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1.白熊、糸目と出会う。そして、糸目も白熊と出会う。


(ある日、森での帰り道、行き倒れている人に出会いました(マル) ……ビックリです)


「あの、大丈夫ですか?」


 ミナリアは大好きな苺とベリーのタルトを作ろうと思い立ち、森へ摘みにやって来た。

 いつもの場所でお目当ての物を沢山摘み、ホクホクしながら足取りも軽く帰る道すがら、行き倒れている人間に出会った。

 俯せで倒れているので正確な判断はつかないが、恐らくミナリアと同じ歳くらいの男の子だろう。

 声を掛けたのだが一切反応がない。

 ピクリとも動かないので、もしかしたら、もう死んでしまっているのかもしれないが、もしご存命でいきなりミナリアの姿を見てしまったら、吃驚し過ぎてポックリ行ってしまうかもしれない。

 

(それは困る)


 なんせミナリアは幼い頃に行った王宮でのお茶会で阿鼻叫喚の図を作り出してしまった前科がある。

 流石に亡くなった者はいなかったが、怪我をする者や失神する者もいたので、ミナリアにとっては結構な心の傷として残っている。

 しかし、王都に近い位置とは言え、ここは危険な森の中である。

 こんな所にこのまま放置していったら死んでしまう可能性は高いだろう。

 ミナリアには彼を見捨てることなどできなかった。

 だがしかし、ミナリアの姿の問題もあり、どうしたものかと悩んでいたら、目の前の行き倒れが顔を上げ、一言こう言った。


「お腹空いた……」


 そして、そのまま再び伏せてしまった。


 ミナリアは焦った。

 今度こそ死んでしまったのではないかと。

 しかし、ミナリアの心配をよそに腹の虫が主張を始めた。

 無論、ミナリアのではない。

 目の前の行き倒れの腹から鳴っているのである。


「あっ」


 ミナリアは思わず声を漏らしてしまったが、安心した。

 どうやら空腹を訴えて、そこで気力が尽きてしまったようだ。

 いや、でも、これは早く何か食べ物を与えないと今度こそ危ないのではないかとミナリアは思い至る。

 現在、疾っくの昔に昼の時間は過ぎてしまっている。

 当然、持ってきていた昼食は美味しく食べてしまった後だった。

 そんな状況の中でもミナリアは行き倒れの彼に食べ物を上げることはできる。

 タルトを作ろうと思い摘んだ苺やベリーがあるからだ。

 タルトはまた今度作ればいい。

 ここでミナリアが出し惜しみをして、彼に食べ物を与えなければ彼の命は尽きてしまうかもしれない。


(それはダメ!)


 一瞬、思い浮かべてしまった彼の末路が不吉すぎて、頭を振って打消し、ミナリアは果実を全て彼にあげることにした。


「あの、私、食べられる物を持っています。今、傍に置きますね」


 ミナリアが彼に果実の入った籠を渡そうと近付くために一歩踏み出したその時、ミナリアの脳裏に沁みついて離れない叫び声が聞こえた。



『うわぁぁぁぁぁぁぁ! 熊だ! 襲われるぞ! 逃げろ!!』



 そう言って、みんなミナリアから離れて行ってしまった。

 ミナリアが近付こうとすると酷く怯えて泣かれ、気絶する者まで出た。

 

 (この人は……?)


 脳裏にそんな疑問が(よぎ)る。

 

(この人も逃げてしまうのだろうか? 私の姿を見たら、みんなのように怯えて叫び、逃げてしまうのだろうか?)


 そんな思いから躊躇し、一歩前へと踏み出すことができない。

 早く食べ物をあげなければと逸る気持ちはあるのに、ミナリアの気持ちに反して足が思うように動かない。


「あ、の……」


 何の意味もない言葉がミナリアの口から漏れた。

 あの出来事から何年も経っているのに、時折、ミナリアは捕えられ、苛まれてしまう。

 もう大丈夫なのだという気持ちもある。

 けれども、家族や友達以外の人がいる場所では、深く被って決して外すことのないフードがミナリアの心の内を表しているようだ。


 ミナリアが内心で葛藤し、一向に動き出さないことに文句を言うように、再び、彼の腹が鳴った。

 その腹の虫の主張が、思考の渦に嵌まり込んでいた意識を現実へと引き戻す。


(だ、大丈夫。あの出来事からお母様と可愛いぬいぐるみ系(?)を目指して頑張ってきました。今では初めて会う人に驚かれることはあっても、怯えて逃げられることは少ないですし、多分、大丈夫です。…………多分)


