミナリアは静かに二体の話の流れを見守っていたが、言っても理解できないイグニスにアクアが最短手段を取るところを目撃してしまった。

 以前、アクアが、イグニスがこのようなことをした場合は肉体言語でお話しするとよく聞いてくれるんですと言っていたが、あれは本当のことだったのだと、ミナリアは感心してしまう。

 この一連の流れに思わず見入ってしまったが、今後、もし使う時が来るかもしれないので、一応、覚えておくことにした。

 母も『時には攻撃は最大の防御である』と言っていた。

 きっとこういう時のことを言っていたのだろうと、その時のことを思い出しながら内心頷き、いい勉強になったと、感心しながら二体を見守っていたら、私と同じ熊姿のアクアにぶら下げられながら、完全に伸びてしまっている虎姿のイグニスがこちらに連れてこられた。

 今のところ矯正の目途が立たないイグニスを筆頭とする問題児のお目付け役は、アクアたち常識のある精霊にしかできないので、これからも、どうぞよろしくお願いしますと、ミナリアは心の中で拝んでおく。

 イグニスたちに夢中になって気を抜いていると、お腹に体当たりされてしまった。


「えへへ、ミーおめでとーー」

「おめでとーー」


 いったい何事かと確認すると、土の最高位精霊のテララと雷の最高位精霊のブロンテーが二体同時にミナリアに飛びついてきて、お祝いの言葉をくれる。


「えへへ、ミー、ふわふわぁ」

「ふわふわぁ」


 二体はその後も離れることはなく、そのまま他の精霊たちと一緒にミナリアの毛皮に埋もれているようだ。

 しかし、喜んでもらえるのは嬉しいが、順番待ちをしていた他の精霊たちを押しのけるのはいかがなものかと注意しようとしたら、急に二体が離れていった。


「こら、ダメだろう。順番は守らないと」


 どうやら風の最高位精霊のヴェントがテララとブロンテーを捕まえて注意してくれたようで、ハヤブサ姿のヴェントの足の先にそれぞれスナギツネ姿のテララと狼姿のブロンテーががっちりと捕まえられている。


「だってぇ」

「ぶぅぶぅ」

「言い訳や文句を言っても駄目だ。自分がされて嫌なことはしちゃだめだろ。テララもブロンテーも順番を抜かされたら怒るだろう?」


 テララとブロンテーはヴェントの言葉に頷く。


「そうだよな。それは、みんなも同じなんだよ」


 その言葉に、再び、二体は頷いた。


「じゃあ、いけないことをしたときはどうする?」


 ヴェントは二体に問いかけ、自ら答えを出すのを待っていた。


「あやまる」

「ごめんなさいする」

「ああ、そうだな」

「順番抜かして、ごめんなさい」

「次からは、ちゃんと並びます。ごめんなさい」


 少し悩んだ後、テララとブロンテーは自分たちで答えを出し、ミナリアの前で順番を待っていた他の精霊たちに頭を下げて謝っている。

 他の精霊たちはテララやブロンテーの傍に行き、何かを話しているようだ。

 ミナリアに精霊たちの言葉は分からない。

 けれど、自分たちがいけないことをしてしまったと二体は謝ってくれたので、許しの言葉を掛けているのではないかと思った。

 すると、テララとブロンテーを見守っていたヴェントがもう心配ないと思ったのか二体から離れ、こちらにやってくる。


「ミナリアおめでとう。――あの花束は気に入ってもらえたか?」

「ヴェントありがとう。綺麗な花束をもらえて凄く嬉しい。大事にするね」

「あぁ、そういってもらえると嬉しい。今日の花はみんなで採ったんだ。テララとブロンテーが特に張り切っていたから、ミナリアが喜んでいたと知ったら二体もとても喜ぶだろうな」


