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箱と洗濯と私

作者: 幸京

今日も雨なのか。

外から雨音がするが、この部屋からそれを確かめる術はない。

なぜならこの部屋には窓はないからだ、いや窓というか何もない。何もないのだ。

部屋全体をチャコールブラウンで統一され、私一人がいるには十分な広さのこの部屋には何もない。

私は眠たくなれば寝て、眠たくなければこの部屋でボーっとして過ごす。

いつからだろうか?いつから私はここにいるのだろう?

そもそも自分が誰かも分からない、鏡もないから容姿も分からない。

ただ私は食事や排泄をしなくても生きていけるらしい。

そして食事や排泄が生きていくうえで必要だと理解もしている。

そんな私は何者で何故ここにいるのだろう?


また1日が過ぎた。

ここでは日時や時間は調べようがないので、寝て起きたら一日経過したと思っている。

雨音が聞こえる。

まだ雨が降っているようだ。

ザーザーザー、毎日止めどなく降り続けている雨、雨漏りや浸水を気にして壁や床に手を置き確かめる。

常温で特に変化は感じない。天井に手を着けようとジャンプをするも当然の様に届かない。

着地した姿勢のそのままで天井を凝視する。シミは見当たらないから、大丈夫だと思う。


雨音が止んだその日、ガチャと、突然壁から灰色のスーツ姿の若い男が腰を曲げて現れた。

「お待たせしました。※※※さん。作業終了です。では出ましょうか」

「え?」

聞き取れない単語と共に男が続ける。

「ええ、そうですよね。当然とまどいますよね。私は洗濯者です。貴方の記憶、交流を全て洗い消す仕事をしていました。貴方からの依頼で」

「え?、記憶?・・・消すって、依頼?」

「貴方がこの【箱】に入り丁度1年です。その間に貴方の記憶、そして少しでも関わり合いを持った人を消しました。貴方は別人に生まれ変わりたいとのことで、もう以前の記憶も存在を証明するものもありません。ですから昔の名前がうまく聞き取れないのです。※※※さん」

「私が依頼、存在を証明?私が私と関わった人を消してほしいと?」

「はい」

「そんな・・・、どうやって・・・」

「うーん、説明は難しいですね。やはり人外の力ですから。まぁ、社長は洗い流すと言っています」

「・・洗い・・・、流す」

「はい、存在の証明の洗い流し。雨音みたいなのしませんでした?あれです」

「何で私、そんなこと・・・」

「知りたいんですか?現実を受け止められず、当社に依頼をしてきたのに。自分の記憶と少しでも関わった全ての人達を消す。それが1年前の貴方の依頼でした。ちなみにこれが契約書です」

洗濯者が差し出した紙には、会社名と契約内容、金額にしてこの国の国家予算の10分の1、そして私の名前があるはずの欄はぼやけてよく見えない。

「記憶を戻すなら、また箱に1年程入ります。代金は変わらず一括です。どうします?」

頭がまだぼやけている。これは夢なのかよく分からない。

いや分かったことはあるが、私はどうすればいいのだ?

「私はこれからどうなるの?その何も分からないの。自分が何者でこの先どうすれば・・・」

「どうすればと言われましても・・・。まぁアフターサービスで新しい身分は用意出来ています。小さいですが家も。お金は以前の貴方が持っていた分、そのままお返しします。知能は変わらずなので、日常生活も何も問題なく過ごせると思いますよ」

洗濯者はそう言って紙袋を渡す。中を確認すると、身分証明証と銀行通帳があり残金は【箱】とやらに入れるギリギリの額が入っていた。

「人種、年齢、性別等、変わったかもしれなし、変わっていないかもしれない。それはお伝え出来ません。ただ国籍だけは変わっていないので言葉の問題は大丈夫です」

再びこの【箱】とやらに入れば文字通り無一文になる。

それに大金を使ってでも私は以前の自分を消したかったんだろう。

「出るわ。この名前で生きていく」

「はい。分かりました。ご利用ありがとうございました」


それが今から1年前の話だ。

私は洗濯者の用意した家で1週間程過ごしたが、世の中は何も変わっておらず問題なく生活出来た。

白人男性の首を切り落ちたのを合図に首をボールにして校庭でサッカーを楽しむ黒人の子供達。

民家で黒人女性を凌辱する白人の子供達。

スーパーマーケットの倉庫で行われるアジア人奴隷の売買。

金になる金髪と碧眼をむしり取られた死体が転がる道端。

常にアルコールと腐乱死体と排気ガスの臭いが国中に漂っている変わらない私の国。

新生活を問題なく送れている私は変わらない日常に安心しながらも、

以前の私は何者だったのだろうと、思わない日がないわけではない。

関わった者達を洗い流す、つまり殺したのだろうか?誘拐?監禁?

そんな事は当たり前の日常だから、検索も何も出来ないだろう。

全てをなかったことに出来る会社だ、以前の私を知るには大金を払い再び依頼するしかない。


「あの人、また来ますかね?」

「さぁな。賭けるか?」

「社長はどっちなんですか?」

「来る方にお前の日給分」

「自信があるのかないのか分からない金額ですね」

「分かんねーからな。まぁ来てくれた方が会社は潤うけどな」

「じゃあ、僕は来ない方で」

「ハハハ、業績悪化したら給料に響くぞ。しかしデカい仕事だった。自分の存在や記憶だけではなく、少しでも関わった奴、全部だぜ。やっぱりアイツはぶっとんでるよな」

「確かに。僕は洗い流すだけで、詳しい事は何も知らないんですけど。一体どんな人だったんですか?」

「知りたいか?やめとけ。お前が【箱】に入りたくなるぞ」

光沢な黒革のロッキングチェアを前後に揺らしながら、社長は指先を見つめ苦笑した。



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