第二話 俺への疑惑
「な、なんですかこの山は!!」
カウンターにドドーンッと積み上げられたウサギの耳。
それを目にした受付嬢さんは、いきなり椅子から立ち上がった。
さすがにちょっと、倒し過ぎたかな?
でもまぁ、一日中狩りをしてればこのぐらいになっちゃうよね。
「あ、多過ぎました? もしかして、買い取ってもらえません?」
「いや、そこじゃなくて! どうやってこんなに倒したんですか!」
「そりゃ、魔法ですよ。魔導師ですからね」
初級魔法でも、ウサギをまとめて倒すには十分だからな。
一分につき一羽。
途中で休みを挟んだりしながら半日も狩りをすれば、このぐらいの数にはなるだろう。
しかし受付嬢さんは納得できなかったようで、うーんと額にしわを寄せる。
「ううーん、初級魔法でそんなに効率よく狩りはできないと思うんですが……。もしかしてノエルさん、初めての依頼というところで買っちゃいました?」
「買うというのは?」
「いえ、たまにいるんですよ。市場に流通してる魔物の素材を買って、自分で討伐したことにする方が」
そう言うと、一転して俺に疑惑の目を向けてくる受付嬢さん。
いやいや、そんなことしてないって!
第一、俺にウサギを大量購入するほどの余裕なんてない。
「してないですよ。そもそも、俺にそんなお金があるように見えますか?」
「見えますよー! ノエルさんって、字も綺麗ですし礼儀正しいですし。いいとこの人ですよね?」
「あー……そうか」
魔法学園に通うため、村長から最低限のことは叩きこまれた。
言われてみれば、俺はギルドにいる冒険者たちとは少し毛色が違って見えるだろう。
貴族とまではいかなくとも、どこか富裕な商家の二代目ぐらいには見えるかもしれない。
「市場で購入された素材の受付は、規則で禁止されています。ですので、今回はちょっと」
「そんな! これが売れないと困ります!」
今の俺の所持金は、わずかに一万三千ゴールド。
宿に泊まって、食事を取ればなくなってしまうぐらいの金額だ。
ここでウサギが売れないとなると、とても困る。
「そう言われましても、規則ですし」
「ですから、俺が狩ったんですって」
「それだと状況的に不自然すぎるんです!」
「だとしても事実は事実で――」
始まる押し問答。
互いにヒートアップして、次第に声が大きくなっていく。
やがて、それを見かねたのか一人の冒険者さんが話しかけてきた。
結構、ランクの高い人なのだろうか?
鍛え上げられた身体は大きく、それを覆う魔物の革の鎧もかなりの威圧感がある。
「どうしたんだ?」
「バートさん! えーっと、実はですね」
つらつらと事情を説明する受付嬢さん。
それを聞いた冒険者さんは、なるほどなるほどとうなずく。
「そう言うことか。だったら、俺がこいつの実力を見てやろう」
「良いんですか?」
「ああ。本当だとしたら、将来有望この上なしの後輩なんだしな」
そう言うと、白い歯を見せて笑う冒険者さん。
彼は改めて俺の方を向くと、こっちへこいと手招きをする。
「そう言うわけだ。おじさんが相手してやるから、こっち来てくれ」
「は、はい!」
「なーに、ちょいと力を見せてくれればいいんだ。ちょいとな」
こうして俺は、彼に連れられてギルド裏の訓練場へと向かうのだった。
――〇●〇――
ギルドの裏にある訓練場。
そこで俺は、改めて自分を連れてきた冒険者さんと相対した。
うーん、ちょっと緊張するなぁ……。
力を見られるこの雰囲気、どことなく学園の試験にも似ている。
進級試験のことが思い出されて、わずかばかり不安だ。
「さてと、簡単にだが自己紹介をしよう。俺はバート、Bランクの冒険者だ。職業は戦士をしている」
「ええっと、俺はノエル。ランクは未登録、職業は魔導師です!」
バートさんに倣い、自己紹介をして頭を下げる。
すると彼は、ほうほうと興味深げな顔をした。
「魔導師か。とするとお前さん、もしかして魔法学園の生徒か何かか?」
「昨日までは。事情があって、辞めちゃいましたけど……」
「ははは、そうか! まあ気にするな、冒険者なんてのはそんなのが多いぜ」
腰に手を当てて、豪快に笑い飛ばすバートさん。
そう言われて、少しばかりだが気が楽になった。
この人、結構いい人だよな。
Bランクと言えばかなりの上級者だろうに、わざわざ時間を使ってくれているし。
「バートさん、そろそろ」
「おっと、いけないいけない。じゃあ始めるとしようか」
受付嬢さんに言われて、バートさんは武器を構えた。
……いよいよか。
俺は深呼吸をすると、気持ちを落ち着ける。
するとここで、バートさんが思わぬ提案をしてきた。
「まずはそっちから一発撃ってくれていいぜ」
「え? 本当ですか?」
「ああ。今回はお前の力を見ることが目的だからな」
そう言うと、バートさんは任せろとばかりに胸を叩いた。
マジでやっちゃっていいのかな?
確認のため、立ち合いをしていた受付嬢さんの方を見ると、彼女はニコっと笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ、バートさんは防御力に定評のある方なので。ドーンと行ってしまっても!」
「まあそういうことだな。さすがに上級以上はちと厳しいが、中級までなら問題ない」
「じゃあ、俺が使うのは初級魔法なので大丈夫ですね」
「おうよ、かかってこい!」
武器を構まえてうなずくバートさん。
ここまでされたら、力を出さないのは逆に失礼だろう。
俺は精神を集中させると、全身の魔力を掌に集めた。
すー……はー……。
呼吸をするたび、周囲の気温が上がっていく。
「紅の壱、火球!!」
「え……」
魔力を込められるだけ込めたことにより、膨れ上がった火球。
大人を飲み込めるほどの大きさとなったそれが、グオンッと音を立てて動き出す。
たちまち、バートさんの眼がカッと見開かれた。
……あれ?
心なしか、顔が青いような……。
「ぬわーーーーっ!!」
そのまま炎に呑み込まれ、絶叫するバートさん。
これは……や、やっちまった!?
バートさんの運命は果たして……!
次回、ご期待ください!