 抱えている花束に目を向け、それからミナリアは微笑む。


「そうだったんだね。……ヴェント、教えてくれてありがとう。二体にも改めてお礼を言うね」


 そうしてくれと微笑み、ヴェントはテララとブロンテーの様子を見に離れていった。

 そこにはイグニスやアクアも集まっており、何か話をしている精霊たちを見守っていたら、右側の肩がちょっぴり重たくなってくる。

 一体、何だろうと思ったら、唐突にお祝いの声を掛けられた。


「おめでとう、ミー」

「あっ、ありがとう」


 闇の最高位精霊のオプスが珍しく明るいこの場所に姿を現してお祝いの声を掛けてくれた。

 持っていた花束を先程まで座っていた椅子に置き、オプスに腕を差し出すと、オプスはそちらの方へと移り、静かに微睡み始める。

 普段から眠たそうにしている梟姿のオプスでも、特に眠たいであろうこの時間にわざわざミナリアのお祝いにと駆けつけてくれた。

 そのことが嬉しくて、ミナリアは思わず顔が綻んでしまう。


「オプス、眠いのに我慢して来てくれてありがとう」

「ん~? 大丈――」

「あら、当たり前ですわ。ミナリアのお祝いのためですもの。この引き籠りだって日の当たる時間に出てきますわ」


 日のある時間が苦手なオプスが、それでもこうしてお祝いに来てくれたのが嬉しくて、ミナリアがもう一度お礼を述べるのだが、突如、オプスの隣に現れた光の最高位精霊のルーチェが話に割り込んできた。

 ルーチェは普段から何かとオプスに突っ掛かっていて、実は少々困っている。

 オプスが関わらなければ、ルーチェは大人しいのだが、オプスが関わると何故かツンツンしてしまうのだ。

 ルーチェは、昔、どこからともなく現れ、後に魔王を倒したとされる勇者が大絶賛していたらしいシマエナガという可愛らしい鳥の姿をしている。

 その勇者の発言も伝記に載っており、有名なそれをミナリアも読んだことがあった。

 そんなルーチェの発言も、幸いオプスは気にした様子がないのだが、それでも放っておくのは良くはないだろうと、ミナリアはこの機会にやんわり窘める。


「ルーチェ、オプスは日の光が苦手なのに、私のお祝いにって、眠たいのを我慢して、わざわざ来てくれたんだよ。だから、そんな言い方をしないで欲しいの」

「ミー、僕は気にしてないよ」

「でも……」


 ミナリアの注意にルーチェはそっぽ向いてしまい、こちらを見てくれない。

 それにオプスにそう言われてしまうと、ミナリアからこれ以上何も言うことはできない。

 ミナリアが何とも言えない気持ちに少しもやもやしたものを抱えていると、オプスから思わぬ言葉を聞くことになる。


「ルーチェのこれは愛情の裏返しってやつだから。大丈夫だよ」


 思いもしないオプスの言葉にミナリアは、一瞬、きょとんとしてしまった。

 そう言われてしまったルーチェの方を見たら、ふわふわの白い羽を膨らませて驚愕しているようだった。

 羽を膨らましているので、普段より一回りくらい大きくなってしまっている。

 毛玉みたいになってしまったルーチェをよそに、オプスは更に追い打ちをかける。


「ん~こういうのって、なんていうんだっけ? ――あっ、そう、ツンデレってやつだよ。うん」

「なっ、なっ、なんですってぇ~!」

 

 ルーチェが叫び声をあげるが、オプスは全く気にした様子を見せず、些か機嫌良さそうにミナリアの腕に止まっている。

 傍で叫ばれてもオプスはうるさくないのだろうかとミナリアは別のことが気になってしまった。


「愛情って?! ツンデレってどういうつもり!?」

「えっ? でも、ルーチェは、僕のこと好きでしょう?」


 ルーチェの動揺する姿も気にせず、確信を持ってそう言ってのけるオプスにルーチェの開いた口が塞がらない。

 

「なっ、何故、いや、好きとか、でも……」


 分かってる。でも、一応、確認してみた、というような言い方で確信を持ってオプスに問われたルーチェは更なる動揺に襲われている様だった。


「じゃあ、僕のこと嫌い?」

「いや、嫌いでは…………」

「じゃあ、好き?」

「うぅぅぅ、オプスのことは嫌いじゃないわ! 嫌いじゃないから、好きといえばそうなんだけど、でも、でもぉ! 好きだけど、好きなんだけどぉ、そうじゃない、そうじゃないのよぉぉぉ。うわぁぁぁぁぁん」


 こてりと首を倒し聞くオプスに、追い詰められたかのようなルーチェは、わなわなと震えていたと思えば、そう捨て台詞を吐き、姿を消してしまった。

 多分、精霊の森に帰ったのだろう。


「ルーチェ、帰っちゃった……」


 ぽつりと呟くオプスの普段とは全く違う意外な一面に、ミナリアは震えが止まらなかった。

 普段のオプスはおっとりと眠そうに佇んでいるのが常なのに。

 オプスの所業にミナリアが立ち直る前に、多分精霊の森に帰ったのであろうルーチェが、もう一度、オプスの隣に姿を現した。


「もう! オプスのせいで本来の目的を忘れてしまったじゃないの!」


 若干、涙目に見えるルーチェが姿勢を正して、お祝いの言葉をくれた。

 

