#2 森の道
森の中は陽の光が木漏れ日になって下りてきて、優しい温もりに包み込まれているようだ。
家の縁側で日向ぼっこしている時の温かさに似ている。
木々が風でゆっくり揺れて、さわさわと奏でる音楽もなんだか眠気を誘ってくる。
普通入ったことの無い森の中なんて、危機感を煽ってくるものだが、この森にそれは無かった。
草花も、草原と同じく普段見ない形をした物が多いが、危険な感じはしない。
虫や獣も私と同じように安心しているのか、私が近づいても警戒すること無くすり寄ってきた。
まるで天敵や外敵にあったことが無いようだ。
森の奥に進んでいくと、ゆらゆらとあたりを蛍のような光が飛び始めた。
まだ陽は高いが、その薄ぼんやりした光は明確で、何が光っているのかは確認出来ない。
手で触れてみるが、その光は手をすり抜けて掴むことは出来なかった。
生物ではなく、この世界の物理法則か何かなのかもしれない。
さらに奥に進むと少し開けた場所に出た。
そこは小さな広場のようになっていて、真ん中には真っ赤な桃のような果実がなった木が、ぽつんと立っていた。
木に近づいてみる。
遠くから見るとその木には、白いツタのようなものが巻き付いているように見えていたのだが、近づいてみると無数の白い蛇が巻き付いているのが分かった。
その白い蛇も、私が近づいても特に反応する事なく、ゆらゆらと垂れ下ったり仲間とじゃれたりするだけだ。
赤い果実に白い蛇なんて、まるで神話のエデンの園みたいだ。
好奇心がうずいたが、赤い果実に手を出すのは止めておくことにした。
赤い果実の木から離れ、また更に奥に進むと、蛍のような光がだんだん強くなり、さらに進むと湖が見えてきた。
湖まで行くと光はより一層数を増し、その光が強すぎて、まるで夜の中で電灯の下にいるような錯覚を覚えた。
「こんにちは。」
ふいに後ろから話しかけられ、飛び上がるような勢いで後ろを振り向く。
そこには緑のひらひらした布を、何重かにして体に巻き付けたような服に身を包んだ、中性的な綺麗な顔立ちの人が、むすっとした顔で立っていた。
「驚かせて済まない。君は人間かい?」
私が驚きすぎたせいか、その人は申し訳なさそうな顔をする。
”人間か”、難しい質問だ。
それにこの質問をするという事は、この人は人間ではない可能性があるし、人間に見えるけど人間ではないもの、が存在している可能性がある。
「こんにちは。元々は人間でしたが、一度死んだはずなので、今も人間かはわかりません。いつの間にか近くの草原で倒れていて、こちらの森が安全そうだったのでお邪魔してしまいました。」
嘘を見破られそうな雰囲気に流されて本当のことを言ってしまった。
隠す必要もないが、変なやつだと思われないだろうか。
「・・・ふむ。私はこの森の管理をしているアイテールという。神格を持つ原初の神だ。この森には外敵はいないから安心するといい。」
この人、アイテールの方が変な人だったようだ。
神を名乗る人間にはあったことはあるが、どう対応したものか・・・。
「森の管理者さんでしたか、勝手に入って申し訳ありません。私は安部瑛作と申します。神様という事は、ここは天国でしょうか?」
神については言及せず、この場所について聞いてみる。
「天国というのが天界の事なら違う。天界の神はほとんど人の形をしていないしな。私は原初の動植物が絶滅しないように管理している神で、ここはれっきとした人間界だ。」
死後の世界ではないらしい。
が、原初の生物なるものを匿っているというからには、何か特殊な場所である事は間違いないだろう。
もしかして、人間代表としてここに匿われたのだろうか?
「私は人間代表でしょうか?」
聞いた瞬間、さっきからずっとむすっとした顔だったアイテールの顔が、心底残念なものを見るような顔になる。
「人間達はここにいるのが嫌だと言って去ったのだ。もし絶滅しそうだったとしても私は匿ったりしない。それに人間は知恵が働くせいか、どんどん繁殖して生活圏を広げている。むしろ私の仕事を増やす元凶に近いな。」
人間はあんまり好かれていないようだ。
現在進行形で人類が発展しているという事は、少なくとも世界は一度滅んだのだろう。
私の時代では発展しようにも科学が進みすぎて、新しい技術はほとんど出てきていなかったからな。
領土も、人が住んでない地域を探す方が大変なくらいには広がっていたと思う。
「ここでは落ち着かないだろう。聞きたい事があるなら私の家に来て話さないか?」
私が考え混んでいると、アイテールの方から提案してくれた。
神も家に住むんだな。
「ありがとうございます。確かに、ここは眩しくて落ち着かないと思っていました。是非ご一緒させていただきたい。」
「・・・ふむ。ではこちらへ。」
何か不思議そうな顔をされた気がする。
すぐに表情は無表情に戻り、アイテールに導かれアイテールが住む家に向かうことになった。