第三十話 ラグーナ魔法学園
「……まさか、戻ってくるとはなぁ」
ラグーナ魔法学園の正門。
その前に立った俺は、ふぅっとため息をこぼした。
まさか、一カ月ほどでここに戻ってくることになるとは。
追い出された日のことが、つい昨日のことのように頭をよぎる。
あの時は本当に、明日をも知れぬ身で不安だったなぁ……。
今ではこうして、姫様の護衛を任されるほどになったけどさ。
「何だか、ずいぶんと感慨深げですわね?」
ぼんやりとしていると、怪訝な顔をした姫様が話しかけてきた。
意識が遠ざかってしまっていた俺は、少し慌てて返事をする。
「え、ええ! 少し前まで、ここの学生だったので」
「そうでしたの。でも、それにしては年が若すぎませんこと?」
卒業したものと勘違いしたのだろう、姫様は訝しげに眉を寄せた。
うーん、ちょっと言いづらいけどここは素直に答えた方がいいよなぁ。
あとで変なことになっても困るし。
俺が少しためらいつつも事実を言おうとしたところで、門がゆっくりと開かれた。
その向こうから、学園長とその側近数名がすごい勢いで走ってくる。
「お待たせいたしました! ようこそ、我らがラグーナ魔法学園へ」
「お招きいただき、こちらこそ光栄でございますわ」
すぐさまよそ行きモードになった姫様。
口元を扇子で隠しながら、スッと優雅に礼をする。
俺たちもそれに続いて、学園長たちに深々と頭を下げた。
「ではこちらへどうぞ。ご案内いたします」
俺たちを先導しようとする学園長。
だがここで、ようやく彼は俺の存在に気づいた。
「ぬ? ……姫様、そこの者は?」
「私の護衛ですわ」
「そんな馬鹿な。この者は、中級魔法も使えぬ落ちこぼれですぞ。とてもとても姫様の護衛が務まるとは思えません。何か、手違いがあったのでしょう」
そういうと、学園長は黙って俺の方へと近づいてきた。
彼は目を細めると、早く立ち去れとばかりに視線を縦に振る。
作り笑いこそしていたが、眉間のしわにありありと不快感が現れていた。
すると俺の後ろに立っていたガディウスさんが、ズイっと前に出てくる。
「おいおい、こいつの実力は確かだぜ?」
「失礼だが、あなたは?」
「俺は冒険者のガディウスだ」
「冒険者……ねぇ」
学園長の顔が、ますます不機嫌になった。
そのあからさまに見下した様子に、ガディウスさんもまた険しい顔をする。
すると見かねた姫様が、学園長をたしなめるように言う。
「ガディウスはSランクの冒険者ですわ。私の安全を慮って、父上が特別に護衛依頼を出してくださいましたの。それを軽んじることは許しませんわよ」
「……かしこまりました」
「ノエルたちも、私との契約に基づいてここにいます。あなたにどうこう言われる筋合いはありません」
「ですが姫様、このような半端者がとてもお役に立つとは……」
なおも食い下がろうとする学園長。
すると姫様は、少しばかりうんざりした顔をして言う。
「あなた、本当にノエルの実力を知らないんですのね」
「とおっしゃられますと? 恐れながら、どういうことでしょう?」
「ノエルは魔物からこの魔導都市を救った。最強の初級魔法の使い手」
姫様の言葉を待たずに、淡々とした口調でネムが告げた。
それに呼応するように、リーシャさんも言う。
「そうよ。ノエルは火球一発で魔物の群れを薙ぎ払うんだから」
「……そんなことあるはずがない」
「そうは言っても事実は事実」
『そうじゃぞ。おぬし、まさかあの戦いを見ていなかったのか?』
リーフォルスに問い詰められ、うっと苦しげな声を漏らす学園長。
どうやら彼もその取り巻きたちも、誰一人として戦いに参加していなかったらしい。
学園長と言えば、魔導都市でも有数の大魔導師。
それが街を防衛する戦いに参戦していなかったとは、さすがにびっくりだ。
「あ、あの時は生徒たちの安全を確保するのに忙しかったのだ」
「そうです、我々には生徒を守る義務がありますからな!」
「本当に?」
「もちろんですとも!」
教師たちの声が見事に揃った。
ううーん、ここまできれいに揃ってしまうと逆に怪しいというか……。
まぁ、言っていること自体はまともなんだけども。
「そうだ! どうでしょう、姫様。本日は私どもの生徒の実技をご覧いただく予定でしたが、そこにノエル君も加わってもらうというのは?」
「あら。それはなかなか面白そうですわね」
「えっ!? 実技ですか!?」
たまらず声が上ずる。
実技と言えば、俺が一番苦手とするものだ。
なにせこれまで、ろくに上手くいったためしがないのだからな。
「おやノエル君、できないのかね? 君が本当に街を救った英雄なら、生徒たちの後学のためにもぜひ参加して欲しいのだが」
うわ、露骨に逃げ道を潰してきたぞ……。
もはや嫌味を隠そうともしない学園長に、俺はたまらず冷や汗をかいた。
するとここで、リーフォルスが言う。
『その実技とやら、初級魔法は使えるのかの?』
「む? もちろん構わないが、初級では話にならないだろう」
「いや、大丈夫ですよ」
初級魔法が使えるということなら、安心だ。
ほっと胸をなでおろした俺に、学園長は怪訝な表情を浮かべる。
しかし時間もないせいか、特に何も聞いてくることはなかった。
「……さあ、気を取り直しまして。姫様、こちらへどうぞ。優秀な学生たちが、首を長くしてそのご来訪を待ちわびております」
こうして俺たちと姫様は、不穏な流れになりつつも学園に足を踏み入れた。