「改めて、ミナリアおめでとう。お祝いの言葉が遅くなって、ごめんなさいね」

「ううん、そんなことないよ。嬉しい。――ルーチェ、ありがとう」


 そんなミナリアとルーチェのやり取りを静かに邪魔しないようにしながら、オプスは隣に帰ってきたルーチェの方に身体を寄せて再び微睡んでいる。

 ぴたりと張り付いて来たオプスにルーチェは、つんと顔を背けるものの場所を移動したりせず、そのままミナリアの腕に止まっている。


「ルーチェ、さっきはごめんね。私、余計なことを言っちゃった……」


 これが二体の在り方ならミナリアは余計な口出しをしてしまったことになる。

 

「気にしていませんわ。……それに、わたくしの言い方がちょっといけないことくらい、自分でも分かっていますもの。……でも、オプスには、どうしてもこうなってしまうのですわ」

「…………ルーチェはそれでいいんだよ。僕、ちゃんと分かってるから」


 自分の言葉に落ち込んでしまったルーチェの方に寄り添いながらオプスが慰める。

 今度はルーチェも何も言わず、そっとオプスに寄り添っていた。

 きっと、この二体はこんな感じでいいのだとミナリアにも理解できた。

 これからは同じようなことが起こっても、そっと見守ろうと思う。

 

(そう言えば、オプスがちゃんと名前を呼ぶのはルーチェだけだなぁ……)


 そんなことに、ふと気が付く。

 他のみんなの名前は省略して呼ぶのに、ルーチェだけは名前を省略することなく、ちゃんと『ルーチェ』と呼んでいる。

 オプスの気持ちも、きっとそこにあるんだろうなと思い、ミナリアは頬を緩ませる。

 オプスとルーチェの二体を静かに見守っていたら、辺りが柔らかな光に包まれ、それが見る見るうちに収束していくと、最高位精霊たちよりも一回りは大きいサイズの兎が姿を現した。

 同時に、それぞれ別の場所にいた最高位精霊たちが兎姿の精霊の左右に分かれて侍り、それに追随するかのように、他の精霊たちも同じように兎姿の精霊の元へと集まっていく。

 精霊たちを従えた()の精霊は宙に浮かびながら二足歩行で歩き、ミナリアの前へと歩み、止まった。

 

「ミナリア、我ら精霊の友よ。君の門出に祝いの花を贈らせてもらったよ。――ミナリア、学園に入学おめでとう」

「ありがとうございます、精霊王様」


 精霊王アレス自らお祝いに駆けつけてくれるとはミナリアは予想もしておらず、かなり驚いた。

 アレスはあまり精霊の森を離れることはない。

 そのため、ミナリアは王都の方でアレスと会えるとは思ってもいなかったのだ。


(予想はしていなかった。…………していなかったけど、嬉しい……!)


 アレスが、他のみんながミナリアのお祝いだからと駆けつけてくれたのはとても嬉しい。

 ミナリアは改めて精霊たちにお礼を言う。


「――みんな、ありがとう!!」


 気にするなとか、当たり前だとか、みんなが口々に返事をしてくれる中、アレスが周りを見渡してからミナリアの方に向き合う。


「ミナリア、大事な友の祝い事に駆けつけるのは当たり前のことだよ。…………前の時は失敗したからね。今回は初めから牽制することにしたんだよ。――もう、同じ失敗はしない」


 ミナリアにはアレスの言葉の意味がよく分からなかったが、精霊たちが満足そうに笑っているので、そう悪いことではないだろうと気にしないことにした。


「式の邪魔をして悪かったね。僕らはこれで一旦帰るよ。……ミナリア、また後で会おう」


 アルスは学園長にこの場を邪魔したことを謝り、ミナリアに挨拶をして、精霊の森へと帰って行った。

 他の精霊たちも次々に帰っていく中、アクアが花束を預かってくれるというので預け、みんなを見送る。

 精霊たちがみんな帰ってしまい、ふと視線を感じて周りを見渡すと、自分一人だけが椅子から立ち上がっており、そのため周りの注目を集めていることに気が付き、ミナリアは恥ずかしくなり、そそくさと席に着く。

 微妙な沈黙が辺りに漂い、ミナリアが居た堪れなさに耐えきれなくなりそうになった時、学園長が一つ咳払いをして場を仕切り直し、閉会の挨拶を述べ、無事(?)に入学式が終了した。

 ミナリアは初め入学式で何か騒ぎを起こしてしまうかもしれないと心配していたが、ミナリアが想定していたものとは違う騒ぎを起こしてしまい、身の置き場がなく最後まで居た堪れず縮こまっていた。





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