 躊躇う気持ちを振り払い、空腹で行き倒れている彼に食べ物を渡すために一歩踏み出した。


「あの、今から近づきますが、食べ物を置くだけなので、――こ、怖がらないでください」


 ―― 一応、釘は刺しておいた。


 一歩一歩、そうっと近付き、ミナリアは震える手で彼の傍に苺やベリーの入った籠を置いて行く。

 そして、素早く彼の傍を離れ、胸に手を当て暴れる心臓を押さえ、落ち着かせようと宥めながら彼の動向を静かに見守っていた。

 彼は直ぐには動き出さなかったものの、やがてノロノロと顔を上げ、傍にある籠から果実を摘まみ始めた。

 寝転んだまま摘まんでいるので、多分、まだ起き上がるまでの体力がないのだろう。

 そんなに弱っていたのかとミナリアは心配したが、ミナリアの摘んできた果実は食べると元気になれるものなので、それを食べたのならしばらくすれば元気になるだろうとミナリアは安心する。

 先程、彼が顔を上げた時、一瞬、こちらを見たような気がしてヒヤッとしたが、目を閉じていたので、もしかしたら、ぼーっとしていただけなのかもしれない。

 それに、見られていたとしても、一瞬だけならフードを深く被っているので分からないだろう。

 じっくり見られてしまうと、耳の所で浮いてしまっているので、フードの形が変なことに気付かれたかもしれない。


 とにかく、無事、彼に食べ物を渡せたことに安堵し、ミナリアはここを離れることにした。

 多分、ミナリアがいては食べ辛いだろうし、何より、姿を見られていないならその方がいいとミナリアは家に向かって歩き出した。

 

 ミナリアの心の中は、今、達成感でいっぱいだ。

 いいことをした気持ちよさと、驚き、怯え、叫び、逃げられたりしなかったことへの嬉しさで溢れていた。

 

(まあ、この姿を見ていないならあの反応も当たり前なのだが……)


 それでも、ミナリアはご機嫌で家に帰宅した。

 タルトを作るために果実を摘んでくると家を出たミナリアが、手ぶらで帰宅したことに驚いた母親に嬉しそうに先ほどの出来事を報告するくらい、ふわふわ、るんるんとした気持ちで歩いていた。


 ♪ ♪ ♪


「でっかいぬいぐるみが、歩いて、しゃべってた……」


 先程まで空腹で行き倒れていたエリックは身体を起こし、白熊に譲ってもらった果実を食べつつ、僅かに左右に揺れながら去っていく後姿を、じっと見つめていた。

 普段から眠っているんじゃないのかとよく勘違いされることの多い、あまり開くことのない瞳を珍しく見開き、白熊が見えなくなるまで見つめていた。


「白い、熊……」


 思わずエリックの口から言葉が漏れる。


 そう、白い熊だ。

 白熊はフードを被って顔を隠していたが、地面に倒れていたエリックからは下から覗き込むような形でフードの下の顔がよく見えた。

 昔、見たことのあるような、ふわふわの白い毛皮の熊のぬいぐるみ。

 エリックだけ触らせてもらうことのできなかった、あの可愛らしいぬいぐるみ。

 

(いや、どちらかというと、友人であるロベルトの商会で扱っていた子供でも高いと一目で分かる貴族向けの、大人の腰位ある大きさのでかいぬいぐるみの方が近い気がする)


 それが、更にでっかくなって、歩いて、しゃべっている感じだった。

 可愛いけど、驚く。

 それが、エリックの感想だった。

 あと、できたら触りたいともエリックは思った。

 きっと、触ったらふわふわで気持ちいいだろうなと想像してみる。

 

(うん、最高だろうな)


 最近のエリックは何をしても気分が悪く、ずっとイライラしていた。

 その苛立ちを持て余し、今日、約束が相手の用事で無しになったのにも拘わらず、普段なら絶対にしないであろう森の奥地まで一人で進んでしまったのだ。

 何かに当たらないとやっていけないような、そんなイライラをぶつけるために、半ば八つ当たりで魔物を狩りまくっていた。

 そうして、エリックは致命的なミスを犯してしまった。

 今になって思えば、あの時はイラつきのあまり冷静さを欠いていたのだろう。

 ()りに()って、倒し損ねると仲間を呼ばれる魔物を逃してしまったのだ。

 唯でさえ、一匹一匹のランクの高い魔物なのに、群れると更に厄介になる魔物を相手に、連戦に次ぐ連戦。

 ギリギリとは言え、戦いに勝ったのはいいものの、エリックは全身ボロボロで今にも倒れ伏しそうだった。

 しかし、ここは危険な森の奥地で次にいつ凶暴な魔物に遭遇するかは分からない。

 そんな所で倒れるわけにもいかず、やむを得ず貴重な薬を何本も使用し、怪我や魔力を回復する羽目になった。

 実力的には問題はないから自分は大丈夫だと、無意識に驕っていたのだろう。

 このままいけば、冒険者ランクもまた一つ上がり、これからは実力者の仲間入りをする。

 そんな自負もあったのかもしれない。

 とは言え、全ては後の祭り。

 エリックには大量の魔物の処理と、無駄に使ってしまった貴重な薬の再購入という無駄な出費、といった問題に内心頭を抱える。

 だが、ここは危険な森の奥地。

 落ち込む暇も与えられず、血の匂いに寄ってきた魔物を倒し、また処理する魔物を増やすということを繰り返し、そんな悪循環を何とか断ち切って、ようやく王都付近に戻ってこれたと思ったら、疲労と空腹のあまりそこで力尽きてしまい、現在に至る。


