第三十二話 魔法比べ
「なんだ、今のは!?」
「詠唱、なかったよな?」
「初級魔法……のように見えましたけど」
足だけ残された土人形を見て、ざわめく一同。
生徒だけでなく、その場にいた教師たちまでもが驚いた顔をした。
俺の隣で魔法を撃つ準備をしていた者たちも、詠唱を中断してこちらを見ている。
「お、おほん! 皆、気を取られていないで続きを!」
一足先に立ち直った学園長が、吠えるように言った。
唖然としていた生徒たちが、再び動き出す。
朗々と呪文が紡がれ、火球が人形へと殺到した。
全弾命中。
しかし、表面が焦げただけで人形自体はしっかりと立ったままだ。
みんな中級魔法を使った割には、威力が弱いな。
「あら……?」
「ノエルの後だと……うーん……」
「少し地味だな」
若干、がっかりしたような反応をする姫様たち。
ガディウスさんに至っては、はっきりと地味とまで言ってしまった。
それを聞いた学園長は、額に汗を浮かべながら苦笑する。
「魔法はただ威力が高ければよいというものではありません! 肝心なのは精度です、精度! ご覧ください、我が生徒たちの魔法はすべて人形の胸に命中しております!」
「言われてみれば、そうですわね」
「ノエル君の初級魔法は、確かに威力は高いようです。しかしながら、精度がまだまだ! 狙いがわずかに上へずれているのを、私がこの目で見ておりました」
すっかりと調子を取り戻し、高笑いする学園長。
確かに俺の魔法は、人形の頭のあたりで炸裂した。
でも、胸を狙えとか最初から言われてなかったしな。
『何とか誤魔化そうと必死じゃのう。主よ、次はぐうの音も出ないようにしてやろうではないか』
「いや別に、俺はそんな勝負みたいなことしてるつもりないんですけど?」
『いいではないか。せっかくの機会だ、おぬしを馬鹿にした奴らを見返してやれ!』
盛大にたきつけてくるリーフォルス。
別にそういうつもりじゃアないんだけどな。
学園長の驚く顔を見るのは、ちょっとばかし気分良いけど。
「では、次! 三体同時です!」
学園長が合図をすると同時に、校庭の端から鳥のようなものが飛来した。
小さい、けど数が多いな!
どうやら今度は、あれをまとめて撃ち落とせということのようだ。
すぐさま生徒たちが杖を構え、呪文の詠唱に入る。
「吹きわたる蒼穹の主。風よ、この手に――」
「碧の壱、風刃!」
宙を抜ける風の刃。
無数に分裂したそれらは、たちまちのうちに鳥の群れを切り飛ばしていった。
土で出来た黒い鳥は、あっという間にその数を減らす。
ドサドサとその残骸が地面に落ちた。
よし、今度は万全だな!
「なっ、ななっ!?」
「風魔法もか……!」
「なんだよあれ、風刃って普通は一つだけだろ?」
またもや魔法を中断し、騒然とする一同。
学園長も、先ほどまでの余裕はどこへやら。
口をパクパクとさせて狼狽した表情を浮かべていた。
一方、リーシャさんたちや姫様は落ち着いたものだ。
「ノエルなら当然ああなるわよねぇ」
「むしろ控えめ」
「なるほど。あれなら、もはや命中精度とか関係なさそうですわね」
そういうと姫様は、学園長の方へと視線を向けた。
返事に困った学園長は、そのまま黙って顔をうつむける。
その眉間には、深い深い皴が寄せられていた。
「あ、あの魔法ならば敵に確実に当たるでしょう! しかしながら、一発の威力が足りない。あれでは大型の魔物には対抗できますまい」
「そうでしょうか? あれだけの鋭さなら、たいていの魔物は倒せるかと思いますわ」
「そうよ! ノエルの風刃は、ドラゴンの鱗をも切り裂くわよ!」
「部外者は口を慎みたまえ! これは私と姫様の話だ!!」
学園長の口調がにわかに強くなった。
その迫力に押されて、リーシャさんは不満げな顔をしつつも引き下がる。
「さあ、次こそが本番! そして最後です! 各々自慢の上級魔法で、強敵を打ち破ってもらいましょう!」
サッと手を挙げる学園長。
その合図に従い、待機していた教師たちが慌ただしく動き始めた。
一体……何が始まるって言うんだ……!
広々とした校庭の上を光が走り、見る見るうちに巨大な魔法陣が現出した。
飛び散る火花、高まる魔力。
赤い光が立ち上るとともに、大地が小刻みに震え始める。
「こ、これは……!!」
やがて現れたのは、驚くほど巨大なゴーレムであった。
その背の高さときたら、学園の校舎の倍ほどはありそうだ。
手足も太く、ちょっとした塔のようである。
まさかこんなものを出してくるとは、学園もずいぶんと気合を入れたものだ。
「さあ諸君、かかれ! あの巨大ゴーレムを、上級魔法で華麗に打ち倒すのだ!」
「はい!」
勇ましく返事をする生徒たち。
彼らは杖を構えると、声を揃えて詠唱を始める。
どうやら、全員で力を合わせて上級魔法を行使するつもりらしい。
「太虚の央に座すもの、晦冥の底より登るもの。その力を――」
「蒼の壱、水流!!」
先んじて放った大水流。
巨大な水の塊と化したそれは、瞬く間にゴーレムを押しつぶした。
大きいとはいえ、所詮は土。
ゴーレムの身体はあっという間に溶けだし、崩れていく。
「……は?」
あっという間に消滅したゴーレムに、唖然とした顔をする一同。
場の雰囲気がにわかに凍り付いた。
学園長に至っては、自分の眼が信じられないのか何度も何度もこすっている。
だがその直後、姫様が何とも満足げな顔で言った。
「勝負ありましたわね。もういいですわ、皆さん参りましょう。ノエルさんもついて来てくださいまし」
「え? ああ、お待ちを!!」
見るべきものは見たとばかりに、立ち去ろうとする姫様。
学園長たちはその後を急いで追いかけるのだった。




