第八話 賢者祭
「三千万って! 本当に?」
あまりの金額に、慌てた様子で聞き返すリーシャさん。
すると受付嬢さんは、自分自身でも確認するかのようにうなずく。
「はい、間違いないです! 三千万、お出しします」
「理由が知りたいわ。いくらドラゴンでも、さすがに高すぎるわよ」
「それはですね――」
「わしから説明しよう」
受付嬢さんの話を遮り、白髪の老人が姿を現した。
相当な高齢のようで、その顔には年輪のような深い皴がいくつも刻まれている。
しかし眼光は鋭く、現れただけで周囲が静まり返るような存在感があった。
この人は、いったい……。
俺がキョトンとしていると、受付嬢さんたちが慌てて頭を下げる。
「マスター! いらしてたんですね」
「うむ。かなり大きな話になりそうじゃったからの、責任者のわしが出た方がいいじゃろう」
そう言うと、マスターは改めて俺とリーシャさんの顔を見た。
その独特の圧のようなものに、自然と俺たちの背筋が伸びる。
「改めて自己紹介じゃ。わしはこの支部のマスターを任されておるドロスじゃ。よろしく頼む」
「ノエルです、こちらこそよろしくお願いします」
「リーシャよ。お初にお目にかかります」
「ほっほ、なかなか丁寧じゃの。では、改めて理由を説明するとしようか」
そう言うと、マスターはドラゴンの方へと視線を移した。
彼はドラゴンの身体を上から下まで見渡すと、満足げにうなずく。
「まずこのドラゴンだが、非常にきれいに倒されておる。このように首を一刀両断するなど、熟達した魔導師でもまず不可能じゃ」
「そうね。こんなことができるのは、ノエルだけね」
マスターの言葉に同意し、うんうんとうなずくリーシャさん。
まだ出会って一日しか経っていないのに、俺のことに精通したような雰囲気があるな。
「続いて、このドラゴン自身の問題じゃ。専門の研究機関に見てもらわねば、詳細はわからぬが……変異種である可能性がとても高い」
「変異種? ええっと、色違いの魔物とかそう言うやつですよね?」
「そうじゃ。こやつはおそらく、スカイドラゴンの変異種であろうと推測される。当然ながら、貴重性が高いため値段は上がるの」
ドラゴンの変異種か……。
そんなの、確かに初めて聞くな。
変異種というのは、周辺の魔力に影響を受けて魔物が変質したものだと講義で聞いたことがある。
ドラゴンが変質してしまうほどの魔力って、いったい……。
「ドラゴンが変異した原因については、あとでギルドの方で調べておこう。で、それは置いておいて最後の理由じゃ」
「まだあるんですか?」
「うむ、むしろこれから言うことが一番大きい」
そう言うと、マスターは急に表情を緩めた。
そして、どこかほっとしたような口調で話す。
「おぬしらは、賢者祭については知っておるかの?」
「ええ。ずっとこの街にいたから知ってるわ」
「俺もです」
賢者祭というのは、毎年秋に魔導都市を挙げて行われる大きな祭りである。
この都市の基礎を築いた賢者の生誕を祝うという名目で、三日間に渡って様々な催し物が行われる。
俺も去年は、魔法学園の一員としていろいろ手伝わされたものだ。
「我ら冒険者ギルドは、この賢者祭で行われる大競りに決まって参加していてな。その年に討伐された魔物のうち、選りすぐりの大物を出品しておったのだが……今年はどうも、目玉がなくてな」
「あー、それでこのドラゴンを出したいと」
「そうじゃ。この黒いドラゴンならば、皆の注目を集めること間違いなし。ギルドの株も上がるというものだろう!」
グッと親指を挙げて、いい笑顔をするマスター。
確かにこのドラゴンならば、訪れた人をあっと驚かせることができるだろう。
倒した本人の俺でさえ、近づくのがちょっと怖いぐらいなのだから。
「あれ、でもそれって値段と関係あるんですか?」
「こういうのは、高く買い取ったという事実も重要なのじゃ。箔が付くからの」
「あー、なるほど……」
「プレミアってやつね」
わからなくもない理屈だな。
でもそれで、三千万も出してしまうとは。
冒険者ギルドの資金力、おそるべし。
「ついてはおぬしたちを、ドラゴンの討伐者として大々的に公表しようと思うのじゃが……構わぬか?」
「え? 俺たち二人の名前をですか?」
「うむ。こちらとしても、おぬしたちのような若者がドラゴンを討伐したというのは良い話題になるからのう!」
すっかり乗り気になっているマスター。
ううーん、でもそんなことになったらすっごく目立つんじゃないか?
