第二十四話 伯爵の来訪
「はっ!」
ネムの拳が、オークの腹を穿った。
強烈なパンチをもらったオークは、たたらを踏むように後退する。
そこへすかさず、とどめの一撃。
繰り出されたハイキックが、オークの首をへし折った。
一瞬にして意識を刈り取られたオークは、なすすべもなく倒れる。
「さすがねー。戦士の一族の出身だけあるわ」
「拳で戦うって聞いた時は、ちょっと驚きましたけどね」
一仕事終えたネムに、俺とリーシャさんが語り掛ける。
魔物の大発生から数日後。
俺たち三人は、一緒にオーク退治の依頼を引き受けていた。
目的は主に、新たに仲間に加わったネムの実力を見ることである。
「このぐらい、何でもない。もっと強い相手でもいい」
「見た感じ、Cランク程度の実力はありそうね。これなら姫様の護衛に同行しても、問題なさそうだわ」
「当然。足手まといにはならない」
グッと拳を握ると、強く断言するネム。
成り行きとはいえ、良い仲間が加わってくれたものだ。
俺の修行もある程度は完成したし、これからは難易度の高い依頼でも受けられそうだ。
「さてと、仕事は終わったし戻りましょうか」
「ですね。準備もしたいですし」
もうまもなく、姫様が魔導都市へと到着される。
それから一週間、賢者祭の見物をなさる間、彼女を護衛するのが俺たちの任務だ。
騎士たちに混じって遠巻きに見守る程度だとは聞いているが、それでもさすがに緊張する。
何せ相手は姫様、失礼なことをすれば首が飛びかねない。
「じゃ、急ぎましょうか」
「はい!」
「晩御飯、楽しみ」
こうして俺たちは、急いでギルドへと戻るのだった。
――〇●〇――
「ん? 何かしらあれ?」
ギルドの前にたどり着くと、何やらずいぶんな人だかりが出来ていた。
いったい、何があったのだろう?
人ごみを掻き分けて進んでいくと、通りにずいぶんと立派な馬車が止められていた。
この造り、貴族が利用するものだな。
いかにも金のかかっていそうな細工からして、それもかなり高位の貴族であろう。
「何でギルドの前に、貴族の馬車が?」
「さあ? どこの家かしらね」
馬車の側面には、獅子を模した金色の家紋が刻まれていた。
しかし、庶民である俺たちにはどこの家の紋章なのだか分からない。
高位貴族と言っても、国全体ではそれなりの人数だからな。
さすがに、一つ一つ覚えてはいない。
「あれは……アルバロス伯爵家の紋章……!」
「ネム、わかるのか?」
「私の前の持ち主が、アルバロス家の息子だった」
なるほど、それで分かったのか。
というか、アルバロス家の息子って……!!
「もしかして、ネムの前の主人ってジェイクなのか!?」
「ええ。知り合い?」
「ああ! 魔法学園の同級生だよ!」
驚きのあまり、声が少し大きくなる。
ヤな奴だとは思っていたが、まさかこんなことまでしていたなんて。
よっぽど、決死隊に参加したという栄誉が欲しかったのだろうか?
「世の中、意外と狭いもんねぇ。ネムの主人とノエルが知り合いだったなんて」
「向こうは俺のこと、思い切り見下してましたけどね。あいつ、超エリートでしたし」
『今となっては、完全に正反対になったがのう』
「そう? 俺なんて、まだまだじゃないかな」
俺がそういうと、リーフォルスは少し呆れたような声を出した。
それに同調するように、リーシャさんもまた肩をすくめる。
あれ、いま変なこと言ったかな?
助けを求めるようにネムの方を向くと、彼女もまた不思議そうな顔をする。
「自覚がない」
「ま、ノエルはそういうやつだからねぇ」
『無自覚もここまで来ると恐ろしいのう』
ううーん、何の話だろう?
聞いてみたいところだけど、さっさと依頼の報告を済ませないとな。
もう少し時間が経つと、一仕事終えた冒険者でギルドはごった返すのだ。
「まぁ、とにかく行きましょうか。そろそろ混んできますし」
「そうね」
こうして扉を開けて中に入ると、カウンターの中で受付嬢さんがそわそわとしていた。
その顔には汗が浮いていて、何かよほど焦っているようだ。
心なしか、唇まで青く見える。
「あ、ノエルさん! 大変なんですよ!」
「どうしたんです?」
「実は、アルバロス伯爵がお見えになられたのですが……その……」
言いづらいのか、口をもごもごとさせる受付嬢さん。
するとここで、奥からひどい怒号が聞こえてくる。
「どうしても、息子を引き渡せないというのか!!」
「ですから、ご子息の拘束は街の会議で決まったこと。たとえ伯爵閣下のお願いとて、覆すわけには参りません」
「爵位も持たぬ平民風情が、無礼であるぞ!!」
なるほど、これで受付嬢さんがあたふたとしていたわけか。
よほどキレているのか、ただ事ではない声の大きさである。
こんなの聞かされていたら、そりゃあ荒事になれている受付嬢さんと言えども参ってしまうだろう。
「先ほどからずっとこの調子でして。かれこれ一時間ほどは」
「一時間って、そりゃまた随分ね……」
「マスターのことなので、大丈夫だとは思うのですが……」
不安げな顔をする受付嬢さん。
ちょうどここで、二階からドタドタと乱暴な足音が聞こえてきた。
やがて奥の扉から、身なりのいい男が肩で風を切りながら現れる。
「失礼した!」
「またのご来訪をお待ちしております」
「ふん! このような下賤な場所、二度と来るものか!」
思い切り鼻を鳴らすと、地面をわざと踏み鳴らしながら歩いていく男。
その背中に向かって、マスターが深々と頭を下げた。
恐らくは彼が、アルバロス伯爵だろう。
目をつけられてしまっても厄介なので、俺たちもまたすぐに頭を下げる
「ふぅ……ようやく嵐が去ったのう」
「マスター、大丈夫でした?」
「何とかの」
そういうと、腰を叩きながら心底疲れた顔をするマスター。
やがて彼は俺たちに気づくと、一転して笑みを浮かべる。
「何じゃ、おぬしたちも来ていたのか」
「ええ。何なんですか、今のは。伯爵様、ずいぶんと怒っておられたようでしたけど」
「なーに、向こうが無茶を言ってきただけじゃわい。囚われた息子を、今すぐ引き渡せとな」
「うわ……そりゃひどい」
ジェイクの罪状はこれ以上ないほどはっきりしている。
あの場にいた冒険者はおろか、街の重鎮たちまでもがこの目で替え玉を確認しているのだ。
いくら伯爵と言えども、その事実を捻じ曲げるのは無理だろう。
「だからな、きっぱりと断ってやったわ。できんとな」
「さすがマスター! やるときはやりますね!」
「でも大丈夫なの? アルバロス伯爵と言ったら、結構大物だけど」
「平気じゃ。ギルドの力を甘く見てもらっては困る!」
腰に手を当てて、高笑いをするマスター。
そう言えば、冒険者ギルドって各国に支部を持つ巨大組織だからなぁ。
伯爵の圧力程度、それほど問題にはならないのかもしれない。
「それよりお前たち、姫様の到着時刻が決まったぞ。明日の朝は十の刻、南門じゃ! 絶対に遅刻をしてはならんぞ!」
「はい! わかりました!」
俺たち三人はマスターに向かってすぐさま敬礼するのだった。




