#1 未知
最初に感じたのは、さやさやと流れる風の音。
次に木々の香り。
次第に視界が開いていく。
目を覚ました時、私は大草原の真ん中で、大の字になって倒れていた。
昨日の酒が残っているのか、頭が少し重くずきずきと痛むが、それ以外に特に身体の異常は感じない。
むしろ身体は軽いくらいだった。
「世界は消滅しなかったのか?」
口をついて出た言葉に心が重くなる。
それはあり得なかった。
何十年もかけて観測し、何度も何度も計算し、そしてたどり着いた答えだった。
全世界共通の真実。
私たちの世界はあの瞬間確かに消えてなくなったはずだった。
「なら、ここは・・・」
物事の始まりは観測から始まる。
ここが死後の世界であれ何であれ、私という自我が存在している以上確認しないわけにはいかない。
ずきずきと痛む頭に喝をいれ、立ち上がりあたりの確認をする。
広大な草原と、背の高い木々が整列するように並ぶ森が見える。
太陽の光は朝焼けのような色合いで、陽の温もりで快適な温度が保たれている。
ふと、自分の服装に違和感を覚えた。
さっきまで白衣を着ていたはずなのだが、今は普段家で着るようなパンツと長袖のシャツを着ている。
身体にも違和感。
手のしわが無くなっていた。
昨日までの私は70を超えて運動不足もあり、しわくちゃだったのだが、その皺が全て無くなっていた。
身体つきも一般的な成人男性のそれだった。
明らかに若返っている。
死後の世界、なのだろうか。
死後の世界は意識の世界である、という事を聞いたことがある。
ゆえに、普段着るような服を着て、身体も一番活動的であった時の状態になっている、と考えると辻褄があっている気がする。
身体の感覚がある事、他の死者が周りにいない事、なんかは疑問の余地はあるが・・・。
どちらにしても情報が少な過ぎる。
死後の世界に夜があるのかはわからないが、太陽は段々上って行っているように見える。
夜の世界にどんな危険があるかもわからないので、一先ず他の人がいる可能性がある方向に動き出したい。
選択肢は二つ、この地平線まで見えそうな草原を歩いて行くか、森に入るか。
森の中は野生動物の数は多い気がするが、隠れる場所は多く、食料になりそうなものも手に入れやすそうだ。
草原は開けているため遠くの動物も見えそうだが、それは相手からも同じだし、隠れる場所も少ない。
草花は生えているようだが、食べ物にも困る可能性がある。
ただ、街道があるようなら人里に行く道も見つけやすそうではあるが、そもそも死後の世界に人里なんてものがあるのかも疑問だ。
選択肢といいつつ、ほぼ森に行くことが決まっている状態だった。
何より、実は草原の方から嫌な感じがしていた。
思考もほぼ草原側に行かないための思考だ。
サバイバルなんかしたことは無いが、テレビなんかでは、こういう感覚的な直観は信じた方が良いと言っていた気がする。
森に向かって歩きつつ、もう少し周りを確認する。
辺りに生える草花は、よく道端に咲いていたものとどこか違って見える。
葉っぱに白い線が入った水色の花や、茎は短いのに異様に大きい深紅の花が咲いていたり、太い茎の上にまるで被さるように下向きに花が咲いて、傘のようになっているものもある。
異国感はあるが、非現実的な雰囲気が無いので死後の世界感は薄い。
森の入り口まで来た。
草原側から感じる嫌な感じとは逆に、森の奥からは何か温かい、安心する感じがある。
森の奥が天国で、草原の向こうに地獄でもあるんだろうか?
私は重い頭を引きずるように森へと足を踏み出した。