俺としては、あんまりそういうのは……。
「あの、それ断れますか?」
「む!? 名前を出さぬというのか?」
「はい。あんまり目立つのとか、好きじゃないんで」
「しかしのう……。リーシャ、そなたはどうじゃ?」
マスターから話を振られたリーシャさんは、ううーんっと考えこみ始めた。
しかしすぐに、晴れやかな顔をして言う。
「ま、ノエルがそう言うなら私も匿名で構わないわ。ドラゴンスレイヤーの肩書に興味はあるけど、実際にドラゴンを倒したのはノエルだし」
「そうか、残念じゃのう……」
「まぁ、年齢ぐらいなら構いませんよ。多少は宣伝材料がないと、マスターも困るでしょうし」
「おお、それはありがたい!」
喜んで手を差し出してくるマスター。
俺たち二人は、少し戸惑いながらも彼と握手をするのだった。
――〇●〇――
「すっげぇ、オーガロードだぜ!」
「昨日、ジェイク先輩が倒したんだってよ」
「さすが、俺もこんなの倒せるようになりてーなー!」
数日後、ラグーナ魔法学園の中庭にて。
そこに、学園生たちの討伐演習によって狩られた魔物が陳列されていた。
一番の大物は、二年にして学園のトップと言われるジェイクが狩ったオーガロード。
Aランクに分類されるそれは、学園の歴史全体で見てもかなりの大物だ。
「ははは! これぐらい楽勝楽勝!!」
「ジェイクって、勉強もできるけど戦いもできるのね!」
「当たり前だろう? 男は何よりも強くなくっちゃなぁ!」
女生徒を腕に絡ませながら、オーガを前に高笑いするジェイク。
実のところ、オーガを倒すのは簡単なことではなかった。
罠なども駆使しながら、半日ほどを費やしやっとの思いで討伐したのだ。
その証拠に、オーガの外皮には無数の傷がついているのだが……それを指摘する者はいなかった。
「いやぁ、ジェイク君! よくやってくれたね!」
幸せいっぱいのジェイクの元に、学園長がやってきた。
彼もまた、オーガを見やりながら満面の笑みを浮かべている。
「これならば、賢者祭の大競りにも出せるだろう。冒険者ギルドは悔しがるだろうなぁ、うちの生徒に負けてしまって!」
「冒険者などという下賤の輩、そもそも相手になりませんよ」
「はっはっは、実に頼もしい! これからもよろしく頼むよ!」
「学園長せんせーい!!」
二人が気分良く笑っていると、急に血相を変えた男が走り寄ってきた。
邪魔をされた学園長は、ひどく不機嫌な顔をする。
「どうしたのかね?」
「それが、今度の賢者祭の大競りなのですが……冒険者ギルドが……」
「出品を辞退するというのか? まぁ、ろくな魔物がないとは聞いていたが」
「いえ、違います! ドラゴンです!!」
「ドラゴン?」
「はい! 冒険者ギルドは、今度の祭の目玉としてドラゴンを出品するそうです! それも、まだ十代の若者が討伐した変異種だとか!!」
声を大にして叫ぶ男。
やがてその意味を、少し遅れて理解した学園長たちは――。
「な、な……なにいぃ!!!!」