(倒れていたら、でっかくて、歩いて、しゃべる、白熊のぬいぐるみに助けてもらいました、と)


 思わず溜息が出る。


 それにしても、とエリックは考える。

 あの生き物は一体何だったのだろうか、と。

 初めて見た時は内心かなり驚いた。

 食料を置いてもらった時に顔を上げてその姿を見て驚きはしたが、空腹の方が勝り、口に食べ物を放り込むことを優先したが、腹が満たされると不思議でたまらなくなってくる。

 多分、あれは魔物ではない。

 何故なら誰もが感じ取ることのできる魔物の特有の不快な気がないからだ。

 あの白熊は不快どころか浄化しそうな勢いで神聖な気を纏っていた。

 しかし、動物でもない。

 動物でも神聖な気は纏わないし、何よりしゃべらない。

 そう考えるとあの白熊は本当によく分からない生き物だ。


 それに、今、気が付いたが、あの白熊にもらった果実を食べてから異様に身体の疲労が取れている気がする。

 不思議に思い白熊にもらった籠の中身をよく見ると、この森の奥地にしか生えない貴重な苺やベリーばかりが詰まっていた。

 当然、売っていたら庶民には高くて手が届かないだろう値段になるものだらけだ。

 そんな果実をぽんと行き倒れにあげてしまうなんてなんてお人好し(?)な白熊だろう。

 とりあえず、いい人? いい熊? なんだろうなぁということだけは分かった。

 と言うのも、帰っていく後姿は満足そうに、機嫌よさそうに揺れていたからだ。

 

 そこまで考えて、エリックは何だか面白くなってきた。

 思わず笑い声も漏れてしまう。

 あの人間みたいな行動をする白熊に、俄然、興味が湧いてきた。

 多分、あの白熊はこれらの果実を何時でも取りに行けるのだろう。

 足取りにも迷いがなく、慣れた感じがあった。

 何度もここに通っている証しだろう。

 これらの果実が実っているのは、エリックが戦い続けていた森の奥地とはまた違う方向だが、それでも危険な森の奥であることに違いはない。

 それでも単身で採りに行けるなら、それだけの実力を備えているにほかならない。

 あの白熊はお人好し(?)もあるだろうが、それだけでこの貴重な果実を人に丸ごと渡すとは考えづらい。

 エリックに渡そうとした時に躊躇っている様だったが、それは、渡すのが惜しいとかそういう気持ちではないような気がした。

 それは、エリックの傍に籠を置いた後、素早く離れて行き、胸の辺りを抑えているような仕草からも分かる。

 あれは、『怯えている』といった表現が当て嵌まっている気がした。

 その時ことを思い出すとエリックは何とも言えない気持ちになってしまう。

 一瞬、目を見られたのかと思ったが、すぐに機嫌よさそうに去って行った後姿から多分違うだろうと判断した。

 それに、エリックは目を開いていない。

 だから、ありえない。

 白熊が何に怯えていたのかは、エリックには分からない。

 でも、何となくこうじゃないかと思い当ることがある。

 それは、エリックにも似たような経験があるからだ。

 瞳の色を忌諱(きき)され、周りから怯えられ遠ざけられる。

 多分、あの白熊はその様な経験があったんじゃないだろうか。

 一連の出来事をもう一度思い出しながらエリックは思った。

 白熊は帰り際の様に機嫌よさそうに左右に揺れているような姿の方が()()()と。

 あんなに怯えた様子は白熊には似合わない。

 溜息を吐き、気持ちを切り替える。

 こうしてこんな所でエリックがぐだぐだと考えても仕方がない。

 知りたいのなら、あの白熊と仲良くなって信頼してもらえるようになればいい。

 そうしたら、話してくれることもあるだろう。

 あの白熊が可愛らしい声で一生懸命話をしているのを想像するだけで気持ちが和む。


 エリックはその場から立ち上がり、傍にあるピンクの籠を手に取る。

 この可愛らしい籠を見て、思わず想像して笑ってしまった。

 あの白熊が苺やベリーを摘みながら、人間みたいに籠に入れて、機嫌よさそうに左右に揺れている姿を。


(うん。実際にこの目で見られるように行動しよう。きっとその姿は可愛いに違いない)


 想像だけでなく、現実にする。

 それも一つの目標にして、エリックも白熊と同じ方向に向かって歩いて行く。

 いつかまた会えるだろう白熊に会って籠を返す時に一緒に渡すお礼は何がいいだろうかと考えながら――。





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