第二十三話 護衛依頼
「俺が……ネムの主人に!?」
「そうじゃ」
驚く俺に、マスターは重々しい口調で断言した。
それに合わせて、ネム本人もまた深々と頭を下げる。
その深刻な表情からして、間違っても冗談などではないらしい。
「まだ最終決定はしていないが、今回の件でネムの主人は厳しい処罰を受けることになるからの。奴隷を所有することは不可能と判断してのことじゃ」
「でも、そうだとしたらネムは解放されるんじゃないですか?」
主人が亡くなった、もしくは何らかの事情で奴隷を所有できなくなった場合、奴隷は解放されて市民に戻ることになっている。
ネムの場合も、そうならなくてはおかしいはずだ。
所有権が俺に回ってくることなんて、そもそもありえないのである。
しかしマスターは、やや困ったような顔をして言う。
「それがのう、ネム本人の希望なのじゃよ」
「え? それは……」
「私には帰る場所がない」
そういうと、ネムはわずかにだが悲しげな表情をした。
どういうことなのだろう?
俺が事情を尋ねようとすると、代わってマスターが答える。
「実は、ネムはアムリア族と呼ばれる少数民族の出身でな。だがその村は、五年ほど前にジギア帝国によって滅ぼされてしまったのじゃ」
「なるほど……帝国に村が」
「ひどい話ね」
ジギア帝国と言えば、凶暴な軍事国家として有名である。
ここ十年ほど、次々と周辺の国家を攻め落としては領土の拡張を続けていた。
俺たちがいる王国からは相当に距離があるが、それでも評判が聞こえてきている。
「奴隷を解放されたところで、行く当てがなくては暮らしに困るだけだ。そこでネムが、自ら君の奴隷になりたいと言い出してな」
「助けてもらった恩返しがしたい」
「事情は分かりました。けど、いきなり奴隷を持つなんて……」
単純に、人が一人増えるわけだからなぁ。
今回の報酬もあるし、食うに困るようなことはないだろうけど……。
それにしたって、ホイホイと受け入れるわけにはな。
「ま、単純に仲間が増えたと思えばいいんじゃないの? この子、相当に戦えるようだし」
俺が困っていると、リーシャさんがそう言って笑った。
それに応じるように、ネムもまた自信ありげな顔をする。
「戦いには自信がある。足は引っ張らない」
「うむ。アムリア族と言えば、かつては戦士の民として有名だったからのう。能力は折り紙付きじゃぞ」
「頑張る!」
そういうと、ネムはシュッシュッと拳を突き出した。
耳心地の良い風切音。
わかってはいたことだが、この子、やっぱり強いな。
信じられないほど拳が速い。
「……そこまで言うなら、わかりました。じゃあネム、よろしくね!」
「ありがとう、ご主人様」
「ぶっ!?」
いきなりのことに、たまらず噴き出してしまった。
ご主人様なんて言われたのは、生れてはじめてである。
あんまりにも耳慣れない響きだから、背中がむずっとしてしまう。
「おいおい、ご主人様はよしてくれよ! 名前でいい!」
「じゃあ、ノエル様」
「様もなくていい!」
「主人に対して呼び捨てはできない」
「様ぐらいは許してあげたら? 落ち着かないようだし」
「……わかりましたよ。じゃあ、ノエル様でいい」
「はい」
綺麗な笑みを浮かべるネム。
やれやれ、どうしてこうなったのやら。
俺がほうっと息をつくと、リーフォルスがからかうように言う。
『しかしよかったの。これほどの美少女を奴隷にできるなど、男の夢ではないか。夜が楽しみじゃのう!』
「お前、何を言い出すんだよ!?」
「身体にも自信あり。望まれるのならいつでも可能」
腰をひねり、胸元を強調するネム。
言うだけのことはあって、見事なくびれと胸のふくらみ……じゃなくて!
「そこ乗っからないでくださいよ! いや、そんなことしないから!」
「私は構わない」
「俺が構うんです!」
強く断言する俺。
するとそれを見たリーシャさんとリーフォルスは、揃ってがっかりしたように言う。
『なんじゃ、つまらんのう』
「意外と堅いのね」
「いや、いくらなんでもここでそういうこと言えないですって」
「じゃあ、あとで言うの?」
「そうじゃなくって!!」
「まあまあ、そのぐらいにしてもらおうかの」
収拾がつかなくなりそうになったところで、マスターが皆を止めた。
そしてコホンと咳ばらいをすると、再び話を切りだす。
「ネムのことはそこまでとして。実は、話というのはそれだけではない」
「まだあるんですか?」
「うむ。どちらかというとこちらの方が重要かもしれん」
そういうと、マスターはもったいぶるように間を置いた。
その場に妙な緊張感が満ちる。
「君たちの活躍によって、賢者祭も無事に開催されることとなった。姫様も予定通りに参加される」
「おお! さる高貴な方というのは、やっぱり姫様だったんですね!」
「うむ。じゃが、数々の事件を受けて一つ条件を出されてしまってな。それというのは他でもない、事件を解決したノエル君に護衛をしてほしいということだそうだ」
「護衛? 俺が、姫様のですか!?」
あまりに予想外の展開。
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げるのだった。




