第三話 最強の初級魔法
「な、なにしとるですかーー!!」
血相を変えて、こちらに迫ってくる受付嬢さん。
完全に気が動転しているらしく、言葉遣いすら滅茶苦茶だ。
けど、こんなの正直言って俺でも予想外だ。
Bランクのバートさんなら、初級魔法ぐらいズバッとその大剣で斬ってくれると思ったのだ。
「こうなるなんて思いませんよ! だって、初級魔法ですよ!」
「あれのどこが初級ですか! どう見ても上級以上です!」
「え? そうなんですか?」
「あんな初級魔法、あるわけないですよ!!」
そう言うと、受付嬢さんは驚く俺をよそにバートさんの方へと駆け寄った。
そして倒れている彼の脇で膝をつくと、ボロボロと涙をこぼし始める。
「ううっ、バートさーん……! たまに視線がいやらしかったですけど! たまに素材の値段を吊り上げてきて、この人セコイなとか思いましたけど! それなりにいい人だったのに!」
「……おいおい、こんな時にそんなこと言うなよな」
「のわっ!?」
全身を真っ黒にしながらも、起き上がってくるバートさん。
彼は全身に着いた煤を掃うと、額に浮いた汗をぬぐう。
そして胸元から、小さな石のペンダントを取り出した。
「こいつのおかげで命拾いしたぜ。こいつの対魔法結界が無かったら、今ごろ焼け死んでたな」
「す、すいませんでしたあぁ!!」
俺はすぐさま、立ち上がったバートさんに向かって深々と頭を下げた。
バートさんの方から言ったこととはいえ、俺の魔法で彼を危険な目に合わせてしまった。
ここはやはり、誠心誠意謝罪しなければならないだろう。
腰を曲げて、さらに深く深く頭を下げる。
すると――。
「大丈夫だ、気にするなって!」
「いいんですか?」
「ああ。俺から言ったことだしな」
「でも……ノエルさんが使ったのは、上級魔法ですよ!」
「いんや、違うな」
受付嬢さんの言葉に、バートさんが反論した。
彼は俺の方をうかがいながら、少し呆れたような顔をして言う。
「上級魔法にしちゃあ、詠唱がなかった。前に一度、上級魔法を使えるって言う学園上がりとパーティを組んだことがあるんだが、あの時はクソ長い詠唱をしてたからな」
「では、やはり初級魔法?」
「信じられねえが……そうなんだろうな。そう言えば、魔力が上がると魔法の威力が上がるとか聞いたことがある」
眉間にしわを寄せながら、唸るバートさん。
魔法の威力が魔力の強さに比例するというのは、とてもよく知られた理論だ。
実際、熟練した魔導師と新米魔導師では、同じ魔法でも威力が倍近く違うという。
けど、俺ってまだ新人もいいとこだしなぁ……。
その理論で説明をつけるには、ちょっと無理があるような。
「おい、ボウズ」
「は、はい!」
「お前、魔法学園の出身と言ったが……その魔法、誰かに見せたことなかったのか?」
心底不思議そうな顔をして、尋ねてくるバートさん。
受付嬢さんもまた、うんうんと彼に同意する。
俺の魔法、やっぱりだいぶおかしいんだろうか?
何というか、二人の眼がものすごく真剣だ。
「えっと……ないですね」
「どうして? 魔法学園にいたんだろう?」
「そうですよ! 魔法を教わってたんじゃないですか?」
「俺たち平民組は、あまり授業を受けられなかったので。先生たちから本当に最低限のことだけは聞いて、あとは練習場でひたすら自主練していたというか……」
俺の通っていたラグーナ魔法学園は、その生徒の大半が貴族か富裕層の出身だった。
必死で学費をかき集め、田舎からやってくる俺のような生徒は少数派なのだ。
当然のことながら、教師たちの関心は多数派で力もある富裕な生徒たちへと向けられた。
おかげで俺たち貧乏人は平民組と呼ばれ、ろくに講義を受けさせてもらえなかったのだ。
「何とまぁ、ひどい!」
「いけすかねえ奴が多いと思ったが、まったく腐ってやがる」
「仕方ないですよ。貴族組の方が、寄付金とかも出してますし……」
「いやいや、そうは言ってもひどいのですよ! そのせいで、ノエルさんという貴重な才能を逃してますし!」
「俺が貴重な才能?」
中級魔法を使うことすらできないのに?
多少すごい初級魔法が使えたところで、それではダメなんじゃなかろうか。
だからこそ、魔法学園も中級魔法が使えることを進級条件にしているんだろうし。
「それはないと思いますよ。恥ずかしいですけど俺、一年も学園に通ったのに中級魔法使えませんし」
「そんなの関係ないですって! 今の魔法は上級……いえ、超級ぐらいの威力ありましたよ!」
「ああ。それに、詠唱もねーしな。ほとんど無詠唱であんな魔法出されたら、誰もかなわねーよ!」
声を大にして、力説するバートさんと受付嬢さん。
うーん、俺の魔法ってそんなに凄いのかな……。
まぁ、本当に弱い魔法だったらバートさんがあっさり防いだんだろうけどさ。
今まで散々に言われてきただけに、どうにも信じきれない。
賢者様に才能あると言われて信じた結果、学園でひどい目にもあったしな。
「とにかく、これからよろしくお願いします! バンバン活躍して、ギルドに貢献しちゃってくださいね!」
「おうよ! Aランク冒険者にでもなって、学園のやつらを見返してやれ!」
「いやー、この調子ならあっさりSランクまで行っちゃうかもしれませんよ?」
「違いねえなぁ! あはははは!!」
互いに笑い合うバートさんと受付嬢さん。
いやいや、Sランク冒険者と言ったら国家規模の英雄じゃないか。
単独でドラゴンの群れを殲滅したとか、百階層もある古代の塔を踏破したとか。
半ば伝説と化してしまっているような人々だ。
いくら何でも、そりゃ無理ってやつである。
というか――。
「ええっと……ひとまず、試験は合格ってことでいいですか?」
「もちろんです! ノエルさんみたいな貴重な人材、逃すわけにはいきませんよ!」
「俺が貴重な人材……あはは」
「おいおい、少しは自覚しろよ? お前はもう、Bランクの俺より強いんだぜ?」
そう言うと、バートさんはやれやれと頭をかいた。
うーん、今回はたまたまだと思うんだけどな。
最初から攻撃を避けるつもりだったら、恐らく当たらなかったと思うし。
「ま、今日のところはひとまず祝いだな。有望な新人冒険者の誕生に乾杯だ!」
「やった!! 奢りだ!」
「おいおい、シーナは奢る側だろ?」
「あ、そうですね!」
気恥ずかしげに頬をかく受付嬢さん。
こうしてその日の夜は、皆で宴を楽しんだ。
これからどうなるのかはまだ分からないけど……とりあえず、冒険者初日は楽しかったな!