第四話 初依頼!
「うーん、どの依頼がいいかな……?」
ギルドの壁面に設けられた、巨大掲示板。
そこに貼られた数々の依頼書を見比べながら、うんうんと頭をひねる。
さすがは国内でも屈指の規模を誇る支部なだけのことはある。
俺が受けられる初心者用の依頼だけでも、目移りしてしまうほどだ。
「それなりには戦えるようだし……これでいいかなぁ」
俺の目に留まったのは、Eランクのロックウルフ討伐依頼であった。
ロックウルフというのは、外皮が硬く変質した狼型の魔物のことである。
刃物をあまり通さないため、ランクの割にはかなり強いだろう。
けど、俺の魔法なら恐らくは討伐可能だ。
「あ、ちょっと待った!」
「ん?」
俺が依頼書を手にすると、急に後ろから声を掛けられた。
振り向けば、そこには一人の少女が立っていた。
年の頃は十代後半と言ったところだろうか。
十五の俺より少しばかり年上に見える。
色素の濃い金髪と透き通る青い瞳が印象的な、なかなかの美人さんだ。
「あなた、昨日登録に来てた人でしょ?」
「ええ、よく知ってますね」
「見てたのよ。あなた、ちょっと他と感じが違うから目立つし」
「え、そうですか?」
そう言われて、周囲を見渡す。
……あー、言われてみれば。
武装した冒険者たちの中にあって、厚着ではあるがほぼ普段着の俺は浮いていた。
これなら、覚えられてても不思議じゃないな。
「その依頼、ロックウルフのでしょ? あなたみたいな初心者が行くには、ちょっと危ないわよ」
「大丈夫ですよ。一応俺、魔法が使えますし。それに、バートさんにも認められましたから」
「その大丈夫が危ないのよ」
両手を上げ、やれやれと呆れたポーズをする少女。
彼女はそのまま前のめりになると、グッと俺の顔を覗き込んでくる。
「いい? 冒険者って言うのはね、自分の実力を把握するのが大事なの。バートさんが認めたってことは、きっと戦いには長けているんでしょうね。でも、冒険者としてはまだまだ初心者。まずは身の丈に合った依頼を受けることが大事よ!」
拳を握りしめ、力説する少女。
その言葉には何だか妙な説得力があった。
もしかして、この人自身も身の丈に合わない依頼を受けて苦労したのだろうか。
どことなくだけどそんな気がする。
「確かに。あー、でも……」
「どうかしたの?」
「お金にあんまり余裕がなくって。できれば、割のいい依頼を受けたいなと」
昨日の宴会、バートさんに奢ってもらうのも悪くて半分ぐらいは自分で払ったんだよな。
おかげで、ウサギの買取金も宿代の先払いを済ませたほかはあまり残っていない。
装備も早いところ購入したいし、今はちょっとでも稼ぎたいのだ。
「だったら、私がついて行ってあげるわ」
「え? そんな、悪いですよ!」
「良いのよ! きつい仕事したばっかりだから、今日はゆるくやるつもりだったし」
そう言うと、ニコッとウィンクをする少女。
その笑顔の可愛らしさに、思わずクラッとしてしまう。
いい人だなぁ……。
魔法学園の先輩たちとは大違いだ。
あの人たちは、俺を見つけるたびに何かと理不尽な文句を言ってきたからなぁ。
「私はリーシャ、魔法剣士よ」
「おお、珍しいですね!」
魔法剣士というのは、剣技と魔法を組み合わせた魔法剣を活用する職業のことである。
両方に才能がないとなれないため、かなり珍しいエリート職だ。
まさか、こんなところで出会えるとは思ってもみなかった。
「ま、まだまだ駆け出しだけどねー」
「それでもすごいですよ! 俺はノエル、魔導師です。よろしくお願いします!」
「よろしくね!」
――〇●〇――
「ふぅ……そろそろかしら」
「だいぶ登ってきましたね」
そう言って下を見れば、森の木々がはるか小さく見えた。
ここは、郊外の森を抜けた先にある岩山地帯。
ロックウルフたちの生息地である。
街からは歩いて半日ほどはかかるだろうか。
「足場に気を付けて。ここ、だいぶ崩れやすいから」
「前にも来たことあるんですか?」
「ええ。これでも私、結構ベテランだからね!」
そう言うと、リーシャさんは険しい岩場を慣れた様子でスイスイと進んでいく。
さすがはベテラン冒険者、頼もしいなぁ。
こういうところが、やっぱり新人とは違うのだろう。
俺が感心していると、不意にその動きが止まる。
「……いたわ。あの岩の陰よ」
「本当だ」
大岩の陰から、チラチラと揺れる灰色の尻尾が見えた。
間違いない、あれはロックウルフのものだ。
「まずは私がお手本を見せようかしら。魔法剣の奥義を見せたげるわ!」
「おおお!! お願いします!」
「あなたは援護を頼むわ。魔法であの岩を攻撃して、後ろのウルフを追い出してもらえるかしら?」
「わかりました、任せてください!」
「じゃあ、さっそく頼むわ」
ウルフに気づかれないよう、岩陰を利用しながら慎重に前へと出ていくリーシャさん。
よし、そろそろだな。
俺は手のひらを突き出して構えを取ると、ウルフが潜む岩陰へと狙いを定めた。
さて、何の魔法がいいだろうか。
あれだけの大岩だ、恐らく燃えたりはしないだろう。
ここはひとつ、質量攻撃だな。
「蒼の壱、水流!」
溢れ出した大水流。
半ば鉄砲水と化したそれは、たちまち岩を飲み込んでいった。
グランゴロン。
ちょっとした家ほどもある大岩が、にわかに浮き上がって転がる。
当然のことながら、その陰にいたロックウルフは――。
「キャイイインッ!!」
「あっ!!」
岩に押しつぶされ、なすすべもなくつぶれてしまったウルフ。
いくら皮膚が硬いとはいえ、こうなってしまっては助かるわけがない。
しまった、ちょっと加減を間違えた!
俺が動揺していると、すぐにリーシャさんが戻ってきて――。
「ちょ、ちょっと!」
「すいません! 少しやりすぎました!」
「それはいいのよ! というか……」
急に背筋を伸ばしたリーシャさん。
彼女はそのまま、深々と頭を下げて――。
「生意気なこと言って、すいませんでしたああぁ!!」