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第三十三話 意外な名前

「本当に良かったんですか? 学園長たちを置いてきぼりにして出てきちゃって」


 ラグーナ魔法学園から、夕食会の会場へと向かう馬車の中。

 俺は退屈そうにしている姫様に、恐る恐る尋ねた。

 結局、あのあと姫様は追いかけてきた学園長たちを振り払い、馬車へと乗ってしまった。

 こんなことして、後々問題になったりはしないのだろうか?


「大丈夫ですわ。私、姫ですもの」


 笑いながら、自信たっぷりに言ってのける姫様。

 何とまぁ、大胆なものである。

 それを聞いたガディウスさんもまた、腹を抑えて笑う。


「ったく、姫様らしいぜ。最初からこうなるように仕組んでたんじゃねーのか? ノエルと学生で魔法比べをさせれば、こうなることは目に見えてただろ?」

「まあ半分は当たっていますわね。あそこの学園長、なかなか勧誘がしつこくて。上手く断る口実が欲しかったのですわ」


 そういうと、ひどく疲れたようにため息をついた姫様。

 言われてみれば、学園長って体面に対するこだわりが凄かったからなぁ。


「あちこちにお金を渡したり、ひどいと脅迫まがいのことまでして。そのくせ、うまーいこと証拠は残さないようにしてるんですのよ。対処が面倒なことこの上なかったですわ」

「うわ……本当に手段を選んでない……」

「そんな暇があったら、ちょっとは教育の質を上げてほしいものですわ。普段からろくに生徒を見ていないから、あなたのような生徒を追い出してしまいますのよ」


 姫様は再び大きなため息をついた。

 それに応じるようにして、リーシャさんたちがうなずく。


「そうね、ノエルを追い出すなんて普通はねぇ」

「まずありえない」

『そうじゃな。主様は十年……いや、百年に一人の逸材だからの』

「や、そんなことないですって。でも姫様、ラグーナ魔法学園に入らないならどうするんですか? 他に有力な魔法学園って、ありましたっけ?」

「フェルマ魔法学園に入りますわ」

「え?」


 姫様の言葉に、俺は驚いて声を出してしまった。

 フェルマ魔法学園というのは、辺境に位置する小さな魔法学園である。

 魔導都市の中心に位置するラグーナ魔法学園と比較すると、天と地ほども差がある。

 生徒も確か、地元の商家の息子とかそのあたりがメインだったはずだ。


「最近、凄腕の学園長が就任しまして。フェルマの卒業生の質が、急激に上がっておりますのよ。それで行ってみようかと」

「へえ……そんな凄い方が。ちなみに、お名前は?」

「ええっと、モダール様とか言われましたわね」

「モダール……ああっ!!」


 姫様から聞いた名前を逡巡して、思わず声を上げる。

 だって、その名前は……!

 驚いた俺は、大きく目を見開いた。

 すると異変を察知したネムが、不思議そうな顔で尋ねてくる。


「少し変。どうしたの?」

「いえ、そのモダールって人……俺に最初に魔法を教えてくれた賢者様なんです! 急に村を去られて、そのあとずっと連絡が取れなくて……」


 昔のことを思い出しながら、言葉を途切れさせる。

 そう、賢者様は本当に突然、いなくなってしまわれたんだよな。

 こちらから連絡を取ろうとしても、ずーっと音信不通で。

 何かあったのではないかと、心配していたのだ。


「あら、そうだったんですの」

「でもまさか、魔法学園の学園長になっているなんて。驚きました!」

「良かったじゃない、これで会いに行けるわね」

「はい!」


 そうしてうなずいたところで、馬車が夕食会会場のホテルへと到着した。

 途端に、待ち構えていた人々が駆けよってくる。


「姫様、ようこそお越しくださいました!」

「ささ、こちらでございます!」


 ――〇●〇――


「あああ、もう終わりだ……!」


 頭を抱え、うなりを上げる学園長。

 その表情は暗く、さながらこの世の終わりを迎えたかのようであった。

 小刻みに震える身体が、その動揺の激しさを物語っている。


「学園長、どうかお気を確かに!」

「そ、そうです! 仮に姫様の御入学が叶わなかったとして――」

「それではダメなんだ!」


 教師陣の言葉に、声を荒げる学園長。

 彼は席から立ち上がると、委縮する教師たちの周辺をぐるぐると回りながら吠える。


「いいか、ただでさえ入学者数は減り続けているんだ! そこへ来て、ジェイク君の大失態! ここで姫様の入学がふいになってしまえば、ダメージは計り知れないのだぞ!」

「は、はい!」

「何としてでも、姫様に翻意をいただかなくては。もし他の魔法学園にでも行かれてしまっては、我がラグーナ魔法学園の権威も地に落ちる!」

「そのとおりでございます……」


 学園長の怒号に、力なくうなずく教師陣。

 ラグーナ魔法学園が危機的状況にあるのは間違いなかった。

 そして、その打開には姫様の入学しかないことはこの場にいた誰もがわかっていた。


「姫様はあと五日間、この魔導都市に滞在される。その間に、何としてでも考えを改めていただくのだ」

「ですが、そうはおっしゃられましても……」

「大競りも、今年はギルドに一本取られましたからなぁ」


 賢者祭の花形である大競り。

 ラグーナ魔法学園はそこで一番の大物を出品し、その優秀性を示すはずだった。

 しかしギルドがどこからかドラゴンを調達してきたため、すでに計画は破綻している。


「何とか、ギルドより大物は用意できないのか?」

「無理でしょう。それに、勝ったところで翻意いただけるとは……」

「もっと直接的な方法はないのか! 確実に、姫様が我が学園に入学したくなるような!」


 じれったいとばかりに吠える学園長。

 しかし、それにこたえられる教師は一人もいなかった。

 そのような都合の良い方法があるならば、とっくに取っている。

 嫌な沈黙が、その場に漂った。

 するとここで、不意に部屋の扉が開く。


「ならば、我々と手を組みませんか?」

「誰だ? ……おお、あなたは!」


 怒鳴りつけようとして、すぐに態度を改める学園長。

 その視線の先には――。


「お久しぶりですな、学園長殿。エムド・アルバロスです」


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