#0 プロローグ
「あと、3時間です・・・」
最新鋭の機械がそこかしこに積まれた広い会議室の中。
白衣を着た部下の男は、暗い顔をして私に報告した。
「そうか、ありがとう。・・・みんな聞いて欲しい!」
私は、真剣にパソコンと向かい合っている30人の部下たちに声をかけた。
「残り3時間!時間切れだ!私の力が足りず本当に申し訳なかった!」
私の声が会議室に響き渡る。
その言葉を聞いても、部下たちはパソコンとまだ向き合って作業を続けていたが、カチャカチャと会議室を埋め尽くしていた音が次第に減っていき、嗚咽が会議室を埋め始めた。
「本当にすまない・・・。」
キーボードを打つ音がやんで、会議室の音がすべて悲嘆にくれるものに変わったとき、謝罪の言葉は私の口から自然とこぼれるように出ていた。
謝ることしかできなかった。この先は無いのだ。部下たちにも、私にも、世界にも・・・。
「・・・何謝ってるんですか。私たちは戦って、負けたんです!胸を張りましょう!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を白衣の袖で拭いながら、いつもはあまり意見を言わない女性の部下が立ち上がり宣言した。
その通りだ。やるだけのことはやった。人の力は有限で、そして何よりも時間が足りなかったのだ。
「その通りだ!俺たちはやったんだ!駄目だったけどやり切った!」
「ああ!負けたけど!負けちゃったけど!」
「もう駄目だなんて言ってた奴らとは違う!やり切って見せたんだ!」
部下たちの思いが会議室を埋め始めた。
泣きながら笑いながら、悲しみも苦しみも、みんなで背負って、あとちょっとのところまで来て、そして・・・負けた。駄目だった。
ひとしきり思いを爆発させた後、みんなは晴れやかな顔になった。やり切った顔。
「みんな、ここまで付き合ってくれてありがとう。
本当は、最後に遊んだり行きたいところに行ったり、他にやりたいことがあった者もいると思う。
それでも付き合ってくれてありがとう。
最後は残念な結果に終わってしまったが、私は君たちを誇りに思う。」
伝えるべきことは何だろう。迷いながらそれでも言葉を紡ぐ。
「科学者としてこの言葉を贈るのはどうかと思うが、・・・来世でもまた君たちと会えることを願っている。」
世界の終わりが神の意志だとしたら、これもまた滑稽な話だ。それでも私は思わずにいられない。また彼らと机を共にして探究を・・・。
「研究以外に目を向けてこなかった私には、君たち研究員が家族のようなもので、ここが最後を迎えるべき場所だと思っている。
だが、最後に家族の顔を見たい者たちも多いだろう。是非帰れるものは帰り家族との時間を、そうでないものは通信でもいいから連絡を取って欲しい。」
あと数時間ですべての物が無に帰る。
それでも記憶は、心は残ると信じて、我々が生きたことに意味があったのだと。
「・・・これで、反粒子増加対策室を解散とする!」
こうして世界の終わりをかけた私たちの戦いは終わりを迎えた。
研究室には私と3人の身寄りのない研究員が残り、あとの者たちは研究室を後にした。
私は残った者たちと飲みなれない高い酒を飲みつつ、思い出話に花を咲かせた。
下戸の私の意識はすぐに虚ろになり、ゆっくりと世界に溶けるように終わりを迎えていく。
世界が溶けていく中、どこからともなく声が聞こえた気がした。