第七話 ドラゴンのお値段
「ド、ドラゴンを討伐した!?」
初依頼を受けたその日の夕方。
俺たちから報告を受けた受付嬢さんは、驚きのあまり椅子から立ち上がった。
まあ無理もない、当の俺たちだってびっくりである。
ロックウルフの討伐に出かけてドラゴンを倒してくることなど、普通はあり得ないからな。
「ええ。ノエルが魔法で首を切り飛ばしたのよ。スッパーンって」
「いやいやいや! いくらノエルさんの魔法がすごいからと言ってですね! いくらなんでもそりゃないですよ、だってドラゴンですよ!」
ぶんぶんと首を横に振る受付嬢さん。
やはり、簡単には信じることなどできないらしい。
ここですかさず、俺はドラゴンからはぎ取ってきた鱗を取り出す。
「これでどうですか?」
「よく見せてください!」
受付嬢さんはどこからか虫メガネを取り出すと、すかさず鱗の検分を始めた。
ランプの灯りにかざしながら、眉間に深いしわを寄せる。
「ううむ、確かにかなり大きな魔物の鱗ですね。でもこれ、スカイドラゴンの鱗とは違いますが?」
「そうよ。私も見たことがない、真っ黒いドラゴンだったわ」
「黒いドラゴンですか。うーん、これだけではちょっと判断できかねますね。死骸は持ってこれなかったんですか?」
「ありますよ」
「そうですよね。ドラゴンほどの大きさだと持ってこられる……へっ!?」
にわかに驚いた顔をする受付嬢さん。
いや、討伐したなら死骸を持ってくるのは当然じゃないか?
さすがにこの場所じゃ、邪魔になるから出せないけど。
「そんな、ドラゴンなんてアイテムバッグにも入りませんよね!?」
「え? 俺のは入りますけど?」
そう言うと、俺は袋の口からドラゴンの角を少しだけ露出させた。
それを目にした途端、受付嬢さんの顔色が青ざめる。
「え、入ってる!? ちょっと、それロストアイテムクラスですよ!」
「そうなの? でっかいなーとは思ったけどさ」
「アイテムバッグは、容積が増えるごとに希少度がすんごく上がるんです! そんなに入るものだとほとんどないですよ……」
呆然とした表情で、言葉を途切れさせる受付嬢さん。
このバッグ、そんなに凄い価値があったのか。
賢者様から「お前にはそのうち必要になる」と言われて、軽い調子でもらったものなんだけどな。
もし再会したら、あらためて感謝しておこう。
「と、とりあえずこちらへ! その魔物の死骸、きっちり確認させていただきます!」
クイクイっと手招きをする受付嬢さん。
彼女に促されるまま、俺とリーシャさんはカウンターの中へと入るのだった。
――〇●〇――
「さっそく、やらかしてくれたみてえだな!」
ギルドの裏の訓練場。
受付嬢さんに待つように言われ、待機をしていた俺たちの前にバートさんが現れた。
今日は依頼を受けていなかったのだろうか。
完全武装をしていた昨日とは異なり、ラフな普段着姿だ。
「バート? なんであなたが?」
「俺がドラゴンスレイヤーなのは知ってんだろ? 本当にドラゴンかどうか見極めを頼まれたんだよ」
「ドラゴンスレイヤーって、五十人からの大討伐隊に参加してただけでしょうが」
「ぐっ……とにかく、頼まれたものは頼まれたんだ。ほら、魔物を出してみな」
言われるがまま、アイテムバッグの中からドラゴンを引っ張り出す。
さすがにこの大きさだと、動かすだけでも大変だな!
お、押しつぶされちゃいそうだ!
「リーシャさん、バートさん! 手伝ってもらえませんか!?」
「ええ!」
「お、おう!」
戸惑いつつも、手を貸してくれるバートさん。
こうして三人がかりで、どうにかドラゴンの死骸を袋から引っ張り出した。
改めてみると、大きいなぁ……!
ちょっとした家ぐらいの大きさはありそうだ。
空を飛ぶ魔物のため体格の割には軽いが、重量の方も牛や馬とは比べ物にならない。
「かぁーーっ! こりゃマジでドラゴンじゃねえか! 嘘だろおい!」
「嘘も何も、現物が目の前にあるじゃない」
「そりゃそうだけどよ! ぶったまげたぜ!」
ドラゴンの身体を見渡すと、バートさんはすぐさま驚きをあらわにした。
本物のドラゴンだと、確かめるまでもなかったらしい。
彼は子どものように目をキラキラと輝かせながら、ドラゴンの鱗をなでる。
「こりゃ大したもんだぞ! 種類がどうにもわからねえが……間違いなく強い奴だ。たぶんとんでもねぇ買取値になるぜ」
「おおお! やった、これで宿代が払える!」
「宿代って! あー、ちょっと待ってろ! 報告してくるから!」
そう言うと、ギルドの中へと消えていくバートさん。
とんでもねぇ買取値か……。
お金大好きというわけではないけど、ちょっとワクワクしてきたな。
リーシャさんも俺と同じ気分のようで、少し緩んだ顔をしている。
「あれだけの素材よ。一千万にはなると見たわ」
「い、いっしぇんまん!?」
「むしろ、もっとするかもね。ドラゴンの素材なんて、滅多に出回るものじゃないんだから」
「か、仮に一千万だとしてもですよ。俺とリーシャさんで折半して、一人五百万!!」
俺がそう言うと、リーシャさんは「あれ?」と眉をゆがめた。
ああ、そうか!
リーシャさんの方が俺よりずっとベテランだし、取り分が均等なのはおかしいんだな。
「七対三ぐらい、ですかね?」
「いやいや、もっと多いわよ!」
「じゃあ、八対二? うーん、俺も頑張りましたしもうちょっと……」
「馬鹿ねぇ、ノエルが八に決まってるでしょ! 私の攻撃、ほとんど役に立ってなかったし」
「そんなにいいんですか!?」
俺の問いかけに、当然とばかりにうなずくリーシャさん。
八対二だと、俺に八百万も入ってきちゃうぞ。
そんなにあったら、この街で二~三年は生活できるな。
貧乏学生だった俺には想像もできないような大金だ。
「あ、あとから返してって言わないでくださいよ?」
「言わないわよ」
「本当に?」
「本当よ! これでも私、それなりには稼いでるから心配しなくていいわ」
そう言うと、ちょっとばかし余裕ぶった態度を見せるリーシャさん。
確かにあれだけの腕があれば、生活に困っているなんてことはないだろう。
「お待たせしました!」
そうこうしているうちに、バートさんが受付嬢さんを連れて戻ってきた。
彼女は俺たちに深々とお辞儀をすると、すぐに話を切りだす。
「ドラゴンの件、マスターたちとも協議させていただきました。その結果ですね……」
もったいぶるように、間を空ける受付嬢さん。
彼女は改めて深呼吸をすると、意を決したように告げる。
「三千万! 出させていただくこととなりました!!」
な、なんですと!?
いくらなんでも高くないか!?