第六話 謎のドラゴン
「ふぅ……だいぶ歩きましたね」
山道を歩き続けること二時間ほど。
俺たちはようやく、ノヴォスの鼻と呼ばれる尾根の手前までやってきた。
霧に煙る周囲を見渡してみれば、確かに山肌から突き出した岩場が巨人の鼻のようである。
その先端部分には、これまた鼻の穴のような洞窟まであった。
「このあたりなら、ロックウルフも何頭かいるはずよ」
「それは良いんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
そう言うと、俺はこわごわと空を眺めた。
リーシャさんの話によれば、このあたりにはドラゴンが住み着いているのだという。
ドラゴンと言えば、最強の魔物の代名詞ともいうべき存在。
正直なところ、怖くて仕方がない。
「そんなにビビることないわ。スカイドラゴンは昼間ほとんど狩りに出ているし。気性も穏やかだから、よほど怒らせない限りは襲われたりしないわよ」
「そうは言っても……ドラゴンですよ?」
「大丈夫。だいたい、いざって時はノエルが魔法を使えばいいのよ。あの威力なら、倒せなくても撃退することぐらいは余裕のはずよ」
そう言うと、ニカッといい笑顔をするリーシャさん。
さすがはベテラン冒険者、大した度胸だ。
まぁでも、そのぐらいでないと冒険者なんて務まらないか。
どんな依頼にしたって、危険はつきものなのだし。
「わかりました。じゃあ、ロックウルフを探すとしますか」
「そうね。さっさと見つけて、日が暮れないうちに帰りましょ」
尾根周辺の岩場を、くまなく探索していく俺とリーシャさん。
しかし、なかなかどうしてロックウルフが見つからない。
これはちょっと妙だな。
リーシャさんもおかしく思ったのか、眉間にしわを寄せる。
「いつもならすぐに見つかるんだけどねぇ」
「移動しちゃったんでしょうか?」
「うーん……奴らは基本的に岩場から離れないからね。このあたりじゃ、ここかさっきの場所ぐらいにしかいないわよ」
そう言うと、リーシャさんは改めて周囲を見渡した。
俺も彼女に続いて、辺りをよくよく目を凝らしてみる。
ロックウルフがいないならいないで、せめて手掛かりぐらいはないものか。
さすがに、最初の依頼から失敗なんてのは幸先が悪いからなぁ。
俺がうんうんと唸っていると――。
「グルアアアアッ!」
「な、なんだ!?」
上空から、いきなり身体を揺さぶるほどの雄叫びが降ってきた。
あまりの大音響に、キーンッと耳鳴りがして頭が痛くなる。
「あそこだわ!」
「げっ!? あれ、ドラゴンじゃないですか!?」
いつの間にか、空を舞っていた黒い影。
悠然と翼を広げたその姿は、間違いなくドラゴンであった。
しかも、想像していたよりもずっとまがまがしい姿をしている。
濡れたような黒い鱗に、ねじれて天を衝く双角。
紅の瞳は血に飢えているようで、乱れて生えた牙はこの上なく攻撃的だ。
とてもじゃないが、リーシャさんの言っていたような穏やかな気性の生物とは思えない。
むしろ、今にも襲い掛かってきそうだ。
「こ、こいつ……スカイドラゴンじゃない!」
「えっ!?」
「前に見たことあったけど、あの時は青い鱗をしてたわ! こんな凶暴そうな顔じゃなかったし」
「じゃあ何なんですか、こいつは!」
「わかんないわよ! とにかく、撃退するしかないわ!!」
剣を構え、戦闘態勢に入るリーシャさん。
こうなってしまっては、もはや逃げることも難しい。
何せ、敵は空を飛ぶドラゴン。
こんな見晴らしがよくなおかつ足場も悪い場所では、逃げ切れるものではないからな。
「先手必勝よ! ――始原を照らす焔よ! その大いなる力、この掌に借り受けて。黄昏を裂く刃と為す! 光焔剣!!」
朗々と歌い上げるような詠唱。
リーシャさんの剣が、たちまち黄金色の炎を纏った。
少し離れたところにいるというのに、肌を焦がすような熱が伝わってくる。
「はあぁ!!」
疾走。
地面を蹴って飛び上がったリーシャさんは、そのまま剣を振り落とした。
斬撃。
閃光が迸り、小さな爆発が連続する。
その威力にドラゴンの身体が、わずかながらに揺れた。
しかし――。
「なっ!?」
リーシャさん必殺の魔法剣。
だがそれを受けたドラゴンは、何事もなかったかのように宙に浮いていた。
黒光りする鱗には、驚いたことに傷一ついていない。
「グオオオ!!」
「お、怒らせただけ!? ダメだわ、ノエルお願い!」
「いや、お願いって! あんな凄そうな魔法剣が効かないんですよ! 俺の初級魔法なんか……」
「いいから、試してみるだけ試してみて!」
必死の形相で促してくるリーシャさん。
そうしている間にも、ドラゴンはこちらへと迫ってきていた。
ええい、こうなりゃ仕方ないな!
初級魔法だって、使わないよりはマシだ。
「碧の壱、風刃!!」
首元を狙い、風の刃を放つ。
果たして、リーシャさんの魔法剣が効かなかった相手にどれだけの効果があるのか。
俺が固唾を飲んで見守っていると――。
「へっ!?」
ドラゴンの巨大な首が、びっくりするほど抵抗なく宙を舞った。




